第38話
森の奥深くを移動していた。
フォレストウルフやストーンハンドといった魔物はもちろん、モモンガハンターと呼ばれる魔物までも出現するようになってきた。
この辺りの魔物たちは、非常に狡猾で群れで行動する。
本来の冒険者パーティーなら苦戦するのかもしれない。
だが、しかし……セルギウスたちは違った。
モモンガハンターは滑空するようにとびかかってきて、その腕に生えた鋭い刃を振りぬいてきた。
モモンガハンターは必ずといっていいほど、フォレストウルフとともに行動する。
それら二種の魔物たちを見ても、セルギウスを中心とした彼らがあっさりと処理していく。
セルギウスが剣を抜き、振りぬく。モモンガハンターはすかさずかわそうとしたが、セルギウスの刃から放たれた斬撃が、逃げ道をふさぎ、切り裂いた。
フォレストウルフが飛びかかってきたが、それをセルギウスは返す刃で切り伏せた。
……さすがに、上級職『雷鳴剣士』の職業を持っているだけはある。
セルギウスの職業ランクはAランクだそうが、雷鳴剣士ならばAランクでも十分な力だ。
前世でもそうなのだから、この時代ならばそれはもうクランリーダーを任されるだけの驚異的な力だろう。
セルギウスは軽く息を吐き、俺を見てきた。
「魔物は残っていないか?」
「近い魔物は今のところいないな」
「了解だ。進もうか」
道中の魔物は、セルギウスを中心とした高ランクの冒険者たちで仕留めていく。
移動に際して、むやみに体力や魔力を消費したくないからだそうだ。
「……凄い、強いですね」
セルギウスたちの戦いを間近で見ていたヒュアがそういった。
確かに彼らの力は強い。
ただ、俺は前世の職業と彼らを比べる。
……どうにも、能力が下がっているように感じる。
職業ランクは十分に高いよな? 一体、何が問題なのだろうか。
そんなことを考えながら、森の奥地へと進んでいく。
「ロワール、そろそろわかるんじゃないか?」
セルギウスが問いかけてきた。
俺のB・サーチに……とうとう巨大な魔力が引っかかった。
「ドラゴンの反応を捉えた」
「……そう、か。みんな、もうすぐドラゴンが見えてくる。気を引き締め直してくれ!」
セルギウスが叫ぶと、後方の冒険者たちの表情が険しくなった。
……これまではどこかのんびりとした会話もあったが、セルギウスの言葉から一切の無駄話が消える。
戦闘に向けての空気は悪くない。
あとは、この緊張が絶望へと変化しないことを祈るしかない。
さらに少し進んだときだった。セルギウスが剣をあげる。
止まれの合図だ。
俺たちの視線はまっすぐに前へと向けられる。
木々の間から、そのドラゴンは見えた。
決して巨大なドラゴンではない。全長はおおよそ20メートルほどだろうか。
全身は銀色で、どこか美しささえも感じた。
二本の太い脚が見え、大きな翼が見える。鋭く伸びた尻尾は時々少しばかり揺れた。
今は眠っているようだ。そのドラゴンを見て、後方の冒険者たちが息をのんだのがわかった。
それでも、悲鳴はあげない。
「ロワール。オレたちに支援魔法を。それと、魔法部隊は準備してくれ……先手をとるぞ」
セルギウスの言葉が伝達されていく。
俺は即座に全員に支援魔法を施す。
セルギウス以外はBランク強化魔法のみを。
セルギウスは、Bランクをダブルでだ。
準備は整った。
あとは、攻撃を放つ瞬間だけだ。
セルギウスは息をすっと吸い込んで、剣をドラゴンへと向けた。
「全員、魔法を放て!」
セルギウスの言葉とともに、いくつもの魔法が飛んだ。
俺も彼らの魔法にあわせ、B・ファイアを打ち込む。
休みのない魔法の連打。これまでの魔物ならば、確実に倒れていたであろうに、このドラゴンはすべてを受け切ってみせた。
