7. 少年、肉体を得る。
ふらふら体を引き連れて8階層を超え、9階層に到着したとたん―――――
僕は襲撃された。
あまりにも久々の事だったので、うっかり準備も出来ていない状態で不意打ちを許してしまった…… 戦闘の始まりを知らせる鈴の音も鳴らず謎の不意打ちに襲われた…
反射的に体を動かして右手でガードしようとしたが、あの襲撃者は自分の拳を解け開くと、僕の右手の手首を握った。すると、腕力だけで僕の右手を引き下げて、僕のガードを無くしてから再び握った拳を飛ばして来た。
一瞬だった素早すぎる動きの変動及び対処能力……… この人、強い。
あの拳を防ぐために足は… 遠くて無理だ。異能力は… 近距離すぎて意味がない。だったら――――
僕は何とかあの攻撃を防ぐために、今はもう感覚すらなくなっている左手を振るって… その拳をぶつけ曲げた。
確かに感覚が無くなっていたはずなのに、手がズキズキうずいた。
しかしあの襲撃者――― 彼はその一撃で止まらず、体を極下げて僕の腹部にボディーブローを入れた。
吐き出す物も無かった僕の口からは大量の唾だけが破裂するように流れ出た。
9階層に到着したとたん、僕は突然の奇襲に襲われ、気を失うことになってしまった。
……くそ。
9階の風景を見るも前に、暗闇の星空ばっかり見られたもんだ…
「何だ、未だにこれかよ?」
遠くなって行く意識の向こうから、訳も分からない彼の文句が聞こえて来た。
くそ…………
@
「ん、今お目覚めか?年がいくつなのに未だ寝坊してるんだ。」
「………残念ながら、記憶喪失っぽくて、よく覚えてない。」
どうやら僕はまだ生きているようだ。
8階層であんな事があったのに、9階層に上った途端襲撃されて、それっきりだと思ったから…… 心から悔しがっていたけど、一応無事で幸いだ。
「その言葉付きから擦るに、どうやら意識もしっかりしているようだな。」
それに、僕を襲ったはずの襲撃者――― 彼は、僕の隣で焚火に魚を焼いていた。
「左手が滅茶苦茶だったな。」
アンタが殴ったんだろ?!
「治しておいた。」
「は?」
彼の言葉を聞いて直ちに自分の左手を見てみると、指は一列にまとまっていて、あっちこっちに出来ていた傷口は一つたりとも見当たらなかった。
一体どうやって…?
防視(ほし)すら応急手当しかできなかったのに、彼は「治療系の異能力」でも持っているというのか…
それなら… 何故、どうして……
………………
…いいや、今はそれより、聞くべきことがあった。
「アンタ… どうして僕を殺さなかった?」
「何だ?お前ひょっとして死ぬのが願望だったりする残念な奴か?」
「今は違う。」
「そいつは結構。実は俺が今探している奴がいてな。念のために情報は一つでも多い方が良い。」
「探している奴?そんなの―――」
「名を、シグマという奴だ。」
何って… 今何って言った…? 僕の聞き間違えか?それともこれって本当にただの偶然か?いいや、いいや… 今は迷って良い時ではなく、確かめるべき時だ。
「空間を操れる異能力を持った…… シグマで合っているか?」
「お?よく知っているな。それで、そいつが何処にいるのかは知っているかな?」
「知るもんか!彼奴は… 彼奴らは決して許せねえ!必ず探し出して…… くぅっ!」
「見る限り君と俺の理解は一致している模様だ。」
「なに?」
彼は僕の服を握ると、軽く僕を持ち上げた。
「くうっ!何だ!」
「どう考えても今のお前は弱すぎる。」
「何を知ったようなことを!」
「俺も彼奴に用がある。そして、お前は先ほど「彼奴ら」と言ったな。つまり、彼奴は今一人ではないとみたが、仲間は何人いた?」
「……」
僕は意地になったのか、首を背けてひたすら口を閉じることにした。
しかし、彼はそんな僕の頬に容赦なく拳を振るった。
涙が出そうだったけど、ぐっとこらえて口を開ける事ことにした。
「……3人、いた。」
「だとすれば尚更だ。いくら俺でも多数は手強い。だから、俺は今からお前を訓練させる。」
「は!ふざける――んはっ!!」
今回もまた同じ側の頬を殴られた。
唇を噛みながら彼の目を睨んだ。
「お前が何のためにそう熱を上げているのかは知らないけど、お前が今挑戦しようとしている相手は今のお前よりずっと高い所にいるモノだ。そんなレベルでは張り合う事すらできないんだぞ。」
「おま… お前が何様でそんなことを勝手に測ってんだ……!」
「俺が戦って敗れた。彼奴に一発でも食わせてあげたければ、少なくとも俺には勝ってみろ。」
勝ってみろって?それはすなわち、殴り合おうというのか? 大いに良しだ。これで双方だぜ――――
@
確かに殴っても良いと聞かれた以上、僕はさっそくリベンジすることにした。
しかし………
「体を動かせ!」
僕はソマが打ち上げた手首に額を当てられ、首が後ろに大幅で押し付けられた。
「あまい!」
反撃しようと振るった手は、崩れた重心のせいでソマの頭の横も掠められず通りすがった上、そこで手首と腕を同時に掴まれて、地に降り投げられた。
眩暈を訴えている頭を振り回してから、できるだけ速やかに起き上がった僕は、異能力を使ってこの状況を打破するために、『バベル』を消費した途端――――
ソマは手を伸ばして僕の胸倉を掴むと、力強く引っ張る事で僕の体を前方に傾かせた。
視野の一面が急激に変動したことにより、僕の異能力は使う所を特定をもできず、背筋を走るぞっとする感覚に覆われた。
それからソマは真っ直ぐ、傾きつつある僕の頭部に正拳を突き出した。
痛みが伝われる事より先に、目が完全に奪われたように、一瞬で視野が真っ暗になった。全身から力が抜けて、手足には力が入らない、そんな絶望的な状況の中にもソマは容赦なく、正拳を突き出した手で僕の髪の毛を握ると、倒れかけていた僕の身を今度は下に引っ張って―――― そこに猛烈なスピードで膝を打ち上げて、二―キックを飛ばした。
トォ――――――ン!!!
