第4話 ララ、迷子になる

 無尽蔵に思われた怪我人たちも、回復薬で立ち直った人が他の人の手当てに回ることで、ようやく終息しはじめた。


 機械のように回復薬を作り続けていたアルケミストは、すっかりヘロヘロになって、酷使し続けた両手はぷるぷる震えている。


「地下でマンダイムドラゴンと戦った時ぐらい疲れた……」


 などと言っていた。

 いまアルケミストの所属しているパーティはAランクで、かなり高難易度の依頼を受けることが出来る。

 きっと壮絶な修羅場を潜り抜けてきたんだろう。

 もはや立っているのもやっとというアルケミストの肩を、いかつい筋肉質のおっさんが遠慮なくばんばん叩いた。


「がっはっは、世話になったな! 道を開けてやるから、ちょっと待ってな!」


 完全復活した商隊は、豪快に笑うリーダーの指揮のもと、わらわらと瓦礫の撤去作業に取り掛かっていた。

 ひとまず馬車を通過させる道を作らなくてはならない。俺がオオカミで見てきた限りでは、だいぶ時間がかかりそうだ。


「アルケミスト、ドラゴン討伐なんてやってたのか」


「いや、ちょっと他のパーティに巻き込まれただけだよ。回復係が錬金術のパーティがドラゴン討伐なんて、無謀すぎる」


「それもそうか」


 ふらふらになったアルケミストが、俺のところでひと休みしていると、冒険者パーティのリーダーが、アルケミストに言った。


「おい、アルケミスト、お前も手伝え」


「えっ!? ライダーが休んでるのになんで!?」


「人手はあればあるほどいいに決まってるだろうが」


 などと言って、瓦礫撤去にアルケミストを誘っていた。

 頭の禿げあがった、人懐っこい顔のおっさんだ。

 顔の皮膚が高質化して、ひび割れている。

 最前線でみんなを吹雪や炎から守ってきたのがしのばれる。

 同じパーティメンバーの女剣士が、からかうように言った。


「ライダーは、いざという時に走ってもらわないといけないから、ケガされると困るのよ。あんたはこんなに回復薬作ったんだから、もう使い潰しても大丈夫だわ」


「使い潰しても大丈夫じゃないでしょ!? そこは普通、ゆっくり休めっていうところじゃないの!?」


 アルケミストの主な仕事は、回復薬を作ることなので、さっき大量に回復薬を作った以上、たしかにケガしてもさほど困りはしないだろう。


 それに、俺が力仕事に呼ばれないのは、ひょろひょろした見た目も原因かもしれない。

 まだ成人していない子供だったし、胸も腕も薄くできている。力仕事を任せるには頼りないのだ。

 普通は戦闘系職業に就くことで、筋力補正がいくらかつくのだが、『騎兵(ライダー)』にそれはなかった。


 この辺にゾウでもいたら、力仕事をさせられたんだけどな。

 あいにくゾウは東国ティノーラの乗り物で、ここにはいなかった。


 ふと見上げると、崖の上に、ハスラサンリクオオカミの姿が見えた。

 俺の捕まえたオオカミだ。背中の鞍や手綱が透明になり、少しずつ消えかかっている。


『騎兵(ライダー)』の能力で捕まえたモンスターは、一定時間が過ぎると元の野生を取り戻してしまう。

 そうなる前に、彼らは自分からどこかに消え去ろうとする。

 最後のあいさつに来たのか。

 そのオオカミは、俺たちからずっと一定の距離を保ったまま、決して近づいてくることはなかった。

 やがて遠吠えをひとつあげて、山の上から去っていった。


 そうすると、たちまち俺はひとりになった。

 俺に仲間は必要ない。

 スピードを優先するために、不要なものは捨てていかなければならない。

 遅れた奴を捨てていくことが、俺にはできない。


 けれど、今はなんだか、大所帯になったみたいだ。

 アルケミストをいじっている冒険者パーティを眺めながら、俺はまぶしいものを見るように目を細めていた。

 