ドラゴンは何事もなかったかのように体を起こし、翼を広げた。
巨大な翼だ。二本の太い脚で立ちあがった高さは、おおよそ4メートルほどだろうか。
ドラゴンが大きく翼を広げると、周囲に冷気が放たれた。
こちらの魔法を飲み込み、吹き飛ばすような冷気の魔法だ。
冒険者たちが放った魔法のすべてが、その冷気に飲み込まれる。
一瞬で体が凍り付くほどの冷たさ。俺はすぐに体内の魔力を意識し、体温を高めていく。
「全員、魔力で体温を調整するんだ。……前衛はこのまま突っ込む!」
冷気の魔法を押しかえすように俺はB・ファイアを打ち込む。
冷気と俺の魔法がぶつかりあう。
負けてたまるかよ。
B・ファイアを三つ放ち、その冷気を弾き、ドラゴンの顔にファイアをぶちあてた。
ドラゴンがよろめき、その両目が俺を捉える。
さすがにあんだけ魔法を使っていたら、俺に注目が集まるのも当然か。
周囲の冷気が消え、冒険者たちが雪崩れ込むように切りかかった。
「ガアア!」
ドラゴンは吠えると同時、その尻尾を器用に振り回した。
体の前にまで届くその尻尾は鞭のようにしなり、冒険者たちを薙ぎ払おうとした。
だが、一番先頭にいた冒険者が盾を持ってその尻尾を受け止めた。
このパーティーのタンクだ。
二人がかりではあったが、 尻尾の攻撃を受け切り、ドラゴンの動きが止まる。
「くらえ!」
セルギウスが叫びながら、剣を頭上へと構えた。彼の剣に強い魔力が集まり、雷をまとう。
振りぬかれた剣はドラゴンの首へと当たる。
雷をまとった一撃は、あっさりとドラゴンの首へと深く刺さる。
「ギャア!」
悲鳴にいた叫びとともに、ドラゴンは後退する。
すぐに態勢を戻したドラゴンはその場で翼を広げ、後退するように羽ばたき、口を大きく開いた。
そこから放たれたのは氷の塊だ。
俺はすかさず魔法を放つ。
B・アースブロックだ。ドラゴンと冒険者たちの間に巨大な土の壁が出現し、攻撃を防いだ。
「魔法を放て!」
俺が叫ぶと、第二陣を用意していた魔法部隊から、魔法が放たれた。
同時に俺は土の壁を解除する。
ドラゴンはその場で大きく吠え、再び冷気を作った。
それはバリアのように身を守る。
「ガアア!」
ドラゴンは翼を動かし、セルギウスたちへと飛び掛かる。
タンク三名が現れ、セルギウスたちの前に立ちはだかり、攻撃を受ける。
俺は彼らへとヒールを発動しながら、ヒュアとオンギルを見る。
彼らと視線があったのは一瞬だったが、俺の意図を理解したようで動きだしていた。
隙だらけとなっていたドラゴンの尻尾へと近づく。
そして、それぞれが持っていた武器を振りぬいた。
「ガアア!?」
ドラゴンの尻尾の根元に、ヒュアの剣とオンギルの斧が突き刺さった。
ドラゴンは即座に尻尾の痛みから敵の位置を予想したのだろう。
尻尾を振り回したが、俺はそれより速くオンギルとヒュアへの支援魔法をかえた。
攻撃重視のパワーアップから、速度重視のスピードアップにな。
その甲斐あって、二人はすでに危険な領域から離脱していた。
ドラゴンはその場で体を回転させ、爆風とともに氷の矢を放った。
何名かの冒険者がそれに巻き込まれ、悲鳴があがる。
「怯むな! 持っているポーションで回復しろ! タンク、オレがもう一度仕掛ける、援護を頼む!」
「あ、ああ!」
タンクが叫び、動き出す。
ドラゴンとの戦いは、こちらが押している状況だ。
……だが、周囲の温度は異様なまでに下がっている。
短期決戦……。おそらく、セルギウスの頭にもその言葉が浮かんでいるだろう。
白い息を視界におさめながら、俺はファイアの魔法を用意した。
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