第21話


「まあ、ざっとこんな感じだ」


 魔法を解除した俺がサブリーダーに声をかけると、彼女は羨ましそうにこちらを見てきた。


「無詠唱いいにゃー、そんなにぽんぽん魔法打てるなんてずるいにゃー」


 彼女は声を張り上げるようにして、『無詠唱』といった。

 それは周りに聞かせるためのものだったようだ。

 サブリーダーの言葉を聞いた何人かの冒険者が目を見開く。


「無詠唱!? それってもしかして、魔法のチャージ時間をなくすっていう伝説級のスキルか!?」

「そんなスキルがあるのか!? なんだよそれ、反則じゃねぇか!」


 驚きは伝染していく。

 俺に向けられていたどこか嫉妬混じりの視線は、気づけば尊敬や驚きに変わっていた。


「これで、ロワールが参加することに文句がある人はいないのにゃ?」

「文句はまだあるな。オレとあとで戦ってくれるか?」


 オンギルがじっとこちらを見てくるが、首を横に振っておいた。

 彼は悔しそうにこちらを見てくるが、相手にするつもりはない。


「ロワールも、いいかにゃ?」

「もちろん。町を潰されたら生活できないし」

「良かったにゃー」


 サブリーダーはすっと頭を下げてから、にこりと微笑む。


「まずは、自己紹介をしておくにゃ。私の名前は、キャッツ。『剣閃雷撃』のサブリーダーを務めているにゃ。改めて、よろしくにゃ」


 キャッツはそういって手を差し出してくる。

 握手をかわしたあと、キャッツが集まっていた冒険者たちを見る。


 この場にいるのはオンギルとクライだけではない。

 四人組の冒険者もいた。


「今回出現した、ダークパンサーの親の討伐難易度は――BからAランク級と想定しているにゃ」

「なんだと!?」


 キャッツの言葉に、冒険者たちは顔面蒼白で声を荒らげる。

 BからA、か。


「オンギル、おまえのランクは?」

「オレはBランクだ。前に冒険者に絡みまくったら落とされちまったんだよ」

「なるほど、納得だ」


 あの絡み方をしつこくしていたら、ギルドによっては罰を与えるだろう。

 それで反省しないあたり、オンギルは本当に強い相手を求めているようだな。

 オンギルに怯んだ様子はなかったが、集まっていた冒険者たちは違った。


 四人組の代表者と思われる男が声をあげた。


「無理に決まってるだろ! オレたちは全員Cランクだぜ!」

「わかっているにゃ。けど、今やらないといけないにゃ」

「くそぉ、どうしてこんなときに……!」


 そんな男の方に、オンギルが手を回す。


「まあまあ。戦場で死ねるなら本望じゃねぇか」

「おまえみたいな戦闘狂と一緒にするな!!」


 涙目で男が叫んだが、オンギルは笑っていた。

 キャッツはサブリーダーと言っていたな。キャッツの表情もどこか険しい。

 ……あまり、こういった事態に慣れていないように見える。


「リーダーはいないのか?」


 たぶん、いなんだろうなとは思っている。

 俺の疑問を肯定するように、キャッツが首を縦に振った。


「リーダーたちは、今森の奥地で調査を行っているのにゃ。その調査に向けて、高ランクの冒険者たちは連れ出してしまっているのにゃ」

「だから、俺たちでやらなければならないってわけか。いつ頃戻ってくるんだ?」

「わからないにゃ。ただ、出発したのがちょうど昨日にゃ。一週間程度、奥で見る予定だったのにゃ。もう周囲の魔物で強力なのはいなかったからにゃ」

「なるほど、な。調査が終わったと思ったら、どこからかダークパンサーの親玉が現れたってわけか」

「そういうことにゃ」


 ダークパンサーが賢ければ、わざとという可能性もあるよな。

 本当のところは、魔物に会って聞いてみるしかないだろうな。


「クランから出せる冒険者はもういないのか?」

「……ほとんどが、リーダーの調査に付き添ってしまったにゃ」

 

