4. 少年、動き始める。

階段を上って4階層に到着すると、そこは石とセメントで出来ている、まるで地下の迷宮。いわゆるゲームの中でよく見られるダンジョンに似たような形を取っている場所であった。そしてそこに立ち入ったアルファたち3人を待っていたように、右、左、そして中央の三つに分けられた分け道にそれぞれ一つずつゲートが張られていた。

「これは… ゲートだな。」

「ゲート…… って何なんですか?」

「あぁ、うん。俺たちを何処かに移動させてくれる通路みたいなもんで、確か7階で見 たことがあったよ。」

「それってつまり扉みたいな物ですね?」

誰もが知って、思っている事実ではあったが、2階層で自分の記憶と思われるビジョンが見えてからアルファの脳裏には数多くの知識が徐々に浮かんでいたのであった。何も知らなかった少年だったんだ。何でも知ったふりをしたくなるのは当たり前の心理であろう。

「あ、うん。でも残念ながら、これって一人用+1回用でな…… 一度使っちゃったらそのまま消えちまうんだぜ…」

「はい?では皆で一緒に移動することはできないんですか…」

「………」

「ま、心配すんな!君は絶対弱くない。それに、もう決めたんだろう?必ず生き残るって。君には君にしかできないことがある。そしてそろそろ一人であれこれやらなくちゃ、な?」

ケンは他の方向からは見えないように防視(ほし)を指した。

「そろそろカッコ良いところも見せなきゃ!な?」

「はい?あ… そうですね。はい!」

アルファはケンがどうしてウィンクをしているのかは知らずに、ただ雰囲気に圧倒されて大声で答えた。

しかし防視はどうしても不安だったのか、そんなアルファを止めようとしたけど、その時にはすでにケンがアルファの背中を叩いてゲートの向こうに移動させた後であったため、仕方ざるを得なかった。


少年がゲートの向こうに移動した後、防視とケンの二人しか残っていない其処には、今までこの塔の中であった事もないほどの静寂と神経が交差していた。

「あのさ、君。」

先に話を出したのはケンの方であった。

「お前、何の目的であの少年の側にいる?」

ケンの口から出た言葉は明白に防視の事を疑って、彼女を敵対する意図で満ちたあれであった。

「……」

「正直…… 微妙だったけどよ… もうはっきりしよう。」

ケンは防視を警戒しながら、自分の考えを話し始めた。

「お前からはどうしてもあの少年とは違って、俺と同じ悪匂がプンプンしてるんだからよ。こっちの業界で長く生活すると、どうしても自然にわかっちゃうんだぜ………」

ケンは声を低めにしてもう一度聞いた。

「お前、一体何者だ?」

しかし防視は何を言っているのか分からないと主張するように、もしくはケンの言葉には興味がないと言っているかのように、いつもの無表情のままでいた。

そしてそんな防視の態度にキレたケンは剣を持ち上げると容赦なく防視に向かって剣を垂直に刺し下した。

しかし、その剣は防視の頭のすぐ上で静止した。ケン本人の意思で止めたわけではなかった。まるで何かがあるように防がれたのであった。しかしながら、その奇異な現象を見たケンはある事実に気付いて、本気で楽しそうに笑い始めた。

「あは~ その時… 少年を守ったのも、君だったのかよ!」

ケンは2階層での出来事を思い出しながら歪んだ笑顔を見せたが、防視は冷たい目線だけを送ると、ケンを後ろにしてそのまま右のゲートを通して移動した。

「あれ… あんま気に入らないな。」

ケンも顎を触りながら一つしか残っていない中央のゲートを通して移動した。



ゲートを通して出たここは、初めて4階に到着した時の暗くて湿った感じの雰囲気とは全く違って、まるでつい最近に建てられたものの如く真っ白な床と壁は、ある研究所や病院の事を思い出させていた。しかし未完成さを感じさせるこの空間は、どこか……… 銀髪に隈っている赤目を持った、ある女の子のことも思い浮かばせていた。


一つだけの長く続いている通路はまるで、ここに来た人を誘導しているような感じが明らかにしていたけど、わざわざ面倒くさく敵を探し回る必要が無さそうなのが俺の好みだったから別に悪くなかった。

10分程度、そうやって真っ白なだけの通路を歩いていて頭も周囲と同じく真っ白になりつつあった俺の目に、ようやく扉と思われる物が見えた。本気で喜びながら近くに行って見ると、

くそ…… またゲートだった!

まったく… ここにはゲートが多すぎるんだぜ~ と文句を吐きながらそのゲートを通過すると

――――――猛烈な速度で拳が飛んで来た。

俺は天性的な反射神経の御かげで、素早く体を前屈みにしてその拳をギリギリ回避できたが、そのまま拳が殴った壁に目を送ると、その場所には隕石が落ちた月の表面のような、血がいっぱい付いたセメントのクレーターが数え切れないほど描かれていた。

凄まじい怪力………

そもそも、セメントの壁を殴ったのにも関わらず、肉体への反作用を完全に無視しているように、かすり傷一つも負っていない鍛錬された拳…… 恐ろしい奴で、少しでも気を抜くと拳一撃で、言葉通り頭が飛ばされるかも知れない強敵だ。俺はかたずを飲んでから、速やかに剣を作って握った。

