06 天空を制するは――、


 母竜の腹部外郭に金具やワイヤーを使用して吊り下げた足場があった。真下から見上げれば、母竜の腹に鋼鉄の盾が張り巡らされているように見えるだろう。ここは竜騎士の訓練場だ。


「はい、第七班集まってー!」


 水平に広がった広大な訓練場に、カームの元気な声が響き渡る。ぞろぞろと集まった人数は合計で二十二人。カームを含んだ竜騎士が四人。整備士が十二人、調教士が六人。カームがメンバーの顔を一人ずつ見つめてから、にっこりと笑う。


「前回のナイトサーカスのときはバタバタしててちゃんとした自己紹介ができなかったね。俺の名前はカーム。新参者だけど、色々あって皆の班長になったから、今後もよろしく!」


 胸を張った笑顔の自己紹介に、小さな整備士が控えめな拍手を送る。


「ありがとう、チャルチル」

 こほん、とそれっぽい咳き込みをしてからカームが続ける。


「七班は皆で全員だけど、なんと今日は特別ゲストが来てます」


 カームの隣にやってきた、装備開発士の青年が口を開く。


「どもっす。主に竜の素材を元にした武器や防具を製作してます。他にも以外と知られてないのは皆さんが今踏んでるこの訓練場の足場とか、製作物はなんでも作ってます」


 長い黒髪で片目を隠した青年の眼光が、班員へと向く。


「自分ら装備開発士が製作する製品は、基本すべてオーダーメイドです。短納期低コストで高品質なものが求められる現代で皆必死にやってます。突如必要になったカーム班長の騎乗装備だってね、司令官直々の特急依頼で半日で製作したんですよ。そんな環境の中で装備を粗末に扱う竜騎士! もっと軽くしろだなんだとロマンを潰してくる整備士! 少ない予算を根こそぎ奪っていく生物学者ども! 一般からの派遣者が多いからって見下してるんすか!?」


 突如大声を上げた装備開発士に、周囲の人間たちの表情が固まる。


「装備開発士には頑固な人が多いっす。ウチとのケンカは日常茶飯事かもしれませんが、どうぞこれからもよろしくお願いしゃすッッ!」

「ええと……凄く苦労してるんだなってことがわかって良かった。ありが――」

「あ、カームさん、竜兜、竜鎧に何か不備があったら自分を訊ねてください。その装備の責任者は自分になってますんで。もし、もしも下らない理由で壊したらッ……そのときは……おいおい説明します。では皆さん、物は大切にッ……!」


 最後の一言を強調して、彼は訓練場から去って行く。装備開発士は、現実的思考の持ち主だが喧嘩っ早くマイペースな人が多い、というのがもっぱらの噂である。

 続いて、整備士たちがわらわらとカームの横に立った。代表してチャルチルが口を開く。


「わたしたちは三人体勢で一人の竜騎士さんを担当します。竜騎士さん出撃までの諸々のサポートだったり、申請書類等のマネジメントもお仕事のうちです。竜騎士さんを飛行場から出撃させて、無事帰還させることがわたしたちの大きな役割になります。この母竜機構で竜騎士さんに出撃許可を与えられるのは、整備士と司令官以上の地位を持つ人にしかありませんので、重要な役割を任されていると自覚してます! 頑張りますので……よろしくお願いします!」

「せっかくだから、何か言っておきたいこととかある?」


 カームに問われ、困ったような表情を浮かべたチャルチルが言った。


「え、えーっと……『出撃申請書』のご提出はお忘れなく……」


 チラチラとカームのことを見つめながら、もじもじするチャルチル。一方のカームは「ってことだから、みんな忘れないようにね!」と晴れ晴れしい笑顔で注意を促すのであった。


「わたしたちは竜騎士の皆さんと一心同体です。プライベートなことからお仕事のことまで、気軽に相談してください。心の中では……いつでも皆さんと一緒に空を飛んでますので」

