第28話


 ダークパンサーを倒した俺たちは、町へと帰還した。

 

「きゃ、キャッツさん! ご無事でよかったです!」


 クランメンバーの男である門を守る男が、俺たちに気づくと声を張り上げた。

 それに合わせ、門近くに待機していた冒険者たちがぞろぞろと現れる。


 ダークパンサーのために残っていたメンバーだ。万が一の場合、彼らがここで時間を稼ぎ、町の人を逃がすという手はずだった。

 俺たちの無事を見て、彼らはひとまず安堵の息を吐いていた。


「それで、ダークパンサーはどうなったんですか!?」

「撃退できたんですか!?」


 矢継ぎ早に訊ねられたキャッツは満面の笑顔とともに頷いた。


「撃退どころか、討伐にゃ! この魔石がその証にゃ!」


 ダークパンサーの体から掘り返した魔石を掲げる。

 通常の魔物よりも一回り大きく、純度の良い魔石だ。

 それを見た冒険者たちは顔を輝かせた。


「さすがキャッツさん!」

「まさか撃退ではなく討伐してしまうなんて……っ」

「違うにゃ違うにゃ」


 ぶんぶんとキャッツは首を振る。

 パーティーの最後尾で休んでいた俺を、彼女が見てきた。


「今回の戦いは彼――ロワールがいたからこそだったにゃ」


 まさかここで名指しされるとは思っていなかった。

 キャッツが俺の方にやってきて背中を押してくる。

 気づけば、町の奥にいた人々も集まっていて、それはもう注目されてしまった。


「え? ロワールって確か……」

「そうそう。冒険者試験で前代未聞のCランクだった男だよな?」

「……実力は本当だったんだな」


 驚きながら、感心するようにこちらを見てきた。

 いや、俺は別にこういうのはいいから……と逃げようとしたが、キャッツが肘を抱え込んでくる。


「ロワールの支援魔法と攻撃魔法、そして戦場での冷静な指示があったから、ダークパンサーを怪我人なしで突破できたにゃ! にゃ、みんな!」


 キャッツがクライやオンギルたちに訊ねる。

 皆がこくこくと頷き、Cランク冒険者たちに至っては過剰なまでにほめたたえていた。

 キャッツとともに町中を歩いていく。

 人々が俺たちを囲むように集まってきて、笑顔とともに言葉をかけてきた。


「ダークパンサーを倒してくれてありがとな!」

「おかげで俺たちはまだこの町で活動できるよ!」

「新人冒険者なのにすげぇな、ロワール!」

「大活躍だって聞いたぜロワール! 今度俺たちと一緒にパーティー組まないか!?」


 すれ違う人たちにそんな風に声をかけられ、俺は苦笑とともにギルド目指して歩いていった。

 ……だいたいこういう時、俺が中心にいることはほとんどなかった。

 前世では、勇者が先頭になって歩き、市民の羨望を集めてくれていた。


 『人に注目されまくるの疲れるんだよー』と、勇者は俺に駄々をこねていた。

 人気になれば、可愛い女の子――勇者は女なので、男の子と親しくなれるしいいじゃん、と思ったけど確かにここまで過剰に視線を集めるのも考えものだな。



 〇



 その日の夜は、宴となった。ダークパンサーを仕留めたということで、盛大にお祝いをするのだそうだ。

 主役の俺たちがまず挨拶をして、それから乾杯となる。

 すでに挨拶は終わり、皆が酒の入ったジョッキを持っていた。


 そして、キャッツの乾杯を合図に、皆が酒をあおった。

 飲み切ったところで、オンギルが空になったジョッキをかかげ、叫んだ。


「かーっ! やっぱ仕事の後の一杯はサイコーだな!」

「豪快だな」

「当たり前だ。おら、ロワール! ナンパでも行こうぜ!」

「いや、別に俺は――」

「おう、行くぞ!」


 話を聞け。

 無理やり肩を組まされ、引きずられるように連れていかれる。

 最初に声をかけたのは、近くにいた女性だ。

 どちらも可愛らしく、発育も良い。


「あっ、ロワールさんと……えーと」

「オンギルだ! おいおい、ダークパンサーの尻尾吹っ飛ばした男の名前を忘れるんじゃねぇよ」


 オンギルが冗談交じりに言って、女性へと近づく。

 と、女性たちはオンギルをさっとかわし、俺のほうにやってきた。


「ロワールさんっ! ご活躍聞きました! とてもすごかったそうですね!」

「俺だけじゃない。ここにいるオンギルも、向こうにいるクライもな」


 あまり注目されても困るので、俺はオンギルをほめたたえることにした。

 すると女性は目を輝かせ、俺のほうに近づいてきた。


「……謙遜しないでください。みんな、ロワールさんのおかげだっていっていましたのに、ロワールさんは自分のおかげだなんて言わないんですね!」

「いや、その……」


 想定外なんだが?

 オンギルが悔しそうにこちらを睨んでくる。


「あっロワールさんいました!」


 こちらへとやってきたヒュアが俺と女性たちを見て、首を傾げていた。

 女性は、なぜかやべ! という顔でヒュアを見ている。


「なにしていたんですか?」

「いや、別に……何でもないですよ」

「そうなんですか?」


 ヒュアが女性たちに首を傾げて訊ねると、女性たちは僅かに微笑んで去っていく。

 ヒュアは、じろーっと俺の方を見てきた。


「仲良いのですか?」

「別にそういうわけじゃない。さっき会ったばかりだ」

「そ、そうなんですか!? なのに、デレデレしていたんですね」

「していたか? どちらかという困っていたんだがな」

「そんなことないですよ。鼻の下伸びてました」


 ……知らん。

 腕を組んだヒュアが、ぷんぷんと声を荒らげる。

 そんなに怒らなくてもいいだろう。ヒュアが気にするようなことではないはずだ。

 そう思っていると、背中からぎゅっと抱きつかれた。


「にゅふふー。なになに、痴話喧嘩かにゃー?」


 俺に頬ずりをしてきたのは、キャッツだ。


「な、なにしているんですかキャッツさん!」

「えー? 見てのとおり、頬ずりだにゃ?」

「それが何をしているのですかと聞いているんです!」

「だってー、私ももっとロワールと仲良くしたいしー。ロワールも嫌じゃないにゃ?」


 もちろん嫌ではないが、酒臭いんですけど。

 俺が黙っていると、ヒュアが唇をぎゅっと結んだあとこちらへと近づいてくる。


「だ、ダメです! あまり不純な行為はいけませんよっ!」

「もう、そんな堅苦しいこと言っちゃってー。エルフ族は純潔を大事にする種族なだけあるにゃ」

「皆さんが乱れすぎなんです……っ!」


 キャッツが俺にぎゅっとしがみついてくる。柔らかな感触が背中一杯に広がる。

 ヒュアがそれを必死にはがそうとするが、キャッツの力は強い。

 ぎゅっ、ぎゅっと色々なものが押し付けられ、それをどうにかしようとするとヒュアの体も触れる。


 俺としては、別に悪い気はしなかったので黙って受け入れることにした。

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