「ほほぉ。良い反射神経であるの。そう… お主、お名前は何というのかな?」

彼は厳重で慎重な口振りで話を掛けてきた。

今更名前を聞くのかよ… という文句は心の中だけにしておいて、俺は一応その話に応じることにした。

「ケン。苗字は変えすぎてもう忘れちゃったぜ。」

「ケンか… お主、我の下で修行をする気はあらんかね?」

あっちから掛けられた言葉はあまりにも呆気ない事であった。

何らかの狙いか?こっちを油断させる作戦か?それとも、さらに違う目的を持って………

一体どう反応すれば良いのかで迷っていた俺は口に慣れていて嫌みがするけど、最も柔軟な方法で対処することにした。

「大変申し訳ございませんが、御覧の通り俺は剣を使用する者です。しかしそれに反して、貴方は強力で鍛えられた肉体を用いて戦う格闘家… あまりふさわしくないと思われます。ご提案はありがたく思いますが、ご遠慮させていただきます。」

言葉は丁寧に、しかし目と指先の神経は尖らせたまま、敵の動きに注意した。

「うむ、あ… これはすまない。実は、この前一番弟子が暴れてから路地裏に出てしまったんでね。どうやら我も寂しくなっていたのかも知れぬな…… だがしかし、よく考えてほしい。お主は先ほど我の攻撃を見事に避けたのではないか?我はその迅速な身動きに魅了されたのだ。」

あ~ やっぱり。

あのクレーターに付いている血は全て彼奴の奇襲攻撃を避け切れなかった他の人のものであったようだ。

「さらに、全ての戦闘に置いて基本となるのはいつも自身の肉体。自身の精神。どのような邪魔臭い物を手に持って振るうとしても、本人の器量がさらに敬虔になれば、それもまたお主にとって大きな成長になると思わないか?」

うん。思わないよ。

「いや… ですから――」

「ではこうしてみるのはどうかね?」

どうやら耳が豚肉で埋まっているようなこのおっさんは俺の言葉を切って、いいや… そもそも聞く気もなかったように、自分の話ばかり続けて論拠しやがった。

「我とお主で張り合ってみることよ。然すれば、さすがのお主であっても自らの足りなさと我の偉大さをその身で思い知ることが出来るであろう。やはり素晴らしい方法だ。いかがかね?」

まったく… 話はあれやこれやで長くしても…… 結局本題は「戦おう」ってこれだ。他の連中と違うことが何一つもない。所詮、ここにいる奴らは命知らず突っかかって戦うか、言葉で懐柔した後に戦うか、この二つの一つしかできない模様だ。

……しかしそれに反して、やはりあの少年は特別だと思ってうっかり微笑んでしまった俺は、気を改めて剣をもう一本作ってから―― 今度は左手に持った。

あの鋼のような二つの拳と競い合うためには、少なくともこっちも2本の剣を用意するのは理にかなった判断だ。

「良いでしょう。こちらこそ何卒よろしくお願いします~!」



ケンとカリグラ。この二人が対置してからその部屋にはたった一つの音だけが続いていた。

鋼鉄で鋼鉄を叩く音。まるでハンマーで剣を叩く鈍重でありながらも軽快なその音だけが、戦闘の始まりを知らせる鈴の音まで覆ってその部屋に響いていた。



無数な連打。

息つく間もなく続いている疾風のような拳が――― その素早いながらも、重い一撃一撃が積もった連打がケンを無情に殺到していた。

「ハハハハハ!どうじゃ?!どうじゃ?!!我の最強の拳に殴られる気分は!ああー やはり気持ちがよい… 本当に最高だ!この拳を振るう感覚が!相手を圧倒するこの快楽が!さあ、お主もそろそろ悲鳴を上げてくれたまえ。そして君も情けなく倒れるがよい!!さ、さあ、さああ!!」

晴れやかな笑顔で必殺の攻撃を無慈悲に繰り返すカリグラと対照的に、ケンは珍しく表情を見せず剣で拳を防ぐ事のみを繰り返していた。

「……」

「ううん?どうした、あまりも怖くて言葉も出ないのか?!そうなのだな!」

カリグラは拳を振るい続けながら、何の音も出さないケンに小憎らしく愚弄した。

「……良い力…」

ケンが初めて口を開いた。

「ああー 我の力と戦闘センスにこの異能力を兼ねた今の我は、正に最強だー!!!」

カリグラの異能力は「圧力」。

重力なりの多様で高威力である異能力を、彼は唯自分の肉体のみに集中・集約させることで、元から鍛錬や改造手術によって備えていた怪力をさらに強力させていたのであった。

異能力で強化された今の彼の肉体は、あらゆる物理作用さえも無視して暴れることを可能にさせるまでであった。

そしてそんな自分の力に陶酔したカリグラは、やはりケンのことはどうでも良いように、もっと晴れやかな笑顔で、もっと激しく拳を振るい続けた。

「だったな…」

「はあん?」

この瞬間、ケンとカリグラの間で初めて大量の血の滴りが湧き上がり始めた。

「ハハハハハ!血だ!ようやく血が流れるんだ!!本当によく耐えたな、本当によく耐えたな!ここまで長く楽しませてくれた奴はお前が初めてだ!感謝しよう!!でもこれでおさらばだ!」

