第9話 冒険に出かける

 それから、数年の月日が流れた。

 あの時かわしたララとの約束を果たすべく、俺は冒険者をやめ、北国の広大な大地で大きな牛にまたがっていた。


「ふぅい~やっほぅ~!」


 8馬力の頼もしい相棒、ハスラグレートオックスは、今日も気合ため、気合ため、突進、気合ため、気合ため、突進と、なかなかパワー型のAI行動をして、巨大な犂(すき)で大地を耕していた。

 この土地の開墾から、耕作まで、毎年しっかり働いてくれる、俺の頼もしい相棒である。


 冬になると2メートルの雪にうずもれてしまう広大な大地の片隅に、ぽつんとレンガの家が一軒建っていて、3メートルの高さにある煙突から、もくもくと煙をあげていた。


 煙と共にドアから出てくるのは、3人の小さな子供たち、そしてエプロン姿のララだ。


「ごはんよー、ライダー!」


「おーう!」


 ララは、庭先にカーペットとランチョンマットを広げ、足元ではしゃぎまわる子供たちに気を付けながら、お皿を配膳した。

 いつもピクニックのときみたいに、日差しの元で食事するのが好きだった。

 きっと流浪の民だったころの生活が懐かしいんだろうな。


「おっ、うまいな、このたまごやき」


「この前、『農術師(ファーマー)』ギルドで作り方を教えてもらったのよ」


「農協な。やっぱりニワトリを飼って正解だったな」


「そうね、毎朝卵を産むし、畑の虫も食べてくれるし」


「お肉は美味しいし、この世界には鶏インフルもないしな。ニワトリがこんなに有益な鳥だとは思わなかったぜ」


「うふふ、ライダーは変なことをよく知ってるわりに、背中に乗れない動物にはぜんぜん興味がないのよね。よく山でニワトリを見つけられたわ」


 そう言ったララは、はっと何かの違和感に気づいたかのように、顔をこわばらせた。


 ララは、尖塔の隅にある鶏小屋に、目を向ける。

 そこには、まるでクマでも収容するかのような、巨大な鉄格子があった。


 がんっ、と中にいる巨大生物の足が鉄格子を蹴りつけ、ララは飛び跳ねた。

 鶏小屋の中から、4メートルはあろうかという巨大なニワトリがぬっと顔をのぞかせ、こちらに炯々とした目を向けている。


「ライダー! ちがう! あれは、ニワトリじゃない! 目を覚まして、ライダー! あれはコカトリス! ……ライダー! ライダー!」


 それはニワトリにあるまじきことに、尻尾からはヘビがはえており、太陽に向かって威嚇するかのように、声高にコケコッコーと鳴いた。


 びかぁっ、と目から閃光をはなち、ララの手料理を美味しそうに食べている俺と子供たちを、呪いで石に変えてしまった。



 ……という夢を見たらしい。

 ララは、ベッドからがばっと跳ね起きた。

 夜が明けてまだまもない時刻。

 俺は隣の床でまだ眠りの中にいた。


 とつぜん宿屋から市場に向かって飛び出していったララは、ぜーはー肩で息を切らしながら、ニワトリを1羽かかえて、俺のところに戻ってきた。


 まだ寝起きだった俺は、歯をごしごし磨きながら、ララの腕に抱かれているニワトリと、なぜか必死なララの形相を見比べていた。


「どうした?」


 尋ねても、なにも答えずに、ララは俺にニワトリを見せ続けた。

 いったい何を訴えようとしているのかわからず、俺はしばらく頭を悩ませることになったのだった。




 ともかく、俺とララは冒険者パーティを組むことになった。

 ララの夢の実現のため、そしてペグチェの定住化のための同盟だ。

 チーム名は特に決めていない。


「パーティを組むにあたって、最初にすることは知ってるか?」


「なにをすればいいの?」


「手を出してごらん」


 ララは、素直に手のひらを俺に向かって差し出した。

 俺は手甲と革のグローブを脱いで、その白い手を、上からパチン、と叩く。