何かが壊れたように響く音がしたような幻聴まで聞こえて来た。
しかし…… 僕はそれが幻聴であったのかどうかを確かめる隙もなく、また気を失って気絶してしまった。
―すごく長い時間が経った後―
「気が付いたかな?」
「おかげ様で…」
僕は今も割れそうな頭を抱えながら目を覚ました。
ソマはまた焚火の前に座っていたが、僕が起きた事を見て、席から立ってこっちに近づいて来た。
「体で分かった通り、能力も異能力も使用者の脳からの空想と望(いのり)から発することだ。すなわち、使用者の脳に大きなダメージを与えたり、意識さえ無くせば、どんな力を持ったとしても恐れることは何もない。」
「それは全く凄いですね… それって経験っていうことですか?」
「そう。そして知恵だ。お前は一先ず知識ででも頭に入れておけ。お前のように能力に頼る奴であればあるこそこの手に簡単にやられる。だから今からは能力を使わず俺に勝て。」
「は?!!いや… はい?」
「もし、能力を使用しようとしたら… 先のに加えて、足で踏みにじることまでやってあげよう。痛いのが好みなら勝手にやれ。」
どうやら拒否権はない様だ……
さらにソマは「それから」と言い付けた。
「これは押収だ。」
「はあ!? おいちょっと待って……!
ソマはケンさんの剣を手で回しながらこっちに向かって言って来た。
「これはお前の肉体の成長に邪魔なだけの物だ。訓練が終わるまでは俺が預かっておこう。」
どうやら… これも拒否権はない模様だ。
「これは… 抑圧だ。」
「それが大人の狡くて汚い権利というものだ。」
「本当、汚いですね。」
「文句があったら大人になるとか。」
ソマはうざくも二ヤリの薄い笑顔を僕に見せつけた。
「………やりましょう。必ず殴り倒してあげます。」
一発殴りたくなった。僕は頭を振るって構え直した。
しかし、その前に―――――
僕は彼にごっそり、隣にあった石ころを拾って穴を通して彼に本人に見えないよう投げた。
異能力を使用した、のに… なのに…… 信じ難くもソマはそれを肉体的スペックだけで避け切っては僕の顔面に、今度は側頭部にハイキックを飛ばしてくれた。
半端なく痛かった……
無論、また意識が飛んだのはあくまでもおまけ的な話である。
・3日経過
「重ねて言うが、全ての一撃は急所を狙うのが最も効率的だ。何よりも速やかに相手を壊せる。」
彼はこの前にご飯を食べながら一方通行で僕に言った話をまたして来た。しかし、今はそんな説教より………
内臓が切られたような腹痛が体を掌握していた。しばらくすると、何故か頭まで痛くなり始めた。
そのまま地面に張り付いた僕は、だんだん自分の周りの一面が赤く染まっていくところを目に焼き付けながら…… 今度は出血過多で気が遠くなった。
・4日経過
ソマは僕の足を踏み壊す勢いで自分の足を降り下した。しかし、まぐれ当りではあったけど、僕は確かにソマの攻撃を避けた。この掛け替えのないチャンスを生かすために、今度は僕の方から彼の足を踏み躙ってやろうと足を上げた。だがしかし、彼は…… さすがと言えばさすがで、僕が避けたせいで地面に付いていた足を即座、一点の乱れなく折り上げると―――― 僕の胸を爽やかなほど綺麗に蹴飛ばした。
「はぅあっ!」
痛みが這い上がる事と共に、その痛みが形を持って体内を逆流するような感じが頭まで上って来た途端、口から少量の血液が吐き出された。
「かふぁっ!!」
体を起こそうとしても…… 手や足を僅かでも動こうとしても、息をする時さえも胸辺りが酷く苦しかった。
それに、彼に蹴飛ばされた一瞬、確かに聞いたのだ。氷が何かによって踏み壊された時と同じ澄んだ破壊の音を……
これは疑う余地もなく肋骨が壊されたのに違いない…
「動く際には常に相手との距離を測れ。それが当てるためにも、避けるためにも必須の基礎だ。」
息が真面にできなくて意識がぼけて行く状況なのに構わず、彼の説教は僕の耳に入って来た。
どうせ、こんな体の調子では……… 破れかぶれだと断念した僕は、死にもの狂いで無理矢理彼に突っ込んだ。
しかし… その歩みはいつもよりふらふらしていて、顔には皴が寄せ、拳を握るべき手では胸辺りを圧迫することが精一杯であった。
そのまま息を弾ませながら、今度はショックで気を失ってしまった。
・7日経過
その日から一週間の時間が経った。
それからも変わりなく、ひたすら僕とソマが対峙して拳が行き来しながら(ほとんど来…)戦い、結局最後にはいつも僕が気絶して、また前回での戦いを土台に身動きを出来る限り迅速に省みて、また戦う事の反復であった。一日中、食事をする時と気絶されて寝込んでいた時を除けば全ての時間を彼と戦う事のみで過ごしていた。
すなわち、一日に3回くらいずつは厳しく殴られているとも言える……
でも… いつか必ず、必ず―――殴り倒してやる!
ちなみに… 毎回抜かりなく破壊される僕の体は驚くにも、ソマが手を付けるだけで傷跡も残る事もなく治された。
・9日経過
彼との訓練が本格的に始まってから一週間と2日という随分と長い日にちが経った。そしてその間、彼の拳に殴られ続き、数え切れない程の夜空を見れたおかげか……
――――徐々に、ほんの少しずつではあるが、 彼の拳が見え始めた。
まだその速度に追いつけるとはどうしても言えないけど、確かに突き出された拳の輪郭が微かに見え始めたのだ!
