第一章 荒き剣舞の洗礼

第一話 波乱の先触れ

 私立高臣たかとみ学園。

 奈良県北部に位置する地方都市「橿原市かしはらし」に校舎を構える高等学校だ。

 地域の名勝めいしょう耳成山みみなしやま」の北側に敷地を面したこの学園は、自由闊達じゆうかったつな教育方針のもと、各方面に幅広い人材を輩出している。

 正門から続く並木道の奥にはタイル貼りの正面玄関。そこから南館の三階まで上がれば、二年教室が立ち並ぶ廊下が見えてくる。

 夜渚明よなぎあきらが在籍することになる二年四組の教室は、長い廊下のほぼ真ん中あたりにあった。


「おう、そんじゃあお待ちかねの転校生を紹介するぞー。お前ら、頼むからお行儀よくしててくれよ?」


 四組の担任教師、矢沢のおどけた声にクラスの空気が程よく和む。

 色黒半パン教師の目くばせに視線で応じると、明は前に進み出た。

 教室をざっと見渡す。生徒たちの反応は好奇心半分、「なんだ男か」が半分だった。

 おおむね不満は無い。ここに来たのはチヤホヤされるためではないのだから。


「夜渚明です。諸事情あってこちらに転校してきました。これからお世話になります」


 一句一句はっきりと区切る。模範的な挨拶をしたつもりだったが、矢沢は「固すぎだ」と呆れていた。


「本当なら夜渚は夏休み明けに転校してくる予定だったんだが、急なもんでこっちの手続きが遅れてな。半端な時期だが、まあお互い上手くやってくれや」


 無味乾燥な自己紹介はあっという間に終わった。

 明はクラスメートたちの間を抜けて、最後尾に用意された空席へと──


(……ん?)


 そこで気付く。空席は二つあった。

 窓際に一つと、廊下側に一つ。どちらの机にも、鞄は吊るされていない。


「そっちだよ。窓際の方」


 足を止めた明に、一人の生徒が声をかけた。

 中性的な少年だった。

 学校指定の学ランを、お手本のように着こなしている。襟首には明のものと同じ、金メッキの学生バッジが輝いていた。

 癖の無い黒髪は、一筋だけメッシュが入ったように白い。教師が何も言わないところを見るに、地毛なのだろう。

 少年の席は廊下側、もう一つの空席の前だ。彼はそこから窓際の席を指さしていた。


「すまない、助かる。危うく転校初日にやらかすところだった」


 明がそう言うと、少年は苦笑して、


「危なかったね。この席の主はちょっと、とっつきにくいところがあるから」


 クラスメートの何人かが無言で首肯する。

 矢沢を見ると、彼は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


黒鉄くろがねの奴、今日も来てねえのか。謹慎期間は終わったはずだぞ」


「ホームルームの直前まではいましたよ」


 間髪入れずに少年が言った。


「なにぃ? だったらなんで荷物が無いんだ?」


「さあ……」


 気のない答えを返す少年。矢沢は「ふん」と鼻を鳴らすと、こちらに顔を向けた。


「当人がいない場所でアレコレ言うのはよろしくないんだが、何かあってからじゃあ遅いからな。……いいか転校生、黒鉄の取り扱いにはくれぐれも注意しろ」


「注意、とは?」


「お前が考えてる通りの意味だよ。もともと素行のいい方じゃなかったが、最近は特に荒れてやがる」


「……覚えておきます」


 ひとまず同意すると、矢沢は「頼むぜ」と言ってから、次の連絡事項に移った。

 明は鞄を置いて席につく。その直前、斜め前の席に座っていた金谷城かなやぎ望美のぞみが、一瞬だけこちらに目をやった。

 彼女は机から腕を下ろして、スカートの左側を人差し指でつついている。


(何だ……?)


 指の示す先を凝視する。

 セーラー服と同じ、濃厚なワインレッドのプリーツスカート。そこから伸びるふとももは細く、陶器のように美麗なラインを生み出していた。

 眼福だった。


(うむ。個人的にはハイソックス派だが、タイツもなかなか……と、そういう話では無さそうだな)


 気を取り直してズボンの左ポケットを漁る。すると、ざらついた感触のものが指先に当たった。

 紙片……藁半紙わらばんしの端を破って折り畳んだものが入っていた。


(……いつの間に入れたんだ?)


 先ほど横を通った時に忍ばせたのだろうが、まったく気付くことができなかった。

 あるいは、例の力を使ったのかもしれない。触れることなく物体を動かし、怪人たちを倒したあの力を。

 明はホームルームを適当に聞き流しながら、周りに気付かれないよう、机の下で紙片を広げた。


 昼休み。屋上。


 整った字で簡潔に、それだけ書かれていた。


(こういった形で呼び出しを受けるのは三度目だな。前回は友達の悪戯だったが)


 その前は別のクラスの女子生徒から。彼女の用件は「あなたのクラスの山崎君にラブレターを渡してきてほしい」というものだった。

 どうやら自分は色気のある呼び出しに縁が無いようだ。

 しかし、今回ばかりは別の意味での期待を抱いていた。

 金谷城望美。人ならぬ力を操り、怪しげな輩と関わりのある少女。

 彼女がもたらす情報は、間違いなく明にとって興味深いものになるだろう。

 妹の死と、今朝の騒動。二つの事件は、あまりにも符合する点が多すぎる。


(危険だが、現状これが唯一の手がかりだ。首を突っ込むだけの価値はある)


 自分はツキに恵まれていると思う。調査を始めて二日と経たないうちに、早くも事態が動き始めているのだから。

 明は決意も新たに、高臣学園での第一歩を踏み出した。

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