 しばらくすると、『薬草摘み(グリーナー)』の少女、ララは、ぱちっと目を開いた。


「起きたか」


「ここ、どこ?」


 ぼんやりとつぶやきながら、両手で髪を挟んで、アイロンみたいになでつけている。

 どうやら、髪の手入れをしているようだ。

 朝起きたときの習慣らしいが、いまは朝じゃない。


「ここは南国ハスラに続く道の途中だよ。いま、崖崩れをなんとかして、通れる道を作っているところ」


「ほえ……」


『薬草摘み』が目覚めても、力作業に加われるとは思えなかった。

 ララも大人しく正座して、じーっと作業を観察している。


 俺も並んでのんびり作業を眺めていると、冒険者パーティがこちらの様子に気づいたのか、近づいてくる。


 ララが目覚めて、真っ先にやってきたのは、アルケミストだった。

 手をぶんぶん振って、やけにはしゃいでいる。


「ララさん! 目が覚めましたか!」


「どなた?」


 ララは、いきなり名前を呼ばれてびっくりしていた。

 そういや、俺が名前を勝手に教えてしまったんだ。

 ララから直接教えてもらっていない。

 俺は神からもらったランク10の鑑定スキルによって、人の名前まで覗ける。

 けれど、そういうのはこの世界でもプライバシーの侵害だ。

 アルケミストの好感度マイナス1だ、ごめんな。

 アルケミストは、ララの手前にひざまずくと、その手をぎゅっと握って言った。


「い、いきなりですみませんがっ、ぼ、ぼくと友達になってくださいっ!」


「?」


 ララは首をかしげて、はて、と困惑してしまった。

 俺は、アルケミストの首根っこを掴んで、ララから引きはがした。


「アルケミスト、のぼせるのは分かるが、いくらなんでも、いきなりすぎる」


「えっ、なんなのライダー、どうしてお前は僕より経験豊かで頼りがいがあるのさ」


「ララ、こいつはハスラ王国の『錬金術師(アルケミスト)』だよ。レア素材を手に入れるために毎日冒険してる」


「冒険者さんです?」


 ようやく、ララは話を掴めてきたみたいだった。

 アルケミストは、ふたたびララに詰め寄った。


「いえ、普段はハスラの魔法大学で研究しています。あなたの摘む薬草は素晴らしい。あなたさえいれば、ぼくのスキルで、ポーションがいくらでも量産できるんです。ぼくと手を組んで、この国の未来を築いてゆきませんか!?」