ふふ… 少しずつではあっても、僕自身が成長している事を自らも感じる事ができた。その喜びと快楽は彼との戦いの中でも僕を微笑ませた。
しかし………
僕が自己喜悦に陥っていた間に、ソマが振るった踵によって頭蓋骨が割れて意識が遠く飛ばされてしまった。
でも…… うん。悪くなかった。
・11日経過。
いつもと同じく訓練をしていたのに、どうしたのかソマの方から話を掛けて来た。
「お前は、自分の事を何だと思っている?」
それも質問であった。
本当にどうしたのかと思って彼の質問に耳を傾けた。が、そんなの…… 僕も知らないんだ。むしろ僕が知りたいもんだ。
「………」
そもそも彼は、僕を殴る時だけではなく、訓練する時や食事をする時まで… 一々説教ばっかりしてきた…… それはきっと僕のことがその分気に入らないからに決まっている。
だから、僕は冷たく答えた。
「さぁ… アンタにはどうでも良いんじゃないですか。」
「……そう。」
「でも………」
僕の口は震えながらも… 言葉を吐いた。
「それでも… 僕は一体誰なんでしょう…?」
どうして彼にこんな質問をしたのかは、自分でも分からなかった。
「それは…―――――」
彼は僕の質問に答えようと、口を開けた。しかし…… その瞬間彼に出来たわずかの隙に目が行った途端、つい彼に足を蹴り付けてしまった自分を見つけられた。…本意ではなかった。しかし…… 今は、ただ… 体を暴れさせたい、そんなもやもやする気持ちになったのだ。それで…… 彼が僕に何を話そうとしたのかは、彼が行ったカウンターで意識を失って、結局聞けなかった。
・12日経過。
どんどん彼の動きに見慣れになって来た。次第に、彼が振るう拳や足蹴りの残像が見え始めたのであった。それに伴って、僕は彼の攻撃に殴られる一方ではなく、それなりに手足を挙げて、その攻撃に向き合わせてガードすることまでは出来るようになった。
ま、それでも…… ガードに使用した身体部位が一度の攻撃を防ぐたび壊れて、二度と使えなくなったけど…… それでも、これも成長っていえば成長だ。
一応そのおかげで、僕は片膝を屈した状態になった今も彼と対峙し合っていた。何とか反撃の一手を狙おうとしたけど、そもそも隙が無さすぎる人を相手に… こんな状態で敵えるはずもなかった。
それでも…… 今日は昨日よりずっと長く持ちこたえられたんだ。毎回毎度――― 彼との訓練を重ねるたびに自分の腕が上がっている事で達成感と悦びに酔っていた僕は、今日の止めを刺す掌を避け切れず…… 視界が白く染まってしまった。
・15日経過
今日もまたいつの日と同じく訓練のために、僕は森のど真ん中でソマと対峙していた。
彼の拳を防ぐために手や足をぶつけ合わる事は、それが一回振りの防御法であって、極めて非効率的であることを…… 昨日になってようやく悟った。だからこれからはぎりぎりの所に自分の手や足を斜めにぶつけ合わせる事で、何とか彼の攻撃を流すようにしていた。
さらに、彼との訓練が重なる次第、ある程度のモノが観えるようになり始めた! …周りを見眺めるまでの余裕は無いけど、目が真面に機能できるようにはなった。
しかし…… それはそれにしても、怖いのは怖いのだ。2週間の間、厭きるほど殴られ続けた拳とはいえ、僕には、それが相変わらず怖いんだ。だから僕は一生懸命に、殴る構えで追って来るソマから逃げ走っていた。
ま…… でも、ひたすら逃げているだけではないんだ。
僕はこう言った、一発殴り倒してやるって――――
今日こそ、それを果たす時――!!
走っていた僕は視野の上側に見えた蔓を掴み引っ張り、その蔓に体を委ねたことで僕の体は直線上から離れ、曲線を描きながらすぐ隣にあった木の後ろに一瞬で移動する事ができた。
今のことで僕はソマの目の前に位置する木の裏側に身を隠すことに成功した。
つまり、僕は今ソマとの間にある木を盾にして彼の拳の範囲から逃れられたのである。
この状況でソマが取れる行動は、直ちに僕に向けようとした拳を止めるか、非常に硬い木の幹にぶつかって自らダメージを受ける二者一択のみだ。
どっちにせよ僕はその隙にもっと彼から離れてから、より後方の見えない処から異能力を使用して奇襲をすれば良いのだ。
しかし…… ソマは拳を止めることも、痛がることもなく、連続で3回、拳を木の幹に速撃してから、回し蹴りまで飛ばして……… 木を壊し、倒した。
あぁ…もう、この実直な人間……
一瞬の出来事… 僕は木を倒したソマの回し蹴りの勢いに当たって、顎を曲げられた…
「ぐぉえっ!!」
え、そんな… 顎の骨が抜けて言葉は出ず舌は痺れた。
それでも、まだ… 意識は丸ごと飛んでない!
耐久も少しずつだが、伸びているかもしれない、のかな…?
……だと喜んでいたのに、このちくしょう… 意識を保った事を無駄にさせる気満々なのか、殺気を纏った拳が僕に向かってノンストップに飛んで来ていた。
どう考えても真面に2撃も受けたら、それはさすがに無理だ……
僕はまず生きるためにも、最近使う暇もなかった自分の頭脳を久々に全力の全力で加熱させた。
この間僕がやったこと、彼がやったこと、彼の動き、彼に殴られるたびの恐怖心すら含んで―― その記憶と感覚一つ一つを全て生々しく思い浮かべた。
そして僕はある事実に考えが閃いた。
彼が使用する技は何もかも全ての面において多様性が高く、彼の肉体が加えられた一つ一つの技は威力も相当高い。ただ一つ、弱点があるとしたら―――――
それは、攻撃の大半が過剰に直線的であることだ!
