第26話


「戦場での指揮はロワールに任せるにゃ。何か、話しておくことはあるかにゃ?」


 キャッツの視線に合わせ、皆の注目が集まった。

 その表情に、怯えはすっかり見られなかった。

 とりあえず、みんな信頼してくれているようだな。

 全員の前に立った俺は、腕を組んで笑ってやった。


「まず……俺の想定以上に、皆の制御がうまくいって驚いていたんだ。正直言って、まったく支援魔法が制御できないのを前提に作戦組んでたせいで、考え直すはめになった」


 冗談めかして言うと、皆が微笑んでくれた。

 緊張したって仕方ない。

 ここまで来たら持てる全力をたたきつけるしかない。


「みんなは、目標はあるか?」


 俺の問いに、冒険者たちは首を傾げた。

 そんな彼に向けて、俺は宣言してやる。


「冒険者としてお金を稼いで、有名になりたい……みたいな漠然としたものでもいいし、もっと身近なものでもいいんだ」


 キャッツが声をあげ、尻尾をぴんと立てた。

 俺は彼女を無視して、そのまま続ける。


「ま、みんなも色々持っているものがあると思う。だから、今回はあくまで通過点として、ダークパンサーを仕留めるぞ」


 最後にそう宣言すると、冒険者たちもやる気にあふれた声を返してくれた。

 さて、行くとするか。

 俺はサーチ魔法を使用し、ダークパンサーを目指して歩きだした。



 〇



 自身の行く手を阻むものすべてを薙ぎ払うように歩いていくダークパンサーの姿は、まさに親としての力を示すかの如くだった。

 その圧倒的な迫力は、事前に俺が作製した土人形とは比べ物にならない。


 俺は全員にハイドの魔法をかけ、ダークパンサーの様子を伺っていた。

 皆がダークパンサーの様子を確認し、心の準備を整えるための時間だ。


「……これが、ダークパンサー」


 呟くようにいったヒュアの声は震えていた。

 ……ヒュアだけではない。Cランク冒険者たちも皆この相手にすっかり飲み込まれてしまっていた。


 ま、仕方ないだろう。

 クライのように漏らす人がいなかっただけ、まだマシだ。


 ダークパンサーは確実に町へと近づいている。

 急かすつもりはなかったが、いつまでも観察しているわけにもいかなかった。


「そろそろ、戦闘を開始する。みんな、準備はできたか?」


 俺が確認すると、ゆっくりとだが首肯が返ってきた。

 険しい顔つきではあったが、それでも戦う意思は感じられた。今はそれを信じよう。


「先制の攻撃は、俺とキャッツの魔法を発動する。すぐに俺はデコイの魔法で、クライに注目を集める。そこからはクライが敵を引き付ける。いいな?」

「……ああ、任せてくれ」


 クライの目に、怯えは混ざっていない。

 他の者たちも決意はできたようだ。


「それじゃあ、戦闘を開始する。クライ、罠が仕掛けられている地点は覚えているな?」

「もちろんだよ」

「罠を使うのは、緊急時だ。それまでは、この場にとどまっての戦闘を行う」

「……わかっているよ」


 この付近に、一か所。罠魔法を設置してある。

 魔物の動きを止めるためのもので、緊急時、あるいはトドメのために使うものだ。

 ダークパンサーの動きを一定時間止めるためのもので、結構な魔力を込めて作製した。


 今もそれの維持を行っているため、俺は本来の半分ほどの力しか出せないだろう。


 全員に支援魔法をかけたところで、俺とキャッツは視線を合わせた。

 キャッツがこくりと頷いたところで、俺たちは片手を前に出した。

 魔法陣が浮かび上がり、そこから火の魔法が飛び出した。


 俺のB・ファイアと、キャッツのC・ファイア。二つの魔法が合わさるようにして、ダークパンサーへと飛ぶ。

 俺は同時に、デバフ魔法の準備もしておく。


 デバフ魔法は効きにくい。それに、使用すれば使用するだけ相手が耐性を持っていく。

 やるとするなら、初めくらいだ。


 俺が使用したのはスピード、ガードダウンの二つだ。

 ダークパンサーは俺たちの放ったファイアを冷静に見ていた。


 そして、かわす。俺たちの魔法は近くの木へと飛んでいくが、俺は自分のファイアを操作した。

 追尾するようにダークパンサーの側面をとらえ、よろめかした。


「ガ……アアアア!」


 魔法が直撃したことで、ダークパンサーが怒りの咆哮をあげる。


「魔法に追尾性能を持たせられるなんて知らなかったのにゃ」

「あとで覚えればいいさ。クライ、頼んだ! ……B・デコイ!」


 即座にクライにデコイを発動する。

 クライが一つ頷き、前へと飛び出た。

 ダークパンサーがクライを睨む。


 次の瞬間、クライへと飛びかかっていた。


 クライも速い。すでに、ダークパンサーの攻撃をかわすために動いていた。

 彼には、B・スピードアップの支援魔法がかかっている。今のクライの速度は、ダークパンサーを優に超えている。

 その速度を活かして、回避に専念してもらう。攻撃に関しては、恐らく体毛に阻まれてしまうためだ。


