20 ありのままに
管制室の定例会にて、一人の司令官が円卓をバンと打ち付ける。
「このままでは竜騎士、飼育竜ともに枯渇してしまいますぞ。サーカスなどしている場合ではないのでは? ジラーニ総統、貴重な人材をこのような形で失うことに一体なんの意味が?」
すると今度は別の司令官が身を乗り出した。
「口を慎め! VIP連中の満足度は高いんだ。これをやらずして帰国後の対応をどうするつもりなのだ。政府の意向を無視するつもりか?」
「問題のすり替えはやめたまえ! 私は母竜機構が滅亡する可能性を危惧しているのだ! 今は国益などより人命を優先すべきだろう!」
罵声の飛び合う管制室の中心で、腕を組んだジラーニが小さなため息をついた。
「今更VIP共への娯楽提供は辞められない。しかし、今回のサーカスが大失敗に終わったのも確か。何か……それに変わる新たなコンテンツを作るべきかもしれんな……この件については別途話し合っていく。問題は竜騎士のほうだ」
髭を撫で付け、眉間に皺を寄せるジラーニ。
「こっちはすぐに対策を取る必要があるな。養成学校の候補生たちを次の出撃からインターンとして配属させるのはどうだ?」
母竜機構竜騎士隊候補生養成学校、学園長の肩書きを持つ司令官が挙手する。
「竜討伐科の竜騎士候補生は実戦で使えるレベルにありません。今回のような規模の空戦では、なんの成果も得られず闇雲に人材を失っていくだけかと。それよりカリキュラムの見直しを図るべきと考えます。第一回の出撃時、新人竜騎士の約半数が空に身を投げて自殺しています」
「身投げだと? それは何故だ」
「現在原因の調査中ですが、恐らく実物の野生竜を目にした恐怖によるものかと」
「……即日カリキュラムの見直しを図れ。恐れを知らぬ屈強な戦士が出来上がるようにな」
別の司令官が挙手する。
「ジラーニ総統、七班の隊長カームについてですが、各班から不満の声が上がっております。竜騎士隊全体の戦意低下にも繋がりますので、厳罰を与えるべきでは?」
「それについては儂のほうで考えがある。他に意見したい者は?」
現場を知らぬ者たちの的を射ないやりとりが数時間に渡って続く。竜騎士長ヒンメルは、その様子を壁と同化したように微動せず立ち聞いていた。
「――今回の出撃で大量の卵を入手できたのは幸運だったな。飼育竜の補充も早急に対処せねばならん。何も自然孵化だけが方法ではなかったはずだ。……そうだろう、竜騎士長」
ニヤリと下卑た笑みをジラーニが浮かべる。現場から物理的に距離の遠い者ほど、生き物を無下に扱えるし、簡単に引き金を引くことだってできる。
「丁度良い。お気に入りの問題児の様子見ついでに、一つ仕事をこなせ」
* * *
ルナリザが藁のベッドに隠れた卵を見つめていると、ぴくりと動いた。
「わっ、カーム、なんか動いたわ!」
「本当!? 見せて見せて!」
表情を緩めたカームが、ルナリザのすぐ近くに顔を寄せる。
「本当だ、そろそろ孵化するかもね。俺も産まれる瞬間って見たこと無いから楽しみだなあ」
和やかな笑みで口笛を吹きながら、小屋内の掃除に戻ろうとするカームが振り返る。
「……ルナリザ、嬉しそうだね」
「別にそんなことないけど? ちょっと気になるってだけ」
「ルナリザが毎日卵の様子を見に来てくれるから、この子も安心して生まれてこれるね」
「あたし、別になんにもしてないわ」
「ルナリザが思っている以上に、君はその子に色んなことをしてあげてるよ」
「……何よ、それ」
ルナリザがぼやいたとき、小屋内に何者かが入り込んでくる。
「ヒンメル……竜騎士長」
突然のことにルナリザは呆気に取られる。カームも似たような顔をしていた。
「カーム、孵化が近い卵はあるか?」
「あるけど……どうしたの?」
「引き渡してくれ。孵化させる」
「孵化、させる……って? それ、どういうこと?」
カームの表情から少しずつ余裕が失われていく。ルナリザは状況が把握できない。
「ジラーニ総統の指示だ。孵化の近い卵を“割る”」
ヒンメルの言葉に、ルナリザの胸がドクンと強く高鳴る。
「たった二回の出撃で竜騎士も竜も枯渇状態にある。一秒でも早く竜を生み出し、飼育する必要がある。強引に孵化させることで人間に従順な竜に成長するはずだ。生物学者の研究結果からも効果は明らかだ。まずは少数から行い、やがてマニュアル化させる」
「……そういう孵化方法があるのは知ってる。でも、死んじゃう可能性だって低くない。それに勘違いしてるみたいだけど、それは赤ん坊にただ恐怖心を植え付けてるだけだ」