「だな―― バイバイ~」

再び、今度は先より大量の血が湧き上がった。――――カリグラの手から。

今までケンは拳が攻めて来るぎりぎりの位置に「何でも切れる」剣を出し当てて、刃で拳を防いでいたのであって、カリグラはそこに続けて楽しく、痛みも感じられなくなったその鍛えられた拳で連打していたのであった。

そう。

自分の手が次から次へと刻まれていくことにも気付けないまま………

「本当に良い異能力だったぜ。もし地下のようなところに監禁されて、互いの肉体のみで殴り合うしかなかったらね…!!」

そもそも数多くの改造を受けて極限まで引き上げられた耐久力と、圧力という異能力を自分の体に絞って使用することでさらに高い硬さとパワーを得た彼の拳は、肉体のみを使う戦闘に置いては誰と戦っても、負ける方がずっと難しことであろう。そう、「肉体のみ」を使う戦闘に置いては、だ。

「でも… ここじゃあまりにも地味だ。面白くなかったぜ、マッチョおっさん。」

まだ自分の手から血が流れていることを頭が理解し切っていないカリグラは、初めて攻撃態勢を取ったケンの『バベル』を少しだけ込められた右上端切りによって……… 抵抗も音もなく絶命した。


「やっぱ彼奴は…」

ケンは先分かれ道で自分と少し争った純白を超え、うすぼんやりしているとまで感じられる一人の女の子のことを思い出しながら、あの時感じた手の感覚をじっくりと噛み締めた。

それからしばらくしてため息を付いたケンは、未だ目も閉じず真っ二つになっている死体の間に敷かれている赤い道を踏み歩いてその後ろの壁にあるゲートを通して次の場所へ移動した。


さ~って、あの子は最後にするとして…

じゃ、次は―――――



 右側の分かれ道。


長くて長い通路に、小さな足音一つのみが響いていた。

罠が用意されている感じも、姿を隠している敵が不意打ちを仕掛けて来るような気配すらない…… 単に荒く開けたお菓子袋だけがあちこちに転がっている白い道のみが続いていた。


一方にのみ続いている道を歩くと、その道の果てに扉のない部屋が目に入った。淡々とその部屋に入った防視の目に見えたのは、縦と横が10mはある広い部屋に、通路でも見たことがある散らばっているお菓子の袋と玩具の中で遊んでいる小さな男の子一人の姿であった。

「……」

どうすれば良いのか迷っているのか、それとも一人で遊んでいる男の子の邪魔をしたくなかったのか、防視は、遊んでいる男の子をただ静かに見守っていた。

そうやってどれ程の時間が経ったのか、飛行機の玩具を持って遊んでいた男の子は防視の存在に気付いたとたん、手に持っていた飛行機の玩具を投げ捨てるとニコニコの笑顔を浮かべながら防視の目の前までぴょんぴょん走って来た。

「おはよう!女ね?じゃお姉ちゃんだ!はじめまして~ 僕の名前はナイケ!お姉ちゃんのお名前はな~に?よろしくね、綺麗なお姉ちゃん。」

自己紹介から質問と感想までを一度で済ませたナイケという名の子供はニコニコと笑っていた。

「……… …スティス……」

確かケンには「防視」と名乗った女の子は、今度は自分の名前を「スティス」と明かした。どっちが彼女の本当の名前であるのかはさておき、目の前の男の子は元から名前などにあまり興味がなかった模様だ。

「そうなんだ!綺麗~ じゃ、えぇと… お姉ちゃん! お姉ちゃんは好きな食べ物ある?僕は黄色の菊花。好きな音楽は?僕は童話。親はいるの?僕はいないけどいるんだ~ 髪が白いね?外国人?それともおばあちゃん?年はいくつ?僕は今年でなんと10歳になったんだ!背はどれくらい?僕は143センチもあるんだよ!すごいでしょ?体細い~ 体重は?うん?ね?お姉ちゃん?お姉ちゃん?!お姉ちゃん~?」

「……」

スティスはただいつもと同じく無表情で一貫していた。いいやその前に、そもそも彼は答えをする暇も与えず、一人で質問して、そこに一人で話を進めていた。

全く礼儀のない子供の印象が強く感じられた。しかしそれと同時にこの塔とは似合わない、この子から感じられる純真無垢さはまるであの少年の事を思い出させていた。

しかし、どこで、何が問題だったのか、ナイケは力一杯スティスを睨みながらかっかっと怒り始めた。

「お姉ちゃん!本当にはしたないね?!悪い子!!いけない子ね!!じゃ僕がお仕置きするの!僕がめっめっするの!!!」

顔に向かって指を突き付けながら、ナイケはスティスを叱った。

そうと思いきや、すぐまたニコニコと笑って自分が先まで遊んでいた場所へ歌まで口ずさみながら跳び走って戻った。

慣れない…

よくわからない……とスティスも少なからず慌てているのか微細に冷汗を流した。

何がそんなに楽しいのかニコニコと笑っているナイケは面白いのを見せてあげるって言うと、そのまま壁の隅にそって走り始めた。しかしその短い腕と足では、通りすがりの人が見たら自然に可愛いと思えそうな姿であった。