初めには、その素早い速度と痛みによる恐怖で体が萎縮されていたからどうしても避けられなかったけど、二週間も経った今は違う。その恐ろしき攻撃も徐々に見え始めたってわけだ!
そして―――――
僕はソマが突き出した拳を、左足を大きく屈めて体の重心軸自体を傾ける事によって、彼の拳を僕の横に転じ流しつつ彼の腕を両手で力いっぱい握った。
僕がこの一瞬で取れるカウンターの種類はかなり少なかった。まだ力も彼に比べて全然足りなくて、逆手を取るにも彼の腕は太すぎる。
だったら!!
僕は体と頭は思いっ切り外側に伸ばしつつ、ソマの胸の内側に足を伸ばして、そのまま握っていた彼の腕を精一杯の力で肩超しに引っ張った。
――――すると、扇形を描きながら浮上したソマの体はそのまま僕の上を転じて、地面に背中から打ち下ろされた。
まぁ…… 結局その後に倒れた状態でも直ちに構え直したソマに謎の技を受けて頭から地面に落とされたけど………… 今日は気絶しなかった。
それに、今日は他の日よりずっと良かった。なんとカウンターを一回も入れられたのだ!
長足の発展であった。
僕がボロボロになって倒れ掛けていると、ソマがゆっくり近付いて来た。それから彼が僕の身に手を付けると、筋肉の痛みと荒かった息が全て平穏に戻った。
「は… はっ… 何がそんなに遠慮がないんですか…!?」
訓練の果てに初めて意識が残った状態で座っている僕に、ソマは苦笑を見せながら言った。
「ま、でもお前は才能があると言えるな。耐久力もあり、粘りもある。力は全然無いけどな。」
「才能……って、僕にそんな特別なコトがあるというんですか?」
「特別?何を言っている。全ての人は皆全ての分野に置いて才能を持っている。それぞれの才能に対する興味と段差があるだけだ。しかしそんな事は所詮、努力と訓練で重ね補える。よく覚えておくんだな青少年。努力しない天才なんていない。世界的な画家や格闘家すら毎日工夫し、それに値する時間をさらに努力に費やすのだ。だからさっさと起きろ。お前にはそんなに横になっていれる程時間が余っているのかな?」
「はい……?」
「聞こえなかったのか、訓練の続きだ。さっさと起きろ。」
「いいえ…… よろしくお願いします!」
それからまた僕とソマとの訓練は続いた。…… 今日も僕が気を失って気絶することで終わりになる事に異変はなかった。
@
その日の夜。僕とソマは9階層の北東側に存在するという、ある所に移動していた。
ソマの言葉によると、そこには周囲の林と調和を成す美しい渓谷があるという。
食料の面において、この階層は森林がメインになっていて周りに果物も豊富だからそれだけでも構わなかったが、ソマさんによると、その渓谷には様々な魚が生息しているという。ま、正直なところ、果物と野菜に厭きていた事もまた否定できない。
とにかく、僕たちは今日分の食料を確保するためにあの渓谷に向かっているのであった。
それからしばらく歩いて、ソマが言っていた渓谷に到着したとたん、僕の視野を一気に奪って行ったその風景は、言葉では表し切れない、とても美しい場所であった。
崖の上から流れ落ちる滝の水は川の水面に雫をとばして濛々と神秘的な雰囲気の霧を醸していた。さらに、その霧の中から見える十個十色の数多くの花々は、すでにこの階層が暗くなったのにも関わらず自ら光を出しているかのような錯覚を感じさせるほど爽やかにその存在を咲かせていた。
しかしそんな僕の感想は次に言ったソマの一言で一気に冷め散った。
「飛び降りろ。」
「え?は…?」
「魚を釣って来い。」
えぇ…… マジで…? 今僕が聞いてしまったソマの言葉はすなわち、あの打ち下ろしている滝の上から飛び降りて、水に入って魚を釣って来いとふざけていらっしゃるのか…
「あ、無論能力は使わずな。」
さらに無茶を重ねてくれた。
僕はあっけなくなって、ひたすら崖の下とソマさんの顔を見振り替えながらぼうっと立っていたが、冷血で無情なソマはそんな僕を容赦なく蹴飛ばした。
「ちなみに獅子は―――――――」
何か言い始めたようだったけど、水に溺れたせい(おかげ)でよく聞こえなかった。
さっさと魚を釣るってから、崖の上まで登ろうとしたが、これ… 思ったより難しかった。
薄く霧があるとは言えども水は透明で魚の位置が見えない訳ではなかった。それでも、魚を釣ろうと僕が動くとそれに伴って生じた水の波紋は僕の視野を邪魔して、しばらくして水の表面が静かになった時には、釣ろうとした魚がすでに何処かに逃げた後であった。
それに元から魚自体も素早くて、きっと捕まえられると思ったのに…… 僕が持ち上げた手には魚など跡形もなく、川の水だけが残っていた。いざその川の水すら手の隙間から流れ落ちてしまった。
@
「まだ空か?その服は果たしてどこに使う?」
1時間ほど経つと、待ちくたびれたのか崖の上からソマさんが話を掛けて来た。
「アンタも手伝ってください!」
僕は彼を呼ぶように手を振るったが、彼はそれを見て見ないふりしながら、また何かを話し出した。
「熊は冬が来る前に自分の子に魚を狩る方法を直接させることで教えると言う。何故と思うか?」
いや、今はそんなの良いから… どうせアンタも一緒に食べるんだろう。だったらアンタも降りて来いよ!
