第3話 ララと人助けする
『錬金術師(アルケミスト)』は、女神が俺に薦めていた、チート級職業の一つでもあった。
複数の素材を合成させて、新しいアイテムを生み出す、『合成』スキルをもっているのだ。
女神によれば、レシピさえ知っていれば、その辺にあるような安い素材からでも、最高級のアイテムを生み出すことができるという。
そう、こんな険しい山中だろうと、回復薬ぐらい、いくらでも生み出すことができるのだ。
「薬草の品質はわからん! とりあえず、これでなんとかしてくれ!」
『薬草籠』を持ち上げると、ずしっと重たい感触があった。
さっきとはまるで違う、片手では持ち上げきれないほどの重量。
違和感をおぼえながらも、勢いよく籠をさかさまにして、どばぁ、と中の薬草をすべて吐き出した。
薬草の香りがあたりに立ち込めて、嗅ぐだけで癒されていく気がした。
それらをひとつひとつ調べていたアルケミストは、おおお、と目を輝かせた。
「すごい! どれも最高薬草ばかりだぞ!」
「どれだけ凄いかわからんけど!」
「これ1本でポーションが3瓶はできる!」
なるほど、それは確かにすごい。
俺が冒険者になって、最初に薬草の採集クエストをやったとき、アルケミストに合成してもらったことがある。
だいたい薬草10本あれば、ポーションを1瓶ぶん生み出せる、というのが相場だと言われた。
おなじ薬草でも、摘むタイミングによって効果が異なる。
ララは、薬草の魔素を読み取って、通常の30倍に相当する優良品質のものだけを摘み取っているのだ。
それでも、まだ全員に回復薬が行きわたるかは分からない。
なんせ1000人規模の大集団だ。
けが人が何人いるのかも分からなかった。
「まだ足りないかもしれない! もう少し集めてきてくれ!」
俺は、ぐっと顎を引いて頷くと、後ろにララを乗せたまま、オオカミと来た道を引き返していった。
「ふぐっ、ふうえぇぇぇ」
ララの口から変な声がもれた。
急に動いたせいで、どこかにぶつけたのかもしれない。
すまない、ララ。お前の能力が必要なんだ。
万が一にも、ララが地面に落っこちたりしないよう、細心の注意を払って山奥へと進んだ。
後ろでがくん、がくん、と上半身がゆすぶられていたが、かろうじて落ちていない。
自生している薬草は、木の根、坂道、山のいたるところで見つかる。
だが、俺の目にはどれが最高薬草なのか、まったく見分けがつかない。
「おい、『薬草摘み(グリーナー)』、さっきと同じ薬草が欲しい……どこに行けば手に入る!」
後ろのララを振り返ると、ララは、俺の背中から投げ出される格好で、オオカミの背中に横たわり、ぐるぐる目をまわしていた。
なんか胃からこみ上げてきてそうな青い顔をしながらも、ララは、懸命に言葉をつむいだ。
「だ、だいじょうぶ……薬草なら、いくらでもあります……ここは、神の山なのだから」
ペグチェらしい、鷹揚とした物言いである。
彼らは、東西南北を隔てる物理的国境のこの山を神の山と呼んで、生涯のほとんどを山の上で過ごしていた。
ペグチェにとって必要なものは、すべて山から得られるのだ。
ふと、ララの背負っている薬草籠に目をやると、さっき俺が空にしたはずが、既にあふれんばかりの薬草が入っていた。
なんと、ララはさっきの高速移動の間に、薬草を摘んでいたのだ。
(この薬草……どうやって採集したんだ?)
