3. 少年、意思を持つ。

あれこれと雑談を続けながら3階層に到着した――― その瞬間、

「私(わたくし)を!た、助けてください!」

今まで会った事も無い可愛い外見の女性がアルファの懐にすがって、突然救助を求めて来た。


@


「少年、無視しよう。わざわざ余計なことで面倒を抱え込む訳はないんだぜ。」

その女性を見た途端ケンはため息をつくと、アルファを阻止しようと口を開けた。

「………」

防視(ほし)も頷いてケンの意見に同意した。

「しかし…」

「お願い… どうか、お願いします…… どうかお助けください…」

女性はアルファにすがるように跪いては、彼の手をキュッと握った。

その必死な姿は人に保護欲求を刺激するあれであった。加えて、今アルファの中で根付いた「自ら何かをやってみたい」という気持ちが、その女性から漂う保護欲求と混ざり合って………

もしかしたら、アルファはこれをチャンス、だという愚かな考えをしていたのかも知れない…

「助けてあげたら… ダメですか?」

アルファはどうしても助けてあげたげな目で防視とケンに振り向いた。

防視は相変わらず頷くばかりで何を言いたいのかは分からなかったけど、ケンは自分の顎を触ると、しばらくして答えた。

「はあ… そう、分かったぜ。それが君の選択というなら俺は当然それを尊重するよ。しかし君も俺の事を尊重して欲しい。」

実の親でもないケンがここでアルファを止めても、それはただの抑圧やケンの我儘にすぎない。だからケンは妥協をすることにした。

「はい?あ、はい。もち…ろんです。」

「俺はどうしても彼奴と一緒に居たくない。臭い匂いがしてなおさらだ。」

「ちょ!それは… ここにはお風呂みたいな所がないから仕方な―――」

「んなわけで、俺は先に次の階に繋がる階段の前で待ってるぜ。またな!少年~」

その言葉だけを残してケンは悠々と笑顔でアルファから遠く離れて行った。

「………」

あ、防視は何時もと変わらずアルファの隣に残ることにしたようだ。



「それで、僕たちは何をすれば…?」

アルファと防視、それからシャゼンヌ・テューリオーレ… 略してゼンヌという名の女性は共に色々の花が四方に咲いている公園のような、穏やかで美しい景色の3階層の中を歩いていた。

「あ… 実はその、私(わたくし)。今少し事情がありまして…… どうしてもこの階層から抜け出すまで私(わたくし)を守ってくださる心強くて素敵なお方を必要と…していたのです。私(わたくし)!貴方と出会えたのはきっと運命だと思います!決して迷惑になんてなりませんから…… ですからどうか何卒宜しくお願いできないでしょう… か?」

ゼンヌは涙が少し込もってキラキラと輝く視線でアルファを見上げながらお願いした。

「はい。でもどうして……?」

この塔の中では互いが互いを殺そうとするのが一般的で、弱者にとっては――― この塔で生き残るために、寂しくて、力を補うためなどの様々な理由で誰かからの保護を必要とする時は多々あることである。

しかしアルファは敢えてゼンヌの言葉を食い下がった。

彼の考えがまだ幼いということか、それともただ単にケンがいなくなった分誰かと話を交わしたくなったのかも知れない。

そうそう。後ろで静かに付いて来ているあの防視が口を開けることは滅多にないからな。

「実は… その、貴方は『5階層の大虐殺』という事件をご存知ですか……?」

「い、いいえ。」

この塔に入ってからアルファがいた場所は1、2階層だけで、ほぼ一ヶ月の時間を1階層を観光する事に費やしたアルファに、5階層での出来事など知る筈もなかった。

「それは… それは、とても惨たらしい惨状でしたわ………」

それからゼンヌは時々声を震わせながら、自分の記憶を徐々に述べていった。

彼女の話によると、このサバイバルゲームが始まってからわずか5時間も過ぎていなかった頃。互いが互いを殺そうと無暗に殺戮を繰り広げる人ごみの中で、桁違いで強い、たった一粒の躊躇いも、慈悲もなく皆を次々と虐殺した一人の人間がいたという。

