第2話 賢者の力
『賢者』は、魔法のスペシャリストと言われている職業だ。
『賢者』になれば、これまでできなかったことができるはずだ。
『勇者』と並んで、いや『勇者』を超えるほどの力だって手に入るかもしれない。
「俺は、『賢者』になる」
そう返事をすると、俺の体を包んでいた波の感覚は消えた。
体が動く。木々の匂いと冷たい感触……これは土、か。
目を開くと、空が見えた。
体を起こし、状況を確認する。
……完全に赤子からの転生、ではないみたいだな。
身長は魔王と戦っていたときとそう変わらない。
俺はすぐに自分の職業を確認するため、ステータスを確認する。
眼前に能力が映し出される。ウィンドウのようなものが出現し、俺の情報が表れる。
そこには、きちんと『賢者』と書かれていた。
嬉しさで思わず小躍りしたくなるほどだった。
まさか、本当に『賢者』になれるなんて……。
感動した俺はその場で魔法を使ってみたくなり、片手を木に向けた。
『賢者』には無詠唱のスキルがあった。
即座に魔法が使えるようになるスキルだ。
魔法を念じると、片手に魔法陣が浮かび、水の弾丸が放たれた。
「うお!?」
想像では、木に穴をあける程度の威力。
だが、実際は木をなぎ倒すほどの砲弾が放たれてしまった。
木を三本ほど巻き込んだ威力に、さすがに驚く。
……見なかったことにしよう。
魔物が破壊したんだ。
俺は改めて周囲を見た。
先ほど放った魔法のせいで、盛大に一部分だけがえぐれてしまっていたが……ま、まあいいだろう。
それにしても、自然豊かな土地だな。
周囲にはそれしかない。まずは人を探さなきゃだが、その前に自分の状態だ。
……若い体だ。恐らく、年齢としては十代後半くらいか?
先ほどの水魔法の影響で、足元に水たまりができている。
それで自分の顔を見てみると、前世の十代頃の顔が映っていた。
黒髪に黒目、前世の世界では珍しいセットだ。
どこかやる気のない目。ボサボサとした髪は見ていて楽しい物ではない。
立ち上がった俺は頭をかきながら、人を探すために歩き出した。
歩きながら、装備を確認する。
魔物がいたときは、戦う必要があるからな。
魔王城で戦った際に、衣服はボロボロになっていたが……今はすべて綺麗な状態だ。
体の傷もすべて治っている。
武器も、魔王と戦った際に使用していた剣がある。
有名な鍛冶師に作ってもらった最高の一本だ。
勇者が持つ聖剣にはさすがに及ばないが、それでも世界で二番目に優秀と言われるくらいの代物だ。
ただ、俺の聖剣は剣としての切れ味よりかは、魔法を生かすための杖としての役割のほうが強い。
俺は僧侶であるが、多少の攻撃魔法が使える特別な存在として、仲間たちからは認識されていたからな。
とりあえず、僧侶、魔法使いの能力を確認していく。
……うん、問題なく使える。戦士も同様だ。
問題なく魔法が使えるといっても、所詮俺は下級職を極めたに過ぎない。
魔法とスキルは、五段階のランクがある。S、A、B、C、Dの五段階となっている。
これは職業も同じで、俺は三度の人生で、戦士、僧侶、魔法使いの三つをSランクまで育てた。
……稀にEXと呼ばれるランクに到達する人もいるが、職業を極めた、というのはSランクまでとなっている。
EXランクにあがった人は覚醒と呼ばれるらしい。
俺は見たことないが。
ランクが上がれば、使える魔法や能力も増えていくのだが、下級職では、Bランクまでの魔法しか習得できない。
俺はこのことをとても悲しんでいたが、複数の職業の力が使えるため……中級冒険者くらいの力はある。
対応できない魔物が出てきたらまた転生することを祈るしかないな。
現在、賢者はDランク。……まあ、それでも下級職よりも強かったから大丈夫だとは思うが。
とりあえず、この世界で何をするかはまだ決まっていないが、『賢者』のSランクでも目指そうかね。
そのためにも、賢者が育つまでは強い魔物と出会わないことを祈る。
賢者はすべての魔法が使えるといわれる最高の職業だ。
……現状は、僧侶と魔法使いで習得した魔法以上のものは覚えていないようだ。
ただ、一つ……嬉しいスキルがある。
それが、無詠唱だ。
このスキルがあれば、魔法を即座に使える。
これがいい。
というのも、魔法使いというのは変化し続ける戦場に合わせ、魔法を使っていかなければならない。
ただ、魔法は即座に発動するわけではなく、キャストタイムと呼ばれるチャージの時間が必要になる。
無詠唱であれば、このチャージの時間が必要なくなる。
魔法名、あるいは念じるだけで魔法を使用できるようになる。
俺は眼前に表示していたウィンドウをしまい、再び歩き出した。
耳を澄ますと、水の流れる音が聞こえた。
そちらに行くと、予想通り川があった。
川沿いに町を探そうか。
それからしばらく歩いていると、金属音が聞こえた。
これは、戦闘の音か?
金属音が聞こえる。……戦闘に合わせ、声のようなものも聞こえる。
……魔物同士の争いではないことを祈ろうか。
僧侶の魔法であるB・ハイドを使用し音の方へ向かう。
B・ハイドは敵に発見されにくくなる魔法だ。万が一魔物なら、即座に逃げられるようにしておいた。
森へと向かうと……人がいた。
敵はゴブリン五体。それに対して、一人の女性が戦っていた。
女性――耳の長さから、エルフと考えられる。
身なりからして、冒険者だろうか?
女性は剣を持っていた。背中には小さめの弓も持っている。
そういえば、二つの武器を使いこなせる職業があったな。
だが、そういう人はクロスボウを持っていたのだが、彼女は使っていないようだ。
弓と剣なんて、戦闘中に切り替えるのは難しいだろうに。
状況はやや女性のほうが不利か。
彼女は華麗な身のこなしでゴブリンの攻撃をいなし、剣を振るっているが、どれも急所を捉えるほどの一撃ではない。
力があまりないように見える。速度は十分だな。
……Dランク冒険者、といったところだろうか?
それにしては、さらに動きは悪いようだが……どちらにせよ初心者冒険者だろう。
回避にばかり専念していた女性だが、相手は五体。
厳しそうだな。
俺は木の陰に身を隠しながら、片手だけを向ける。
「B・ウィンド」
俺の魔法は女性とゴブリンの間を駆け抜ける。
一本線を引くように風が吹き荒れ、両者の距離がさらに開いた。
一塊になって警戒していたゴブリンへ、再度同じ魔法を放った。
「ギャア!?」
ゴブリンたちが吹き飛び、その体が切り刻まれた。
……いやいや、加減したつもりなんだがな。
なるべく魔力をこめずに放ったのだが、ゴブリンたちの死体は飛散なものになってしまった。
ゴブリンが全滅したのを確認してから、俺は姿を見せる。
両手をあげながら、俺はできる限り怪しさを顰めるようにして歩いていく。
敵意はない。ただ、こちらも警戒はしている。
助けた女性が、善人とは限らないからな。
「すまない。困っていると思って、手を貸してしまったが……」
「ありがとうございますっ。助けていただいて!」
……想定外なほどに彼女は素直に頭を下げてきた。
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