 なるほどな。

 クランの規模がどのくらいかはわからないが、この拠点にクランメンバー全員がいるわけでもないだろう。

 残っているメンバーで、対応できるのがここにいるだけというわけか。


 まあ、なんとかなるとは思うがな。

 相手が仮にAランクの魔物だとしても、ここにいる全員が支援魔法を制御できれば問題なく戦えるはずだ。


「……何か、作戦があるのかにゃ?」

「ん? どうしてだ?」

「冷静だったからにゃ。この状況なのに、まったく怯えていないのにゃ」

「ああ……そうだな」


 俺の言葉に、先程の冒険者たちが驚いたように見てきた。


「俺は支援魔法を持っていてな。制御さえできれば、ランク一つくらいはあげられるんだ」

「なっ!?」


 俺の言葉に全員が目を見開いた。

 ……こればかりは、実際に見てもらったほうがいいだろう。


「キャッツ。ここにいる八人以上、冒険者を増やしても大丈夫だよな?」

「もちろんだにゃ。けど、残っているのはEランクとDランクが少しくらいだにゃ……」

「いや、あとヒュアを追加しようと思ってな。ヒュア、来てくれるか」


 俺が言うと、ずっと傍にいたヒュアがびくっと肩をあげた。


「……確か、その子。Fランクじゃなかったかにゃ?」


 俺がヒュアを呼びつけると、キャッツが訝しむように見てきた。

 ヒュアも、居心地悪そうにしていた。


「あ、あの……さ、さすがに私が戦いに参加するのは……」

「ヒュアなら十分権利はあると思うがな。ヒュアは俺の支援魔法を完璧に制御できる。今のヒュアなら、Cランク冒険者と同等程度の力はあるんだよ」

「そ、そんなに跳ね上がるのかにゃ!?」


 まあ、ヒュアの職業ランクがEにあがったのもあるが。

 朝の訓練で想像以上に成長していたことはわかったしな。


「オンギル、少し協力してくれるか?」

「おう、おまえと戦えばいいのか?」

「ヒュアと腕相撲してみてくれないか」


 いうと、オンギルが眉根を寄せた。


「……はっ、まあいいけどよ。悪いが、骨砕いちまっても謝らねぇぞ?」

「大丈夫だ。まずは俺の支援魔法がない状態で、頼むヒュア」

「わ、わかりました!」


 ヒュアがオンギルと対面する。

 ヒュアはじっとオンギルをにらみ、オンギルもまた向かいあう。

 そして、テーブルを台にして二人が手を合わせる。


「おう、始められるぞ」

「それじゃあ……始め!」


 俺の言葉にあわせ、オンギルが腕を動かした。

 がつんっと! 勢いよくヒュアの手がテーブルにぶつけられた。


「い、痛いです!! 無理、無理です!」


 オンギルは見せつけるように何度も叩きつける。

 やっと手を離したオンギルを、ヒュアはめちゃくちゃ睨みつけていた。


「最悪です。あの男、最悪です……」

「はっ、雑魚が」

「……ろ、ロワールさん!」

「とまあ、こんな感じでボコボコにされるが……支援魔法を受ければ結果は変わるはずだ」


 俺がそういってヒュアに支援魔法を付与する。

 ヒュアはもう一度オンギルと向かいあって、同じように力をこめ――


「なにっ!?」


 力を入れたオンギルと互角以上の戦いを見せるヒュア。

 それに皆が驚愕の声をあげる。

 今のヒュアはB・パワーアップとC・パワーアップの2つを付与している。


 ヒュアは顔を真っ赤にしていた。よほど力をこめているのだろう。

 オンギルもまた、負けじと力を入れているが、段々とヒュアが優勢になっていく。

 そして――。


「い、いでぇ! お、おい! もう降参だ!」

「え? なんですか!? 聞こえないですよ!! あはは!」


 ……ヒュアが、めちゃくちゃ楽しそうにオンギルの手を叩きつけている。

 

「とまあ、こんな感じだ」

「……凄いにゃ」

「だろ?」

「ヒュアちゃんって怒らせると怖いのにゃ」

「そっちか?」


 俺は未だに叩きつけまくっているヒュアを見ながら、同じことを思った。



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