第40話


 迷宮化した現状に、皆が驚き動きを止めていた。

 だが、このままいつまでも動きを止めているわけにはいかない。

 

「この迷宮化の範囲はどのくらいになる? 町は大丈夫なのか?」

「……っ。町が巻き込まれているかもしれないっ! 急いで帰還するぞ!」


 はっとした顔でセルギウスが声を張り上げた。

 その言葉に、冒険者たちも顔を青ざめ、我先にと動きだした。

 すでに、この場に統率という言葉はなかった。

 ……家族や友人を町に残している冒険者もいるだろう。


 焦るのは無理からぬことだった。

 皆が走る中、俺は周囲にサーチを使用しつつ、後を追う。

 皆より数歩遅れての行動になったが、そんな俺の隣にヒュアが並んだ。


「……ロワールさん、町は大丈夫だと思いますか?」

「わからないな。町までまだサーチの魔法が届かない」

「そ、そうです……よね」


 迷宮化、といっても基本構造は迷宮と同じだ。

 迷宮の中に町や土地が飲み込まれてしまうというだけだ。


 迷宮というのは魔物が壁や地面から出現するようになっている。

 ……それは迷宮のボス――この時代的にいえば核魔石級の魔物が生み出しているからだ。

 迷宮内はすべて、ボスの手足のようなもの。人によっては胃袋と言っている人もいた。

 

 そんな迷宮では、ある程度自由に魔物を作り出すことができるそうだ。

 俺のサーチ魔法が、ちょうど地面から現れようとしていた魔物の反応を捉えた。


「魔物が地面から来るぞ!」


 俺が声をあげてまもなく、走っていた冒険者たちの間から魔物が現れた。

 巨大なカニのような魔物だ。左右のハサミは、人間の胴ほどに太かった。

 突然地面から現れたことで、かちあげられた冒険者がいたが、うまく着地したようで大事には至っていない。


「皆、気をつけろ! ここはすでに迷宮の中だ!」


 セルギウスが叫ぶと、冒険者たちはそれぞれ武器を持って交戦する。

 ……こう人と魔物が入り乱れてしまうと、戦いにくいな。

 俺はなるべき巻き込まないよう、ウォータの魔法で攻撃しつつ、周囲の状況を確認していく。


 迷宮の魔物は無限に湧き出るわけではない。

 一度殲滅すると、しばらく静かになった。

 ただ……冒険者たちはだいぶ疲弊しているようだ。ドラゴンとの戦闘のあとにこれだからな。


「くそ……迷宮の魔物、強くないか?」

「……当たり前だっての。奴ら魔物の栄養は魔力だぜ? 迷宮の中はそれがたんまりあるんだからな」


 苛立ったように冒険者が叫ぶ。

 