その人はまるで歩き縋るように人の手と足を肉体から切り落とし、鶏肉に串を差し込む感覚で鋭い棒のような物を頭の天辺から地面に降り刺しては、体に刺した棒のような物を通して体内の血が地面を濡らす事を放置したまま、さっそく次の獲物を狙いに去ったという。

殺す対象は老若男女の隔てなく、その人が手に持った棒のような物を大きく振るった時は、その軌跡に従って十数個の頭部が空中に舞い上がったという。

彼女はそのような光景を何度も目撃しながら、静かに息を殺している事しか出来なかったという。

それから一週間程の時間がもっと経ってようやく、彼女は何とかその人から逃げてこの階層でこっそり暮らしていたという。しかし、ある日突如彼女の側に謎の手紙一枚が落ちていたという。

「ふうっ…!私…… ようやく、ようやく逃げて… その悪夢から逃れたと思ったのに… ふっ、ふふっ!このような手紙が…… この階層でまたその虐殺を繰り返すと………」

かなり怖じ気付いたのかしゃくり上げながらゼンヌはその手紙を出してアルファに見せたが、勿論字を知らないアルファがその手紙に乱暴に書かれている内容を知る事などはできる訳がなかった。

しかしこれで彼女がどうして助けを求めて来たのかがある程度理解できた。

「はい…… 大変、でしたね。」

アルファの体は微細に震えつつ悪寒すら感じていた。

しかしアルファは精一杯心を落ち着いた。


そう。僕は決心したんだ。

これ以上恐怖に震えるだけは嫌だと、何かをやってみると…

なのに助けを求めて来た人を前にして、いざ僕が震えながら座り込んでは… 笑い話にもなれないんだ。

そう考えて唾を飲んだアルファは頑張って笑って見せながら彼女の言葉に相槌を打った。

「ふふ。本当に幸運でしたわ。貴方のような優しいお方と一緒に居られて… 私そんな人、好き、かもしれませんよ?」

アルファの言葉に一瞬で涙を止めたゼンヌは隣からそっとアルファの手を掴むと、そのままアルファの肩に自分の頭を乗せた。

凄まじい美女からの突如なスキンシップには誰もがドキドキしたり慌てたりするものだが、

「あの… 好きって、何ですか?」

記憶喪失の少年――― アルファにはそこも隠遁であった模様だ。

「うん?!え~ えぇっと… 例えば一緒に居たら気心地が良くなるとか、いつも一緒に居たいと思ったり、頼りに…なるとか?ま、そんな事でしょうか?えへへ… こういうの自分の口から言うとなんか恥ずかしいかも。」

「ううん……」

頬がそっと赤くなったゼンヌの説明を聞きながらアルファの脳裏には、いつも自分の隣に居てくれて、自分を守ってくれる上、今もまた後ろで静かに付いて来てくれる防視の事を思い浮かべていた。

「それで、その虐殺者の特徴とかはないのですか?」

何かに備えるためには、何らかの情報を先に知っておく事が当然であるけど、それをアルファがやっているということに素直に驚いた。

ゼンヌ本人にとってはあまり思い浮かべたくない記憶であるはずなのに、彼女は少し慌ててから割と簡単に答えてくれた。

「う、ううん…… 確か、男のようで、武器は棒みたいな物であったような… でもあっという間に襲われては、意識がなくなる…って感じだっ…… でしたかね?」

彼女の記憶と今の言葉から得られた虐殺者に関する情報は、他の異能力者たちを瞬殺できるほどの凄い腕前を持っていることと、その人が男性であって、彼が使う武器は人の首も一振るいで斬れる程鋭い棒みたいな物であるという事であった。