………と言いたかったものの、不満は心でだけ呟くことにして、また魚を釣るために(彼の声を耳に入れないために)頭を水中に入れた。
決してまた殴られそうだと思ったから黙ったのではないんだ…うん。決して、絶対。
どうせ彼はとっくに自分が話したいことだけを言って消えたから、助けを求めることはできない。
くそ…… どうやれば。
そういえば… 確か先ほど、彼は服のことを言っていた……
僕はゆっくり彼の言葉を思い返してから、上着を脱いで広くした。
なんか素直に彼の言うことを聞いている自分が少し笑いものだが、彼との訓練の事を顧みると、彼のクソ(言ったこと)の中で結果的に僕に取って役に立たなかった事は悔しくも未だに一つも無かった。
僕は冷たい川の水で顔を洗ってから彼の言葉を、僕なりのやり方で… やってみることにした。
そうやって下手なやり方で2時間以上の努力をした果てにようやく、僕は魚をわずか5匹しか捕まえないまま滝を登り上がった。
今手伝ってくれとでも言い出したら、彼はきっと…… また獅子がどうとか言うに決まっているから、黙って自力で登ることにした。
………しかしながら、考えてみると… 彼の言葉が僕の成長に繋がっているという事を、いつの間にか自分の身で感じていた。
悔しいと思っている。言いたい文句もまだ沢山ある。そもそも彼の言葉が全て正しいだとは、すでに数度骨が折れたが決して思わない。しかし、僕は自分に少しでも役になる事を無視する訳にはいけない状況に置かれているんだ。
僕の目指す事のためにも…… またあの時のように何もできることがなくて、使え物になれなくて、恥になるのはもう御免だ………
それに、当面の山である彼を………、… …… ソマ…さんを先ず超えるためにも、何一つでも拾い見る必要があるんだ。
事実、彼の説教は…… 僕を成長させる事だらけであった。
ならば、今は気にいらなくても、悔しくても、ソマさんから何一つでも拾い学んで、彼の言葉と僕自身を何度も顧みて、改善していかなければならないんだ………!!
そんな僕の中では、ソマさんに対する――――― ある程度の信頼すら沸き始めていたのかも知れない…
@
僕が魚を釣る間に、薪を集め火をつけて準備をしていたのか、ソマさんは僕と初めて対峙した時と同じく焚火の前に座ってこっちを見ていた。
「ただ今。」
「ああ。お疲れだったな。」
帰って来た僕にソマさんは中に水が入っているような筒を投げ渡してくれた。
丁度よく疲れていて、何かを口にしたかった僕は彼に渡された筒を傾けて中身を飲んだ。
なのに―――――!!
「美味しい!美味しいです!どうやったんですか?水が美味しいです!」
甘く頭と舌を刺激する、この甘味というものを初めて味わった僕は一瞬でそれに魅了された。
「なんだ?お前、飲み物も初めて飲んでみるのか?見れば見るほど変な奴だな。まるである目的のために作られた人造人間みたいな奴だな。」
僕の中のまた一つの殻が破られた。まったく… ソマさんと一緒にいると次から次へと新しい事を知っていき、世界が広がっていく。
これが大人から学ぶということか?
大人と共にいるということか?
これが、大人という存在なのか…?
こう考えてからになると、何か歓喜すら新しく伝わって来た。
様々の考えが頭の中を掛け走ったけど、今はそんな深いことよりも、喉穴を通して伝わるこの甘さを続けて飲むことに夢中だった。
結局そのままソマさんの飲み…ものを全て飲んでしまった僕は… 後更(のちのち)焚火の所に向かった。
焚火が薪を燃やしている一定の音とその上で美味しい匂いを漂い始めた魚5匹、そしてその焚火を間にして向き合っている僕とソマさん。
僕たちはただ何も言わず、魚が出来上がる事だけで待っていた。
しかし顔色を窺っている静寂を持ちこたえなかった僕の方から先に口を開けた。
「あなたは…… ソマさん…は、どうして僕を訓練させてくれるんですか?」
「うん?それは勿論、肉盾も性能が高いほど良いもんだからな。」
「汚いですね。」
「言ったろ?それが大人だ、青少年。」
「っていうか、なんで僕を青少年となんて呼んでいるのですか?」
「じゃお前は未だに子供か?だからといって大人か?半端なお前には適当に良い呼び名だ。」
相変わらず酷く言ってくれるもんだ。
同時に苦笑を出した僕とソマさんの中で、今度はソマさんが真剣な顔で話した。
「それではこちらからも質問だ。シグマの奴は何処にいる?」
そういえば彼は僕と最初に会った時もあの男の行方を聞いていた。
「よく、わかりません… でも、5階層より上だとは言った気がします。」
「5階層より上か…… もしかして此処まで上りながら彼奴と出くわしたことは無かったのかな?」
この階層まで上りながら、という彼の単純な質問に…… そっと涙がこみ上げたけど、僕はできるだけ淡々と答えた。
「いいえ。全くありません。一度もなかったです。はい、一度も……」
「そうか。ならば10階層だな。」
「10階層ですか?」
「ああ。この階層でだけ軽く2ヶ月は暮らした俺が保証しよう。」
「10階層… そこに……」
「君にどんな目的があって彼を目指しているのかは知れないけど………」
「いいえ… 話します。話し… たくなりました、貴方に。」
それから僕は、この塔で目を覚めてから僕が見て、聞いて、経験して、感じたコトを全て打ち明けた。
できるだけ依然と話そうと思い切っていたはずなのに、話している内に僕もまだ未熟なのか… 自分も知らず、続けて涙が零れ落ちた。
「それは、大変だったな。」
いつもと同じ彼の声で励まされた僕は今更恥ずかしくなって俯いた。
しかし……… こうやって誰かに自分の気持ちを吐き出すと、何か気が少しだけ楽になった気がした。