「ありがとうチャルチル! じゃあ次は――」

「おいおい、さっきからなんなんだよこれは。これから遠足にでも行くつもりかよ」


 カームの言葉を遮ったのは、同じ竜騎士の班員だった。


「遠足じゃないよ。俺たちはもっと大きな舞台に立つんだ……サーカスっていうね!」


 カームの言葉に、下卑た笑みを浮かべる竜騎士が二人。ルナリザは特に表情が変わることも無くただ立ち尽くしている。


「あぁ~、そうでしたそうでした班長、我ら竜騎士隊は、サーカス団の要であり『F10』のVIPたちを楽しませることに全身全霊をかけねばならないと、そういうわけですね」

「そう、良くわかってるね!」


 カームの返事に、堪えきれず竜騎士の男二人が吹き出す。


「……どうしたの? 俺、そんなに笑えること言ったかな」


 首を傾げたカームが二人に尋ねる。すると横で聞いていたルナリザが口を挟んだ。


「もういいでしょ。はやく訓練を始めましょう」

「ルナリザ……でも、俺気になって。ねえ、二人は何が面白くてそんなに笑ってるの?」


 カームが身を乗り出して一気に二人の顔面まで迫る。常人ならまずしないであろうその行動に二人は気押されるが、すぐに歪んだ顔面を取り戻す。


「……こりゃ傑作だね。本当に班長は天然なんだなあ」

「ありがとう。でも、笑わせたつもりがないのに笑われた理由が知りたいんだ。知らないうちに俺の必殺ギャグが出ちゃってたのかもしれないし」

「アンタ……」


 ルナリザが哀れなものを見る目でカームを見つめる。一方二人は笑いを堪えながら言った。


「いやぁ、遠慮しときますよ。“その理由”は班長自ら見つけ出したほうが面白いだろうし」

「そっかぁ……わかったよ! なら皆、訓練を始めよう! ……っと見せかけて――」


 カームは対面の竜騎士の一人の脇腹に手を差し込む。


「こちょこちょ~」

「ぎゃははははははははははは! ってふざけんじゃねえぞコラ!」


 眦を濡らす竜騎士の一人がカームは胸ぐらを掴む。カームはいつもどおりヘラヘラした表情で、「ごめんごめん、冗談だって」


「冗談じゃないだろ! どう見たって普通に今くすぐっただろ、俺のことをよぉ!」


 額に青筋を浮かべながら怒鳴る竜騎士の姿に、周囲の班員たちもついつい笑ってしまう。嫌な雰囲気が漂っていた空気が、和やかなものへと変わる。


「本当に、アンタって……」


 呆れたように目を閉じたルナリザだったが、少しだけその頬は緩んでいた。



 * * *



 今回のサーカスに対するジラーニのオーダーは、“より竜騎士らしく”だった。

 竜騎士とは、元々野生竜に対抗するために作られた軍人だ。そのため披露すべき演目は自ずと戦闘劇という形になり、その訓練自体も過激なものになっていく。


「この馬鹿が! しっかり獲物を補足しろ! テメェの腑抜けた矛先なんかじゃ何も刺し殺せねえぞ! 戦場じゃテメェみたいのが真っ先に死んじまうんだ! それでいいのかぁ!?」


 母竜の腹部下の空域は竜騎士の訓練空域となっており、訓練中の竜騎士たちがこの空域から出ることは如何なることがあっても禁止されている。また、班ごとに空域は細かく区切られており、衝突事故を未然に防ぐために班長が訓練の監視員として立ち会うことが原則だ。


「あそこの班長凄いね、本当の戦場みたい。皆役者だなあ……熱意を感じる」


 必死の表情で訓練に励む別班の竜騎士たちを見上げて、休憩中のカームが息を漏らす。

 下手をすれば怪我人……いや、死者さえ出そうなくらいの勢いだった。戦争や暴力をテーマにした演劇調のサーカスとはいえ、これで観客は喜んでくれるのだろうか。驚いたり、盛り上がったりはするかもしれないが。