しかし初めには遅かったその走りはその足が重なるたびにどんどん早くなると、5回目に突入した今になっては…… もう大人が走るほどの速度にまで早くなっていた。


ナイケ。年齢10歳。6人ともなる女の子がいる家庭の末っ子にして生まれたその子供は大事に育てられた。しかし、その子が8歳の年になった時には、自閉児だという判定を受けて治療のために様々な病院を回った。そんな中でも、その子へ向かう家族からの愛情と過保護は途絶える事を知らなかった。しかし、その子はそんな家族の気持ちを知っているのか知らないのか、自分がお世話になっていた病院では、同じ部屋を使っていたお年寄りの方の血管を噛み殺して、通っていた心理相談室の男性相談家は彼の平然と行った悪戯によって左腕の筋が切れるという事態まで……… しかしながら、その子の悪戯は止むことを知らなかった。法的に裁けないその幼い子供は継続して家族たちの愛という愛をたっぷり受けながら成長していった。そうやって2年の月日が経ち、その子供が10歳になった年に、自分が寝ている間に家族たちが自分を置いてショッピングに行って来たことに激怒した男の子は、その家族たちの顔を噛み取り、皮膚に消えない傷を残した上、思い切り振り回した手が瞳孔に当たって、長女は視力を失うまでの大惨事が発生した。その男の子の横暴を見てすぐ通告した隣人と警察の速やかな出動のおかげで人命被害までは至らなかったものの、その男の子は裁判の果ての果てに留置所に閉じ込められる事で、社会から完全に隔離された。

しかし留置所にいるはずのその男の子はある日拉致され、この塔に来ることになった。犯罪者ばかりのこの塔の中で多くの人々と出会ったその男の子は意気消沈になることもなく、むしろ残酷性を極めていく一方であった。添付的な残酷性、純粋なる残酷性を全身に纏って、走り走って、今はもう壁まで乗って走っているその子供の名前はナイケ。この塔に来て「加速」という異能力を付与された自閉児であった。


「どうお姉ちゃん!僕すごいでしょ?ね?!!」

今この部屋の内部は本当にややこしい状況になっていた。

声が全方から響くように聞こえて来たのである。

オペラやコンサートホールでもないのに声が全方から聞こえてくる事はまずあり得ない。しかしナイケの声が全方から聞こえ始めると、今やその声が頭の中でも響き始めて、頭痛すら感じられてきた。しかし、こんな現象が実現されるためには、声が物理的に直接…… 全方から聞こえて来る他はあり得なかった。だとしたら、今ナイケは音の速度である340m/sに等しい速度でこの部屋内のあちこちを移動しながらスティスに話しをかけている事になる。いいや… 今も走り続いているから現在進行形で加速し続けている事になる。

素早く、ながらも玩具にだけは上手く避けてどんどん加速して行き、スティスの頭、腹部、足まで様々な部位を加撃していた。

子供だと雖も、4週間以上この塔の中で生き残っている存在だ。その異能力の活用能力と戦いに置いての躊躇の無さはスティスを完全に圧倒していた。

どんどん、だんだん加速しながら上下左右の全ての方向からその身で突進して来始めた。スティスに拳を当て、足でけり、その速度という「力」を載せた攻撃が止まることはなく、最初には打ち身しかなかったスティスの体にも、今や裂傷すら見え始めた。このままだと酷い傷を負う事が心配になるけど、それでもスティスは今まで音一つ出さず、何とか立ち上がり続けていた。そもそも、スティスも今までただやられていたわけではなかった。今まで見たナイケの単純な動きを観察して、それによって次に襲って来る方向を先に把握して防壁を張ってみたものの、あまりにも早くなったナイケの体は、その防壁をあまりにも簡単に擦り壊しては、そのまま再びスティスの肩部位を加撃した。確かに最初はマル•ボーダー•力の攻撃をギリギリ防いでいた彼女の防壁はランの攻撃に耐え、先ケンの攻撃も防げるまで成長した。しかし何故か今の彼女の防壁はナイケの身も受け止められないほど弱くなっていた。


あちこち素早く移動しているナイケは、相変わらず無表情と無口であるスティスを見てどうやら気に食わなったのか、大声で煩く叫び出した。

「なんで何も言わないの!遊ぼう!話して!!」

ナイケ11時方面から下降してスティスの背中を蹴った。


耳が痛い…

うざい………

しかしこれが個人の限界だというのか、やれることが何もなかった……

ナイケの「加速」も次々と『バベル』を消費してはいるものの、このまま行くとナイケの『バベル』が尽きる前にスティスが死に至る確率の方が格段に高かった。


それから4時方面から飛んできた今までのとは違って明白に力が乗ったその蹴りで、スティスは何回も地面を転んで、直ちに立ち上がれないほどの大きなダメージを受けた。

先までと同じく淡々と立ち上がろうとしたが、スティスは結局立ち上がれず唸りを濡らしながら地面に倒れ込んでしまった。

―――――そして、


スティスは…………

…倒れたまま、気を失った。



完全な無防備状態。

今は体へのダメージを少なからず減少させてくれた防壁も作れず、何より、足に蹴られて倒れるのではなく、地面にすでに倒れて密着している状態で、あの質量を持ったスピードの蹴りをくらっては頭蓋骨がつぶされて、頭が裂けんで死んでしまう。

ナイケはこのままだと人が死んでしまうという事実を知っては有るのか、無いのか、相変わらず何がそんなに楽しいのかニコニコと笑いながらスティスに向かって加速した。

今はもう音速を超えて機関銃の弾丸の速度にまで至ったナイケの体は彼女を襲うため猛烈な速度で走っていた。



彼女は天上の母だ。其の沈黙の女性が長い事熟考して待った末に黒いベールのカーテンを取り払う。ホクマに受けた知恵の泉の水が洪水のように溢れ出る。羊水が破れたのだ。それがあふれて氾濫し、一瞬にして七素焼きを満たして太らせた。しかし、マルクートとは違って、この無情な母の手はここまでであった。《バイブルの「BINAH」より》


