25 少年ヒンメルと老火竜


 今より二十三年前――、少年ヒンメルは一匹の火竜と出逢った。

 両親に頼まれて山菜採取に出かけたはずだったのに、山道で見つけたのは千年以上生きた老火竜。雨に打たれて息も絶え絶え。絶命寸前だったことから、彼は早急に手当をした。

 自分の身体の何倍も大きな躰が浅い呼吸と共にゆっくり動くのがなんだか不思議で、ヒンメルの目には愛らしく映り、あまり恐怖はなかった。

 ヒンメルは故郷の住民たちの目を盗み、特技だった狩りで動物を仕留め、老火竜に与えた。


「動物を食うときは感謝する気持ちを忘れちゃいけないんだ、わかるか?」


 鼻息荒く死肉を貪る老火竜を横目にヒンメルが笑う。「わかるわけないよな」

 しかし、老火竜は食べ終わると小さく「がう」と唸った。


「今のは……、返事なのか?」


 それが、彼らの物語の始まりだった。食事をするとき、眠るとき、彼らはいつも一緒だった。共に水浴びをして、相棒の背中に乗って付近の空を飛ぶ。

 広大な大空に浮かぶ雲と同じ高さを飛行していると、世界のどこへでも行ける気がした。

 農村の村人として一生を終えるはずだった少年の人生に、一縷の光が差したのだ。ヒンメルはこの出会いに感謝し、いつの間にか彼らは種族を越えた信頼関係で結ばれていた。


 あるとき、都から立ち寄ったサーカス一座がヒンメルの故郷にやってきて、いつも行商人で賑わう広場には色鮮やかな黄と赤のサーカステントが立ち上がっていた。

 興味本位で中を覗いてみると、突然獣の鳴き声がヒンメルの腹にまで響いた。声のほうに目を向けると、立派な鬣の獅子が宙に投げられた輪の中に人間と一緒に飛び込む瞬間だった。


 人間と獣が作り上げる可笑しな娯楽の世界に、ヒンメルは釘付けにされる。

 彼の瞳には舞台上のサーカス員と獅子が、自分と相棒竜の姿に置き換えられているのだった。

 テントの内部には楽しげな歓声が充満していて、それは決して途切れることがなかった。

 サーカスが終了すると、ヒンメルは相棒がねぐらにしている山奥の洞穴まで走っていた。


「あ、あのサーカスっ……! 俺たちで……、やるぞ、ガルムント!」


 息を切らしたヒンメルが老火竜ガルムントの頭部に抱きつく。老火竜は落ち着きはらった表情で興奮気味のヒンメルをゆっくりと地面に下ろし、彼が口を開くのを待つ。


「とりあえず空飛びながら話そう、汗を渇かしたいんだ」


 ガルムントの背に跨がって高度三百メートルほど上昇し、蒼色の瞳を光らせて思い立ったばかりの夢を相棒に聞かせる。ガルムントはヒンメルの言葉に耳を傾け、ゆらりと空中散歩を続ける。一人と一匹にとって、この時間は何よりも掛け替えのないものだった。

 他にもガルムントに聞かせたい話が山ほどあった。だから、夕日が差し込むまでずっと大好きな相棒に語って聞かせた。話が通じているかどうかはわからない。

 だけど、なんとなく伝わっている気がした。



 * * *



 四年後――ヒンメルは自分一人で興行する個人経営のサーカスで生計を立てていた。

 スポンサーもおらず、翌日腹に入れる食料さえ投げ込まれる銭次第というインディーズ時代は青く苦い時代ではあったが、不思議と日々を生きることに満ち足りていた。

 自分で考えた演目、魅せ場の演出、己のクリエイティブな発想がすべて独創性へと繋がる、そんなエンターテインメント。

 観客の歓声や拍手――たくさんの笑顔を見ていると、それだけでやって良かったと思える。演者であり番頭であるヒンメル自身が、最もサーカスに魅了されていた。

 竜と人間による曲芸を売りにしていたヒンメルのサーカスは、業界の中でも異彩を放っていたせいか、人種や言葉の壁を越えて次第に認知されていった。


 人竜戦争が起きる前、竜は人類にとって善でも悪でもなかった。人里離れた秘境でときおり目撃されるくらいで、お互い不干渉を保っていたのだ。稀に物好きな目撃者が尾ひれを付けて話を誇張し、聞き手もそれを不気味がる程度の存在で、田舎町まで降りてきて家畜を喰い散らかす怪鳥などの巨大生物のほうが余程厄介だったろう。だが、実害と感じ方は別問題だ。得体の知れない生物である竜という存在を、人々は潜在的に恐れていた。


