第8話 ヒール
準備はできた。
「……やるか」
俺は一度息を吐き、B・ファイアを放つ。
放たれた火の塊が、まっすぐにゴーレムへと向かう。
ゴーレムは片腕を伸ばし、その火を受け止めようとする――。
「ちょっ――」
試験官が何かを言いかけたが、ゴーレムの腕に当たると同時かき消えた。
目論見通りの威力だ。そのまま火はゴーレムを飲み込み、跡形もなく消し去った。
そこで、魔法を解除する。
うまくいったな。
俺は軽く息を吐いてから、試験官を見た。
「これでいいのか?」
「……」
ちらと見ると試験官、職員、ヒュアの三人が目と口を見開き、固まっていた。
固まっていた彼らに改めて問いかける。
「おい、試験は終わりでいいのか?」
どういうことだ?
……破壊できた方がいいと言っていたが、まさかそのまま言葉通りの意味だったのだろうか?
試験官の目が動いた。
「気が付いたか。それでどうなんだ? 試験の結果は」
「ほ、本当に破壊しやがった……」
固まっていた試験官がようやく漏らした言葉がそれだった。
本当に破壊しやがった……って。
どうやらゴーレムを破壊できれば合格、というのは本当にそのままの意味だったそうだ。
変に疑ってしまったな。
試験官という立場もあるし、深く聞いても教えてはもらえなかっただろうしな。
「ま、魔法……連発していたな?」
「ああ。俺が今持っているスキルってそれくらいだからな」
「あれほどたくさんの魔法を打てるスキルだと!? 一体どんなスキルなんだ!?」
「無詠唱だ。魔法のチャージタイムをなくせるんだが――」
詳しく伝えようとしたところで、がしっと両肩を掴まれた。
「む、無詠唱!? それは魔法使いに稀に発現する伝説のスキルじゃないのか!?」
……稀って。中級から上級にあがるための基本技能みたいなものだ。
世界全体で見れば、確かに少ないほうかもしれないが、冒険者の中ではわりと普通だ。
試験官の驚きが伝染したように、職員はかたかたと震えていた。
「あ、ありえませんよ……あのゴーレム、『剣閃雷撃』のサブリーダーの方が造ったんですよね?」
顔を青ざめていた職員が試験官に聞いている。
「……あ、ああ」
「サブリーダーって確か上級魔法使い、ですよね? ……その力に並ぶだけのものを持っているって……こと、ですよね? そ、そんな『賢者』聞いたことありません!!」
「……そう、なるな。つまり、彼の言っていた魔法使い、というのはすべて本当だ、ということになる」
試験官がそういった次の瞬間、青ざめていた職員がばっと頭を下げてきた。
「も、もうしわけありませんでした! わ、私今まで『賢者』がこんな凄いなんて知らなくて……っ」
俺に対しての猛烈な謝罪。
……いや、別に気にしちゃいない。
言われた瞬間はむっとはしたが、知らないのなら仕方ないとも思える。
この時代では、『賢者』は弱いらしいしな。
「俺は特に気にしてないから、そっちも気にしないでくれ」
「あ、ありがとうございます……っ。寛大なお方ですね……」
職員は何度も頭を下げて、後退していく。
寛大、と言われても俺からしたら普通の対応なんだけど。
「これで、試験は終わりでいいのか?」
「いや……ちょっとまってくれ」
試験官が片手をこちらに向けてくる。
額に、じんわりと汗が浮かんでいた。
「もしかして、このメモにあった僧侶の魔法というのも……本当なのか?」
「もちろん。ある程度の怪我なら治せるぞ」
「……マジか」
試験官が目を見開く。それは職員も同じだ。
しかし、二人は考えるように見合わせる。
「……とりあえず、そちらも確かめてみたい。もうすこし、試験を受けてもらってもいいか?」
「了解だ」
この後に何か用事があるわけでもないからな。
僧侶の試験か。
一体何をするのだろうか。
俺が見ていると、試験官がナイフを取り出した。
「それで、何をするんだ?」
「オレが自分を傷つけるんだ。その後、おまえが治療をしてくれ」
……なんと原始的な。
俺の時代では魔道具を用いて測定していた。
魔道具に向けて回復魔法を使えば、それによってランクが表示される。
試験ならば、ランクDに到達できれば合格。魔道具に何も表示されなかった場合は、不合格。
一瞬で測定できるし、正確だったな。
試験官がナイフを腕へと近づける。
傷に慣れていないのだろうか。
職員は顔を両手で覆っていた。
やがてナイフが浅く、彼の腕を斬りつけた。
ナイフの軌道にあわせ、血が垂れる。
「よし、まずこの傷はどうだ。これを一瞬で治せれば、基本的には合格だ」
……この程度でいいのか。
俺の時は骨折程度を治せるようになるのが基準だったな。
そうでなければ、冒険者なんてやっていけない。
冒険者では腕が吹き飛ばされるようなことも良くあるからな。
腕が吹き飛んでからも、治癒魔法を使えば治療が可能だ。
ただ、あまり時間がかかりすぎてしまうと、治療できなくなる。
だから、優秀な僧侶を戦場へと連れていくのは基本だった。
「そのくらいなら、余裕だ」
B・ヒールを使うまでもない。
D・ヒールでも過剰なくらいだ。
それでも、俺が持つヒールではD・ヒールが最低だからな。
試験官に使用すると、彼は目を見開いた。
「……おぉ、凄い! 一瞬で治っただと!?」
「このくらいは任せてくれ」
「そ、それじゃあこれはどうだ!?」
試験官がもう少し深めに傷をつける。
「それも、問題ないな」
同じくD・ヒールを使うと、彼の腕の傷は一瞬でなくなった。
「マジかっ!? 凄まじい回復魔法だな……っ! それじゃあ、これならどうだ!?」
「問題ない」
「おお! こ、これならどうだ!?」
試験官はさらに深く傷つけていく。
……いや、すぐに治るとはいえ何度も自分の腕を斬るのは正気の沙汰じゃないな。
この人ドMなんじゃないだろうか?
「問題ないぞ」
「これはどうだ」
「ああ、問題ない」
「それじゃあこれは!?」
「いや、無理だ」
「なに!? 痛いぞ!」
「冗談だ」
俺はもう一度、さっそくヒールで治療した。
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