「この蠅虫が先からぶんぶんとしやがって… うるさいんだよ……」

ナイケの体はどういう訳かスティスを襲おうと走っていた姿勢のまま空中で完全に動きを止めていた。

腕と足は重力や慣性などは全て無視した如く前と後ろに伸ばされたままの不自然な姿で――― ナイケの体は完全に動きを止めていた。

そう、まるで彼の腕と足が見えない「何か」によって束縛されたように、だ。

「な、何これ!お前!!僕をだましたんだな!お前も僕をだましたのかよ!何だよこれ!この嘘つきたち!!」

「うるさいわよこの頓馬(くそ)ガキ… いい加減黙らない?」

スティス… いいや、今は防視ともスティスとも違う彼女が手を挙げて振るうと、それに合わせてナイケは大の文字で空中に浮かび上がると、そのまま壁の隅まで移動された。

ナイケはその謎の拘束から離れるために精一杯足掻いてみたものの、結局何の抵抗も意味はなかった。腕一本、足一本すらびくともできなかった。

結局壁の隅まで一方的に移動されたナイケは数秒後、周りから何かが近づいて来て、自分の体を水平に圧迫しているような感覚を感じた。

しかしいくら目に力を入れて周りを睨んでも、何も見えなかった。

しかし確かにあった。それは在った。

目に見えない恐怖がそこにあった。

死を纏ったモノが、そこにいた。

次々と圧迫されて行く自分の姿を楽しそうに笑いながら見ている彼女が… そこに立っていた……

「あぁ~ 苦しみなさい。悲鳴を上げてちょうだい!」

一ヶ月近くの時間を彼(か)の向こうでたった一瞬を除けば全ての状況をひたすら傍観するしかできなかった彼女は、溜まるまで溜まったストレスを全て吐き出す如く狂白の笑顔を浮かべながらその男の子の肉がだんだん潰されて行く「景色」を観覧した。

そうやって2分の時間でも経ったのであろうか?私は壁の向こうにあるゲートを通して部屋から出る前に、もはや原型も分からない程ぺちゃんこになった黒赤い何かを振り返って見てから

「あ… もう本当に何なの……」

その言葉を最後に私(彼女)は目を閉じ、また気を失った。


あ~~ もう!

貴女が勝手に暴走したら私が観察役をしなければならないんじゃないですか!

ひどい!面倒くさい!!このアダムの葉みたいな人!!!

………まぁ、彼女も無理矢理押し付けられてやっていたのだし、たまには良いっか~!

あ、そういえば…

あの無邪気に笑っていたクソガキ… あそこまで加速すると、肌が千切れ落ちて自分の方が先に死んで当然なんだけどな…… どうやら「異能力」はこっちの人間の身体構造すらもより適した形に変貌させるらしい。

ふむ… ふむ~ 良いサンプルが取れたとみなせるな。

さてさて、次はーーーーーー



「僕は生き残りたいです。死にたくないです。しかし… それでも戦いたくもないです… 僕は…… 変ですか?」

ゲートを通して出ると、そこには長い通路があった。僕がその通路を静かに歩いていたら、その果てに扉が一つ見えた。慎重にそれを開けると、そこには数個の柱と、 次の所に進むためと思われるゲートの前にある階段に腰を掛けて、火が付いた白い棒を口にくわえている男がいた。

深くかぶったつばが広い帽子と色が入ったゴ―グル、そして首に巻きつけたスカーフは、彼のベルトに掛かれている拳銃と手榴弾を含めた数多くの武器と混ざり合って、何か変わった雰囲気を成し遂げていた。

部屋に入ると、彼の方から先に話を掛けてきて仕方なく話し合いに応じたけど、僕はすぐ、今自分が抱えている疑問を口にしていた。

自分の名前をスモークと言った彼は口から煙を吐くと、頭を下げて話した。

「……そう。君は変。少なくともここではそう。小僧、良く聞け。社会はそうだ。 規則を前出し、それに相応しくないモノは排除。ま、その規則に嫌気になってマフィアをした俺が言うもんじゃないか… とにかく、生き残るって…… ここから出ること。外には違う社会と多くの規則がある。そこもここも中身は同じ。君が外でも今のように生きたいなら、その規則に順応することから学べ。いや、習え。」

