07 人と竜を繋ぐための槍


 母竜の胸部から飛び出た造りになっている飛行場は罵声が飛び交う喧騒のただ中にあった。


「ふざけるな、総重量の規定値内に収まっているじゃないか! 何故出撃許可が出ない!?」


 竜に跨がり今にも空へ飛び出そうとしている竜騎士が叫んだ。そんな竜騎士を取り囲む整備士たちが無理矢理鞍上から引きづり降ろす。


「例え規定値内に収まっている場合でも、前日の申請と五キロ以上の差違がある場合は出撃許可は出せない! 武器の申請を日に日に変えやがって! 散々忠告しただろうが! 話を聞かなかった貴様が悪い。――ああ、俺だ。【十班】、一人竜騎士ダメだ。交代要員を求む」

「馬鹿野郎、この緊急事態にこんなことしてる場合か! 竜に攻められたらどうするんだ!」

「如何なる理由があっても、今日貴様に出撃許可が降りることはない。普段体感してる重量との差違は空中戦で大きな影響が出る可能性がある。それはやがて出撃中の竜騎士たちとの接触事故や死に繋がり、結果それは母竜機構滅亡の発端となる恐れもある! なんのために日々の訓練や申請があると思ってやがる! 今日は頭を冷やして整備士のサポートに回ってくれ」

「……クソッ、初出陣だったのに」


 涙声を上げて一人の竜騎士が退散していく。似たような問題が、大小問わず多発していた。

 それでも数々の手続きをクリアし、次々と青空へ解き放たれていく竜騎士たち。それらを見上げ、静かな怒気を秘めた赤髪の女竜騎士が飛行場へと踏み入った。


 首飾りのロケットをぎゅっと握って、強く瞼を閉じる。

 ――ようやく、このときが来た。

 ルナリザは担当の整備士たちに囲まれ、空へ飛び立つそのときを――静かに、ゆっくり――闇に溶け込むようにして待っていた。



 * * *



 やや遅れて飛行場にやってきたカームは、心の整理ができていなかった。

 ――卵を奪う? 野生の竜を皆殺し? なんでそんなことをジラーニ総統が?

 先ほど訓練場に流れた船内放送でジラーニが語ったそれらは、カームが出発セレモニーのときに聞いた演説内容と何もかも違っていた。人と竜の共存――そして、“我々は暴力ではなく、友情で答えていく”というあの宣言は一体なんだったのか。

 ――あれは、嘘だったっていうの……?


 母竜機構の皆はこのことを知っていたのだろうか。思考回路が破裂しそうなほど考えに考えたが、答えは出ない――ならば、動くしかない。

 カームの視界にチャルチルが映る。彼女は同じチームの整備士たちと、搬入口からコンベアで厩舎より輸送されてくるファムを囲んでいた。


「チャルチル! とりあえず俺も空に出たい! 急いで整備をお願いできる!?」


 現状の説明を求めるでもなく、今したいことを伝えて相棒ファムの鞍へと乗り込む。


「ガッテンです! それではカームさん、本日付の『出撃申請書』を」

「えっと、これでいい? ごめん、結局提出してなくて」

「いえ、大丈夫です。内容を確認します」


 チャルチルがいつになく真剣な眼差しで申請書に目を落とし、大きな黒目を微動させる。


「カームさん、武器の申請欄が白紙です」

「武器なんかいらないよ。俺は――」

「いけません。野生竜が舞う空に丸腰の竜騎士を出撃させることはできません」


 カームの言葉を遮り、強い口調で整備士チャルチルが断言する。


「装備重量には大分余裕があります。武器を一つだけなら追加しても問題無いと思います」


 チャルチルが残り二人の整備士に声をかけ、何かを運ばせる。


「そんな特例いいの? 出撃準備って厳しいんじゃなかった? さっき泣いてる人を見たよ」


 カームの言葉に、チャルチルがにやりと口角を上げる。


「言ったでしょう。整備士は、心の中でいつでも竜騎士さんと一緒に空を飛んでるんです。でも空の中でわたしたちは無線連絡も取れない。だから、信頼関係でしか繋がれないんです」


 チャルチルは、頬を少し赤らめながら上目遣いでカームを見つめる。


「わたしは……カームさんが好きです。あなたの空の飛び方が誰よりも好き。とにかく自由で、竜とも仲良しで。見ているだけで、幸せな気持ちになる」


 愛らしい微笑で、チャルチルは胸の前でギュッと拳を握る。


「わたし、誇りなんです。カームさんの整備士を担当できる今この瞬間が、何よりも幸せです。それに、カームさんなら母竜機構が定めた規定なんてはね飛ばして、あなたらしい飛び方でどこまでも行けると信じてます」