いくらそうでも二度はきつい…… (恥ずかしい。)
「そういえば、結局… 僕は誰なんでしょう?」
僕はこの前にも口にしたことのある… この塔で目を覚ました時からずっと秘めていて、探し求めていた質問を再び彼に問い掛けた。
彼なら何か解答を出してくれそうな、彼からまた何かを分かれるかも知れないという、そんな気すらしていた。
「知らないな。」
しかし彼は冷淡にも、僕の期待を台無しにさせた。
「お前が誰なのか俺に知る用がない。当然だろう。」
「そう…ですか、そうですよね……」
僕は自分の悩みを相手に求めたという事からの恥ずかしさと、自分の馬鹿さにため息をついた。しかし、ソマさんはしばらくしてまた口を開けた。
「しかし… そう。俺も俺が誰なのかなんて知らない。それはその時々の時間を積み上げて作られることなのだ。ただ… 過去が、今まで君が歩いて来た、この塔で此処まで上って来たその過程が君を作ってくれる。君がどんな過去を持っているのかは、俺にもだって分からないが、その全てが在ってこそ、君を今ここに、そしてあの次に進めさせてくれるということだけは分かる。」
ソマさんは起き上がって、この階層の天井を見上げながら話を続けた。
「前に進め。倒れたり挫折する事では、お前の時間が勿体無い。」
「過去が集まって今に…」
「そう。そして今起き上がらないと未来には繋げられない。」
「はい?」
「聞こえなかったのか?立て。休み時間は終わりだ、青少年。立て。もう一戦だ。」
どうやら… 今日の気絶ノルマは満たされていなかったようだ……
@
僕とソマさんは今日もまた互いを攻め合って、近距離で一歩も引かずに対峙していた。しかし、今日の今日に至っては、僕も防戦一方ではなかった。
もう彼との近接戦で骨にひびが入る事はなくなった。実質的に耐久はそう大きく伸びていないと思うが、その代わり、戦う時の要領とそれを支えてくれる技が身に付き始めた事が大きいと考えられる。
その日は逃げること無しで10分も持ちこたえられたのだが、またのまた… 鼻血を流しながら視界はホワイトアウトしてしまった。
どうやら、まだはまだのようだ。
•27日経過
それから、さらに12日の時間が経ち、彼との出会いからは27日という長いと言えば長い日にちが経った。その時間を過ごした僕の体つきは前とは比べものにもならないほど力強く、そして悠然と動けるようになった。
「さ、もう対練の時間だな。」
僕とソマさんが森の中で対峙している事に変わりなかったけど、「対練」と言ったのは… それって、今までの「訓練」とは違うものであるに違いない。
「それってつまり… 本気で一戦やるって事ですか?」
「ほお?それってつまり、今までは全力でなかったと―――」
「はぇ…ま、その、なんというか…… 何卒宜しくお願いします…!」
僕はいつもより乾いた唾を飲み込みながら、ソマさんとの訓練で身に付いた構えを取った。
ちなみに、剣も使っていいのか聞いたら、「そいつは抜きで頼む…」と言われたので、ケンさんの剣は未だ横に置いたまま対練を始めることになった。
@
何故かいつもの訓練の時と同じく腕輪から戦いの始まりを知らせる鈴の音は鳴らなかったけど、互いが互いの微かの身動きを精一杯伺って、次第に距離が縮まったと思いきや―――― 瞬時に、ソマさんの方から先に拳を突き飛ばして来た。
僕は今やスムーズに動けるようになった身動きで、突き飛んでくるソマさんのストレートを流し、そのまま手首を握り掴んだ。
僕はその勢いのままこの前のように彼を放り投げようとしたが、前の時とは違って、彼の体はちっとも引っ張れなかった。
「お前だけが学習すると思っていたか?」
彼は突き出した拳が掴まれている状態のまま、その掴まれている片手だけの力で僕の体を持ち上げると、そのまま地面に振り降ろした。
「なっ…うわああ!!」
「人にモノを教える際に、人は教わる人からも教えられる機会を得るのだ。」
くうっ、確かに… これは僕の油断と言わざるを得ない。
しかし一度やられたところで、僕はもう倒れ込んだりしない!僕はこの前にやられたのと同じく、彼の下に倒れている状態で、彼の足首を狙って足を引き上げるように引っ張って、彼の足首を足裏で押し引いた。すると、ソマさんは頭から倒れ掛けた。この瞬間から彼が立ち上がるまでの僅かの間に僕も迅速に身を起こして構えようとした。
無事に起き上がることまではできたが、その2秒もかからなかった間に… 僕がぎりぎり構えることができたその短い時間に…… 彼は起き上がって、構えて、拳を水平に大きく振るう事までしていた。
このままだと僕の頭に直撃だ…
しかし、だからと言って、前や隣に避けるのは無理だ。どっちに回避しても、彼ならあの拳の進行方向を変えてまで必ず当てに来る。だからと言ってガードも無茶だ。今ここで腕や足一本を持っていかれては、水底の勝ち目すら完全になくなってしまう…… どうしても距離的に離れる必要がある。だからといって、後退りでは遅すぎる…… 残された手はバク転しかない…
しかし、僕は未だにそれを成功した事が一度もないんだ…… むしろこの前、無理にやろうとしたら、そのせいで首の骨が折れた事があるまでだ……… しかしながら、今はそれしかないんだ… どっちをやってもリスクがあるなら、僅かな確率でもある方に全力で挑む!!
そう決意した僕は、目をつぶって、体を精一杯丸く巻きつつ、後ろ斜め上にジャンプするように身を投げ反らした。
もうバク転の最中なのにも関わらず、未だも転んでしまうのではないかと、昔一度感じた死にかけの感覚が恐怖になって怖くて戸惑われるけど、今は出来る限り姿勢を崩さないよう集中した。
死ぬ気でやらないと目の前の死に殴られるんだ…!
