第39話
周囲の温度が下がっていく。
今の季節は春だったが、今はまるで真冬が到来したかのようだった。
皆、比較的薄着であったため、この環境は非常にまずい。
魔力で体温調節はある程度可能だったが、すでにそれを超えている。
かたかたと震えだすものはもちろん、動きが明らかに鈍っている人も多い。
それがドラゴンの狙いなのだろう。
こちらの動きが鈍ったからなのか、それともドラゴンの動きが加速したのかはわからないが、ドラゴンの攻撃に確実に削られていた。
戦いでは地の利が大事というが、自ら有利な環境を作り出せるこのドラゴンは最強だろう。
――だが、それは決して魔物だけのものではない。
俺は用意していた4つのファイアを放った。
打ちあがった4つの火の塊は、まとまり……ひとつとなる。
それは小さな太陽のようになり、辺り一面の冷たい魔力を焼き尽くしていく。
「ロワール! 助かった!」
セルギウスの叫び声が響いた。
支援魔法を使いながら攻撃魔法を同時に4つ用意するのは多少手間取ったが――これで周囲の温度は戻った。
ドラゴンが苛立ったようにこちらを見てくる。
特大の魔法を使ったことで俺に注意が集まったようだが、すかさず俺はハイドを自分にかけ、デコイを前衛のタンクへと使用する。
前線が復帰した。
先ほどまで動きが遅れていたものたちも、すぐに戦闘準備を整える。
「うぉぉぉ!」
冒険者たちは雄たけびとともに、ドラゴンへと攻撃を仕掛けていく。
ドラゴンは周囲の環境を変えようと魔法を放ったり、直接的な攻撃で脅威を退けようとするが、俺たちの連係でそれを見事に跳ね返していく。
セルギウスが最前線で指示を飛ばし、キャッツが中盤を支えている。
俺は直接的に指示を出すような立場は用意されていないため、あくまで補助に徹する。
時々、指示が行き届いていない冒険者に軽く声をかける程度に留め、戦場を見守る。
冒険者たちは優勢だった。
ドラゴンの攻撃はことごとく封じている。
物理攻撃はすべてタンクが受けきる。タンクが稼いだ時間で、アタッカーが隙だらけの部位へと攻撃を放つ。
ドラゴンの魔法攻撃に対してはこちらの魔法使いたちが協力して相殺していた。
足りない部分は俺が魔法を使って、彼らの身を守っていた。
「ガア!?」
そんなときだった。ドラゴンの尻尾が切断された。
ドラゴンは驚いた様子で身をのけぞらし、尻尾があった部分を見ていた。
明らかに苛立った表情で、周囲を睨みつける。その両目に怒りが浮かんでいるのはわかったが、弱体化しているのは明らかだ。
最初程の迫力はない。
勢いづいた冒険者たちが攻撃を繰り返していく。
ドラゴンの体力は尋常ではない。
防戦一方のはずなのに、俺たちよりもまだまだ自由に動いている。
……スタミナ勝負に持ち込もうとしているのは、ドラゴンの動きからして分かった。
いくらこちらは有利とはいえ、あくまでそれは大人数で戦っているからの話だった。
大人数で戦っているとはいえ、戦場に立っているときは一人だ。
ドラゴンを相手にしているというプレッシャーが、精神に重くのしかかる。疲労は、確実に溜まっているな。
速いところ、決める必要がある。
そう思っていた時だった。セルギウスがこちらへとやってきた。
「この状況、どうみるロワール!」
彼はスタミナの回復のため、一度後退していたようだ。
「さっさと決めるべきだ。ドラゴンも確実に削れているし、何か決定的なスキルでも持っているのならこの辺りで使うべきじゃないか?」
何か、セルギウスは隠しているはずだ。
Aランクの雷鳴剣士ともなれば、必殺技ともいえるような大技の一つや二つ隠し持っていても不思議ではない。
俺の言葉に、セルギウスは口元を緩めた。
「やはり、このくらいはお見通しか。ドラゴンを仕留めるために大技を放つ。攻撃の瞬間、支援魔法を三つお願いできるか?」
「了解だ。任せろ。そちらに合わせるから、自由に動いてくれて構わない」
「……頼りにさせてもらうぞ」
セルギウスが叫び、前衛へと向かう。
「オレがスキルを放つ! みんな、あと少しの辛抱だ! オレが攻撃したあと、一気に畳みかけろ!」
