第27話



「おい、さっさと動きやがれ!」


 オンギルが怒鳴りつけるように叫ぶ。

 だが、ヒュアとクライは未だ体が硬直してしまっていた。

 ダークパンサーが目をつけたのは、ヒュアだ。


 オンギルが眉間を寄せたあと、走り出そうとした。

 だが、それを俺が制止する。


「オンギル、動くな! 俺がやる」


 叫ぶと同時、俺は風魔法を放っていた。

 ダークパンサーがヒュアへと迫るより先に、ヒュアを俺の風が吹き飛ばした。

 ヒュアに飛びかかっていたダークパンサーの攻撃は、空を切った。


 大地を転がるヒュアの体を風を操ってクッションのように受け止める。


「怪我はないな?」

「は、はい! すみません、迷惑をかけてしまって!」

「大丈夫だ! クライ、ヒュア、少し休め! 俺が引きつける!」


 俺は自身にデコイを発動する。

 クライもヒュアも、まだ完全には回復しきれていない。


 俺は多重支援を自身に付与して、駆け出した。


「まさか、おまえ自分に支援魔法かけてるのか!?」

「まあな……っ」


 オンギルが驚いたようにこちらを見た。

 そう思われるのも無理はないな。支援魔法使いは、基本自分には使用しない。

 ……自分への支援魔法は負担が大きい。

 支援を維持する脳の疲労、支援を受ける肉体の疲労。それを同時に受けるようなもの。


 多重支援の数はB・パワーアップ二つにB・スピードアップが一つ。

 それでさえも、体には疲労感があった。

 俺は大地を蹴りつけ、ダークパンサーへと斬りかかる。


 同時、戦士の記憶を掘り起こし、戦士としての動きを再現していく。

 ダークパンサーが牽制するように小さな攻撃を行ってくるが、それらすべてをかわす。


 同時、俺は周囲の状況をサーチ魔法で判断し、誰が今どこにいるかを把握し――。

 ダークパンサーの攻撃を誘導したところで、俺はオンギルに指示を出す。


「オンギル、背中を狙ってくれ!」

「……あ、ああ!」


 オンギルが斧を振りぬいた。

 ダークパンサーの顔が露骨に驚いたようなものになる。よほど、重たい一撃だったのだろう。

 尾を失った今、尾による反撃はそこまで警戒するものじゃない。


 ダークパンサーに攻撃を仕掛けていたのだが、その体が沈む。

 これまでに何度か見たことのある行動なので、次に来る攻撃が分かった。


 回転だ。

 分かっていた俺とオンギルが即座に後退する。

 ダークパンサーが回転とともに振りぬいた爪に、巻き込まれる者はいない。


「クライ、準備できたな!?」

「ああ……もう大丈夫だ!」

「俺が魔法をかけたタイミングで交代してくれ!」

「わかった」


 ダークパンサーの攻撃をかわし切ったところで、俺はクライにデコイを使用する。

 同時に自分にハイドを使用する。

 それでも、稼ぎすぎた注意がすぐに俺から消えはしなかったが、クライが何度か攻撃したところで、俺を狙うことはなくなった。


 そこで一息をつく。

 前世では勇者たちに前衛を任せ、俺は補助に特化していたからこうした戦いは久しぶりだった。

 さすがに、どっと疲労が返ってきた。

 頬を伝う汗を拭っていると、隣にオンギルが並ぶ。


「おまえ、魔法使いじゃなかったのかよ」

「多少だが、剣も使えるんだよ。ま、疲れるけど」

「おいおい。あれで多少って、そこらへんの前衛職が泣くぜ?」


 ……この時代では、戦士を極めただけの俺でも十分活躍できるんだよな。

 そりゃあ、前世でも剣の扱いがうまい人や特殊なスキルを持っている人ならば、下級職でも活躍できることはあったが、俺はそういう類の才能はなかった。


「ロワール、こっちは終わったにゃ!」


 キャッツたちが合流した。

 ……見れば、チビパンサーだったと思われる死体が転がっている。

 Cランク冒険者たちはどこか疲れている様子だ。


「随分と時間かかったな。こっちもも終わりそうだ」

「そう言わないでほしいにゃ。Eランクのチビパンサーよりも強かったんだにゃ」

「そうか」


 生み出されてすぐだし、普通よりも強いとかあるのかもしれないな。


「了解だ……さて、そろそろ仕留めるとするか」


 俺は軽く呼吸をした後、クライに叫んだ。


「クライ、移動するぞ! 先導は任せる!」

「……わかった!」


 それが、合図だ。 

 俺はもう一度クライにデコイを発動した。

 ダークパンサーが吠えながらクライへと飛びつく。


 クライはそれを跳んでかわし、ある方角へと走り出す。

 その後を、ダークパンサーも追いかける。

 クライは木々をうまく使い、距離を離していく。ダークパンサーは怒りに任せ、木々を薙ぎ払い進む。

 俺たちがさらに遅れてその後を追う。


「ロワール、罠を発動するのにゃ?」

「それに合わせ、前衛にはパワーアップを付与する。制御できなくて、多少体に負担がかかるかもしれないが……これが最後だから――ありったけを叩き込んでこい」


 俺がCランク冒険者たちを一瞥すると、彼らは大きく頷いた。

 クライとダークパンサーを観察しながら、後を追う。

 俺が仕掛けた罠魔法……それが設置されている箇所をダークパンサーが踏み抜いた瞬間、俺は魔力を込めた。


 ダークパンサーの足元が光ると同時、魔法が発動した。

 幾何学模様の魔法陣が出現すると同時、ダークパンサーの足を掴むように土が現れた。


 足から体へと土が伸びていく。それはまるで蔓のようにダークパンサーへと巻き付いていく。

 ダークパンサーが暴れようと体を動かす。俺はさらに魔力を込め、その体を拘束する。


「今だ! やれ!」


 全員への支援魔法を使用した俺は、ダークパンサーを逃がさないために罠へと魔力を込める。

 オンギルが斧を振りぬく。

 クライが剣を振り、ヒュアもまた持っていた剣をたたきつけていく。


 全員がそれぞれの武器を、魔法を放ち、ダークパンサーを攻撃する。

 そして――オンギルが斧を振りぬいた瞬間だった。

 俺の魔法に抵抗する力ががくんと抜けた。

 ダークパンサーを覆うように土魔法を発動して、近づいていく……と、


「ガ、アアア!」


 ダークパンサーはその場で何度か吠えて、睨みつけてきた。

 びくり、とCランク冒険者が肩を跳ね上げ、もう一度剣を叩きつけようとする。


 だがそれを、俺は片手で制した。


「いや、もう終わりみたいだ」


 ダークパンサーに、動く力は残っていない。

 その目は最後まで俺たちを睨み、そして……倒れた。


 ダークパンサーの目から光が消えたのを確認してから、魔法を解除する。

 辺りに静寂が訪れた。

 森には結構な被害ではあったが、俺たちは全員無事だ。

 ヒュアが俺のほうにやってきて、目を輝かせる。


 ちらと見ると、クライやオンギル、キャッツ……それにCランク冒険者たちもこちらを見てきた。

 仕方ない。俺は一度息を吸い込んで、声を張りあげた。


「みんな、ダークパンサーは倒した! これで、脅威は去ったんだ!」


 そういった瞬間、皆が歓喜の声をあげた。


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