しかしそんな情報より、大虐殺事件の被害者に何ともなく質問をしているアルファや、それをまた答えているゼンヌも普通ではなかった。

「あの!そんなことよりあそこで私(わたくし)と一緒に遊びませんか…!」

アルファに答えてからしばらくグズグズしていたゼンヌはアルファの手を引っ張って、その周辺にあった大きくて美しい花壇を指しながら話した。アルファも彼女にひかれてその花壇に足を踏み入れた。

それからは、その場所で花を折ったり、それで王冠を作ったり、数多くの花に埋もれて大の字に横たわったり、世間で『デート』と呼べるような時間を過ごした。

そこにいる事でゼンヌの容貌は周囲の花とハーモニーを成してより美しく輝き、アルファも久々に感じる安直な時間に気を緩めて息抜きをしていたようだ。

しかし………

その楽しい時間はあまりにも突然終わりを迎えた。


………あっという間に意識が遠くなって行った。これが、彼女が言っていた虐殺者からの襲撃… という事か……

瞳孔は焦点が集まらず視野が被って見えるのを超えて響いて見えた。全身の筋肉の筋が鋼のパイプにでもなったように重く、思うがままに動かなくなった… やがて首が深刻なほど痛くなると、そのまま息がし辛くなった… 空気が熱い。いいや、違うんだ。体が熱いんだ。全身が物理的に沸くように熱くて敏感になった。まずい…… 息が、うまく… できない。


体を揺らしていたアルファは直ちに少しの抵抗もなく、まるで糸が切れた人形のように後ろに倒れ意識を失った。

アルファが倒れたのと同時にゼンヌは顔を青くしては、アルファを捨て置いて逃げ出し、防視は急いでアルファに馳せ付いた。

「いや~ 何かあるとは思ったが… やってくれたじゃん?」

誰が、何処で、どうやったのかも知れない絶体絶命の状況で悠々と姿を現したのは、他でもなく、先に階段の方に向かったはずのケンであった。


@


少年の口からは嘔吐が… ほぼ胃液が逆流していて、瞳孔は収縮している状態。それに息の音も荒かった。

毒劇物の中毒になった人に見られる最も一般的な中毒症状であった。

しかし、毒物は体に浸透すると同時に全身の細胞を次第に崩壊させ、死を迎えるのが当然であるはずなのに、何故か少年の様子は死にかけているだけであって死んではいなかった。まるで誰かが止血でもしているのか、一つ一つの血管の内部の何割かが閉ざされて、血を乗って全身に拡張する毒素を抑えていた如く…… どうやら幸いまだ脳や心臓にまでは毒が完全に広がっていない模様だ。

しかし…… どうせこのままほっておくと、虚空に向けて素数を数えている間にアルファはこの世とお別れをするのであろう。

…………それは面白くない。

「ここからは俺が何とかやってみるぜ。」

ここで出すには勿体ない感のある空想中の奥の手の中でも奥の手だが、ま… 臨床実験としては悪くない。

俺はその場に座り込んで少年の肌と俺の手が直接接するように触った。

その後、俺は全身の精神を一点に集約させて、それに応じた如く腕輪に表示されている『バベル』の量が幾何級数的に減少し始めた。

たかだ二秒もならない時間に100%近くあった『バベル』が僅か20%しか残らなくなった。

「ふう。やった。何とか出来た!」

最大限集中していた俺は、冷や汗を流しながら手を地面に着けてようやく体を支えられた。

「おい!一応何とかしておいたから、……ちょっと行って来る。」

俺は明白に鋭くなった防視の目を避けるように、あの後方にある丘に向かうために、席を外した。


@


「まったく… 誰しも誰もがちょろい~ ちょろい~」

3階層を照らしていた天井の光度が減り始め、まるで夕焼けのような景色を成し始めた3階層の内部。そして2階層と3階層を繋ぐ階段に行く道の真ん中にある丘の上を、美しい音色の鼻歌を響かせているシャゼンヌ・テューリオーレという名の女性が微笑みながら歩いていた。