 ヒンメルは、ガルムントが畏怖の対象でないことをサーカスを通して伝えたかった。公演の果てに見られる笑顔には、それだけの魔力があることを彼は知っていた。

 数年後、興行のためにウィンガリウムの外れにあるリィネの村を訪れたときのことだ。

 青年ヒンメルは観客の中で田舎娘の眩しい笑顔に心を奪われた。その愛らしい表情にどうにも胸が苦しくてたまらなくなってしまう。ヒンメルは一人の女性に恋をしたのだ。

 演目の後に声をかけ、幾度かの逢瀬を経て――二人は結ばれることになる。そしてヒンメルは恋人のエノリアと共に本格的なサーカス事業を開始した。世界中を二人乗りで旅しながら、笑顔と興奮を届けるために。

 そんな最中、エノリアの故郷で再び興行を行う機会が訪れた。


「妹がね、もう嬉しがっちゃって。サーカスと竜のことが大好きみたいよ」

「そうか。エノリアと一緒だな」

「ふふふ……わたしは不器用で夢いっぱいの――子供みたいなあなたが一番大好きだけどね」

「俺は……もう大人だ」

「そうやって張り合うところが子供っぽいのよ。でも良いの、可愛いから」


 エノリアが背伸びをしてヒンメルの頭を軽く撫でる。ヒンメルは困ったような表情でされるがままだった。ふと、エノリアの視界に厩舎の隅でとぐろを巻く火竜が映り込む。


「まさかガルムントが恋人を連れてくるなんてね。あ、でも人じゃないか。恋竜?」

「ああ、俺も驚いた。まさかつがいが居たとは」


 世界中の空を渡っているとき、ガルムントに近寄ってくる火竜と出逢ったのだ。空で鉢合わせる野生竜はどれも気性が荒く、近づくだけで威嚇または攻撃をしてくる。彼女の場合も例外ではなかったが、ガルムントが一度吠えるとその後は嘘のように大人しくなって、一緒に付いてくるようになった。それ以降ガルムントと火竜はいくつかの卵を産んだのだ。


「この子たちも、もうすぐ産まれるのかな」


 人類史の中で、竜と生活を共にし卵まで産ませた人間がいるのだろうか。否、聞いたことがない。だからこそ、野生竜の調教も卵の育てかたも、何から何まで自分で考えるしかなかった。だが、エノリアやガルムントが一緒ならヒンメルにはできると思った。


「ガルムントに続いて竜のサーカス員が増えれば、今後はショーの表現や自由度が格段に広がる。だからエノリアもそろそろ騎乗の練習を――」

「無理無理! 運動神経悪いし、すぐ落っこちちゃうわ。わたしはお客さん兼サポート係。あなたとガルムントがお客さんを喜ばせているのを見るのが好きなのよ」


 エノリアは誤魔化しついでにヒンメルに抱きついた。


「そうは言ってもな……そのうち競合が出て来るかもしれないんだぞ」


 最近は客入りが減っている。ガルムントと野草を食って空腹をしのいでいた昔ならばそれでよかった。しかし今のヒンメルにはエノリアが居る。彼は少しの焦りを感じていた。

 愛するエノリアには不自由なく生きて欲しい。それが彼の生涯かけての願いだった。

 そんなヒンメルの思惑を察したのか、エノリアがくすくすと微笑んでヒンメルの頬を突く。


「ふふ、たとえ貧乏になったとしても、わたしとあなたが一緒なら楽しく暮らしていけるわ。もちろんガルムントや、ガルマール……あなたたちともね」


 家族になりたての火竜の顎をくすぐって、エノリアは屈託のない笑顔で笑った。



 * * *



 三度リィネの村を訪れたときだった。突然山奥で大きな爆発が起きた。

 買い手の付かなかった広大な土地にはいつしかウィンガリウムの開発研究所が建設され、日々何かしらの実験を行っているらしく、付近では騒音が絶えなかった。


「また爆発か。ウィンガリウムは一体何をしてるんだ?」

「飛行機開発だって。鉄の塊に機械を乗せて人間が空を飛べるようにするらしいの」

「鉄が空を飛ぶのか……? そんな恐ろしいことがあってたまるか」

「ふふ、竜で空を飛ぶのだって似たようなものでしょ。実はね、首都から出向でこっちに来てるジラーニって責任者の人が、今度ヒンメルに会いたいんだって。昨日村長から言われたの」

