第37話
次の日の朝。
俺とヒュアはドラゴン討伐のため、ギルドへと来ていた。
まだ空が暗い中、ギルドに集まった冒険者は三十人ほどだった。
百人近くはいた冒険者たちだが、今はあまりにも少ないな。
その中には、オンギルとクライもいて、俺たちに気づくとこちらへとやってきた。
「おっ、ロワール、おまえも参加するのか?」
オンギルがにぃっと口元を緩め、俺の肩を叩いてきた。
「ああ。二人もか?」
「そりゃあな。ドラゴンなんざ一生でもなかなか出会えない強敵だ。それに参加しない理由はねぇぜ」
オンギルらしいな。
「クライも同じ理由か?」
「ち、違うよ。僕にはきちんとした考えがあってね」
「考え?」
ダークパンサーの時とは面構えが違った。
まるで何かを決意したような顔だ。
「僕は『剣閃雷撃』に入れてもらうために、ここで活動しているんだ。……ダークパンサーのときは、そりゃあ怖かったけど……あのとき、少しだけ成長できた、からね。……このまま頑張って、アピールしようと思ったんだ」
「そうか。はいれるといいな」
クライの理由は俗物的ではあるが、力の原動力としては一番わかりやすくていい。
二人と話をしていると、受付奥からぞろぞろと『剣閃雷撃』のメンバーが現れた。
代表五人が前に立ち、さらに後ろでは二十人ほどがいた。
メンバーはもっと多かったはずだが、町の防衛のために戦力を残す必要もあるだろう。
前に立ったセルギウスが、声を張り上げた。
「みんな。まずはここに集まってくれたこと、感謝する。これより、ここにいるメンバーでドラゴン討伐へと向かうッ!」
セルギウスの言葉に、冒険者たちから歓声があがった。
士気は十分、といったところか。
セルギウスが後ろにいたメンバーに視線を向けると、奥からぞろぞろと受付が現れた。
受付が持ってきた箱には、ポーションが大量に入っていた。
「これより、アイテムの配分を行っていく。まずはポーションだ。一人五本ずつ、取りに来てくれ。ここにあるポーションはすべてCランクのものだ。緊急時に活用してくれ」
俺が作ったものだな。そのくらいの準備は俺の方で済ませてきている。
箱の前に冒険者が並び、順番にとっていく。
「すげぇ! Cランクポーションなんて滅多にお目にかかれないぞ!」
「さすが、『剣閃雷撃』だな!」
オンギルとクライも列がすいてきたところで移動しようとして、オンギルがこちらを見て言った。
「おまえたちはいいのか?」
「ああ、すでに予備でいくつか持っている。ほかの人に回してくれればいい」
そもそも、このポーションはすべて、俺が作ってギルドに納品していたものだからな。
列が掃けたところで、セルギウスが息を吐いた。
「すぐに出発する。みんな、南門で待機していてくれ」
セルギウスがそういって先頭を歩き、冒険者たちはぞろぞろとついていく。
最後尾に俺たちがつくと、キャッツも隣に並んだ。
「ポーションのこと、リーダーが滅茶苦茶感謝してたにゃ」
「お礼なら、すでに金でもらってるさ」
「それでもにゃ、リーダーは今忙しいから、私がかわりに伝えておくよう頼まれたにゃ」
「了解だ。確かに聞いた」
「それと、ドラゴン討伐に参加してくれてありがとにゃ」
「それなら、ヒュアに感謝するといい」
「え、どうしてにゃ?」
「俺が参加するか考えていた時に、彼女が頼んできたんだ」
俺が言うと、キャッツの視線がヒュアへと向く。
柔らかな笑みだ。
「そうなんだ……ヒュアちゃん、ありがとにゃ」
「わ、私は別に何もしていませんよ。ただ、お願いしただけです」
「にゃはは、とにかく、二人がいてくれたら心強いにゃ」
「あまり期待しすぎないでほしいんだけどな」
しばらく町を移動していく。まだ朝早いが、俺たちの出発を見送りに来た人であふれていた。
と、先頭を歩いていたはずのセルギウスがこちらへとやってきた。
「ロワール、少しいいか?」
「どうした」
セルギウスがちらとキャッツを見て、口元を緩めた。
「それにしても、キャッツが誰かになつくなんて珍しいな」
セルギウスがからかうようにそういうと、キャッツが頬を染めて首を振った。
「にゃっ!? なついているとか、そういうのじゃにゃい!」