目を力一杯つぶっていたため視野は暗かった。感じられたのは浮遊感、そして… 足と地面が接する摩擦の感覚…………… やった!足を何度も踏み外したけど、無事に着地に成功した。さらに、彼の拳は着地した僕の首の先を通り過ぎただけで、直接的に殴られはしなかった。―――避けられたのだ。
これで僕は無事に回避できた上、彼との距離を置くこともできた…ところではあったが、彼もそこで止まってくれるはずもなく、一気に距離を縮めながら、また拳を振るう準備までしていた。
間もなく再び次の手を工夫しなければならない状況に陥った。
また彼に半端な技でも真似して使おうとしたら、むしろ彼にカウンターを入れるチャンスを与える様になってしまう事は九分九厘だ。さらに、そうなったらそこで終わりだ…
しかし、彼は確かこう言った。
全力で戦え……と。それはすなわち、
「…っ!」
僕に向かって襲って来るソマさんの拳の前と、彼の顔のすぐ隣に「穴」を開けることで両方を繋いた。
この異能力の使用から逃れるためには彼が自身の体を大きく曲げて距離を置くか、その攻撃を止めるかの他ない。
しかし……
相変わらずと言えば相変わらずで、さすがと言えばさすがに…… 彼は拳を止めることも、距離を置くことをもせず、自分の拳を顔で受け止めると、そのまま片方の手を伸ばしてきた。
しかし、それを見た僕は慌てる事も逃げる事もせず、今度はこっちから先に彼の腕の内側に体ごと足を踏み入れた。
これで一応彼が伸ばした手の範囲からは逃れられた僕は、右足を彼の内股にかけながら、その勢いで僕は自分の身を彼の方に倒せた。
すると、僕の体に従いソマさんの体も後側に傾き倒れ始めた。
それでも… このままだとまたマウント状態になって、彼に掴まれるの確定だ。
だから――― 僕は彼と僕の間にある僅かな距離に穴を開けて、彼と僕がいた場所の上に開けた穴を通して抜き出た。
さらに、そのまま垂直で下降して、すでに地面に背中が付いたソマさんの腹部を降り躙(にじ)った。
「くがっ!」
やった!初めて彼にそれなりの大きなダメージを与えられた。
しかし……
衝撃に耐え、僕の足首を両手を握ると、自分の体を起こすためのバク転をやりながら僕を、放り、投げた。
「く、ふあっ!」
何回も転んでようやく止めることが出来た僕は、できない息は後にして、震え始めた足で地面を踏み蹴ってから、核も早く彼の位置を把握するために歯を食いしばった。
が、少し遅かったようで… 僕が彼の姿を見つけた時には、すでに僕の鼻の先まで近づいていた―――――
慌てながらも穴を開けて攻撃を他所に流そうとしたが、彼はそれすら先読みしていたとも言っているように、片手を地面につけて体を支えると、そのまま独楽(こま)のように体を回転させて、ストレートやハイキックよりは威力が少ないだけであって、僕が開けた穴とは程遠い位置と角度から飛んできたその蹴りは、僕の顎を壊すに十分な威力を秘めていた。
しかし、だからといって倒れ込んだわけでは決してなく、僕は首をあっちこっちに回して首を取ってから、今度は、ソマさんの前まで堂々と正面から走り付けた。
これは… 僕が今までこの塔の中で最も多くやったのかも知れない攻撃手段―――――― それは、突進!
昔にやったのと変わらない無理矢理の突進だったけど、今はそれを生かす、その後を繋げられる技がある!
僕はそこからさらに一歩を踏み出してから、息を食いしばって…… 走っていた速度を全て乗せた――― 体の奥から握り締めた拳(右手)を、一直線に突き飛ばした。
最も基本的な拳。
最も基礎的な攻撃法。
今まで僕が持っていなかった戦うための構え。
僕はそれを貴方と出会って学び、習った。
貴方と会えて成長できたと自信している。
だから――――
僕はありったけの……… 精一杯の力で、握り締めた拳を突き出した。
しかし、当然と言うべきか、ソマさんがそんな単純で頑固な攻撃にやられてくれる訳がなかった。
彼は僕が突き出した拳の裏を肘で打ち下ろすことで進行先を強制的に変えさせると、そのまま肘で僕の頭を狙って横振るいで振るってきた。
しかし……
僕の戦いの師は他の誰でもない貴方だ!だからそれくらいのカウンターは飽きるほど見たし、やられたし、とっくに予測済みだ!
今まで数え切れないまでやられ続けながら僕は、必然的にあることを考え求めるようになった。それは、どう殴られたらほんの少しでも痛くなくなるのか?頭の天辺から足の指先まで差別なく骨が折れた果てに、つい先日になってようやく悟ったのだ!
僕は僕の鼻の真っ先まで猛烈に近づいて来た肘に向かって頭の額からぶつけ出した!!
避けることではなく、向かい合うこと!
どうせ避けられない時には思いっ切りぶつけ合う事!
これが僕の答えだ!!!
それに、ぶつけ合わせた僕の額に伝われる痛さは… 今までのに比べて最も軽かった!!むしろソマさんの肘の方からゴキッという聞き慣れてしまった音が聞こえてきたまでだ。
しかしながら、向き合わせる事だけで済ませては、ただの蛮勇だけにすぎない…
覚悟!!!
無論僕の頭からも気が遠くなるような破裂の音がしていて、額からは少量の血が流れてはいたものの、僕はその痛さを今は我慢して、そのまま彼の胸ぐらを掴み連れた。すると、彼の上半身は前に傾いた。僕は拳をもう一度握って、彼の鳩尾を攻撃した。それで、彼の体はより前方に倒れ始めた。その一瞬を眼で逃さず――― 腰ごと回して、ソマさんの側頭部を振り蹴った。しかし…ここまでのは全て下準備に過ぎず、僕は完全に倒れかけている彼の頭に向かって――― 再び額をぶつけ出した…!!
これが… 今の僕がやれる、僕の新たな――― 精一杯の足掻きだ!
