第41話



 救護所での治療を終えた俺は、そこで軽く一息ついた。


「ありがとう……っ! あなたのおかげで、まだ希望が見えてきたよっ!」


 そういって、俺が治療した冒険者の一人がぎゅっと手を握ってきた。


「今は安静にしていてくれ」

「こんな非常事態に、安静になんてできますか! 私も、何かできることがないか探してきます!」


 そういって彼女は建物を飛び出してしまった。

 元気な人だな。

 俺がその後ろ姿を眺めていると、別の人が俺の名前を呼んだ。


「ありがとなロワール! あんたのおかげで助かったよ……っ」

「まだ、まだ……何とかなるかもしれないよな。セルギウスさんも戻ってきているんだしな!」


 体から痛みが消えたことで、負の感情が少しは抑えられたようだ。

 治療に来て正解だったな。

 俺は軽く息を吐いてから、立ち上がった。


「ロワールさん、行くんですか?」

「ああ、そろそろ。セルギウスと話をしてこないといけないからな」


 俺はわざとらしく、近くにいる人に聞こえるように言った。

 俺の言葉に、ロニャンが驚いたようにこちらを見てきた。


「セルギウスさんとも、話せるような立場なんですか?」

「まあな。これから迷宮攻略について話をしてくるつもりだ」

「……本当ですか!? 頑張ってくださいね!」


 ロニャンが目を輝かせそういった。

 他の人たちも俺のほうに頭を下げてくる。


「お願いします! ここから脱出できるように、頑張ってください!」

「私たちは、応援することくらいしかできませんが……あなたたちの無事を祈っています」


 彼女らの声にあわせ、横になっていた冒険者たちも激励の言葉を投げてきてくれた。

 とりあえず、希望を見せることはできたようだ。


 俺が勇者ならば、その職業を見せるだけで皆元気になるんだがな。

 俺は勇者と違ってその立場じゃない。

 だから、こういうときに勇気づけるのにも演技しないといけない。


 俺は宣言通りセルギウスと話をするため、ギルドへと向かう。

 話を聞いたところ、皆がギルドに集まっていたからだそうだ。

 建物の外は……ひとまず静かだな。


「魔物……現れないのは運がいいんですかね?」

「結界装置ごと迷宮に飲み込まれたおかげだろうな」

「だから、町の中に魔物が出現しないの? 迷宮の中でも結界は意味あるの?」

「意味はある。だが、完璧ではない」


 防げているのはあくまで出現のみだ。

 外部からの魔物の侵入までは、防げない。それが俺たちの時代の常識だ。

 簡易結界装置を用い、安全地帯を作った後は数人で見張りをして休むというのが迷宮攻略の基本だった。


 今は『剣閃雷撃』のメンバーが門を中心として、町の警戒に当たっているようだ。

 ……ただ、それでも数分に一度のペースで魔物が押し寄せてくる、


 いずれは、こちらの体力がもたなくなるだろう。

 町を歩いていたが、絶望的な表情をしているのはいずれ、この防衛線が壊れるのを理解しているからだろう。

 ギルドに到着すると、すでに多くの冒険者が集まっていた。


 セルギウスたちが受付に座っており、それに向かい合うように冒険者たちがいた。

 この冒険者たちは、クランに所属していない冒険者だろう。


「セルギウスさん! ドラゴンの討伐なんてできるんですか!?」

「あの化け物を相手にして、わかったじゃないですか! 俺たち、全然勝ち目がなかったじゃないですか!」

「首を落としても死なない不死身のドラゴンなんて、どうすればいいんですか!」


 セルギウスが恐らくドラゴン討伐に向けての提案をしたのだろう。冒険者たちから、批判の声が多くあった。

 皆の顔は険しい。俺がギルドを歩いていると、冒険者たちの視線が注目した。

 冒険者たちは俺に気づき、口元を緩めた。


「なあ、ロワールも何か言ってくれよ。今のままじゃ、ドラゴン討伐は難しいだろ?」

「ドラゴンを討伐するのは難しいんだっ。だけど、この迷宮の難易度ならオレたち冒険者だけなら、脱出を選択することもできるんだっ」

「脱出?」


 俺が首を傾げると、冒険者たちは顔を見合わせた。


「知らないのか? 迷宮は地上とつながる入口が必ずあるんだっ。冒険者だけなら、きっとそこまでたどりつける……っ」


 なるほどな。

 今ここにいる冒険者で、厳しい視線をセルギウスに向けていた者たちが一斉にうなずいた。


 つまり、彼らは町の人を見捨てて、自分たちだけなら脱出できるといいたいのだろう。

 確かにそれなら、脱出も難しくはないだろう。

 だからこそ、冒険者たちはセルギウスたちに直談判をしにきたというわけか。


「セルギウス……っ! もうこの拠点は無理だ! 放棄して、脱出するしかない!」


 受付に座っていたセルギウスは肘をつき、難しい顔で男を一度睨む。


「それは……ここにいるすべての人間を見捨てることになるんだぞ。そのようなこと、できやしない」

「ならどうすんだよ! あのドラゴンを討伐する!? 具体的な方法はあるのかよ!」


 冒険者が叫ぶと、別の冒険者が声を荒らげる。


「首を落としても死なないんだぞ!? 一体何をどうすればいい!?」

「そうだそうだ! 第一、セルギウス! オレたちは敗北してここに逃げ帰ってきたんだぞ!?」

「あの化け物に、おまえの全力の一撃だって流されちまったじゃねぇか! どうすんだよ!」

 

 ドラゴン討伐、と口にしても俺たちは一度敗北している。

 だからこそ、冒険者たちは声を荒らげて、セルギウスに対抗しているのだ。

 今のセルギウスにそれを治めるだけの立場がない。

 

 冒険者たちの言う通り、セルギウスはドラゴンを仕留めきれなかった。

 どんな理由があろうとも、撤退を選んだことに変わりはない。

 この現状を引き起こしたリーダーとして、責任を問われている。

 

 この状況で治める手段があるとすれば力で脅すくらいだろうか。

 だから、セルギウスは厳しい目とともにじっと彼らを見ていた。

 今にも口をはさみそうなキャッツや彼の部下を視線だけで押さえつけていた。


「なあ、ロワール! あんたほどの実力者ならわかるよな!?」

「あのとき、前線で戦い続けたあんたなら、ドラゴン討伐が無謀なことはわかっているよな!?」

「頼む、あんたからも言ってくれ!」


 そして、セルギウスに並ぶほどの力、と思われてしまっている俺を、無所属の人々からリーダーとして担ぎ上げられてしまった。

 俺は軽く息を吐き、皆が譲った道を歩いていく。


 厳しい目を向けてくるセルギウスと対面する。

 近くにいたキャッツが不安そうに、すがるように俺を見てきた。


 期待、されているようだ。

 どこまでその期待に応えられるかはわからないが、なるべく頑張ってみるとしようか。

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