「そうか? ところで、ロワール。支援魔法のことなんだが……支援魔法の使い手と聞いたが、間違いはないか?」
「ああ」
別に隠すようなことではない。
俺がはっきりとうなずくと、セルギウスが頭を小さく下げた。
「そこで、お願いしたいのだが、ここにいる皆に支援魔法の制御訓練をさせたい、頼めるか?」
セルギウスが指さしたのは、森で出会った十人ほどの冒険者だ。
おそらく、この拠点にいる彼のクランの最高戦力たちなのだろう。
「ああ。もちろんだ」
戦力を高めるためなのだから、協力しないわけがない。
俺が片手を全員に向け、即座に支援魔法を発動する。
その瞬間、皆が目を丸くした。
「な、なんだ力が沸き上がる!?」
「し、しかしこれは制御がなかなかに難しい……っ」
「これほどの支援魔法は、初めて、だな!」
「と、というか、今一瞬で!? 一体何が!」
「……これが無詠唱。羨ましい……」
皆様々な反応をしたが、俺のDランク支援魔法を容易に制御していた。
なるほど、このくらいなら問題ないか。
俺が冷静に分析していると、セルギウスが目を見開いてこちらを見た。
「ぜ、全員に一度に使ったのか?」
「ああ」
「……まさか、それほど多数の魔法を制御できるとは……想像以上だな」
「まあ、訓練したんだ。さっきの支援魔法だが、勝手に判断してパワーアップとマジックアップを使ったが……ほかの支援魔法が欲しい場合は個別に教えてくれ」
「……それもこの一瞬で、か」
セルギウスもまた、目を見開いていた。
「元々、人の観察は得意なんだ」
「本当にすさまじい才能だ。改めて聞くが、オレのクランに入ってくれないか?」
「今のところ、考えてはないな」
「そうか……残念だな」
セルギウスがふっと息を吐いた。
セルギウスとの話が終わると、冒険者たちが俺のほうへとやってきた。
「支援魔法はランクいくつまで使えるのですか?」
「Bランクまでだな」
「B!? 一流の支援魔法使いでもなきゃそんなの使えませんよ!? 本当ですか!?」
「それと、支援魔法は二つ、三つと重ね掛けもできる。制御訓練に終わりはないから、いくらでも遠慮なくいってくれ」
「す、すごい……魔力は大丈夫なんですか……?」
「俺は魔力が一番あるようでな。このくらい、呼吸するようなものだ」
「凄すぎますよ。羨ましいです……」
驚いたように冒険者たちが見てくる。
それぞれの冒険者に支援魔法をかけてから、セルギウスを見る。
「セルギウスは何の制御訓練を行いたい?」
「……そうだな。Bランクで、パワーアップとスピードアップはお願いできるか?」
「もちろんだ。だが、いきなり二つも大丈夫か?」
「たぶん、なんとかなるだろう。他クランのリーダーに、ロワール並みに支援魔法を使える者がいてな。何度かクエストを共に受けたことがあって、経験があるんだ」
経験があるなら、問題ないか。
セルギウスに二つの支援魔法をかけると、彼の表情が露骨に変化した。
「凄まじいなこれは。先ほど話した他クランのリーダーよりもずっと強化されている。本当に規格外だな……」
同じランクの魔法でも、人によって効果が変わる。
強くも弱くもなるが、どうやら俺の支援魔法は比較的優れているようだ。
そうして、俺たちは南門に到着した。
いよいよ、出発だな。
セルギウスが振り返り、集まった人々へと視線を向ける。
「みんなは我々が帰還するまで、この町を守っていてくれ! 有事の際の指揮はお前に任せる、グルト!」
セルギウスのクランの者だろう。
四十代と思われる男がセルギウスの声に反応し、すっと頭を下げた。
……かなりの実力者であるのは容易にわかった。彼にもドラゴン討伐に参加してほしいが、この町で指揮をとれるものがいなくなっても困る。
セルギウスはグルトの反応を見てから、背中を向ける。
そして彼はもっていた剣を森へと向けて叫んだ。
「それでは、出発する。これだけのメンバーがそろっていれば、ドラゴンなど恐れるような魔物ではない! オレを信じて、オレについてこい!」
力強い言葉だな。それにつられるように冒険者たちが声を張り上げる。
ドラゴン討伐、うまくいってくれればいいが。
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