「足を、止めていては魔物の餌食になる。進もう」


 セルギウスがそう冒険者に声をかける。

 冒険者たちは黙って頷き、歩き出した。



 ○



 町が見えてきた。

 やはり、巻き込まれていたか。

 サーチの魔法で探知したが、きちんと人間の反応はあった。


 しかし……近づけば近づくほど、決して無傷というわけではないのがわかった。

 外壁には傷ができ、魔物が侵入したと思われる形跡が残っていた。


 町に着くと冒険者たちは、慌てた様子で走りだす。

 俺もヒュアとともに町へと入ったのだが、ヒュアが息をのんだのが分かった。


「……こ、これ」


 あちこちで戦ったと思われる傷跡が残っている。

 建物のいくつかは壊れていたし、血のようなものも地面に付着していた。

 正直言って、あまり長く見ていたい光景ではない。


「せ、セルギウスさん、一体何が起きているんだ?」


 町に残っていたセルギウスの部下が、こちらへとやってくる。

 随分と疲弊しているようだ。


「セルギウスに詳しい話を聞くよりも、怪我人の場所に案内してくれないか?」

「……ロワール、だったか?」


 冒険者の視線がこちらに向く。


「ああ。これでも回復魔法はBランクまで使用できる。死者の蘇生や先天的病、傷以外の治療ならできる」

「……そ、そうか。あちらの建物に、怪我人は全員避難させている。ポーションを使って応急処置はしてある。頼む」

「了解だ。それじゃ、俺はそっちに向かう。セルギウス。またあとで冒険者ギルドで落ち合おう」

「あ、ああ……」


 セルギウスも表情が険しかったが、それでもリーダーとして余裕を見せていた。

 建物へと向かってあるき出した俺の隣に、ヒュアが並ぶ。


「私も、手伝えることがあったら、手伝います!」

「そうか。ただ、建物内はきっと負の感情が渦巻いている。気をつけろよ」

「……わかってます」


 ヒュアとともに目的の建物近くまで来た。

 外には大量の家具が並べられていた。

 恐らく、ここを救護所として利用するために、必要ないものはすべて外に出したのだろう。


 扉をあけると、あちこちでうめき声のようなものが聞こえてきた。

 ずらりと布団が並べられており、人が横になっていた。

 手当を行っているのは、ロニャンなどの非戦闘員の人たちだ。


 すでにポーションはロクにないのだろうか。

 手当の様子は、時代遅れなものが多かった。

 傷に関しては、人によってまちまちだが……体の欠損のような緊急を要するような人はいないようだ。


「き、キミ……何しにここにきたんだい?」

 

 この場の管理を任されているのだろうか。

 老婆が首をかしげてきた。


「俺はここにいる冒険者たちの治療を行うために来た」

「治療……? ということは、回復魔法が使えるのかい? ……ただ、あいにく残念だね。すでに、見習い僧侶の方々が治療を行ってくれて……この有様なんだよ」


 もうこれ以上手当はできない。まるで老婆はそういっているかのようだった。


「その僧侶の回復魔法のランクはいくつだ?」

「えーと確かEランク、だったかね?」

「それなら、大丈夫だ。私の回復魔法はBランクだ」


 話しながら、すぐ近くで横になっていた冒険者へヒールを使用する。

 先程までうずくまっていた彼の寝息が、落ち着いたものになる。

 足を骨折していたと思われる男に、ヒールを使用する。


「え? 足の痛みが消えた!?」


 驚いたように彼が足を動かす。

 ただ、俺はそちらに片手を向ける。


「あまり動かさないほうがいい。治療はほぼ完了しているが、怪我をしてから治すのに時間がかかっている。一日程度は、そのまま固定しておかないと変な癖がついてしまう」

「あ、ああ……わかった、ありがとな兄ちゃん! あんたすげぇ回復魔法が使えるんだな!」

「な、なあ! こっちも治してくれ! 痛みが治まらねぇんだ!」

「こっちも頼む!」


 次から次へと、声をかけられる。


「あまり叫ぶな。傷口に響くぞ。……全員治すから、少し待っていてくれ」


 俺はそれから、一人ずつ状態を見て、休ませる必要のある患者にはその旨を伝えていく。

 それに関してはヒュアにも協力してもらった。


 一時間もすれば、建物にいた全員の治療を終えることができた。

 さすがに連続で休みなく魔法を使用し、さらに一人一人と会話までしたのだから疲れてしまった。


 俺は運ばれてきたポーションの素材を使い、ポーション製作を行いながら一息ついた。


「……凄い、人だったんですね」


 ぽかん、とこちらを見ていたのはロニャンだ。


「それなりには、な」

「そ、それなりではないと思いますけど……他の回復魔法を使える人たちでもどうしようもなかったのに、全部治しちゃいました……」

「それなり、だ。所詮はな」


 俺は椅子に座りながら、今後のことを考えていた。

 思い出すのは、前世の記憶。

 いくつもの書物を読み漁り、他者より劣っている分、知識でどうにかしてきた。


 そんな俺の脳裏に浮かんでいるのは、一つの歴史――。


 ……氷を操り、四肢を切断されても再生することができるドラゴン。

 その名は、アイスチェーンドラゴンだ。

 この魔物はかつて一つの町を滅ぼしたとされる凶悪な魔物として、俺の時代では語り継がれていた。

 

 奴から生み出される魔力は周囲を飲み込み、夏でさえも冬に変えるほどの冷気を操っていたとか。


 一つの町を滅ぼした、か。

 この世界が、俺の知る現代から未来ではないと、確信した。

 

 ここは――遙か過去の世界だ。

 俺の時代では、滅びてしまったこの町に今俺はいる。


 歴史のままであれば、この町は滅びるのだろう。

 つまり、俺が生き残るには一つしかない。

 未来を変える、それだけだ。

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