僕の額と彼の額のどっちからも血が流れ出ていた。特に僕の場合は、すでに割れていた額から、まるで噴水の如く血が噴き出た。が!ソマさんにもかなりのダメージを与えたに違いない。
その証拠に、彼は体がよろついていたのだ。
そもそも、ソマさんも種族が人間ではあったのか、この連攻を受けてやっと… 体がよろついた。
初めて見せた完璧な隙。額から流れている大量の血のせいで視野の半分が使い物にならなかったけど…… この絶好の透きを見逃すわけには、いけないんだ!!
僕はそこでもう一度突進して、今度はきちんと右足を伸ばしつつ右手で拳を握って ―――突き出した。
しかし、彼は至急に体を揺らして僕の必死の一撃をステップによる素早い身動きで確実に回避してから、震えながらもグッと握った拳を突き出すことまでやってみせた。本当にあり得るのかと見ても疑わしいが、
しかしのしかし―――――
負ける気なんて最初からなかった!
僕は眼に力を入れ、未だは虚空を付き走っている彼の拳の先と、彼の奥である体の重心軸に位置する空間の両方に穴を開け、繋げた。
すると、彼は自分の拳から逃れられず、体勢を完全に崩してしまった。
正直なところ、心のどこかでは、体の身動きと久々の異能力を並行使用した際のアンバランス感を不安にしていたけど、幸い何の問題もなく無事に働いてくれた。
前後の考えなしで極限まで引き上げた身体能力と、それに重ねて使用した異能力の活用、それから僕の覚悟まで乗せた全力の全力の覚悟の果てが、今の僕にできる精一杯で出来上げた事こそが―――――今この瞬間だ!!!
拳には力がちゃんと入っている。腕の調子も悪くない。狙うところを逃す事も、逃される気すらしない。
完璧なタイミング。彼相手にこれ以上のない好条件。
全てが完璧だ。
……………しかし、一体どういう訳か… 僕の体がそれっきり一切動いてくれなかった。
また気を失って気絶したとかでは決してない。
意識は有る。全身の感覚もしっかりあった。異能力で開けた穴もまだ健在だ。それに、ソマさんは動いている。
なのに…… 僕の体だけがびくとも動かなかった。
…………くそ!!
僕の体が動かないその状況の中で、ソマさんはゆっくり構え直すと… 僕に向かって実直なストレートを突き出した。
「くああっ!!」
その一撃で遠くまで飛ばされた僕は、茂みに大の文字で倒れ込んだ。
く、そ… 全くではないけど、また体がうまく動かない。…どうやら、ダメージがたまりすぎたようだ……
疲労感も極に達していた。
『バベル』はまだ残っているのにも関わらず、僕の体は少したりとも動こうとしなかった…
僕が体を動かせないその間に、ソマさんはまた僕に近づいて来ると…………… 手を差し伸ばしてくれた。
「お前の勝ちだ。青少年。良く戦ったな。」
当然に拳であると思い込んでいたソマさんの手は、驚くにも差し伸ばされた手の平であった。
「はい?どういう…」
僕は呆気に取られて、ソマさんの手を握って立ち上がってからも、相変わらず彼の事を見つめた。
尤も、ソマさんの『バベル』はまだ8割以上も残っていたのである。そのまま続けたら負けたのは間違いなく僕の方であったに違いない。しかし、ソマさんはどういう訳か自分の負けを宣言した。一体どういうわけか、彼にその疑問を投げようとしたら、彼は自分の右手にある腕輪を手で撫でながら先に答えてくれた。
「俺は異能力を使用した。」
「はい… 何か変だとは思っていましたが…… それが何か?」
そもそも今回の対練では全力で戦うことにしていた。つまり、異能力の使用が許可されていたのである。だから僕も異能力を混ぜた様々な手で彼にダメージを与えた。この戦いの中で彼が異能力を使用する事も当たり前の事であった。
しかし………
「俺は今まで誰かと戦う際に異能力……この、《時間を操る異能力》を使ったことが一度たりともなかった。」
彼… ソマさんの口から出た話はあまりにも衝撃的な事であった。
第一、今まで回復系であると思いきっていた彼の異能力が実は「時間」を操る異能力であって、それがどれほど規格外の異能力であるかを体で実感したこと。第二に、今まで僕がやって、見た事のあるこの塔内での戦闘はその全てが、自分の異能力をどれほど適切に使いこなせるかで勝敗が左右されていたと言っても過言ではなかった。しかし、なのに彼は、電気を撃って、剣を作り、光の速度で移動するなどの異能力を持った人々と、自身の肉体のみで戦い、勝って来たという事になる…… 正直に驚きすぎて信じられなかった。それでも… 今日まで一ヶ月近くを彼に殴られ続けた今の僕は直感的に認めていた。それが余裕にできる人だと、この人は。
「だからお前は十分見事なんだ、青少年。お前は今まで俺が戦った奴らの中で3番目に強い。」
微妙な誉め言葉だったけど、彼に認められたという事実が、……それが素直に喜びになって全身に広がった。
そう。単に言って、嬉しかった。
「はい。ありがとうございます。」
しかし… 結局その言葉を最後に、また気絶してしまって…… 結局はいつものと同じパターンになった。
まったく… 彼は強くても強すぎだ………
それから丸一日が過ぎてからようやく目を覚ました僕に、また飲み物を渡してくれたソマさんがついにその言葉を口にした。
「さて、そろそろ10階層に上るとするかな?」
…………待ちに待った瞬間だ。
しかし、今は―――
「何を言ってるんですか?まだ、終わってませんよ? 言ったはずです。」
そう。僕は確かに最初にこう宣言したはずだ。
「貴方を…… 殴り倒してやるって!」
僕は今でも拳を突き出す熱意で構えた。
目の前にはまだやり切れないことが残っている。
僕は未だに「殴った」だけで、「倒して」はいないんだ。
「ふはっ。こいつは少々引いた。でも…… 一瞬で終わらせてやろう。」
ソマさんも初めて声を出して笑ってから、僕と対峙し合ってくれた。
10階層に繋がる階段に到着したのは、それから1時間後のことであった。
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