「我々は、竜を物として使役する組織だ。温情を持ってはならない」
「ヒンメルはガルミールを物扱いなんてしてないじゃないか!」
カームが叫ぶ。いつになく殺気立った彼の声が、ルナリザにまで響く。
「君は、心の底に竜への優しい気持ちがある。他人の竜までちゃんと名前で呼ぶからね」
「だからなんだ。番号で覚えるのが面倒なだけだ」
「ヒンメル、君は……上司の指示通りにしか動けないの? そこに君自身の意志はないの?」
「母竜機構に属している限りは、竜騎士長としての責務を仕事として割り切っている」
ヒンメルが藁のベッドに視線を注ぐ。碧色に変色しつつある卵がぴくりと動いた。
「これだな」ヒンメルが手を伸ばしたとき――、
――パシン。
「やめて、ください」
「…………どういうつもりだ、ルナリザ」
「この卵は、あたしが孵化させます」
「聞いてなかったのか? 組織の命令だ。今が危機的な状況であることはお前も理解しているだろう? いずれ我々人類の命運を別けることになるかもしれんのだぞ」
「お願いします。ヒンメル竜騎士長」
「ダメだ。許可できない」
ヒンメルが、強引に卵を鷲づかみにした。
瞬間、ルナリザはヒンメルの腰にしがみつく。
「お願い……やめてッ……!!」
どうしてこんな行動を取っているのかわからない。だけど、本能の赴くままの行動であることは間違いなかった。
――だって、頬から温かいものがどくどくと溢れ出ていたから。
「ありのままに生きて欲しいのッ!」
ルナリザの心の叫びが、厩舎に広がった。
「……お前は、竜を憎んでいたんじゃなかったのか。竜を殺すために母竜に乗っていると」
「……はい、それは達成しました。だから、今のあたしの言葉とは矛盾しません」
矛盾だらけの心の中で、感情が先行する。
「…………離せ」
卵を元の位置に戻したヒンメルが、ルナリザに横目をやる。
「……お前だけは、竜に情など移らないと思っていたんだがな」
それだけを言い残して、ヒンメルは小屋から出て行った。
カームとルナリザの間に沈黙が流れる――かと思いきや、ルナリザの身体が突然傾く。
「ルナリザ……ありがとう!」
「やっ――ちょ、ちょっと……何するのよっ」
急に抱きついてきたカームに驚き、ルナリザが焦った表情で引きはがそうとする。
「……君の一言、痺れたよ。『ありのままに生きて欲しいのッ!』」
「馬鹿! い、言うな! 忘れろ!」
「えー……でも俺、本当に嬉しくてさ。ハハハ」
ぎゅっと強い力で手を背中に回してくるカーム。温かな体温に心がほっとする。だけど、ルナリザはきりりとした表情を取り戻す。
「だから……、離れろって言ってるの!」
引き離そうとすると、間近でカームの表情が見えた。瞳が少し潤んでいるように見えた。
「ごめんよ。つい」
乱れた衣服を整えたルナリザが、ふと藁のベッドに目をやる。
「カーム、あれ見て」
卵に亀裂が入っていた。二人は顔を見合わせてから藁のベッドを囲む。
ぴきぴきと音を立てて、卵の外郭が剥がれていく。
「産まれる、産まれるんだよ……! ルナリザ……!」
「わ、わかってるわよ! うるさいわね」
冷静を装いつつも、ルナリザは上気する頬を抑えることができなかった。
「頑張れ! もうちょっとだよ!」
ぶるぶる震えながら殻を割ろうと奮闘する卵に、カームがエールを贈る。口には出さなかったが、ルナリザも心の中で同じ事を繰り返す。
すると――――、薄緑の尾が卵を突き破ってぺろりと垂れ下がる。続いて小さな足が露出し卵が傾くと、ついにその中身が二人の瞳に映る。
幼き竜は小さな黒目をぱちぱちと瞬かせて、付近の藁や自らの尾を口にしようとする。
「産まれた……」
「そうね……」
幼竜はカームとルナリザを見つめ、躰の割に大きめの頭部をこくりと傾げる。まるで、「君たちは誰?」と問いかけてきているような。
「なんていうのかな……俺、今凄く幸せな気分だ」
横目をやると、カームの頬を透明な涙が流れていた。
「……何が泣けないよ。みっともなく泣いてるじゃない」
「やっぱりいいね。嬉しくて涙が出るのって、凄く……良い気分だ」
自分が知らない世界で、きっとカームは色んな出来事を経験してきたのだろう。止めどなく流れ続ける綺麗な流線を見て、ルナリザはなんとなくそう思った。
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