12 その二択じゃ選べない


 自室に戻ってからカームはずっと考えていた。ルナリザの復讐心、母竜機構の企み、カーム自身の信念――それらをない交ぜにした上で、今自分にできることはなんなのか。

 ――ルナリザを、腹の底から大笑いさせたい。

 深い意味などない。源泉から湧き出た真水のように単純明快なものだ。彼女の笑った顔が見たい、ただそれだけ。信念の違いから無謀な挑戦だとわかる。でも臆する必要はない。

 自分がやりたいことは、誰が拒絶しようとやりたいことなのだから。


 結果、カームは母竜機構の重鎮たちが集う母竜の頭部付近である管制室へと向かっていた。

 道のりには当然一般の警備兵が配置されて居たが、続々と掴みかかってくる警備兵たちを手加減しつつ吹っ飛ばし、カームは管制室へと辿り着く。部屋の中は、ジラーニを含む母竜機構の司令官クラスの幹部たちでひしめきあっていた。


「わはは、噂をすれば本当に来たな。ようこそ我らがトラブルメーカーくん」


 ジラーニが愉快な笑い声を上げながら金の髭を揺らす。


「……何が面白いの? 竜を殺す様をサーカスに見立てることのどのへんが」


 低く押し殺した声で返事で、カームはジラーニを睨み付ける。その脇で一人の司令官が席を立ち、カームに指を突き刺してきた。


「反逆者が、軽い処遇で済むだなんて思ってないだろうな!? 竜騎士長、すぐつまみ出せ!」


 管制室の片隅には竜騎士長ヒンメルが佇んでいた。面倒臭そうに身体を起こす。


「まあ良い。カームよ、せっかくだ。少し話をしようではないか」


 ジラーニが面白い玩具を手にした子供のような企み顔で、太い指先を重ねる。

 カームはひし形の管制室を見渡す。母竜の進行方向が全面ガラス張りになっていて、闇夜に光輝く月が見える。きっと、ここから昼間の殺戮サーカスを観戦していたのだろう。


「……どうして嘘をついたの?」

「嘘? なんのことだね。まさか、出発セレモニーでの演説のことかね?」


 カームを馬鹿にするような芝居がかった口調だった。


「カームよ、君は少し純粋すぎるな。もう少し、世界の仕組みを知って大人になったほうが良い。でないとあぶれてしまうよ。君のような人間は特にね」

「そんなこと聞いてないよ。母竜機構が目指す三つの目的は? 放棄するの?」

「しないとも。母竜機構は変わらず人類未到の大陸を求め、空の旅を続ける。一つ質問しよう。この旅を我々母竜機構だけで完遂することは出来ない。何故だかわかるか?」


 カームが黙っていると、ジラーニはやれやれといった具合に肩をすくめた。


「道中で立ち寄る国々での物資補給は? 乗船中に切った小切手の精算は? いずれもスポンサーである『F10』の協力なくしてはあり得ない。我々には世界の期待を背負い続ける責務がある。その重圧に乗船している人々が押し潰されないようサーカスを考案した。ときには刺激的な楽しみも必要だと思ってな。重く険しい旅の道中、“娯楽として”極上のサーカスを楽しむことの、何がいけないと言うのだね」

「皆で娯楽を楽しむのには俺も賛成だよ。でも、それじゃあ三つ目の目的は嘘なんだね。“竜の凶悪なイメージの払拭”「暴力ではなく、友情で答えていく」って言葉は。対話ってなんだったの? 俺、感動したんだけどな」

「ふふ、ありがとう。だがあれは体の良いリップサービスだ、“竜に権利などない”。“権利”とは、人間が持ってしかるべきものなのだ。世界に生きる生命体は、人間かそれ以外で別れ、この世は常に我々人間を中心に回っている。厄災、害獣として世界から疎まれている厄介な危険生物を見世物として有効活用することの何が悪い。世界に向かって叫んだみたらどうだね? 我々の世辞に喜んでる動物愛護協会くらいしか、耳をかさんだろうがね」

「たくさんの人が竜を厄災としてるのは……わかってるつもりだよ。……だけど、自然界で生きる竜たちは人のモノじゃない。好戦的な彼らに対し武力を行使するのは仕方ない……でも彼らを殺して見せ物のショーにするだなんて、どうかしてるッ!!」

「話が通じんようだからハッキリと明言してやる。我々人類にとって、竜は道具に過ぎない」


 ジラーニの一言に、カームの何かがはち切れた。


「…………わかった。じゃあもういい、俺は母竜を降りるよ」

「何だと?」ジラーニの表情に初めて陰りができる。

「ファムと一緒に今までの俺の生活に戻るんだ。何も文句ないだろ?」


 しばらく沈黙するジラーニ。しかし、不適に唇の端が上がった。


「君が母竜を降りるのは別に構わんが……、あの『飛竜』はこちらの資産になっているぞ? 飛び降りでもするつもりかね?」

「なんだって? 資産? ファムは俺の家族だ」

「カームよ。だから言っただろう。君はもう少し、大人になったほうが良い」


 ジラーニは付近の幹部を呼びつけ、とある書類を持ってこさせる。


「忘れたのかね? この紙にサインをしただろう」


 目の前に提示された“契約書”は、カームが母竜機構にスカウトされたときに書かされたものだ。カームの読めない言語で綴られた文章は良く理解できなかったが、とにかく署名を書かないと一緒にサーカスができないと聞いたので、深く考えずサインしてしまった。