「同じように」


 俺が手のひらを出すと、ララがぱちん、と勢いよく叩く。

 次はお互いに拳を前に突き出し、ごちん、と拳をあわせる。

 腕をぶつけて、がちん、と交差させる。

 自分のひじを叩いて、最後に腕を絡めて、がっちり握手した。


「もっかいやろう、ライダー」


「よし、やろう」


 ララが動きを完璧にマスターするまでやった。

 これで俺たちは仲間だ。

 だが、けっして遊んでいるわけではない。


「いいか、南の砂漠には人そっくりに化けるモンスター、グールがいる」


「グールですね」


「これから先、グールが俺とすり替わっているかもしれないと疑うことがあったら、いまのをやって本物かどうか確かめるように」


「わかりました、ライダー。グールですね」


 冒険者は、常に最悪の事態を想定しながら動かなくてはならない。

 ララは小さな子だから、周りの大人に押されて転んでしまうかもしれない。

 周りの人の流れを確認して、ちょうど人とぶつかる危険が少なくなったのを見計らって、俺はララに指示を出した。


「よし、行け、ララ」


「はい!」


 ララは、Fランク掲示板に張り出されていた薬草採集のクエストを、ぺりっと剥がして、受付けに持って行った。


「これください!」


 ララは、背が低くてカウンターに隠れてしまうため、声をかけられた受付けが誰もいない方向を向いて、しばらく首をかしげていた。


 その間に、俺は自分のクエストを探した。

 なるべく行き先が被るようにしなくてはならない。

 Cランク掲示板を眺めてみる。


 正体不明の翼竜アンケロースの討伐。

 旅人を襲うホブゴブリン盗賊団の討伐。

 突然変異した黒フォレスト・モンキーの討伐。


 うーん、どれも乗ってみたい。


 けど、ララは戦闘に不向きな採集系なので、なるべく危険なクエストは避けた方がいいだろう。


 Eランク、ビニール・ラットの駆除。


 依頼書によると、最近、Fランクの薬草採集クエストで達成率が激減した区画が出てきたらしく、どうやらビニール・ラットが異常繁殖しているのが原因だそうだ。

 このネズミは数が多くて戦闘に手間がかかるうえ、さらに薬草でもなんでも食い荒らしている、ということらしい。


 こいつは地味に問題だ。

 これを放置していると、そのうち山の食料を食いつくしてしまい、食料を奪われたモンスターたちが、お腹を空かせて人里までやってくる。

 そうしたら畑を荒らしたり、病気をまきちらしたり。悪いことばかりだ。

 なんとか、このラットを駆除して、数を減らさないといけない。


「うーん、けど、ビニールラットは乗り心地があんまりよくないんだよなぁ……」


 だが、ビニール・ラットの毛皮は熱で簡単に溶け、ロウやワックスとして重宝される。

 これを加工すると、革製の武具をコーティングするのに必須なビニール・ラット・オイルとなるのだ。


 たしか、市場での売り値は毛皮10枚ごとに銅貨3枚。

 1500円。やっす。

 アルケミストに加工してもらった方がいいかもしれない。

 くわえて討伐報酬が、10匹ごとに銅貨30枚。


 よし、これにしよう。

 尻尾を証拠部位にして、毛皮をアルケミストに加工してもらう。

 目標は、100匹だ。


 ララの方を振り返ると、受付けのお姉さんに頭をなでなでされながら、どうしてもクエストを受けたい理由を説明していた。


「そうなの、いい子ね、小さい妹たちのために頑張ってるのね」


 よしよし、と頭をなでて、小さなララよりさらに小さな妹たちを想像しているだろう受付けのお姉さん。

 ほんとうは妹たちの方がララより大きいなどと、どうしてこの受付けが想像できただろうか。


 彼女は、俺に対しては風当たりが強い。

 きっと目じりをとがらせて言うのだった。