その少年も私に完全に蚕食されて、私を信用したからそうやられるのだ。

ああ~ もう、私を硬く信じ切っていた愚かな人間が私の異能力である『毒』によって顔を固めながら倒れる姿は全く…… 何度見ても飽きない痺れる快感を私に与えてくれるもんだ。

それでも、そう。しかしそれが当然なのだ。私の名前はシャゼンヌ・テューリオーレ。誰よりも美しく大切で、可愛く、誰にでも我儘を言って良い尊い存在であるのだ。

それも当然であって、我が家門は過去にあった「遺産の戦争」が終わってから、この地球上に再び人類の文明を復旧するための資金支援を誰よりも多くした『テューリオーレ』家門の一人娘であるのだ。

その誰も私に頭高く言える者はなく、私の意のままに世が動くのは真理であるのだ。

最も、それは当たり前の、私の権利。

私は次の獲物を待つために他の階層と繋がっている階段に向かっていた。

久々の快感に大喜びになって軽い気持ちで足を運んでいた私の―――――― 体が浮かんだ。

何事かを把握するも前に、体は抵抗もできず重力に従って地面に倒れ込んだ。

どうした?

まず私の体に毒が効いたはずはない。

一応起き上がろうと手に力を入れた瞬間、ある異常に気付いた。

感覚がない。太ももの下からが空いている様な涼しい感じすらしていた。

まさかそんなはずはないと一つの可能性から目をそらして自分の下半身を見ると、

そこには足があった。

自身の目から2mほど離れら所に………

私の足が元から長かったかな?それとも突然伸びたのかな?

そう。夢で描いた漫画のような事が平然と起きる素敵な場所よ。突然足が何十㎝伸びてもおかしい事は何もない!おかしい事は、おかしいのはない!ないんだわ!!

「そろそろこっちを見たら?」

前を振り向くと、そこにはまた足があった。今度は美しい私の足とは違う普通の足だった。

しかしその足はしっかり足首から腰を通って上半身、そして頭までちゃんと繋がっていた。

青黒い髪にコバルトを連想させる目の男性。

名は聞いてないけど、確かあの少年と一緒にいた彼の仲間だ。

その少年は私を完全に信じ切っていた。彼もまたそうであるはずだ。彼も私を信用しているに決まっている。

それも当然な事で、私は可愛いから、美しいから、だから… 皆が私のためになるのは当然な理屈だ。

なのに…

それなのに、どうして彼は私をああも情けないモノを見る目で見下ろしているのだよ……

「私(わたくし)を、私(わたくし)をお助けください!どうか…… 助けてください!」

こうすれば当然、自分が御伽話の王子様にでもなった気取りで美しい私を救い、治療してから、誠心誠意を尽くすはずだという確信を持って、必死な顔を演じつつ私は彼のズボンの裾を掴んだ。

しかし彼はそんな私の姿を見ては…… あざ笑った。

「え?いやだよ。俺が二度も言ってあげなければならないの?面倒くさい。お前なんかのせいで変な事に巻き込まれるのは申し訳なくもないけど勘弁だぜ。」

なん………

私は慌てた。否定した。いいや、正確には理解する事が出来なかった。

私は可愛い。私は美しい。尊い。だったら、だとすれば自分の全てを掛けてでもこの私を救おうとするのが当然だ!なのに… なのに……

「お前が… お前が!! お前如きがなによおおお!!!!」

ゼンヌは美しいと言った顔にしわを作りながら激怒した。叫んだ。

しかしそれとは対照的にケンは気楽に言い述べた。

「俺?俺の名前はケン。今は少年の友達をやっていて、短期的な目的は此処から出ることだよ~!」

「それがなん……………」

「そして~ 君がふざけていた「5階層の大虐殺」の真犯人。」

「は…?」

ゼンヌは今自分が何を聞いたのか理解できなかったようにケンの顔をぼうっと眺めた。しかし彼のいつもと変わりない笑顔は、まるで仮面を被った道化そのものであった。

「君がどこでその噂を聞いたのかは知らないけど… 相手を選ぶセンス無~さすぎじゃん。まるで強盗に追われていた人がその追っている強盗本人に、「私… 強盗に襲われていますよ~」って言ってるのと同じじゃん。」