セルギウスが指示を出し、前衛が動いていく。
冒険者たちをうまく誘導し、彼は自分のスキルを当てるための隙を作りだした。
セルギウスが跳躍し、その剣に雷が集まる、
雷鳴剣士というだけあって、雷の扱いが得意な剣士だ。
彼の剣に雷属性の魔力が集まっていく。空気を破るような音を響かせていたその剣を、セルギウスは振りぬいた。
その瞬間に合わせ、俺は支援魔法を三つ発動した。セルギウスの表情が一瞬険しくなったが、何とか制御してみせる。
振りぬいた剣がドラゴンの首へと直撃する。
バチィっという雷がドラゴンの首から全身へと流れ、その体を焼いた。
切れ味も増していたのだろう。彼の一撃によって、ドラゴンの首があっさりと落ちた。
ドラゴンの体が沈む。
切断されたドラゴンの顔は驚きに染まっている。
まさにそれこそが、セルギウスの一撃を象徴するようなものだった。
追撃をしようとしていた冒険者たちだったが、首が落ちた以上、攻撃を仕掛ける必要はないと思ったのか、皆が固まっていた。
「……す、すげぇ」
「セルギウスさんの本気の一撃……初めてみたかもな」
「やば、かったな。あの頑丈な首をあっさりと斬り落とすなんて……」
「い、いや……セルギウスさんの剣はあれほどの威力はなかった。……戦いの中で成長したのか、あるいは――」
そういった冒険者の視線が俺のほうに向いた。
……おかしい。
俺は周囲を警戒するためにB・サーチを発動した。
だが、だが――終わりじゃない。
「魔力反応が減らない! 気をつけろ! まだ何か来るぞ!」
俺はすぐに叫んだ。
俺の言葉に反応したのはセルギウスだけだった。
セルギウスが視線をドラゴンへと向ける。その落とされた首――その両目と口元がにやりと笑った。
「え?」
近くにいた冒険者の体を殴りつけ、吹き飛ばした。
それは、最初に切り落とされたドラゴンの尻尾だった。
俺はそちらに風魔法を使い、冒険者の体を受け止めた。
……とはいえ、衝撃を殺す余裕はない。
冒険者は血を吐き、その場で意識を失った。
俺は回復魔法を使って応急処置を施す。
「全員、気を抜くなっ! まだ奴は生きている!」
セルギウスが叫ぶが、冒険者たちは動揺していた。
「な、なんでだよ! 首を落としても死なないなんて、どうしたらいいんだよ!」
どんな魔物でも、首を落とされれば死んでいた。
その常識が崩され、冒険者たちを包んだのは恐怖だった。
それをあおるように、ドラゴンの落ちた頭が動いた。
元の位置に頭が戻り、その両目が愉快そうに俺たちを嘗め回すように見た。
そうして、近くで恐怖によって足を止めていた冒険者へとかみついた。
「がああ!?」
冒険者は逃げるのに遅れ、左腕をかみちぎられた。
俺はすかさずドラゴンの頭に魔法を放ち、その腕を回収し、男の左腕にあてて回復魔法を使用する。
次々とやられた仲間を見て、全員がすっかり委縮していた。
セルギウスも、動けないでいた。……首を落としても仕留められない魔物を、どうやって倒せというのか。
そんな俺たちに……ドラゴンは追撃を仕掛けてこなかった。
ドラゴンは翼を大きく広げ、空へと飛びあがる。そうして、周囲を飛び回り、魔力をまき散らしていく。
……何をしているのかわからないが、攻撃してこないのならそれでいい。
「セルギウス、撤退するしかない。このまま戦い続けても、無駄に傷を負うだけだ」
「……そう、だな」
彼は歯噛みしてから、口を大きく開いた。しかし、彼の口から声が出ることはなかった。
セルギウスは、空を見たまま固まっていた。
空を飛んでいたドラゴンは、まるで空に溶けるように消えた。
よく見れば、晴天だった空は不気味な紫色の雲に覆われていた。
周囲もどこか薄暗く、明らかに先ほどまでとは違う世界にいるのだとわかった。
肌にべっとりとつくようなこの感じはまさか――。
「迷宮、化……だと」
呟くようにセルギウスがその言葉を口にした。
迷宮の中であることは、俺でもわかった。
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