24 神竜


「――以上のことから、『神竜』がこの世に誕生したことは間違いありません」


 管制室にてヒンメルはカームたちと交戦し、結果逃してしまったことを簡潔に報告した。

 対面で放心状態だったジラーニが席を立ち上がり、直立姿勢のヒンメルに近づく。


「竜騎士長、我ら母竜機構最大の目的を言ってみろ」

「はっ、神竜の入手であります」

「神竜を入手することで得られるメリットとはなんだ?」

「すべての竜を意のままに操る術を持っていると考えられることから、ウィンガリウムは唯一無二の力を手にすることができます。その利点は計り知れませんな」

「そうだ。世界が望んでいる三つの目的など、“ついで”に過ぎん」


 こつ、こつとジラーニの高級靴が静かな音を立てる。


「……ならば、何故お前は無様にも逃げ帰ってきた」

「常軌を逸した神竜の能力に力及びませんでした。ですが、その力が本物であることを俺はこの目に焼き付けました。我々が追い求めているモノだと、断言できます」


 胸中が煮えくり返る想いのまま、表面上だけは冷静な返答をする。


「……お前の見た神竜の能力とは、人竜戦争のときと同じものか?」

「操る術に関しては同系統のモノかと。直感的には操るというより臣下として手名づけているような印象でしたが。例の空間に攻撃を行った際、破壊することができたことからも未だ発展途上なのでしょう。ですが、いずれあのレベルまで到達するのは時間の問題かと考えます」

「くっくっくっ……ハーッハッハッハ! 遂にこのときがきたか! 人知を越えた生命体なぞと創作物のようなことを言う生物学者どもは信用ならんが、お前の口から聞くと信じられる」

「生物は日々進化しています。竜が内包する細胞の数は人間の比じゃありません。後から生まれる個体ほど優秀な遺伝子を持っていることも多い。突然変異はあり得ます」

「ハーッハッハッハ、笑いが止まらん! あとはメインイベントまでの“繋ぎ”としてVIP共に撒く餌だが……これは儂に秘策がある」


 ジラーニは既に神竜を入手した前提で話を進める。現場を知らない責任者らしい言葉だった。


「実は候補生を募って既に試験的な運用もしているのだ。後でお前も顔を出せ」

「はい。……叱責は、もうよろしいので」

「そんなことになんの意味がある。非生産的なモノを儂は好かん。金になるのなら幾らでもお前を殴りつけるがな。今回の失態を胸に刻んですべての能力を注ぎ込め」

「……了解しました。カームとルナリザ、ファムとミレーユについてはどうします」

「神竜を取り戻し次第殺せ。カームは母竜機構のシンボルとしての利用価値があるが、奴は我々に刃向かう下劣な野生竜共と同じだ。苦労して飼い慣らすよりも消してしまったほうが都合が良いことにやっと気付けた。ルナリザについても構わない。神竜の卵を入手した功績は褒め称えてやりたいが、その役柄はお前に与えたほうが組織活性化にも繋がるだろう。それぞれの竜については捕獲を命ずる。だが激しい損害が出るようなら始末して構わん」


 竜の名前を覚えようとしたことなど一度も無いのだろうなと、ヒンメルは思った。


「しかし……お前も直らんな。報告の席でくらい『私』を使えと何度言えば覚えるのだ」

「ええ、すいません。“自分”、学がないもので」

「……まあ、お前は少し変わっとるが、任務をこなしてくれるのであればそれで良い」


 ジラーニが珍しく後頭部を掻きながら、ヒンメルを管制室から追い払った。



 * * *



 厩舎からのコンベアが行き着く先は、母竜の体内に唯一存在する室内劇場だった。

 元々は特殊なルートを抑えた特別VIP会員証を持つ者だけが楽しめる、性と暴力による非人道的なサービスを行う予定だったらしいが、それはジラーニの思惑により急遽変更となった。


 肉の壁で覆われたドームの上空で、二匹の竜が向き合っていた。騎乗する竜騎士たちはホルスターに収めた複数の武器から得意の一本を手に、相手を傷付けるための戦法を頭に巡らせる。

 開始の合図が鳴ると、竜騎士たちは野性的な叫び声と共に相手に刃を向ける。竜殺しの武器で騎乗する竜を切り裂き機動力を奪い、竜騎士が纏う装備を破壊し、直に肌に痛みを与える。

 湿気った生暖かい空間の中に人間の生き血が飛び散り、鮮血は母竜の壁や床に吸われていく。それは生命の循環のようだった。

 わき上がる歓声。この空間には、人間としての心が欠落した者しか入ることが許されない。


 そんな光景を控え室から見上げ、ヒンメルは思う。

 ――これは、俺たち人間が本当にしなければならないことか?

 竜騎士も飼育竜も不足しているこの緊急事態に、正気の沙汰ではなかった。しかし、どうやらジラーニにとっては観客の見世物として傷付き倒れていく竜と竜騎士たちより、各国の重鎮たちを満足させることのほうが、生産的な行為であるらしい。

 やがて上層VIP席からジラーニが立ち上がり、劇場内のスピーカーに声が反響する。


「さあ皆様、お待ちかねのヒンメル・キリヒンマグのご登場になります。輝かしい功績を持つ英雄による、背徳な余興を存分に楽しみましょうぞ!」


 狂乱の歓声がわき上がる。ヒンメルの手足が麻痺したように感覚を失っていく。

 対面で血走った瞳を向けてくるのは、竜騎士候補生の若者だった。

 お互いに軽く頭を下げて、各々が相棒竜に騎乗し、整備士たちが飛翔前の最終点検を行う。


 ――“アイツ”との出逢いは、俺にとってなんだったんだ?

 開始の合図は鳴っていた。心ここにあらずの表情ながら、ヒンメルはガルミールと阿吽の呼吸で飛翔し、目の前の敵を討ち滅ぼすためだけに自動的に武器を振るう。


 ――俺は、何故サーカスなどという余興を好んでいた?

 ガルミールが加速する。ヒンメルは流れるままに長剣を振るう。ただそれだけの単純作業で敵の竜鎧が砕け散った。続いて敵の武器をいとも簡単に彼方へ吹き飛ばし、完封する。

 歓声が沸いた瞬間、ヒンメルが観客たちに向けて勝利のポーズを取る。一部の客からはブーイングを浴びたが、英雄が圧倒的実力差の若手を痛めつけたこと自体に観客は満足したらしい。

 戦意喪失した候補生が胸を押さえて嗚咽を漏らした。


「……ありがとう、ございます」

「なんのことだ」


 無愛想に告げて、ヒンメルはサーカス劇場を後にする。

 かつてヒンメルが愛していたサーカスと、今のサーカスはまるで違っていた。

 ――俺が、好きだったサーカスは…………。

 ヒンメルの脳裏には一匹の竜と、一人の女性が浮かび上がっていた。


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