見間違えじゃないか、と思って鑑定スキルを使ってみたが、ステータスを見ても、すべて『アイテム:薬草』と出た。
そういえば、ネコの神から聞いたことがある。
アルケミストに次ぐ、もう1つのチート満載の職業があることを。
それは『採集系』ジョブだ。
一見地味だが、狩人、木こり、鉱夫、漁師、薬草摘みなどの『採集系』ジョブは、マスターランクに到達すれば、『自動採集』と呼ばれる驚異のスキルを習得するという。
通常の『採集』スキルは、フィールドに落ちているアイテムを即座に発見、鑑定できる、その程度のもの。
だが『自動採集』は、なんと歩いている間に自動的に発動し、無意識にアイテムを手に入れてしまう、というのだ。
これさえあれば、毎日歩いているだけで大量のアイテムを手に入れ、それを売って生活することができる。
のんびり生きたいのなら採集系ジョブにゃ、とネコ神におすすめされていたチートのひとつだったのだが……俺は『騎兵(ライダー)』以外の道は見ていなかった。
「まさか……これ、お前が……?」
「薬草……必要なんでしょ?」
ララは、目をぐるぐる回しながら、ぐっと親指を立て、サムズアップする。
俺は、その姿に心を打たれ、強く励まされた。
さすがは『無形文化遺産』。
薬草採集のレベルが違う。
なんて便利なスキルだ!
「よし……いくぞ!」
俺は、ララをオオカミの背に乗せたまま、山の中をぐるんぐるんと、10周くらい走った。
「あひぃぃぃぃもっとゆっくりぃぃぃ」
なるべく魔素が漂っていそうな方向に見当をつけ、薬草が動物に食べられず残っていそうな険しい場所をわざと通ったりして、順調に薬草をためこみつつ、山道へともどると、薬草籠はふたたび薬草で満杯になっていた。
しかも、魔素を大量にはらみすぎて、すでに薬草籠がポーションと同格のほの暗い光を放っている。
なかには、伝説級の『命の草』とかいうのも混じっていた。
万能薬の素材になるらしいが、きっとこれも役に立つはずだ。
『自動採集』、これはすごいスキルだ!
「アルケミスト! 追加の薬草だ!」
「ライダー! 薬草じゃ追いつかない重傷者がいる! エクリサーが必要だ!」
「エクリサーだって!?」
どうやら、他のけが人たちは順調に回復していたみたいだった。
だが、ひとりだけいまにも息が途絶えそうな商人がいた。
ポーションは、人が潜在的にもっている生命力を、数日から数年分くらい前借りして、回復にあてる。
その生命力が尽きかけていては、いくら良質のポーションを使っても効果がない。
だが、死者さえも蘇らせるというエクリサーがあれば、話は別だ。
「アルケミスト、お前のスキルで作られないのか!」
「無理だ、ラストポーション10個がいる!」
「そのラストポーションを作るには!」
「ハイポーション10個がいる!」
「そのハイポーションを作るには!」
「ポーション10個がいる!」
ポーションは、薬草10個から精製される。
つまり、薬草1万個が必要、ということだ。
「そうか! ……よし、待っていてくれ!」
俺は、ララをオオカミの背に乗せたまま、山中をぐるぐる駆け巡った。
「うひぃぃぃぃぃ」
途中からララの情けない悲鳴もかすれがちになっていた。
たのむ、気を失わないでくれ、ララ。
お前の『自動採集』だけが、唯一の頼みなんだ。
100本、200本、300本。
凄まじい勢いで薬草籠にたまってゆく薬草を、アルケミストのところにぶん投げて、空っぽにした薬草籠と共に、また山に登っていく。
これがすべて薬草30本ぶんの最高薬草なら、300本を超えたあたりでエクリサーが合成できるはず。
ララの採集能力を信じるなら、もっと早い可能性もある。
だが、薬草を300本くらい持っていったあたりで、とつぜんアルケミストは言った。
「だめだ、ライダー! エクリサーは薬草だけじゃ作れない! 『合成』には、本当はもっと、素材以外にも材料が必要なんだ……! 薬草だけじゃ無理だ!」
「なんだって!? 早く言わないか!」
すでに、十分すぎるほど素材は手に入れていた。
だが、じつはアルケミストも、素材があればそれだけでアイテムが作られるわけではない。
『合成』は失敗する。