「それに比べて……あたしたちは、どうしてこうもまとまりがないんでしょうね」


 カームの隣にやってきたルナリザが、両肘を抱きながら言った。


「……厳しいほうが良い?」

「別にどちらでも。どうせアンタの指示には従わないから」

「もう、皆がルナリザみたいだから七班は息が合わないしグチャグチャなんだよ。……本当にこんな状態で本番を迎えられるのかな……」

「真面目にサーカスをやろうとしてる人なんて……、アンタくらいよ」

「そうなんだよね。皆からはサーカスを楽しもうって気概を感じないんだ。なんでなんだろ」

「…………アンタさ」

「ん、何?」

「…………いや、なんでもない」

「ヘンなルナリザ。ま、いいけどね。例え皆がサーカスに本気じゃなかったとしても、俺は本気でやってやるんだ。自分も観客も楽しんでこそのサーカスだって思うから。ヒンメルみたいなサーカスをしてみせるんだ」


 自信を取り戻したカームが立ち上がり、きらきらした瞳で純粋な想いを口にしたそのとき。

 全身に振動が走る――いや、違う。自分たちの立っている足場が揺れているのだ。そう、まるで地震のように。だが空でそんなことが起こるはずがない。


「母竜の……啼き声?」


 出発セレモニーのときも耳にした、天空を轟かす音の振動。

 続いて、母竜機構の専用船内放送が母竜の腹部に埋め込まれたスピーカーから流れる。


『――母竜機構専用船内放送です。竜の巣が確認されました。危険度は“C”。三班以上、十五騎以上の竜騎士を編成し、出撃にあたってください。繰り返します――』


 女性の淡々とした声が、サイレンと共に訓練場に響き渡る。やがて――訓練をしていた竜騎士たちが雄叫びを上げながら隣接された飛行場へと流れていく。


「ルナリザ、これは一体なんの騒ぎ?」

「来た」


 カームの言葉に反応するでもなく、ルナリザは訓練場から見える遠くの空を凝視している。


『――竜騎士長のヒンメルだ。編成内容を発表する。今回の出撃班は、【二班】、【七班】、【十班】の計三班とする。また、【八班】は回収班、【十二班】は戦果確認班として同様に出撃せよ。【三班】、【四班】、【九班】、【十一班】はそれぞれ担当地区の砲撃担当を命ずる。他の班は整備士の手伝いに回れ。繰り返す――』


 自分の所属する七班が出撃というのはカームにも理解できた。だが、肝心なことが一切語られていない。一体、“なんのための出撃なのか?”


『最後に、最高司令官であるジラーニ総統からありがたいお言葉がある。皆、心して聞け』


 ザザッ――とノイズが走り、中身が入れ替わる。


『母竜機構竜騎士隊の初陣に選ばれた諸君おめでとう。諸君等には“竜騎士としての成果とは別に”、各国からお越しのVIP連中のエンターテイナーになってもらいたい』

「竜騎士としての成果……? サーカスのことじゃないの……?」

『……心の準備は良いか? 諸君等竜騎士の役割は言うまでも無い! 竜の巣を補足し、突入して奴らの根城から卵を奪え! 迎え撃ってくる野生竜どもは皆殺しだ! 殺した亡骸はできる限り母竜へと持ち帰れ! 竜の躰は髭の一本から骨の髄まで価値があるからな! そのすべてが我ら母竜機構の血肉となるのだ!』


 カームには、ジラーニ総統が何を言っているのか、未だ理解できない。


『そして――刺激的な野生竜の殺戮過程を、“サーカスとして”母竜機構に乗船した愚かで無謀な狂った連中に見せつけてやれ! 諸君等は、天空の竜騎士サーカス団だ!』


「うおおおおおおおおおおお」竜騎士たちの雄叫びが母竜から漏れ出る。さらには、隣のルナリザまでもが飛行場に向けて駆け出していった。


 ジラーニが、声を上げて叫んだ。


『――天空を制するは、天翔る竜騎士たちである!』


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