34 竜騎士サーカス団によるスペシャル・サーカス


『な、なんということでしょう……野生火竜を……大型棘竜が丸呑みにしてしまいました』


 もはやどう扱うべきかわからない様子のチャルチルの声が会場内に響く。

 ショッキングな一部始終を目撃した観客たちからも、どよめきや悲鳴が聞こえてくる。いくら娯楽劇とはいえ、ここまでの過激な演出は事故という見方をするのが自然だろう。

 演者も、音楽隊も、観客も、誰もが身を固めていた。『F10』各国にこれが放映中されていることを思うと歯がゆい。カームは胸が苦しくなった。


 澄み渡るサーカス空域の中で、翡翠色の瞳が何かを捉える。

 猪突猛進を続ける存在が一騎あった。武器も、防具も、無線装置さえも取っ払った身軽な状態で、相棒竜の背中で中腰姿勢のまま精神統一している。

 限界ギリギリの爆走で、今も英雄と呼ばれる男は真っ直ぐに大型棘竜へと向かっていく。カームとルナリザのすぐ横を風のように通り過ぎ――鍛え抜かれたその豪腕を、大型棘竜の膨らんだ腹部に叩き込む。


 大気が揺れ、衝撃波が轟いた。サーカス空域が竜の悲鳴で包み込まれる。そして、大量の胃液を空に撒き散らして大型棘竜は巨大な塊を吐き出した。


「悪いが、数十年来の相棒なもんでね。呑み込まれちゃ困る」


 鋭い鱗を貫いてめり込んだ血だらけの腕を抜き取ったヒンメルが言う。

 一方、カームとルナリザの二騎は空に投げ出された傷の竜を瞬時に回収していた。ファムとミレーユの背中で支えていると、ヒンメルがやってくる。

 疲れ切った血みどろの顔面で、英雄が笑う。


「あとは任せたぞ……大団円(フィナーレ)まで、もう少しだ」

「……任された!」「はい。やり遂げてみせます」


 カームとルナリザがそれぞれの反応を見せる。口元を緩めたヒンメルは、元相棒竜の頭を撫でながら「お疲れ様だ」とねぎらいの言葉をかけた。

 瞳を薄く開ける傷の竜は、どこか懐かしいそうに小さく「がう」と鳴くのだった。

 即席で出来た回収班たちによって、ヒンメルと傷の竜は共に母竜まで運び込まれていく。


「……さて、ラストスパート楽しもうか。ルナリザ、“アレ”やってみようよ」

「言うと思った。でもまあ、シェロもやりたそうだし」

「決まりだね」


 カームは頬を上げて、握った拳をルナリザに向ける。


「何よ」

「ヒンメルとはやってたじゃん! なのに俺とはダメなの? ちゃんと見てたんだから!」

「あれは演目上のハイタッチでしょ」

「もう、いいからほら早く!」


 渋々拳を差し出してくるルナリザとコツンとやって、カームは目を細める。


「ファム、ミレーユ、シェロ、ルナリザ……みんな準備オッケー?」

「はいはい……ミレーユも珍しく興奮してるわ。まあ、あたしも似たようなもんだけど」


 それ以降、カームとルナリザは言葉を発しなかった。演目に全身全霊を注ぐためである。



 * * *



 ヒンメルが脱落し竜騎士隊の志気が落ちていく中、観客たちがざわざわと騒ぎ立つ。皆、サーカス空域内を音速のようなスピードで飛び回る黒と白の存在を見上げていた。

 妙な光を纏って消えたり現れたり。神話のように幻想的で、美しい。

 まるで、空を飛び、舞うことが生きることであるような。

 自由で伸びやかなその軌道に。激しく背徳的なその軌道に。

 瞳を奪われる以外の選択肢がなかった。そこには生きる伝説があった。

 始めは一騎ずつ対比するように空を飛んでいたものの、やがて二騎は出逢った。

 パートナーを見つけたのだ。お互いの人生を預け、共に生きることを約束する相手を。

 ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー。空でワルツを踊るように。

 二匹の竜は一寸のズレもなくリズムに合わせて大きな翼を揃える。言葉を交わさずとも、相手の想いを組みとれる一対の存在だった。

 緩やかになっていく二匹の竜はゆっくりとお互いの首を絡ませて、一つの塊になる。

 空に黒と白が混じった卵のようだった。そこから、小さきものが飛び出す。

 未熟な翼で自分の躰を支えられない幼竜だった。そんな小さな存在が、空を墜ちていく。

 二匹の竜は慈しみにも似た表情を浮かべて見守っている。すると――幼竜はぱたぱたと愛らしい翼を微動させて、なんとか空を滞空する。

 必死に羽ばたき、幼竜は最愛の母と父の元へ向かって行く。

 幼竜は二匹の竜に乗る人間たちによって迎え入れられ、大切に抱きかかえられる。そんな彼らの行く末をもう少し見たい。そう思ったところで、黒と白の翼が幕を下ろす。

 大会場中が、清らかな拍手に包まれた。



 * * *



 しんみりしていた大劇場は、密かな賑わいを取り戻していた。上質な舞台劇というものをカームは目にしたことがなかったが、こんな空気になるものなのだろうか。

 ――まさかルナリザとこんなことができるなんて。

 彼女と息を合わせて出来上がった演目は、ほとんどがアドリブだった。

 いつもの自分にはない、情緒ある空の飛び方ができた気がする。きっとルナリザのお陰だ。

 溢れる笑みを抑えて、カームはルナリザと目を合わせる。

 琥珀色の瞳が若干濡れていた。茶化すのも気が引けたカームは、当初のサインを送る。

 彼らが向かう先は――ジラーニが騎乗する大型棘竜の元だった。

 顔全体に脂汗を浮かべたジラーニが、カームたちを睨み付ける。どうやら彼もさきほどの自分たちのサーカスに目を奪われていたようだった。


「勝ったつもりか……?」

「悪いけど、初めから勝負なんてしてないよ」


 カームが、力ない笑みを浮かべる。


「もはや神竜の力は思いのままだと言いたいのか…………頼む。すべての竜を自在に操れる異形のその力、儂ならばもっと上手く使える。世界中が望むように有効活用できるのだぞ」