「俺に? 機械のことなど何もわからんただのサーカス屋だぞ」

「竜に乗って空を飛ぶあなたが気になるみたい。飛行機開発の参考にしたいんじゃないかな」


 数日後、飛行機開発の主任であるジラーニが、ヒンメルとガルムントのサーカスを目にする。


「…………素晴らしい飛行技術だった。君は、本当に竜を従えているのかね」

「従えているわけでは……俺とガルムントは対等な存在です」

「ヒンメルくん……巨額の富と名声を手にしたいとは思わんかね。これは、ビジネスの話だ」


 甘い言葉だとわかってはいたが、エノリアとの将来を考えてヒンメルはジラーニと契約を交わすことを選んだ。そしてジラーニは思案していたプロジェクトで募っていた飛行機乗りテスターたちをすべてヒンメルの部下にし、産まれたばかりの子竜の調教人員とすることにした。

 ヒンメルは、いつの間にかウィンガリウムの治安維持のための軍人になっていた。戦争の道具となってしまったことなどいざ知らず。


 それから七年後――住居を構えたリィネの村に突如竜の大群が押し寄せてくるのだった。

 天災としか言い様のない不幸を目前に、人類は必死に足掻いた。首都から派遣された兵器軍も健闘したが、人知を結集させて開発した鋼鉄の刃や銃弾や砲弾でも、野生竜の鱗を傷付けることが精一杯だった。

 暴走する竜たちの殺戮に、人類はなぶられ続けた。ウィンガリウム軍人のほとんどが凄惨に殺されていくそんな中、目まぐるしい活躍を遂げる者たちがいた――。

 竜に騎乗することで圧倒的な機動力を有し、敵竜の鱗を貫く武器を振るう戦士たち。野生竜に虐げられるだけの人類にとって、ジラーニが水面下で準備を進めていた彼ら竜騎士隊は希望の光だった。もし彼らが居なかったなら、ウィンガリウムは凄絶な被害を受けていたであろう。

 初めての戦場で隊長を務めたヒンメルは、部下の竜騎士たちを進撃させつつ自らも特攻する。

 人命を奪おうとする野生竜を、躊躇せず身の程よりも大きな剣で摘み取った。

 同じ竜種である相棒ガルムントを幼いころから知っていた彼にとって、危険分子であろうと竜を殺すことには大きな抵抗があった。見かけこそ凶悪でも、性根にはみな人懐こい部分があると信じていたからだ。

 これまで、人間として生きていくために自然界の動物の命を奪ってきた。だけどこのような殺傷は初めてで、彼の心は傷むばかりだった。しかし軍人として生きている以上、国民の命を守らなくてはいけない。ならば殺すしかないではないか。


「何故人間を襲う! お前たちが退いてくれれば、俺たちは戦ったりなどしないのにッ!」


 空に向かって叫んだ言葉も、野生竜たちには届かない。ヒンメルは歯がみして相棒の首元に手を這わせる。


「皆が、お前のような奴だったら良いのに」


 いつものように素っ気ない相槌が返ってくるはずだった。なのに――、突如ガルムントが正気を失ったかのように暴れ出す。


「落ち着け! ガルムント、一体どうしたというんだ!」


 手綱を強引に引き絞り、ガルムントに声をかけ続ける。だが、相棒竜は血走った瞳で暴れ狂うだけだった。ヒンメルの言葉がまるで耳に入っていない。

 揺れる視界の中で、軍人の避難誘導に追従する集団が目に入る。その中にはエノリアも居た。

 司令官のジラーニから無線連絡が入る。


『ヒンメル、その竜を殺せ。そいつはもう使えん』

「……ジラーニ司令、ガルムントに何をしたのですか」

『今後のための実験台になってもらった。より竜を制御しやすくなる予定だったが……失敗のようだ。だが安心しろ、開発とは失敗を糧に日進月歩していくものだ。新しく産まれた子供らがいるだろう? その中で一番優秀な奴をお前の新しい相棒にしてやる』

