第18話

「……おい、あいつCランクとか言っていたぞ?」


 と、俺たちを睨むようにして話を聞いていた冒険者が声をあげた。


「いきなりCランクってやばくないか!?」

「マジかよ……? ヒュアさんの彼氏とかいう奴か?」


 何やら聞き耳を立てていた冒険者たちにバレてしまったようだ。


「ヒュア、なんだか彼氏になっているみたいだぞ」

「な、なぜそのようなことになっているのですか!?」


 顔を真っ赤にしてヒュアが周囲を睨みつける。

 冷たい視線ではあったが、どこか親しみやすさが混ざっているのは、その前まで話をしていたからかもしれない。


「み、見ろよ……ヒュアさんのあんな表情見たことないぞ?」

「あいつ、やっぱりヒュアさんの……」


 冒険者たちがそういって、ヒュアの耳に届く。

 ヒュアはううぅと唸り、周囲を睨む。涙目になっているのが、余計に冒険者たちに受けてしまった。


「滅茶苦茶誤解が深まってるな……」

「こ、このままだと……ロワールさんに迷惑をかけてしまいますのに……っ」

「俺は別にそこまでは……むしろ、ヒュアのほうに迷惑をかけるんじゃないか?」

「え? ろ、ロワールさんの迷惑にならないんですか? も、もしかして……ご、誤解されていてもいいと!?」

「まあ、俺は別にな」


 俺たちの間に特別な関係はない。

 誤解されて一番厄介なのは、ヒュアがこの町で恋人を作りたいとなったときくらいだろう。


 ヒュアはしばらく考えたあと、俺の肘をつついてくる。

 それから、耳元で囁くように言ってきた。


「そ、それじゃ……その、誤解させておいてもよいですか? 色々と男性に絡まれて、大変だったので……」

「了解だ」

「よ、よろしくお願いします!」

「そんな改まっていうことでもないだろ」


 顔を真っ赤にヒュアはペコペコ頭をさげていた。

 俺たちは普段通りしているだけじゃないか?

 俺はちらと、受付の職員に視線を向ける。


「素材の売買ってさすがに一日で終わらないよな?」

「この量ですと、そうですね……。報酬は明日の朝でもよろしいでしょうか?」

「さすがに泊まるための金もないから、いくらかは欲しいんだけど、そういうのは可能か?」

「わかりました。それでしたら、すぐに換金できる魔石をいくつか、こちらで支払いましょう」


 職員が魔石を三十個ほど取り出し、受付に並べる。

 それらを見ていた職員が魔石を列に分けた。


「F、Eランク魔石がそれぞれ、14、16個とあります。こちらの合計で千マニーとなります」

「了解だ」


 千マニーあれば、あの宿の料金としては十分だ。

 職員から千マニーを受け取った。


「冒険者カードも発行されましたので、明日からは通常通りに受付をご利用してください。一応、初心者ですので、依頼などでの相談がある場合はこちらで対応いたしますね」

「ああ、了解。色々世話になった、ありがとな」

「い、いえ……私こそ色々と失礼な真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」


 職員が頭を下げた。

 俺はヒュアとともに受付から離れ、外に向かって歩いていく。

 その時だった。


 掲示板前……パーティーを募集するために用意された席に陣取り、酒を飲んでいた男が、グラスを思いきり叩きつけた。

 まるで、誰かにアピールするような激しい音だ。

 彼の視線は、まっすぐに俺をみていた。


「おいおい、いきなりCランクかよ」


 その言葉は俺に向けていったんだろうな。

 立ち上がった彼がこちらへと近づいてくる。


「Cランク、みたいだな。ラッキーって感じか」

「おいおい、ラッキーって……そんな簡単にCランクってのはあげちまっていいもんなのかねぇ」


 こちらへと向かってきた男は、どうにも酔っぱらっているような足取りだった。

 だが、対照的に彼の両目は冷静だった。こちらを観察するような、探るような目だった。

 彼の武器だろうか。男の脇には斧が置かれていた。


「オレはオンギルだ。てめぇ、名前は?」

「ロワールだ」

「職業は?」

「『賢者』だ」


 そこまで聞いて、オンギルが不思議そうな顔をした。


「『賢者』なのにCランクかよ。このクランの冒険者は見る目がないんじゃねぇか」


 けっとオンギルが吐き捨てるように言った。

 冒険者らしい冒険者だ。少し感動してしまったくらいだ。

 俺がそんなことを考えていると、ヒュアが彼に一歩踏み込んだ。


「ロワールさんはきちんと試験を受けてCランクになったんです。とやかくいわれる筋合いはないと思います!」

「はっ、ならその試験官が無能なんじゃねぇか?」

「無能なんかじゃありませんよっ! ちゃんとしてました!」


 むーっとヒュアが頬を膨らませる。

 そう別に相手しなくてもいいだろう。


「ヒュア、気にするな。相手したって別に評価が変わるわけじゃないんだしな」

「……」


 じーっとオンギルは俺を観察していた。

 ……やはり、俺の本質を見ているように感じる。

 もしかしたら、彼のこの荒々しい態度も演技で、裏に何かあるのかもしれない。

 そう思っていると、オンギルは俺の両肩を掴んできた。


「おい、おまえ! 悔しくないのかよ!!」

「……どういうことだ?」

「バカにされてんのによぉ、悔しくないのかよぉ!」

「いや、別に……まあ、多少いろいろとおもうことはあるが、そんなの相手にしてたらキリがない」

「むかつくなら、やりあおうぜ!! オレをボコボコにできれば腹の虫も治まるだろ!?」

「……つまり、戦いたい、と?」

「ああ! 生意気な態度とってたら、じゃあ実際に戦おうぜ! ってなるもんだろ!?」


 オンギルが俺にすがりつくように叫んだ。

 だから、目は冷静だったんだな。


「戦って解決とかそれって野蛮じゃないか? 面倒だ」

「なんだと! おまえ、オレがせっかく演技してやったのにっ! あー、くそ! 残念だな、オイ!」


 彼は酒瓶を振り回していた。

 ……だが、彼からはまったく酒の臭いがしない。


「演技ってもしかして、それアルコールじゃないのか?」

「当たり前だろ! オレは酒が飲めねぇんだよっ!」


 にぃっと彼はオンギルは笑う。これまでの発言がなければ女性にも人気が出そうな男らしい顔つきだ。

 ただ、皆オンギルのことは知っているようで、冒険者たちはまたか、という顔である。


「くそっ! 次はもっとイラつく絡み方してやるからな! 待ってろよ!」

「……それ、俺が戦いを受けるまで続く感じか? 俺は『賢者』だぞ」

「つえー『賢者』なんだろ? 試験官の頭がイカれてるとは思わないし、本当にそうなんだろ? ますます、興味があるんだよ」


 じゃあな、とオンギルが片手をあげて去っていった。

 ぽかーんとした顔のヒュアと目が合う。


「わ、私も気づいていましたからね」

「完全に騙されてたよな?」

「そ、そんなことありませんよっ。ええ、演技ですっ! 凄かったですよね? も、もしかしてロワールさんも騙しちゃいました?」

「まあ、俺のために怒ってくれたのは嬉しかった、ありがとな」

「え? ほ、本当ですか? ロワールさんのこと馬鹿にされたらいてもたってもいられなくって」

「やっぱり騙されてたんだな」

「だましたのですか!?」

「いや、嬉しかったのは本当だ」

「え? えへへー、そうなんですか?」


 ヒュアは嬉しそうに笑っている。

 ……とりあえず、納得してくれたようだな。



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