「……ありがとう。嬉しいよ、そんな風に言ってくれた人は初めてだ」

「ナイトサーカスの後に突然迫ってきて、夜の散歩に行かせてほしい! って無理難題吹っかけられるより百倍マシです」

「ハハハ、その件は本当にゴメン……我慢できなくってさ。チャルチル、怒られなかった?」

「それが不思議なことに誰からも何も言わないんです。わたしは素晴らしい飛行ショーの感動と干されるかもしれない恐怖で泣きながらお祈りを捧げていましたけどね。もしかしたら、ファンの偉い人が口止めしてくれてたりするのかも……なんて」


 チャルチルがえくぼをつくって笑う。彼女の笑顔のおかげか、焦りと混乱が少し薄れる。


「……いつか、カームさん主催の竜のサーカスで、舞台劇が見てみたいです」

「舞台劇? へえ、好きなんだ」

「はい……あ、その、実は……近々人気舞台のチケットが手に入りそうなんです。地上に降りてからにはなってしまうんですが、その……もし良かったら、……ふ……ふたっ――」


 もごつくチャルチルの元に、車輪のついた大型のかけ棚がすたこらと運ばれてきた。ここまで押してきた部下二人は、上司の様子を見て何やらマズいぞと表情を浮かべる。


「わ、わわっ……あー、おほんこほん! ではカームさん、武器は何にしますか? 一番のお勧めは『竜殺しシリーズ』らしいです。名前は物騒ですが、竜の鱗を切り裂くことだけに特化した対竜専用の最新型武器だそうです。竜の鱗は普通の刃じゃ傷一つ付きませんからね」

「チャルチル、やっぱり俺……武器は」

「……カームさん、武器を手にしたからといって、竜を殺さないといけないわけじゃありませんよ。カームさんには――カームさんのやりかたがあるでしょう?」

「……わかったよ、チャルチル。お勧めはどれ?」

「初心者向けは槍だそうですが、器用そうなカームさんならどれでも使いこなせるんじゃないですか。……わたし個人の意見でも構いませんか? 竜騎士と言えば、やっぱり――」


 チャルチルから刺々しいデザインの槍を手渡される。柄を握り、流麗に振り回してから石突きを地面に叩きつけると、コーンと心地よい音が飛行場に響き渡った。

 防具に武器、カームの全身は竜の鱗や角で禍々しくささくれ立っている。そしてその姿は、これから空に竜の命を奪いに行く狩人の姿そのものだった。


「流石カームさん! お似合いです! 格好いいです! 竜騎士さんです!」

「……ありがとう」


 興奮した様子のチャルチルに、カームは書き直した申請書を再び手渡す。するとチャルチルは大急ぎで準備を始めた。ファムの鞍からくつわまで入念な目視確認を行い、一つひとつ丁寧に、かつスピード感を意識した手作業でチェックシートを埋めていく。

 待機していたカームは、自分の利き手が生き物を傷付けるためのモノを握っていることに気付く。紫電が走ったような色合いの野性的に尖った槍は、竜を殺すための武器だ。

 ――この武器は、きっとファムを殺すことだってできるんだ。

 考えるだけで悪寒がする。そんなことにはならない。カームは首を振って、ずっと大人しくしているファムの鱗に触れた。その手でさえ、竜を殺し製作した小手が嵌められている。


「……ファム、お前は俺を責めるかな」


 しかし、ファムは低い唸り声を上げるだけで、カームが握る槍には目もくれない。


「なんてね。お前ならわかってくれるって思ってた」


 カームは鞍から立ち上がって相棒の首に抱きつく。ファムは「ガウ」とだけ鳴き、整備士たちにされるがままの状態だった。そのまま竜の弱点である顎の下――『逆鱗』をくすぐると、ファムは気持ち良さそうに瞳を細めた。その有り得ない光景に、各種点検をしていた整備士たちの手が止まる。


「信じられない……この子、逆鱗を触られて……喜んでるの?」

「ファムはココを撫でられるのが好きなんだよ」

「って――、今はそんなことどうでも良いんです、ほら、皆もぼさっとしない! カームさんはじっとしていてください! 今は整備士にとって最も重要なメンテナンス作業中ですよ!」


 チャルチルに叱られて鞍に戻るカーム。数分待つと、夜のサーカスのときに着用したカラフルな衣装着を騎乗装備の上から被せられそうになったが、カームはそれを断った。

 サーカスをするつもりなど、毛頭無い。

 ――やがて、チャルチルの汚れた革手袋が親指を立てる。出撃準備OKの合図だった。

 カームは考えていた。手にしたこの槍が竜を殺すための武器であることは変わらない。だが、その用途通りには使わない。この武器の使い方は自分で決める。

 出発セレモニーのときに旗槍を掲げたヒンメルのことを思い出す。彼はウィンガリウムに平和をもたらした英雄だ。その姿は国の象徴であり、人々に夢を見させた。

 だから、槍には命を奪う以外にもきっと使い道がある。ならば、殺傷に扱わないからこそ“人と竜を繋ぐための槍”にできるかもしれない。


 それは、人と竜の共存を願う、カームらしい純粋な願いだった。


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