一呼吸で長い話を終えたスモークさんはまた火が付いた白い棒を口で深く吸った。

「それでは、つまり…」

「そう。すなわち、戦え。殺せ。それが君が生き残るために順応すべき基礎だ。」

「僕が… 生き残るための、基礎…… では、僕は一体どうすれば?」

「知らん。君も異能力があるはず。それを精一杯活用しろ。今まで隠れていたばかりでもなかったはず… 君の周りにはそんな奴なかったか?」

いた。見た。それも何度も、すぐ隣で―――

防視は自由自在の防壁を一瞬で作った。

ケンさんは巨大な剣を作って高速で移動した。

ランさんは光で翼を作って空を飛んでいた。

皆自分が持っている異能力を精一杯活用して状況に合わせて戦っていた。

僕も、僕だって、僕にも出来るはずだ。ではそもそも僕の異能力は何だ?考えろ。必ず知っているはずだ。思い出せ、思い出せ!思い… 出した。

確か、その白い部屋から出る時、腕輪に何らかの文字が現れたことを思い出した。

しかし、文字も読めない自分には、そこまで思い出しても異能力を知ることなどはできるはずがなかった。

「構えろ。」

スモークさんは立ち上がると、ベルトから拳銃を抜いて僕を狙った。

どうやらこのまま悩みだけしていたら、あの拳銃に穴を開かれて、本当に死ぬ時まで僕の異能力が何なのかわからなくなりそうだ……

僕はその攻撃に備えるためにスモークさんから距離を置いてから、姿勢を低くして走る準備をした。

そして… 長時間の静寂の果てに、鼓膜を鳴らす拳銃の発砲音を合図で、腕輪から戦闘の始まりを知らせる鈴の音が鳴った。


@


スモークさんは片手で拳銃を続けて発砲して、僕は一生懸命それから逃れるために柱から柱へと逃げ回った。

しかし、僕の異能力って一体何なんだ…!

僕は柱から突き出ていた足に銃弾が掠り当たった痛みに下唇を噛みながら工夫して、また工夫した。

しかし、今の自分にそれを知る方法などはあるはずもなかった。

それなら、だとしたら、今まで自分がしたと思われる奇妙な感じの出来事を全て思い出すことから始めることにした。

そう決めたら―――

僕は隠れていた柱から出て、僕に向けている拳銃を正面から見詰めて、目をつぶってから、また開けた。

すると、ランさんと戦った時と同じく、僕の視野に暗く見えるところが表れた。

心から絶実に祈りながらその暗く見えるところまで走ってから足を止めると、まるで全ての銃弾が僕を避けるように通りすがった。

たった一発も当たらなかった。やはりだ。

大丈夫。これで一つ検証できた。

次に―――!

この眼で銃弾を回避しながら、届くはずのない距離にある、スモークさんのベルトに掛かれている球みたいな物… ケンさんが手榴弾と言ったそれに手を伸ばすと、僕の手の先に何か固い質感が伝わった。僕はそのままそれを掴み引いて、力一杯投げた。

投げた手榴弾は、僕とスモークさんの間、真ん中の位置に落ちて爆発すると、紫色の煙を出し始めた。

密閉された空間内で広がり始まったその煙はあっという間に部屋の中を込めて、一歩先も見えなくさせた。

司一郎(しいちろ)さんの時を思い出しながら行った自分の異能力の検証が最もの目的であったけど、相手の視野を妨害することができたことで済まされず、何故か今僕の眼にはスモークさんと思われる輪郭がくっきり見えたのであった。おそらくこれも僕の異能力の活用の一種であると考えて、今はこの唯一無二のチャンスをつかむためにその輪郭に向かって走って行った。

しかし――――

「甘い。」

こっちの位置をどうやって把握したのか、スモークさんは僕の腕を握るとそのまま足の中側を蹴って、僕の体を時計回りに大きく回転させた。その後、迅速に拳銃をリロードしてこっちに向けた。

「音も気配も甘すぎる。」

その綺麗で破格的な技によって床に倒れた僕は、間もなく感じられるはずの苦痛に目をつぶった。

引かれたトリガー。響く銃声。

しかし… 体のどこも痛い処はなく、どこでも血は流れていなかった……

「君、何だ。」

自らも何が起こったのか知らずにぼんやりとしていた僕の頭の中に、ランさんとの戦いの記憶が思い浮かんだ。

たしかその時も、ランさんが発射した光線が全く違う場所に落ちたことがあった。その時は当然に防視が何かをしたのだと思っていたけど、もしかしてそれもまた僕の異能力の「活用」の一つだったのかも知れない…

僕の心の中で燃え始めた勝算という名の炎は僕になんだか分からない自信を与えてくれた。

僕の異能力が何なのかはよく分からないけど、色々見えるし、遠くにある物でも握れるし、目を閉じれば攻撃も避けられる。

自信一杯になった僕は目を閉じたままスモークさんに突撃した。

結果は ―――――蹴られた。

「何やってんだ。」

綺麗に入った横蹴りは何の準備もなっていなかった僕の助骨にひびを入れた。

これではダメだと思った僕は他の策で挑むことにした。

僕はまた届くはずのない距離にあるスモークさんのベルトから手榴弾一つに向かって手を伸ばした。

すると、手にまた無機質の触感が伝わった。やった!成功だ!!