「クライ、ダークパンサーの背中が俺たちに向くように回れ!」


 俺はB・シャウトを自身に付与しながら、叫ぶ。

 クライがダークパンサーの攻撃をかわしながら、左回りで動いた。

 チャンスだ。

 ダークパンサーの背中がさらされた瞬間、オンギルが動き出す。


「オンギルに続け! 近接攻撃が可能なものは、背中に叩きこめ!」


 俺の声に合わせ、ヒュアとCランク冒険者も飛びこむ。

 全員にパワーアップを付与し、それぞれがありったけの力とともに、ダークパンサーの背中へと武器を叩きこんだ。


「ガアア!?」


 よろめいた。ダークパンサーは予想だにしていなかったようだ。

 皆の一撃に、体を沈めるように怯ませた。

 隙を見せたダークパンサーが、背後を見やる。

 次の瞬間、ダークパンサーの尻尾に力がこもったのが分かった。


「全員下がれ! 尾による攻撃が来る! クライは今のうちに顔面へと攻撃を叩きこめ!」


 俺の直感から来る予想だ。Cランク冒険者の一人が追撃しようと前に出ていた。

 ……まあ、チャンスだとおもって突っ込んでしまったのだろう。

 尾が振りあがり、その冒険者の表情が真っ青になる。

 俺は即座にCランク冒険者にB・バリアの魔法を放った。


「バリアを使用する。一瞬押さえるから、すぐに後退しろ!」


 Cランク冒険者は泣きそうな顔で頷き、剣を引き戻す。振り下ろされた尾の一撃を、バリアが防いだ。

 ……とはいえ、その魔法で防げるのは一瞬だ。

 ただ、一瞬できた隙で、Cランク冒険者は危険域から離脱した。


「た、助かった! ありがとう!」

「気を抜くな! 攻撃は基本的に一度のみだ!」


 苛立ったようにダークパンサーの顔がこちらへと向いたところで、クライにデコイをかけなおす。

 デコイとクライの攻撃によって、ダークパンサーの注意は再びクライへと集まった。


 クライへと飛びかかったダークパンサーへ、俺はキャッツとともに魔法を放った。

 俺たちのファイアがダークパンサーの背中に当たり、吹き飛ばした。

 俺は連続で攻撃魔法を使用することは絶対にしない。


 そんなことをすれば、デコイの魔法でも解除できないほどの注意が俺に集まってしまうからな。

 別に俺が戦士としての立ち回りで、代わりにタンクを引き受けてもいいのだが、そうすると指示を出せる人間がいなくなってしまう。


 ダークパンサーは苛立ったようにその場で体を沈めた。


「クライ、一度距離をとれ! その場で何か仕掛けてくるはずだ!」

「わかった!」

 

 クライはすぐに、後退する。瞬間、ダークパンサーは尾の体毛を刃のように鋭くして、回転した。

 周囲の地面を斬りつけた一撃。深く刻まれたその跡に、Cランク冒険者たちから短い悲鳴があがった。


 厄介なのは、その地面だ。傷つけられた地面には、体毛が突き刺さっている。

 それらは集合し、チビパンサーが動き出した。

 ただ、これは事前に打ち合わせていた対策がある。


「Cランク冒険者たちに任せる! キャッツ、指示だしは任せた!」

「了解にゃ!」


 チビパンサーたちが動き出すより先に、俺はB・ファイアを地面に放つ。

 火の線となって、ダークパンサーとチビパンサーたちの間に壁を作る。

 俺、オンギル、ヒュアはダークパンサーたちのほうへと移動し、Cランク冒険者たちがチビパンサーへと飛びかかる。


 そちらの戦闘は問題なさそうだ。

 俺はヒュアにB・スピードアップを付与する。ヒュアがその場で軽く体を動かしたあと突っ込んだ。


 ……ヒュアとも話をしていて彼女の役割は伝えてある。

 わざわざ説明しなくても、ヒュアは俺の意図を理解して動いてくれた。


 ヒュアにデコイの魔法を使用し、クライにハイドを使った。

 これにより、ダークパンサーの注意がクライからヒュアへと移る。

 ここからは、ヒュアがタンクだ。


「クライ、一度スタミナを回復しろ」

「了解……っ」


 クライの呼吸が乱れ始めたため、役割を入れ替えたのだ。

 ヒュアが素早い動きとともにダークパンサーの攻撃をかわしていく。

 ダークパンサーが苛立ったように、尾を振り回すが、ヒュアはそれらを華麗にかわしていく。

 

「オンギル!」

「わかってらァ!」


 隙が見えたその瞬間、オンギルが斧を振り回した。

 空気を切り裂く力強い一撃。それが、ダークパンサーの尾の根元をとらえ――そして両断した。


「ガァァ!?」


 吹き飛んだ尾が宙を舞う。

 ダークパンサーが大地を転がり、よろよろと体を起こした。


「……どうだっ!」


 オンギルが楽しそうに笑い、叫んだ。

 ダークパンサーはぷるぷると体を起こし――そして、吠えた。


「ガァァァ!」


 これまで以上の咆哮だった。

 間近にいたヒュアと、比較的近い位置にいたクライがその絶叫に耳を覆って動きを止めてしまった。

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