第9話 金貸し
治癒魔法の試験も終わり、試験官は感心したようにこちらを見ていた。
「……凄まじい。はっきりいうが、うちのクランにいる回復魔法使いたちよりもずっと強いぞ」
「そうなんだな」
俺のレベルよりも下となると、回復魔法を使うだけ無駄な気もするな。
「……おまけに攻撃魔法なら、うちのサブリーダーに匹敵するほどか……回復魔法は恐らく聖女に匹敵するほどだな」
「聖女だと?」
「ああ。おまえの力は、凄まじいものだ……」
俺の時代の聖女を思いだす。
……彼女らは寿命以外で死んだ者を生き返らせる力を持っていた。
もちろん、時間的な制限はある。確か、十分ほどだっただろうか? 魂が完全に天へと昇る前に呼び戻せるのだ。
彼女の力は強大だったが、生まれつき体が弱く旅についてこれるほどの体力はなかった。
体力があれば、間違いなく旅に同行してもらっていただろう。
……そんな聖女と俺が並ぶほどだって?
俺ができるのは四肢の再生程度が限界だ。それだって、一分程度の時間制限つきだ。
やはり、この時代の人々は随分と衰えてしまったようだ。
いや、それは違うのかもしれない。
この時代が俺の前世と比べ、それだけ平和なのかもしれない。
まあ、戦闘能力なんてないほうがいい。
それこそ、魔物がいない世界が俺にとっての理想だ。
とりあえず、この時代には魔王はいないようだな。
三度の転生はすべて魔王と関わりあう時代だったからな。それがいないのなら、ラッキーだ。
試験官が肩を組んでくる。そして、にやりと笑った。
「とにかく、おまえは試験合格だ。大型新人として、うちのクランも歓迎するよ」
「え?」
俺が首を傾げると、試験官も首を傾げた。
「どうしたんだ?」
「いや、今クランに歓迎するって」
「ああ。おまえ、うちのクランに入るために、わざわざこの開拓地にまできて、冒険者登録したんじゃないのか?」
「いや、違うが……」
そうか。
俺が迷子になってここに来たことを、彼らは知らない。
そりゃあ、開拓地でわざわざ冒険者登録する奴なんてほとんどいないだろう。
開拓地に来るのは、すでに登録している冒険者くらいだろうしな。
「え? あー、そうだったのか。まあ、いいや。うちのクラン入るだろ? 別に上下関係も厳しくないし何より、国に認められた勲章もちのクランだ。おまえなら、将来クランリーダーにだってなれるような才能があるんだしな!」
試験官が言うと、ヒュアも嬉しそうに声をあげた。
「凄いですねロワールさん! まさか勲章持ちのクランに入れるなんて、普通ありえないですよ! ていうか、羨ましいですっ!」
受付もぱちぱちと拍手している。
「お、おめでとうございますロワールさんっ」
クラン、か……。
「いや……歓迎してくれるのは嬉しいが、入る予定はないんだ」
「え?」
そう否定した瞬間、今日一番の驚いた声が訓練場に響く。
「クランに入らないって……え? え?」
試験官が首を傾げ、何度もこちらを伺うように見てきた。
……そう驚かれてもな。
「いや、そういうのあんまり好きじゃないんだ。自由でいたいんだ」
クランというのは自由にしていい、と言われてもやはり縛られてしまうことが多い。
それに、どうせやるならクランリーダーのほうがいいしな。
上下関係あんまり厳しくないっていっても、多少はあるだろう。
別に所属しないというのも俺たちの時代では多かった。
自由を求めるのはもちろん、勲章持ちのクランは政府の犬! なんて嫌う冒険者もいた。
魔王がいた時代と比べて平和になった今は、冒険よりも安全や安定を求める人のほうが多いのかもしれない。
俺の否定を受けた試験官は、口元を引きつらせるように笑った。
「……マジかよ。うちみたいな大手のクランに誘われて断る奴なんてまずいないぞ?」
「まあ、いつか考えは変わるかもしれないけどな。今のところはいいと思ってる」
「……そうか。まあ、たぶん、ここにいる間は勧誘されるかもしれないが、そこは勘弁してくれよ」
それはまた面倒だな。
クランが管理していない町に移動しようかね。
ただ、今は情報がまったくない。もっと言えば金もない。
それらが準備できるまでは、ここを拠点として活動するしかないだろう。
「とにかく試験はこれで終わりでいいのか?」
「ああ、おつかれさん」
試験官は考えるように顎に手を当てた後、職員を呼ぶ。
職員と試験官の間でしばらく話が行われ、職員が小さく頷いた。
「それで、冒険者カードの発行なんだが……今日中は難しい」
「いつになるんだ?」
「明日の昼頃までに発行しておく。昼以降に、受付に来てくれれば受け取れるようになっている。それまでに依頼を受けたい場合は、こいつに声をかけてくれ。明日も朝から勤務だから」
試験官が職員を指さした。
明日からは生活費を稼ぐため、朝から晩まで依頼を受けるつもりだった。
カードの代替手段ということか。
「他に何か聞きたいことはあるか?」
「他には……もう、大丈夫だな」
「そうか……ところで、気になっていたんだが、剣も使うのか?」
「ああ」
「結構戦えるのか?」
「まあ、それなりには、な」
まだこの世界の近接戦闘は見ていないが、これまでの情報からおおよそ自分の強さがそれなりのものなんだろう、というのはわかる。
俺の言葉を聞いた試験官は再び頬を引きつらせた。
「……そうか、本当に規格外な奴だな」
「そっちも試しておいたほうがいいのか?」
「いや……もうこれ以上調べてもな。そもそも、今回の結果だって上に信じてもらえるかどうか。どちらにせよ、お前はDランクか相談したらもしかしたらCランクのスタートにもなるかもな」
「そっかそっか。まあ、どっちでもいいな」
高ければ高いだけ、良い依頼も受けられるだろう。
試験官の言葉に、職員が頬を引きつらせる。
「D、Cランク……っ。でも、確かにあれほどの能力があれば、当然ですよね……私、なんて人に失礼なことを……」
職員はそれこそ青ざめた顔で俺をちらちらと見てきた。
別に職員に向けて魔法を放つつもりなんて皆無なのに、まるでそんなことでもするんじゃないかとばかりに恐れられてしまった。
それを見た試験官が苦笑してから、俺の肩を叩いた。
「試験お疲れ様」
「こちらこそ、お疲れ様」
お互い挨拶をかわし、俺たちはギルドの外へ、試験官と職員は中へと戻っていった。
さて、俺も帰ろうか……と思ったが、どこに帰るんだ俺は。
「ヒュア、ちょっと訊ねたいんだけど宿って町にあるよな?」
「はい、もちろんありますよ。それがどうかしたんですか?」
「……借りるにはお金かかるよな」
「かかりますねー」
……だよな。
「……貸してもらうことは可能ですか。パーティー組んでお返ししますんで」
俺が両手を合わせて訊くと、ヒュアが目を輝かせた。
「本当ですか!? パーティー組んでくれるのですか!? いくらでも貸し出しますよ!!」
とりあえず、しばらくはヒュアと一緒に行動したほうがいいだろう。
俺の事情をある程度理解してくれている相手だしな。
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