しかし――――――

「無知。単純。」

今度も手を伸ばすと、無事に穴を開けられた。が、今度はその穴を通して伸ばした僕の手をスモークさんは掴むと、そのまま骨を壊した。

「うああああああっ!!!」

電気が通じているような刺激が指の先から頭まで響いて、ずきずきと痺れる激痛だけが僕の頭の中に鳴った。

一瞬で頭を掌握したその激痛はさっそく脳の全ての部分まで浸食して他の何も考えられなくさせた。

しかしスモークさんはそんな僕の事を待つ事なく、僕が手を伸ばすために作った「空間の穴」を逆に利用して、僕に拳銃を照準して速射した。

発射された銃弾は僕の左手の肩から腕までを一列に貫通して鮮血の軌跡を描いた。

左手は統制から離れた如く空中で踊ったが、すでに激痛に満ちていた僕の頭にはその銃撃による痛みを感じられるまでの余裕などはなく、ただ呼吸が荒くなる一方であった。

開いていた穴も閉ざされて、その穴を通過していた僕の腕も破裂するように後ろへ跳ね返られた。

そのまま両腕を投げ出すように広げたまま、煙も消えて鮮明になった小さな部屋の天井を見上げながら、僕の意識も限界を迎え…… 目を閉じて気が遠くなった。



₍おはよう!₎

どこを見ても真っ暗で何も見えない所で誰かが僕に話を掛けて来た。

₍まずは私たち通称名でもしない?私は蛇。今回の実験プロジェクトで君のことを観察し導く役割の代理を勤めることになったよ。ま、ここ(4階)には今着いたばっかりだけど~ 大変のようで何よりだ。₎

「誰…? どこ?」

₍あらら~ そっか。確かにこれじゃ私の姿は見えないんだな。ごめんな~₎

騒がしい声の誤りが聞こえた後、指をパチンと鳴ならしたような音が聞こえたと思いきや、周りが真っ白な背景に一変した。

そしてその真っ白な背景の中に、全身を黒いモザイクで塗ったような人……の形をしたモノが僕と向き合うように立っていた。

₍もう一度おはよう!₎

その黒いモザイクの人は手を振るって僕に挨拶をしてきた。

怪しい上少し怖かったけど、僕もまず挨拶をすることにした。

₍ふん~ 礼儀正しいんだ? それとも… まだただの子供なのかな~?₎

黒いモザイクの人はニヤニヤと笑うと話を続けた。

₍まずは何から話すのが良いかな~? 君の能力?そ・れ・と・も~~ 君の正体に関する話?₎

「ぼ、僕が誰か知っているんですか! それに… 僕の異能力が何なのか知っているんですか!」

₍そりゃ勿の論論。私は君の観察担当(代理)なんだもんね!一応落ち着いて!ウム~ 確か君の能力は「穴」。うん、穴と定義したよ!チームの穴とか、落とし穴に掛かった可哀そうな子供の時のその穴~!₎

「……」

僕は反応に困って、ただ沈黙を維持する一方だった。しかし黒いモザイクの人はそんな反応が気まずかったのか、それともこんな反応になることを想定していたのか、演劇的な身動きで残念なふりをして、そのまま泰然と話を続けた。

₍も~ 何だよ!黙ってるばっかりってハワちゃん先輩みたいじゃん~ ってて、そうそう。君の能力は「穴」。媒質… だから 【ある物質に「穴」を開けられる。】そして【どんな「穴」でも君の眼では見ることができる。】最後に【どんな「穴」でも操ることが出来る。】 理解は……… うぅん~ やっぱ君には難しかったのかな?じゃ、君が簡単に理解できるように例えると、君の視野で暗く見えるところは、「攻撃の穴」。すなわち、君の視野を一つの面と仮定して、相手がその瞬間に行った攻撃を点や線として扱う事で、それら以外の視野に空いている余白が暗く見えるってわけ。つまり、攻撃が始まったと同時に、その攻撃の隙間(穴)を見ることができる。次に、空間というモノ自体に穴を開けて、穴と穴の間の空間を繋ぐこともできる。これは単純でしょう?最後のことは、「すでに存在している穴」のサイズを調整することもできるということで理解すれば良しかね。ま、それ以外は全部これらの応用だからこれにて終了。わ~い!長かった!めぇぇっちゃ長かった~!!あれれ~ こうしてみるとなんか君の能力って、「隙間」の方がいいんじゃねえ? ま、どうでも良いよな~ どう?理解はできた??₎

「ま…… なんとなく。では、この力をどうすればより活用できるんですか! どうすればより生き残れるんですか?!」

今大事なのは、自分の異能力が何なのかを知ることで済まず、その情報をより有効にさせること、少しでも生き残るために足搔くこと。僕は、そのための情報をあの存在から聞き出そうとした。

₍そりゃ~~ 知らん!₎

「はい? でもあなたは僕の異能力を………」

₍だって~ 私は君じゃないんだもん~ 君の能力を教えることは出来ても、結局やるのは君自らだよ。勉強や運動と同じじゃん!₎

「僕、自ら………」

₍うん~! うん~!でも一つ教えてあげる。君たちが使っている能力・異能力は腕輪(ゼロ)から体に、そして最後には精神(極)に至る。物質的な形相化から精神界への到達にまで繋がれる。ま、その次もあるはずだけど~ とにかく、君は未だに物質的な形相化すらもまともに出来てないということ~! やっぱお前バカだな?₎

黒いモザイクの人はどこから出したのか、黒いボードに文字まで書きながら親切に説明してくれた。しかし、当然にも僕は文字を知らない。僕って… 本当にバカみたいだ……

₍はい!ほかに質問のある子は!?₎

黒いモザイクの人は他に質問はないのかと僕を急がせた。

「では!それでは僕は一体誰ですか!!」

切実な僕の叫びに黒いモザイクの人は最後まで演劇的な身動きで一貫した。

₍アチャチャ~ 残念にもタイムオーバー~ 本・当・に・残・念・だっ・た・ね~~ じゃ、また生きて会おうぜ!₎

黒いモザイクの人は逃げるように、しかし、ゆっくり手まで振るいながら僕の前から消え去った。そしてそれと同時に、周りがまた真っ暗になると、僕の意識はまた遠くなった。



少年は目を覚ました。

そして状況を確認した。

もう痛みはあまり感じられなかったけど、力が入らない両腕に、未だぼうっとしている頭。そして拳銃を持って近づいて来るスモーク。


本当にもう成す術はないのか…?