「……ジラーニ、残念だけど、君は勘違いをしてるよ。今回のサーカスで確信した。シェロに他の竜を操るなんて力は無い。この子は、俺たちと“遊んでただけだ”。種族を超えて、誰とでも仲良くできる。ただそれだけなんだ」


 さきほどの演目でカームの元にやってきたシェロの頭を一撫でする。


「何を言い出すかと思えば……! ……儂は認めんぞ、いいからそいつを寄越せッ!」


 ジラーニの叫び声に反応して、大型棘竜が啼き声を上げる。


「カーム!」


 ルナリザが叫び、カームは右手に握っていた竜殺しの槍に目を落とす。

 ――俺は、君たちのためにこの武器を振るうよ。


「ルナリザ!」


 カームが叫び、大型棘竜の突進をすんでのところで回避。二騎は対になりながらジラーニの頭上まで高度を上げ、相棒竜の背中から同時に飛び降りた。

 いずれも、身体の中心には竜殺しの槍を抱えている。

 そして――大型棘竜の頭上に辿り着くと同時に、二人は勢いよく槍を突き刺す。


「ごめんよ。少しの間だけ我慢してて」

「すぐ、楽にしてあげるから」


 頭部の皮膚を剥ぎ取ると、大量の出血と共にべろりと剥がれた鱗が風に乗って飛んでいく。

 現れた血塗れの床からつるつるした骨が露出し、その表面は痛々しくひび割れていた。脳髄まで侵入しているであろう見覚えのある大きさの針が、二本突き刺さっている。


「……やっぱり!」


 カームとルナリザは、お互いの相棒竜を呼びつける。


「何をしているのだ貴様ら! やめろ、儂の竜だぞ!」


 ジラーニが大型棘竜の枝毛のような角にしがみついて怒鳴った。


「危ないからそこでしっかり捕まっててよ。墜ちたら助けるの面倒だし」

「そのまま海の藻屑にしちゃえばいいでしょう、あんなヤツ」

「いやそれは流石にさあ……」

「待てカームよ、これは貴様が嫌いな暴力ではないのか! ええ!? 一体どういうことだ!」


 カームは、慈しみに満ちた表情でジラーニに笑いかける。


「……優しいだけじゃ、竜には寄り添えないから」


 飽き足らず罵詈雑言を飛ばしてくるジラーニを無視して針に縄をくくりつけ終えると、カームたちはそれを手に巻き付けて、それぞれの相棒竜の背中へと飛び乗った。


「ジラーニ、死にはしないと思うけど、舌噛まないようにね」

「何……? どういうことだ」

「……御愁傷様、ね」

「いくよー! せーのっ――!」


 カームのかけ声とともにファムとミレーユが一斉に翼を広げる。ピン――と張った縄の先で、引っ張られた針が綺麗に抜けきる。

 瞬間――大型棘竜は力を無くしたように急激に落下し、湖に墜ちた。ざばんと大波が発生し、高台観客席まで水飛沫がはじけ飛ぶ。

「完全に回復するのには時間がかかるだろうけど、これであの子も解放されたはずだ」


 丁度そのころ、チャルチルによるナレーションが復活し、何倍にも増したテンションの叫び声が、大劇場に反響する。


『――――こうして、レッドクラウド軍とブルースカイ軍は共闘の果てに傷の竜や大型棘竜と戦いました。しかし、その戦いの端々で、人類と竜は奇妙な友情を育んでいました。未知数な未来の一ページには、確かな信頼関係を結んでいる人と竜があるかもしれません』


 チャルチルのナレーションが上手い具合にまとまり、大劇場がさらに高揚する。その隅で、母竜機構の幹部やVIPの面々がそそくさと姿を消していく。

 だが、今はそんなことどうだって良い。

 母竜音楽隊の金管が盛大に響き、数騎の竜騎士たちにより上空から金粉が振る舞われる。


「見てよ、ルナリザ……この大歓声」


 見渡す限りの人々が拍手喝采を送ってくれていた。想い描いていた大団円が、そこにある。


「うん……最高のサーカスだったわ」


 ルナリザの笑顔を見て、カームも心がいっぱいになる。


『竜騎士サーカス団によるスペシャル・サーカスはお楽しみ頂けましたでしょうか! これより、エンディングクレジットとして竜騎士サーカス団による演者紹介を行いますので、まだご起立はしないようお願いします! 最後までとくとご堪能くださいませ!』


 カームとルナリザが、唖然とした表情でお互いを見合う。


「コレもアンタの差し金?」

「ううん、俺は上手い具合にナレーションしてって頼んだだけだよ」

「良くそれで引き受けたわね……あの子も。その割には頑張ってたけど……」

「ていうかさ“えんでぃんぐくれじっと”って何するの? ぶっつけ本番なのかな、ハハハ、楽しそう。本当に大変なのはこれからなのかも!」


 大劇場の中央――母竜飛行場にはサーカスに参加した音楽隊、整備士たちがずらりと整列していた。その付近の空域に竜騎士たちが徐々に集まっていく。


「……ホント、ヘンなヤツ」

「ルナリザお得意の照れ隠しだね?」

「うるさい。ほら、さっさと行くわよ」


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