 医療機関の整っていないこの時代、ポーションはいくらあっても足りない。

 魔法大学でも、かつてアルケミストがそうだったように、学者の卵が危険な素材集めをしなくてはならなかった。


 だが、『薬草摘み(グリーナー)』がそばにいれば、そんな危険を冒す必要はなく、いくらでも素材を手に入れることが出来る。

 2人のスキルがあわされば、ポーションを売ることでひと財産を成すことも夢ではないだろう。


 けれども、ララがそんな儲け話に聡いとはとても思えない。

 ララは、ちょっと困った風に眉根をよせて、その話を丁寧に断った。


「私はペグチェの次期族長、ララと申します。……私は山に帰らないといけません」


「どうしても、ですか?」


「はい……妹たちが、私を待っていますから」


 ララは、きっぱりと言った。

 俺は、あの花園のお姉さんたちの事を思い描いていた。

 みんなララの事をお姉さまと呼んでいた気がする。

 けれども、俺以外はみんな、ララよりも小さな子供がお家で待っている姿を想像していたようだ。

「それじゃ仕方ない」と誰もが残念そうに、がっくりと肩を落とした。

 まあ、ララが帰りたいと泣いても帰してただろうけど。


 * * * * * *


 ララに先導されながら、俺は山へと分け入っていった。

『薬草摘み』は機動力が極端に低いと言われているが、山道に関しては常人よりも彼女たちの方が格段に早く歩ける。


 空気が薄く、また起伏の激しい山道に対して、平地に住む人間よりもはるかに歩き慣れている、というのもある。

 さらに、山は疲労回復に薬効のある薬草がいたるところに生えていて、それを歩きながら自動で手に入れてしまうため、むしろ疲れにくいのだ。


 ペグチェが使う秘密の山道を、慣れた様子でひょいひょいと移動していく。

 俺は彼女を護送するため、すぐ後ろを歩いていた。

 モンスターに乗って楽をしたかったのだけれど、こういう時に限って何も現れない。のんびりした山道となった。


 俺と違ってララは、周囲を確かめながら歩くといったことがない。

 まっすぐ前だけを見つめている。まるで妖精みたいな早さだ。

 あまりに早すぎて、見失ってしまいそうな気がした。

 けれども、決して見失うことはなかった。


「あ、ムラサキテングダケ」


 ララは、珍しい薬草を見つけるたびに立ち止まり、匂いを嗅いだり、色を確かめたりしていた。


「これ、そのまま食べられるんですよ。知ってた?」


 その場でもぐもぐかじって、文字通り道草を食いながら、のんびり歩いていた。


 ララに追いついた俺は、山を流れてゆく雲を眺めて、そういえば立ち止まって風景を眺めたのはいつぶりだっただろうか、などと思い返していた。


 標高1000メートル、なだらかに広がる森を見下ろして、俺が薬草を集めるために駆けまわっていた全てが、ちっぽけな輪の中にすっぽり収まってしまったようだった。

 思えば前世から、ずっと先を急いでいたような気がする。

 俺はいったい何を急いでいたんだろう。


「次はいつ会える?」


「さあ、私には分かりかねます」


 ララは、俺と同じ雲を眺めて、花の蜜を吸いながら顔をほころばせた。


「私は山と共に生きる流浪の民です……あなたも同じ山を歩いていれば、いずれ巡り合うことがあるでしょう」


 そして、俺たちは先ほどの花畑へとたどりついた。

 空は夕焼けになり、花園は紫色に染まっていた。

 木々に周りを囲まれ、ひっそりと静まり返った花畑は、無人だった。


「……あれ」


 ララは、うろちょろ、と木々の間を探し回って、花畑の真ん中に立ち尽くした。

 無人。誰もいない。人っ子一人いない。


「……あれれ? おーい、妹たち、どこへ行きました?」


 山の事はララの方が詳しいだろうから、移動のペースもララにまかせようと思っていたのだが。

 どうやら、ララは妹たちに置いて行かれたらしかった。

 のんびり歩いているから。

 もうみんな帰っちゃったよ。


「…………」


 ララは、ふっと息を漏らし、星の瞬き始めた空を見上げた。

 はかなげな笑みを浮かべ、薬草籠を背負いなおした。


「気にしないで、ライダー。おなじ山を歩いていたら、いつか妹たちとも巡り合うことがあるでしょう」


「いやいやいやいや、気にしないでいられるか」


 ララは口は笑っているのに、目にいっぱい涙が浮かんで、ふるふる震えていた。

 なにか試練(?)のようなものを乗り越えようと、必死である。


「いいえ、きっとこれも山の試練。私が一族の長となるために、乗り越えなくてはならない、試練なのよ」


「試練とか知らないから。こんなところにいたら危ないから。俺たちと一緒に行こう?」


「ううぅ……みんなぁ、どこにいったのぉ!」


 どうやら、完全な迷子みたいだった。

 お姉さんたちは一体どこに行ってしまったのか。

 ともかく、こんな山の中に迷子を置いていけるわけがなかった。


 こうして、ゆるふわな『薬草摘み』ララを連れて、俺はもとの山道へ、とぼとぼ引き返していったのだった。

 果たして俺は、いつギルドに戻られるのだろう。その事ばかり心配だった。

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