「安心しろ、だと?」

『それより、今はあの巨大な生命体を入手することにすべてを注げ』


 ヒンメルの上空には常軌を逸する巨体な生命体が浮遊していた。空飛ぶクジラ。いや、意志を持った小国が空を飛んでいるといっても良い。


『支給されたブツがあるだろう。アレの体内に潜入し、それを脳髄に突き刺せ』


 無線が途切れる。ヒンメルは臀部の無線装置を繋ぐコードを乱暴に引き千切り、被っていた竜兜を前方の避難団体に向かって放り投げる。


「エノリアッ! 頼む、避けてくれッ! ガルムントの様子がおかしいんだ!」


 ヒンメルの叫びにいち早く反応したエノリアが、声を張って集団に回避指示を促す。でも間に合わない。体長七メートルを超える火竜に高速で突撃されれば、人間はひとたまりもない。


「くそッ……! ガルムント……すまんッ!」


 ヒンメルは大剣を無防備な相棒の頭部に叩きつける。するとガルムントの軌道が逸れ、ヒンメルとガルムントは壁面を破壊しながら建物と衝突する。

 血反吐を吐きつつもなんとか身体を起こし、狂ってしまった相棒に瞳を向ける。


「ガルムント……頼む。お前を傷付けたくない」


 口から出たその言葉を自らの耳で聞いたとき、ヒンメルは衝撃を受けた。状況を打破する選択肢の中に、当然のようにガルムントへの暴力が含まれていることに。しかも、“傷付けたくない”というのは上辺だけで、脳裏を過ぎった暴力の形はもっと凄惨なものだった。

 苦しそうに呻き声を上げる相棒竜は付近の壁や床を破壊し尽くし、ついには胃袋を膨らませ、火球を放出する体勢へと移行していた。その先には、逃げ遅れた住人たちがいる。

 ヒンメルが咄嗟に集団を庇うように前に出ると――ガルムントは寸前で方向修正し、火球を廃墟同然となった建築物へと放った。


「ガルムント……やはりお前は」


 ヒンメルが頬を緩ませる。しかしガルムントの呻きは変わらず、その症状は刻一刻と進行しているようだった。苦しそうに地面をのたうち回る姿は、見ているだけで辛い。

 必死にガルムントの尾や翼にしがみついて、ヒンメルは血と涙で顔面を汚す。その度に相棒は抵抗し、竜鎧が無ければ死んでいるほどの猛攻が彼を襲う。


「お前とこうして喧嘩をするのは始めてだな。巷では、こういうのも悪くないらしいぞ」


 どれだけ傷めつけられようと。血を流そうと。手足を失おうとも。ヒンメルにはガルムントを諦めることなどできなかった。それだけお前を大切にしている。自分にそう言い聞かせることで、一度親友に向けてしまった忌まわしいあの感情を帳消しにさせてほしかった。頭の中から、必死にあの選択肢を消し去りたかった。大好きな存在を、救いたかった。


「ヒンメル……! ガルムント!」


 生涯を誓った愛するエノリアの声が、崩壊した廃墟の中で響き渡る。


「エノリア、来るなッ! 戻れッ!」


 ヒンメルは、今でもこのときの光景を夢に見る。

 エノリアの方向に向かってガルムントが首を伸ばす。

 瞬間――ヒンメルは大剣を握っていた。

 明らかな殺意には、圧倒的な殺意を持って。

 相棒を手にかけるその一瞬、ヒンメルは確かに声を聞いた。

 心の底で早く殺してくれと泣いているガルムントの声を。

 あなたの大切なものを壊したくないと懇願する相棒の温かい声を。

 ヒンメルは選んだ。“一番”大切な物を――守るために。

 自らの大剣で相棒の逆鱗を狙う。苦しめることなく逝かせてやるにはここしかない。

 大粒の涙が止めどなく溢れ出る。考えもしなかった親友との別れが、このような形だとは。


 大剣の軌道は――空を突くだけに終わる。

 対面のガルムントは鋭利な牙が覗く大顎を開き――、ヒンメルの太い腕に噛みつく。

 腕が噛み千切られると思った。しかし顎の力はすぐに抜かれ、おぞましい歯形をヒンメルの腕に残すだけに留めた。やがてガルムントが発狂する。人間の血を飲んだことも相俟ってか、もう抑制が聞かないのだろう。