「ライダー、あなたが相棒なんでしょ? しっかり守ってあげないと許さないわよ」


「言われなくてもそのつもりだよ」


 ララは、なにやら照れたみたいに、頬を両手で挟んでいた。




 城門にむかって、王都の石畳を歩いていく。

 昨日通ったばかりでさすがに薬草を採りつくしてしまったのか、ララも道草を食うことはなくなった。


 魔素の豊富な山は、ひと晩あれば生えるんだけどな。

 かわりに、ララはぴしっと立ち止まり、唐突に俺に向かっていうようになった。


「ライダー!」


「はいはい」


 ララが手のひらを差し出すので、仲間の挨拶をする。

 ぺし、ぺし、ごちん、がつん、ぱん、がちっ。


 グールと入れ替わっていないことを確かめるために必要なので、ララが求めたら俺はどんな状況でもぜったいに拒まない、と教えてあった。


 なのでララも、俺が求めたらぜったいに拒むな、と言っておいた。


 思うとしんどい約束をしてしまったものだ。

 ララは楽しい遊びを覚えた子供みたいに、何度も何度も俺にせがむのだった。

 まあいいや、飽きるまでつきあおう。


 俺とララがのんびりのんびり城門まで歩いていくのを、槍を装備した番兵が険しい顔でじっと見ていた。

 石像みたいに直立不動の、いかにもごつい番兵である。

 強そう。

 きっと戦闘力なんて俺の10倍はあるぞ。


「ライダー!」


「はいはい」


 ぺし、ぺし、ごちん、がつん、ぱん、がちっ。

 また少し歩いて。


「ライダー!」


「はいはい」


 ぺし、ぺし、ごちん、がつん、ぱん、がちっ。

 そして、また少し歩く。


「ライダー!」


「はいはい」


 ぺし、ぺし、ごちん、がつん、ぱん、がちっ。

 城門にたどりつくと、石像みたいに直立不動の番兵は、身長170センチぐらいあった。

 いまの俺が150センチあるかないかぐらいなので、見上げる大きさだ。


 ララがそのごつい番兵に手のひらを差し出して、俺と同様に合図を求めていた。

 マジでこの子、怖いもの知らずだ。

 ペグチェにいたころから、近所の怖いおじさんも次期族長のララには頭があがらなかったんだろうな。

 お姉さんたちを「妹」と呼んでいたんだ。

 おじさんのことは「弟」と呼んでいそう。


「外出目的は、冒険者ギルドのクエストです。持ち出し荷物は野外キャンプ用品、ポーション類、あとは私物です」


「うむ、行ってよし」


 俺は城門をいかにスピーディに通り抜けるかを研究していたので、検査官とのやり取りもスムーズに終わった。


 今回はなかったが、たまに持ち物検査をするときがあるので、事前に荷物袋の中身を取り出しておいて、ぺったんこになった袋で外から包んでいた。

 机の上で包みをぱっと開くと、荷物がぜんぶ見えるのだ。


 さらに袋は口が大きく開くように改良してあるため、物を入れやすい。荷物をまとめるのもスピーディだった。


「ララ、いくぞー」


 ふりかえると、ララはまださっきの番兵のところにいた。

 番兵は、クマみたいに前かがみになって、壊してしまわないか恐る恐るといった手つきで、ララとぱちぱち手をたたき合わせていた。

 これであの番兵がグールと入れ替わっていても安心だな。


「いくぞー」


 ララは、ててて、と俺のところに駆け足で近づいてきた。

 なにか見慣れないアイテムを持っていたので、何かと思って見てみると、木彫りのペンダントだった。


「もらった」


「ちゃんとお礼言いなさい」


 ララがクマみたいな番兵の方に振り返って、ぶんぶん、手を振ると、番兵は小さく手を振り返してくれた。


 ふむ、なかなか好青年だ。

 ララのお婿さん候補のひとりかな、などと思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る