第3話 エルフ
そんな無防備な姿を見せられると困る。隙だらけすぎだ。
顔をあげた彼女はにこっとこちらを見て微笑んだ。
美しい銀色の髪と、赤色の瞳。エルフ特有の先のとがった耳。
体はそれほど女性らしくはないし、身長もどこか低め……恐らく、それほど歳のいっていないエルフだろう。
「俺のこと、怪しいと思わなかったか?」
「え? なんでですか?」
「いや、なんでって……」
なぜ俺はわざわざ怪しい部分を説明しようとしているんだろうか?
信じてくれているんだからそれでいいじゃないか。
……心配があるとすれば、この女性が多少人を信じやすすぎる部分くらいだが、今会ったばかりでそんな将来の彼女を心配するのもお節介すぎる。
「なんでもない。それより、すまない。キミが戦っていた魔物を横取りしてしまって」
「いやいいんですよ! あのままだと私ゴブリンの慰み者になっていたかもしれませんから……っ!」
「確かに、奴らならキミのような人を持ち帰ろうとしていただろうな」
「……そ、そうでしょうか?」
そこは照れるんだな。
女性は頬を僅かにそめ、前髪を弄っていた。
と思ったら、彼女ははっとしたように顔をあげ――。
「さっきの魔法、凄かったですね!? もしかして、有名な冒険者なのですか!?」
きらきらとした目で、こちらを見てきた。
そのつぶらな瞳に、俺は頬をかいた。
「まあ、魔法はそれほどでもない。それより、いつまでもここにいると、血の臭いに魔物が集まってくるかも」
先ほど殺したゴブリンの血が、俺の風魔法に乗って辺りに漂ってしまっている。
「そ、そうですね……っ! 町に戻りましょう!」
「近くに町があるのか?」
ラッキーだな。
「一応森の入口にありますね。ただ、ここからですと結構距離がありますね」
「そうかそうか。その前に――」
俺は歩き出す前に、片手を木へと向ける。
「B・ウォータアロー」
ウォータを矢のように変化させた魔法を放ち、近くでこちらを伺っていたゴブリンの体を貫いた。
数は三体。うち、二体は木を盾にしてかわしたようだ。
だが、すぐに逃げていく。
俺はB・サーチの魔法を使用する。周囲を探知する魔法だ。
周囲を探知してみるが、ゴブリンは離れていったのがわかった。
……しばらく歩いたからか、B・サーチ魔法の範囲にぎりぎり人が多くいる地点を見つけた。
これが町かもしれないな。
俺が歩き出そうとしたときだった。
エルフの女性が驚いたようにこちらを見て、固まっていた。
「どうした? そんなところで立ち止まって」
「い、いえ……あ、あの、さっきから魔法の発動……速くないですか?」
「そりゃー、まー。無詠唱のスキル持ってるしな」
「無詠唱!? そ、それって魔法使いを極め、さらにその先へと到達した人にしか発現しないスキルじゃないですか!!」
……そんなに驚かれることではないと思うが。
無詠唱は確かに珍しいものだ。
だが、中級職の優秀なものや、上級職ならだれでも持っているスキルだ。
逆に上級職でこれを習得できない人は、才能なしの烙印が押されてしまうくらいだ。
「そんな驚くことか?」
「驚きますよ! それにさっきの凄い魔法といい、天才魔法使いなんですねっ」
「天才、ねぇ」
むしろ、前世ではそれからかけ離れていた。対照的な評価に思わず頬をかいてしまう。
エルフの女性の話から、なんとなく分かったことがある。
まず、この時代は俺が知る時代ではないということだ。
そして、無詠唱に関しての知識も欠如してしまっていること。
この二つから、それらの情報が一切保存されていない、あるいは失われてしまった遥か未来なのではないかということだった。
「とにかく……色々話をするのは安全な場所に移動してからでいいんじゃない?」
「……そ、そうですね。町に行きましょうか」
「町はあっちでいいんだよな?」
「はいっ。あれ? 町の場所知っているんですか?」
「探知魔法で一応な。ま、町に入ったことないから、案内はできないだろうが」
「た、探知魔法!? ここから滅茶苦茶距離ありますよ!?」
「まあ、それは……たまたまだ」
これでも俺は範囲が狭いほうだった。
……随分と魔法の腕が落ちているのではないだろうか?
「とにかく、だ。俺はこの辺りを旅していた者なんだけど……地図も何もなくてな。迷ってしまい、困っていたんだ」
「こ、この辺りってことは、この地に住む人なんですか!?」
さっきから驚いてばかりだ。滅茶苦茶カロリー使いそうだけど、大丈夫だろうか。
彼女の細い体をじっと見て、首を振る。セクハラとか言われてしまう。
「いや、そういうわけでもないんだが……ただ、旅をしていて迷っていたってわけだ。俺は基本方向音痴なんだ」
そういうが、女性は未だ驚いていた。
何か……驚かれるようなことを言ってしまったようだ。
この地に住む人、って言っていたか? もしかして、ここは本来人がいない地域とかなのだろうか?
彼女の反応を見るに、そんな気がしてきた。
この時代のことをよく知らないままに、適当なことを口にしてしまったことを少し後悔していた。
「何か、あるのか?」
「いや、その……ここに人が住んでいるっていうのが珍しかったんです。とりあえず、一度、町に戻ってみないとわかりませんし……うん、町に戻りましょうか」
女性は何度かの深呼吸の後、頷いた。
そういえば、まだ自己紹介をしていなかったな。
「これから少しの間、お世話になりそうだし、自己紹介でもしておこうか。俺はロワール。キミの名前は?」
「私は、ヒュアです。よろしくお願いします」
「ヒュア、ヒュアね。よろしく」
それから俺たちは、森を歩き出した。
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