 完全に知性を失ってしまったガルムントが、付近の建物に躰をぶつけて逃げるように大空へ飛び立って行く。その姿を見送ったヒンメルは、負傷した箇所を強く握りしめる。


「……できなかった、殺せなかったよ。ああなってしまっても、俺の大事な親友なんだ」

「ヒンメル……」


 涙を流して口元を抑えていたエノリアが、ヒンメルを抱きしめる。


「俺は最低だ。ガルムントと君を天秤にかけ君を取った。アイツは、殺してくれと言ってた」

「あなたは間違ってなんてない。きっと、ガルムントもわかってくれるわ」


 お互いを支え合いながら避難集団まで移動すると、突然エノリアが血相を変えて叫んだ。


「ルナリザが居ないわ!」

「俺が探してくる。君はこのまま避難を続けてくれ」


 ごねるエノリアを説得し、二人は熱い抱擁を交わす。


「ヒンメル、愛してる。気をつけて……生きて、帰ってきてね」

「君こそ、泣いてばかり居ると妹に馬鹿にされるぞ」


 これが――、彼らの最後の言葉となった。

 運命とは残酷だ。ルナリザはエノリアたち避難民が向かう側に居た。ルナリザの悲鳴で駆けつけたヒンメルが目にするのは、愛するエノリアが親友ガルムントに喰われた瞬間だった。


「――人間の前に、もう二度と現れるなッ!」


 最愛だった親友に向けた拒絶の言葉だった。

 ――間違っていた。もう少し、悩むべきだった。残酷な世界に対して、自分の心は甘かった。

 エノリアが残した最愛の妹を守ることはできた。しかしヒンメルの心には、ぽっかりと穴が空いてしまった。人間として備わって然るべき情緒を、完全に消失してしまったのである。


「……ぜったい、ころしてやる。おなじように、させてやるから」


 降りしきる雨の中、恨み言を唱える幼き少女。歳はずっと離れていたが、ヒンメルにとって彼女は同じ悲しみを伴った同志だった。

 少女の頭に、ヒンメルは手のひらを乗せる。


「……なら、竜騎士になるといい」

「そうしたら、しかえしができるの?」


 純粋な彼女問いに、ヒンメルは答えることができなかった。この行動が正しかったかはわからない。ただ、このとき復讐心を共有できているように思えた。

 人と竜は、決して相容れない存在。二つの種族に中立な到着点など存在しない。どちらかが支配するしかない。ならば……竜を従え、兵器とすべきだ。そして、人に仇なす野生竜に至っては殺処分するべきだろう。

 何故なら――、我々は“人間”なのだから。


 その後もヒンメルは戦場を駆け抜けた。飛行する巨大生命体の頭部に浮かぶ碧色に光る不思議な竜が親玉だと睨み、竜騎士隊による猛攻の果てに殺害。すると将を失った軍隊のように、野生竜たちは散開を初めたのだった。

 生物学者たちが発光竜を解剖した結果、生きるために必要な臓器が半分も無く、代わりに用途不明の名状しがたい“モノ”が詰まっていたことが発覚。以降、人知を越えた生命体“神竜”というコードネームで国家機密とされることになる。

 人と竜によって巻き起こった前代未聞な戦いは、後に人竜戦争と呼ばれるようになり、竜は厄災であり害獣であることが世界の共通認識となった。一方でヒンメルたち竜に騎乗した戦士たちは英雄となり、彼らは正式に竜騎士という名称と叙勲を与えられ、その存在を知らしめた。


 リィネの開発研究所に不時着した巨大生命体は、後に超大型巨竜飛行船・一号と命名され国有財産となり、首都では専用の飛行場が早急に建設された。その絶妙なタイミングで、ジラーニは母竜機構の設立を世界に公表するのだった。

 煌びやかな二つの目標を掲げて、神竜を捜し求めるために……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る