そう。だから言ったのだ。

余計な事だと。

なぜなら彼女は虐殺者に追われてなどいなかったから、

なぜなら、その大量殺人者は他でもなく此処で大らかに悠々と笑っていたのだから。


@


「ふ、ふふふ… ふふ… あはははは!!」

長時間が過ぎてようやく落ち着いたのかと思いきや、ゼンヌは突如精神でも壊れたのか大声で笑い始めた。

「あはははは!! ね~ 貴方。その少年のお友達だと言ったわね?でもこれをどうしよう~?その少年、私の異能力で、猛毒によってもう死んじゃったんですけど!」

そう。その少年が人より毒が効くのに時間が掛かって驚きもしたけど、結局中毒されて倒れるところをこの私の目で直々見たんだ。真面な病院もないこんな所で『サリン』に中毒になった人間を救える方法なんてある筈がない!いいや、そもそも最初に手を触った時から皮膚を通して注入して、隣で歩きながら空気中に排出した『サリン』が気管支を通して体に蓄積され、中毒される事によって、次第に筋肉が収縮する事は避けられない宿命に等しい事であった。数多くの毒劇物の中で気化が簡単で無色無臭である『サリン』を使ったのだ。そもそもどのような毒劇物に中毒されたのかすら知る余地も無かった。

その少年は死んだ。

さぁ!貴方のお友達が死んだという事実に絶望しなさい!嘆きなさい!見苦しく!!!

「あ、それ?解決したよ?プフッ。」

「……え?」

ま、正直なところ成功する確信はなかったが、何とかうまく行って何よりだったぜ。

「うん。君のでたらめな茶番は何の得のない、時間と筋肉と舌の無駄使いだったってこと~」

俺の本当の異能力は『剣を作る』のではなく、『何でも切れる剣を作る』だ。その対象はモノに限らず、非物質及び精神的存在にすら可能であるらしい。そう。少年という存在から『中毒』という概念を切り落とすようなことすらも…… 想像しかしていなかった技だったが、まったく… この異能力ってやらは何でもありのようだ。

ま、それはそれにして――――――

「お前さ、本当半端なんだな~!?」

「なんの……!!」

「まず、目!人は考え事をする際に自分も知らない内に瞳が右上を向くようになるんだよ。お前様は合計5回、少年と話している途中にかなりの考え事をしたようね~?」

「は、はぁ… 何のことかといえば…… 当然のことを。彼は私に貴方が犯したという『5階層の大虐殺』事件に関して執拗に聞いて来たのよ。考え事をするのが当然よ。」

「じゃ、どうして頭を花畑にして花畑で遊んでいた時も考え事をする必要があったんだ~い?」

「それは… 無茶だわ。貴方の意見は何処までも我儘で自分勝手に過ぎませんわ。」

「うん~ 存知てる。そんで次、指先と唇。お前… まだ嘘に慣れていないんだろ?人は罪悪感や心にもない言葉を口にする時は、本人の意思とは無関係に君の意思を素直に反映する。良く管理するべきだったな。それに、指先を撫でたり齧るのは極めて怪しい。」

「は?私は貴方が一体何を言っているのか…… それに、何様でそんな偉そうに知ったふりをしているのかしら…!!」

「うん?そりゃ当然知ってるよ~ 変装と読みだけで廃店させた賭博場が8ヶ所。外交大臣と国の受領を弄んで小さな「弱小国」に3億6千2百万ロンドの借金を負わせたの1回。持ってる金と人脈を搔き集めて外貨を丸ごと人質にしたの1回。その他、生産、金利、口座、世界中の個人情報などを動かし、操った経歴のある―――― ありふれた詐偽師なんだから。」