「関係無い。俺はファムと母竜を出るんだ」

「そんなことをしてみろ。儂を敵に回すということが、どういうことかわからんようだな。ご自慢の腕っ節の強さ程度じゃ翻ることのない“社会的な暴力”を味わうことになるぞ」


 立ち上がったジラーニが、カームの胸に指を突き付ける。


「お前はしばらく飛行禁止にする。その間は大好きな竜の糞掃除をさせてやる」


 カームはジラーニの手をはねのけて、勢いよく管制室を飛び出した。


「まったく……ガキがッ! おい竜騎士長、奴を監視しろ」


 カームに触れた指先を清潔な布巾で拭きながら、ジラーニがヒンメルに命令する。


「はっ、了解しました」

「貴様も昼のサーカス、何故勝手に出撃した。お前の出撃命令は儂が直々に下すはずだが」

「……大型の火竜が目撃されましたので――」

「黙れ、貴様は儂の言うことだけを聞いていれば良いのだ!」

「……はい」


 空の上の独裁国家で、ヒンメルは便利な道具に過ぎなかった。



 * * *



「もう、なんだよあのジラーニってヒゲは!」


 愚痴をこぼしたカームはファムの待つ厩舎へと走る。母竜の体内から外に出ると、冷たい夜風が竜鎧に包まれたカームのそばを強く吹き抜ける。


「……装備開発士の人たちは、どうして装備を作ってるのかな」


 夜風に当たりながら、カームは母竜の首筋から天頂の月を眺める。

 頭に血が昇った状態で考え無しに言ってしまったことをカームは反省していた。もしあのまますべてを投げ出していたら、絶対に後悔していただろう。


「カーム、お前に一つ効きたいことがある」

「……ん? ってうわぁ!」


 先ほどカームが出てきた母竜の壁穴から突然姿を表したのは、ヒンメルだった。


「しっかり顔を合わせるのはこれが初めてだな。七班班長」

「突然出てきてビックリしたよ! ……あ、そうだ。班長会議出られなくてごめんなさい」

「かまわん。それより、一つ質問がしたい」

「ごめん。ファムが心配だから厩舎に行ってからでも良い?」

「ファムのことなら心配ない。お前が妙な行動を取らなければ、だがな。ファムを生かすも殺すも俺の裁量次第だということを忘れるな」


 お互いの瞳を見つめ合ったまま、二人は表情を変えない。やがてカームがにっこり笑う。


「ファムの名前を呼んでくれたの、竜騎士では君が初めてだ。……で、聞きたいことって?」

「お前にとって、自分の命より大切な人間と竜が居たとしよう。守れるのはどちらか片方だけだ。どちらかを殺さねばならない。その場合、どちらを殺す?」

「選べない」


 カームの即答に、ヒンメルが唖然とする。


「その二択じゃ選べない。でも俺は俺の答えを探す……かな。見つかるまでずっと探す」

「期限が迫っていたらどうする? 三日以内にどちらかを殺さねばいけない」

「三日以内に違う答えを探す。絶対に見つける。頑張る」


 ヒンメルがふんと鼻息を鳴らして、微笑を浮かべる。


「え、なんで笑うの!?」

「すまん。面白い解答だったのでな。だがカーム……覚えておけ。この母竜に乗船している限り、お前の望みが叶うことは絶対にない」

「でも、俺は頑張って自分の答えを見つけてみせるよ」


 月夜に照らされて、カームの笑顔がより幻想的に映える。


「そうだヒンメル、言うのが遅くなっちゃったけど、君のサーカス最高だったよ!」

「……そうか。ありがとう」


 当時のサーカスについて、あれこれと楽しそうに語り始めるカーム。呆気に取られたヒンメルはただ聞いているだけだったが、次第に演者としての意見を挟むようになっていく。サーカスを通じて、軽快になっていくカームとヒンメルの会話。国籍も、年齢も、性格さえ別々の出会うはずのなかった二人が、肩を並べながら月明かりの下で賑やかな空気を作り出す。


「――カーム、お前は母竜を抜け出すのか? もし本気なのだとしたら、俺が手配しよう」


 ヒンメルの提案に、今度はカームが呆気に取られる。


「……ううん、遠慮しとく。感情的にあんなこと言っちゃったけど、まだこの母竜でやらなくちゃいけないことがあるから」


 表情の変わらないヒンメルにぐいと近づいて、カームは目尻を緩める。


「ていうか、そんな気ないでしょ、嘘つきの顔してるもんヒンメル。隠すの上手だね。他にも……何か隠してそうだな。誰にも言えない大事な秘密とか……あるんじゃない?」


 ヒンメルを凝視していたカームだったが、やがて視線を外し、にこりと笑う。


「誰にだって秘密はあるもんだけどね。俺で何かを試そうとしてるんだったら、やめてよ」

「…………お手上げだ。意地の悪いことをしてすまなかった」

「ヒンメル、もっと笑ったほうが良いよ。さっきの笑顔素敵だったし……あ、じゃあ見て!」


 カームは特技の変顔を披露する。最高級の奴だ、絶対に吹かせてやる勢いで望む。


「…………ほう。なるほど」


 ポカンとした表情で冷静な相づちを打たれたことが、何故だか心底恥ずかしかった。

 それこそ、誰にも言えない秘密になりそうである。


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