素材を様々な材料と反応させ、含まれている魔素の濃度を測定しながら、きっちりレシピ通りの正確な調合をするように心がけることで、成功率を高めていくことはできる。
だが、その魔素の割合は、レベルの高いアイテムほど厳密な計測を要し、もし成功率100パーセントにしようとすれば、それ相応の材料が必要となる。
「試しに今ある材料でやってみたけど、ハイポーション10本が吹っ飛んだ……! こんなもったいない賭け、僕には無理だ!」
「諦めるな! 薬草ならある! 何度でも挑戦しろ!」
「おーい! アルケミストの兄ちゃん!」
すると、商隊のおっちゃんたちが、それぞれの荷台からアイテム袋を持ってきてくれた。
袋のなかから出てきたのは、鉱石、香木、聖別された石なんかもある。
さすがは商人、アルケミストにどんなアイテムが必要か、ちゃんと把握しているのだ。
「代金は取らない! 必要な材料があるなら、じゃんじゃん使ってくれ!」
「あ、けどなんやかんや作れそう! ライダー、いまのなしで!」
「よしきた!」
俺はふたたび山を駆け巡った。
「みぃぇえぇぇ~」
俺の後ろに乗っているララが、途中から全身ぐったりしてしまい、糸の切れた操り人形みたいになっていた。
がんばれ、あと少しの辛抱だからな。
この山に自生する薬草を根こそぎ採集する勢いで、俺とオオカミとララと薬草籠は走り回り、やがてアルケミストは秘薬エクリサーを完成させた。
「げ、なんだあれ……!」
アルケミストがなにか完成させたのは、山を走りながら遠目にみて分かった。
びかー、という凄まじい光がまっすぐ谷から立ち昇っていて、その薬のヤバさは俺でもわかった。
光り方が普通じゃない。
放射線とかが出ていそうだった。
周囲で様子を見守っていた商人たちも、引いているみたいだった。
近づいてみると、アルケミストは瓶から顔をそむけたそうにしながらも、落とさないよう厚手の布でしっかりくるみ、なんとか持ち上げていた。
「ほ、ほ、ほんもののエクリサー、俺もはじめてみる……!」
「大丈夫かよそれ!」
「わかんないよ! こんなレアアイテム、図鑑でしか見たことないって! 試してみるしかないだろ!」
俺が鑑定した限りでは、それはエクリサーで間違いない。
だが、それがなければ、人に飲ませるのをためらうレベルだった。
何倍にも濃縮された最高薬草の光が、凄まじい光の奔流となって瓶からあふれてくる。
アルケミストがその液体を口から流し込んで、患者になにか奇跡が起こらないはずがなかった。
重傷だった商人の傷は、たちまち光に溶けさっていく。
しぼんだ筋肉や痩せたお腹は水風船のようにぷるん、と元の形を取り戻し、うつろだった目にはぼうっと光が宿り、さっきまで眠っていたみたいに、ふっと息を吹き返した。
「ああ、不思議な夢を見た……ネコミミを生やした女神が、『異世界転生』だのどうのこうのと……」
「頭領ー!」
「よかった、もうダメかと思ったー!」
もうちょっとでバステトに魂を持っていかれるところだったらしい。
危ないところだった。
俺とアルケミストは腕をぶつけ合い、会心の笑みを交わした。
「よし、アルケミスト、あとの事はまかせた」
「ええっ、もう行くの? 相変わらずせっかちすぎるだろ、ライダー!」
「ほんとうなら視察だけが俺の仕事だ。あとは何とかなるだろ」
そう、『騎兵(ライダー)』に求められるのは、回復でも、戦闘でもない。
スピードだ。
けれど、その時の俺は、もう一つの仕事を抱えてしまっていた。
「いやいや、だから待てって!」
アルケミストは、立ち去ろうとする俺を呼び止めた。
そして、おもむろに俺の後ろを指さした。
「というか、その子、いったいどうしたんだ!?」
「そうそう、忘れるところだった……あ」
ふと振り返ると、ララはオオカミの背中で、気を失って倒れていた。
顔は蒼白を通り越して、真っ青になっている。
完全にのびて、白目をむいていた。
「むきゅぅぅ」
つついても揺すっても、起きてくれなかった。
騒ぎがひと段落したら、このまま帰る予定だったのだが。
このまま置いていくのは、なんとも無責任すぎる。
俺はララが目を覚ますまで、それから半日ちかく待つことになったのだった。
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