第42話
注目が十分に集まったのを確認したところで、俺は漏らすように言った。
「アイスチェーンドラゴン」
俺のつぶやきは、この静かな空間に一瞬で響いた。
誰も意図していなかった発言だったのだろう。皆の注目が一層俺に増した。
「アイスチェーンドラゴン。それがあのドラゴンの名前だ」
俺の言葉に、皆が目を見開いた。
なぜ俺がそのドラゴンの名前を知っているか、そこに皆の注目が集まったところで、その理由を明かしていく。
「俺は奴との戦いの中で、奴をひたすらに調べ続けた。俺の魔法には、時間をかけることで相手の情報を解析する魔法があるんでな。万が一、を想定して常に奴の弱点を調べ続けていた」
「……なに?」
セルギウスがぴくりと反応した。
俺の言葉に、冒険者たちも注目する。
「解析には多くの時間がかかり、奴が飛び立つ瞬間になってようやく解析が終わった……首を落とさない魔物? 違う、奴には明白な弱点があったんだ」
「……じゃ、弱点だと?」
冒険者からの問いに、頷く。
「体内と頭に、魔石があった。それを破壊すれば、奴を仕留めることができる」
「魔石が、二つもあるのか……っ!?」
ざわざわと冒険者たちが声をあげていく。
そんな彼らをたしなめるように俺は言葉を続ける。
「ああ、そうだ。そして、セルギウスの攻撃を思い出してくれ……あの首を切断した一撃を……っ」
冒険者たちの表情が変化していく。
そう。俺たちの攻撃はまるで通用していなかったわけではない。
あのドラゴンが一体何を思っていたかは分からないが、少なくとも、
「セルギウスの一撃はあのドラゴンをあっさりと両断していたはずだ。何より、それまでの戦闘はどうだった? 俺たちが不利な場面は一度でもあったか?」
「た、確かに……そう、だな」
冒険者たちがつぶやくようにこちらを見てくれた。
「あのドラゴンの攻撃はどうだった? 確かにどれも威力のある一撃だったが、俺たちの中に死傷者はいたか? ……いや、一人もいなかっただろう?」
「……」
こくり、と冒険者が頷く。
俺はその瞬間で普段出さないような声を張りあげた。
「あのドラゴンと私たちの戦いはどうだった? 奴が追い詰めたのはたった一度だけだ! あの不意打ちによる攻撃だけだったはずだ! それまでの戦いはどうだった!? あのドラゴンは、防戦一方だっただろう!」
彼らの目に、あのドラゴンがどのように映っていたかはわからない。
だが、戦いに参加した者たちの多くが、俺の発言のように認識しているだろう。
冒険者たちはただ俺の言葉を真剣に聞いて、頷いていく。
十分に、注目を集めることができたようだ。
「みんなは冒険者ギルドが創設されたときのことは知っているだろうか?」
そう問いかけるように言って、続ける。
「冒険者ギルドは、増加する魔物に騎士だけでは対応できなくなったため、国が用意した機関だ。その目的の一つは優秀な冒険者を発掘し、騎士に迎え入れるというのもあった」
それが冒険者ギルドの始まりだ。
この時代が、俺の知る過去ならば、この考え方は間違いないはずだ。
「今では騎士に迎え入れるのではなく、勲章を与えクランとして管理することになっただろう。……そうこれらすべての目的は、共通で冒険者は力のない市民を守る存在だということだ」
俺は拳を胸に当て、声を張り上げる。
「俺はこの町で暮らした日数は、もしかしたらこの中では一番浅いかもしれない。だが、この町に住む人々には助けられている。このまま、彼ら、彼女らを見捨て、ここを脱出したくはない! だから、俺の作戦に協力してくれないか? 必ず、ドラゴンの魔石を二つ、ここに持ち帰ってみせる!」
俺はそういって、彼らに手を差し伸べる。
……やれるだけの言葉は伝えた。
俺は戦士の時代に騎士団長を務め、似たような演説を行ったことがある。
だから、ある程度はそのときを意識して、皆の心に訴えかけた。
……現状、皆の不満はセルギウスに溜まっている。だから、セルギウスの名前は出しはしない。
セルギウスへの抵抗として俺を担ぎ上げたということは、皆も俺には一定の信頼を、そして実力を認めてくれているというわけだ。
だから、俺がドラゴンを討伐する。そう強調して伝えた。
あとは彼らが俺の言葉をどのように判断するか、だ。
静かになったギルド内で、一つの拍手が聞こえた。
顔をあげる。
冒険者たちをかきわけるようにやってきたのは、オンギルだった。
「オレもロワールに賛成だぜ。このまま、やられっぱなしってのも気に食わねぇしな。あそこで逃げやがったドラゴンをぶっ飛ばさないと気が済まねぇぜ」
「オンギル……ありがとう。感謝する」
俺は彼に深く頭を下げる。
その声は一つじゃなかった。
「僕も、参加させてもらうよ」
「クライ……。悪いが、漏らしても拭いてやる時間はないぞ?」
「そ、そんなことはしないよ!」
クライへの反応で、皆の間の緊張が柔らかくなった。
二人の冒険者がそういったところで、冒険者たちが顔を見合わせた。
そして――彼らの表情がぎゅっと引き締まった。
「確かに、そうだよな。……あのときのオレたちは、確かにドラゴンを押していたもんな!」
「そうだ……そうだよな! 何びびっていたんだがな! ロワールの言う通りだ! あのドラゴンは、不意打ちでどうにかオレたちを撃退したに過ぎないんだ!」
「それに、このまま黙って逃げるなんて……冒険者として恥だもんなっ!」
空気が変わった。
……なんとかうまくいったな。
魔物と戦うよりも、こういったことは頭を使う。
気づかれない程度にほっと息をついてからセルギウスへと視線を向ける。
彼は少しだけ口元を緩めていた。
「みんな、ありがとう。これからすぐにドラゴン討伐の準備を開始するっ。具体的な話は、これから話し合う。皆には、町の防衛に協力してほしい」
「おう、任せろ! 町のことは心配するな! 必ず倒して戻ってこいよ!」
冒険者たちがぞろぞろとギルドを出ていく。
セルギウスが近くにいたクルドに一瞥を向け、外に向かった冒険者たちに合流する。
町の防衛は彼らに任せておけば大丈夫だろう。
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