少年は落胆した。

ようやく自分の能力が何なのかを知って、何かやり始めようとしたら、この様だ… 確かに悔しいもんだろう。

しかしそんな少年に終止符を打つために、リロードを終えたスモークが少年のすぐ前まで来ては、小年の頭に銃穴を押し付けた。

本当にもうやれる事はないのか…?

今やっと自分の異能力が何なのか知って……

銃…穴?

穴………

もしかしての想いを載せて、少年はあのドームで聞いた〔声〕の説明を浮かべながら能力を使用しようとした。

そしてスモークはそのまま引き金を引いた。

その瞬間―――― 少年を狙って発射された銃弾は「すでに出口が無くなった拳銃」の中で回転運動を続け、そのまま銃機の内部で破裂した。

そしてその衝撃によって銃のあっちこっちにひびが入って拳銃は本来の機能を果たせなくなった。

さらに、破裂した銃の破片が手に刺さったスモークは血を流しながら苦しんでいた。

今だ!

少年は器用にも力が上手く入らない手は使わず体を起こした。そしてそれを見たスモークは即座新たに拳銃を抜いて合計6発の全弾を速射した。しかし、少年はそこから目を逸らす事も、閉じる事もなく、ひたすら前を見た。すると、少年の前に3つの穴が開けると、先に発射された3つの銃弾がその穴に一つずつ入って、その後新しく開けた3つの穴から出て、残りの銃弾3つを正確に命中させた。

空間に穴を開けることで相手が放った攻撃を返す。

まだ中途半端だと言えるレベルだったけど見事な活用能力であった。


先の銃撃で弾丸が切れたスモークはリロードのためにベルトに手を運んだ。しかしその隙を逃さなかった少年はスモークに向かって自分の身を投げた。

どうやら少年の無計画のタックルがかなり上手く決まったのか、スモークはそのまま後ろに倒れ、彼のベルトに掛かっていた武器もいくつか落ちた。

「くっ。」

倒したまではよかったものの、それからどうするかなどはまた何も頭に入っていなかった模様だ。しかし、それでも少年は少しでも足搔こうと全身に力を入れた。

……………先程スモークのベルトから落ちた安全ピンが壊れたグレネードが地面に向かって落ちているという事も知らずに…



俺の名はスモーク。マフィアってモノのはしくれだ。

初めからマフィアをするつもりは無かった。俺は警察だった。

しかし、内親を亡くして俺が育てていた従弟が「遺産の戦争」の余波で大きな病気になった。手術のため金が必要だった。警察では手遅い。普通の職業でもその金額は無理だった。規則は規則で、正義は正義だが、俺の従弟は俺だけを、俺のみを頼りにしていた。

俺は子供が好きだ。ガキが好きだ。

迷いは一切なかった。俺が要るのに社会と条件が合わないなら失せろ。

いや、そもそも俺はそんな人間だったのかもしれない。

とにかくマフィアのはしくれになれた俺は警察だった頃から持っていた銃の才能で一気に大金を手にすることが出来た。

俺の才能のおかげだ。

その金で無事に手術を受けた従弟は幸い命を救われた。

しかし、その時はすでにマフィアをやめられない身になっていた… それが社会の闇側のルールだった。

ま、そもそもその気もなかった。面倒くさかった。

俺が所属していたギャングはそれなりに大きい処だったが、ある日突然現れた謎の組織によってギャングの仲間は皆瞬殺され、俺は拉致されて訳の分からない塔に閉じ込められた。俺の従弟にまた会うために脱出しようともしたが、どうも無理だった。

俺は子供が好きだ。ガキが好きだ。

なのに、命を懸けた戦闘でも、転がってる誤射弾などによって死ぬことでもなく、一人の子供を救うためにこの人生を捧げた俺にガキを殺して此処から出ろと………

―――――失せろ。


「ガキが!」

スモークは力いっぱい少年を放り投げて、この部屋の隅まで蹴り飛ばした。足に蹴られた衝撃で息を荒く吐き出しながらも再び突進するために体を起こした少年の目には、とんでもない熱風と衝撃波のみを残した爆発が連鎖的に起きている惨況だけが見えていた。

「なん…だ?」

少年は知らないのであろう。先自分が身を投げた時スモークのベルトから外されたグレネードの安全ピンが壊れていた事を。

そして、グレネードが爆発することを先知ってスモークが少年を道連れにせず、非難させたという事も。

少年は知らないのであろう………

爆発の音が聞こえている中、少年は相当緊張していたのか、その光景を前にしてまた気を失って倒れてしまった。



今、3つの柱を行き渡る冒険者は左(受動)から右の柱(活動)へその身を移した!

さ~ あと少しだ。

私は一歩先に意識(中央)に向かおうとしよう。

アシヤ(此処)を超え、蛇の道に従い王宮に至る、我らの愛しい「神」よ―――


イェチラ(我々)から作られしアシヤ(彼の世)の子よ、我々をア千ルルート(あの方)のためのブリヤー(新たな世界)へと導きたまえ――!!

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