11 母竜機構の企み


 母竜飛行場へ帰還したのはカームたちで最後だった。飛行場は歓喜に溢れていて、自慢げに武勇伝を語る者や、戦果確認班の記録にいちゃもんをつける者たちで溢れている。

 大きな翼で速度を落としたファムが飛行場にどっしり着地すると、わらわらと整備士たちが集まってくる。その中にはチャルチルもいた。


「お帰りなさいです、カームさん! って……あれ?」


 チャルチルは、カームが抱きかかえているルナリザに目を丸くする。


「ただいまチャルチル。ルナリザが途中で墜ちちゃったから、拾ってきた」


 カームがくるりと首を回すと、追従していたもう一匹の竜も飛行場へ帰還する。


「ミレーユも無事だよ」

「え、カームさんが連れてきたんですか? 騎乗せず? ……本当に、とんでもないですね」


 チャルチルが驚いてカームを見上げるが、すぐに仕事の顔に戻った。


「カームさん、ルナリザさん、ひとまず出撃お疲れさまでした。わたしたちはこれより点検作業に入りますので、お二人は医師の面談後に戦果確認をして、今日はお休みください」


 カームはルナリザを床に下ろして、自分も鞍上から降りる。


「ファム、ミレーユ、お疲れさま。本当に良く頑張ったね、格好良かったよ」


 二匹にねぎらいの言葉をかけてから、忙しなく働き始める整備士たちや和気藹々と次の出撃について心を躍らせる者たちを通り過ぎ、カームとルナリザは邪魔にならない所まで移動する。飛行場への廊下――屋根で影になっているところには、仲間の死を悲しむ者たちがいた。

 歩いていたルナリザが突然壁に背中を預け、その場で蹲る。カームもその隣に座ると、二人の元に忙しない様子の医師たちが駆けよってきた。言われるがままに騎乗装備を脱ぐと、医師たちが身体の隅々を入念にチェックしてくる。

 やがて「問題無し」と言われ医師たちは次の対象を探して走る。一般乗船者の中には医師も多く、出撃時にのみ駆り出される専属契約を結んだ者もいるようだ。

 そんな喧騒の中で、一人の男の叫び声が響き渡る。


「いたぞ! この男だぜ班長! こいつが、俺の武器を吹っ飛ばしやがったんだ!」

 上半身に真っ赤な包帯を巻き付けた男がカームを指差しながら叫ぶ。


「君は……」

「班長、さっさとこいつを追放しろよ! 母竜機構の裏切り者だぜ、この男は!」


 荒ぶる男を彼の班長が制する。


「落ち着け。今は治療に専念すること優先だ。もし感染症にかかっていたら、腕を切り落とさねばならなくなるんだぞ」

「クソッ……! 班長、それもこれも、全部コイツが俺の邪魔を……!」

「――緊急治療室へ急ぎます! あなたも大人しくしてください!」


 瞳に涙を溜めた竜騎士が、複数の医師たちによって無理矢理連行される。その姿を見送った班長らしき人物が、カームに厳しい目を向ける。


「七班の新班長、カームだったかな。今回の君の行動は、竜騎士長に報告させてもらう」


 それだけ言い残して、彼も班員に連れ添うように歩いて行った。

 母竜機構の竜騎士として、あのときの自分の行動は間違っていたのだろう。しかし、ジラーニの要望をカームはどうしても呑めなかった。だから、ああするしかなかった。


「ううっ、ぐすん……うぅ……」


 隣から、今にも崩れてしまいそうな泣き声が聞こえてくる。先ほどまで鬼気迫る表情だったルナリザが、幼子のように嗚咽を漏らし泣きじゃくっていた。


「悔しいッ……! 悔しいよ、お姉ちゃん……はぁ、ううっ……」


 少女らしい言葉の節々に内包した狂気は如何ほどか。鬼神が宿ったようなルナリザの空戦を目の当たりにして、根付いた復讐心が簡単に覆るものでないことがカームにも良くわかった。

 ルナリザが落ち着くまで、カームは窓から見える青空が朱色へ変化していく様を見上げていた。やがて、鼻を啜ったルナリザが泣き腫らした顔でカームを睨み付ける。


「なんでまだ居るのよ」

「心配だから」

「消えて」

「嫌だ」

「…………なんで、あたしを助けたの」

「助けたかったから」

「理由になってない」

「俺がすることに君が欲しい理由なんて必要ない。俺は俺のしたいことをするよ」

「……アンタ、なんでまだ母竜機構にいるわけ? 今回のでわかったでしょ」

「……ルナリザは知ってたんだよね。母竜機構の企みを」

「野生の竜を殺して巣を襲い、その卵を奪いとる。それを孵化させて調教士たちが飼い慣らせば、人間に従順なお手軽戦闘兵器が完成する。政府が開発を断念したっていう飛行機……いや、“戦闘機”の代用品ってわけ。そうすれば間違いなく他国をリードできる。世界戦争はもうすでに始まってるのよ。“情報戦”というひけらかさない強さを競う矮小でねちっこい戦いがね。……もうここまで言えばわかるでしょ? 母竜機構は、竜を軍事利用するための組織よ。そして、さらなる竜を獲得するための手段としてあたしたち竜騎士がいるってわけ」

「竜を……軍事利用、だって」


 想像もしなかった未来に、カームは言葉を失う。


「厄災と恐れられてる竜を兵器にしようだなんて考える人、この世界にはジラーニ以外いない。表向きには“三つの目的”を上品に掲げてるけど、諸々に良い顔してスポンサー連中と上手くやるための上辺に決まってる。母竜に乗船してるVIP連中は間違いなく各国の政府と繋がってるわ。殺戮サーカスもさぞお楽しみだったんじゃない?」


 ルナリザは少しだけ痛みを伴った表情で、吐き捨てるように言う。


「出発セレモニーでの言葉を鵜呑みにしてる人間なんて、何も知らないではしゃいでる一般乗船者とアンタくらいよ。あたしはもちろん竜を殺すためにここに居るし、母竜機構の目的に文句はないわ。サーカスは……嫌だけど」

「……どうして、教えてくれなかったの?」


 ルナリザは少しの沈黙の後、顔を背けながら答える。


「……さあ、知らない」

「そっか」と呟いてカームはその場で立ち上がる。

「ルナリザって意外に良く泣くんだね。セレモニーのときもだったけど」


 突然話題を変えたカームに、ルナリザが眉根を寄せる。


「……アンタ、あたしに本気で殺されたいの?」

「ハハハ、口で言っている間はそんなことしないよ、君は」

「……良くそんなことが言えるわね。アンタの大好きな竜を殺そうとしてるのに」

「……そこは君が大切にしてる信念だから否定はしない。でも……竜は殺して欲しくないし、俺の手が届く範囲じゃそんなこと絶対させないよ。これは俺の信念だ」


 矛盾する両者の信念にカームは改めて納得する。そしてしかめっ面のルナリザを見て笑う。


「ルナリザは心が豊かなんだよ。だから、君はもっとたくさん笑うことができるはずだ」

「こんなときに何言ってんのアンタ。ふざけてんの?」

「……それにしても…………今日のルナリザ、なんかウンコ匂いな」

「…………もういい。早くそこから飛び降りて」


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