ふざけて……… いいや、確か彼が今話した事は全て新聞やニュースの何処かで見た覚えがあった…… しかし、まさか… その全てがたった一人の仕業だったとは到底信じ難いけど……

「飽きるほど見たんだよ… お前みたいな人を騙そうとする連中は。だから言ったじゃん?臭い匂いがするって、お前は。」

いけない… 彼の言葉が全部事実なら…… 私は本当にとんでもない狂った人を相手にしてしまった事になる…

「それに反してあの少年はとても特別だ!…… まぁ今度もそう長くは持ちこたえないと思うがね…」

彼はもう私なんかは眼中にも無いのか、自分の話をほざき始めた。最後になっては何を考えているのか、暗い雰囲気が増した目で独り言を呟き始めたまでだ。

「うん。初めて見たよ!輝いていた!誰を騙す事も、傷付けることも知らない… 真っ白で危ういながらも強い… あの少年は!あの少年こそ俺が求めていた!望んだ…… 最後まで得られなかった、真の『あれ』になってくれるはずだ。」

彼は息を大きく飲んで落ち着くかと思いきや………

「本当に最高のモノに会えたのに、なのに… お前なんかが少年を殺そうとする……?」

彼は自ら言って自ら怒ると、その怒りを抑えられなかったのかよくもこの私の背中を何度も踏みつけた。

「く、ううっ…」

しかし私は黙って我慢することにした。この人はどう見てもいかれている…

人の常識なんて通じず、余計に関わってはいけない精神異常者に違いない… それを裏付けるようによくもこの私を見下したり口答えをしたり、今もこうやって暴力を振るっている。

「は、はぁ…… そんなお前の茶番のせいで俺以外も気付いてしまったじゃねぇか。ま… じゃ俺はこれで~」

彼はまたの突然息を均すと、手まで振るいながら去ろうとした。

「だ、誰が……!?」

「ふふ… 怖いお姉ちゃん。覚悟しとけよ?」


そのままケンはまた悠々と、笑顔で少年の許に戻って行った。


@


は、あははは!生き残った!

私は生き残ったのだわ。

彼との話なんかはすでに頭の中から遠ざかっていた。

いいや、そもそも精神異常者のありえない虚言に過ぎない事だ。

無視して然るべきことだ。どうでも良いことだ。

今は、まず再びその階段に向かうのだ。

それから、新たな獲物(下僕)を掴んだら、今度は死んで倒れるまで手と足として使い尽くしてやろう。そして、その新しい獲物(下僕)を利用してこの塔から出るのだ、出ることさえ出来れば…… 家の力で足なんてすぐ治せるはず。

私のこの外見と容貌に倒れない者は何処にもいないのよ。ご覧なさい!その証であの精神異常者すらもこの可愛くて愛しい私を殺すことがどれほど馬鹿みたいに愚かで、非人道的行為なのか理解できるまでの知能があったのだ。結局この私を少し苛めるのが精一杯なのだ。

結局それまでなのだ。それが当然なのだ。

私はシャゼンヌ・テューリオーレ。老若男女誰にも愛される運命をもって生を得た尊い女性なんだから。

しかし…………

彼が去った方向と同じ方向から新たな影がゼンヌに向かって近づいて来た。

「うん……?」

「……」

女性。銀髪でガーネットみたいな目だけど、何かを覆っている如く曇った瞳の女の子。

そう。この子もまたあの少年と一緒にいた仲間だった。

先程にもその少年の仲間が来た。この女の子も自分たちが騙されたことを今さら気付いたのかも知れないが、この女の子も単に私を少し苛めてから去ることに決まっている。どうでも良かった。他の誰でもなく、この私なのだ。意地悪が出て、余計なことをするかも知れない。しかし、それでもたかだか無礼な人間の範疇に過ぎない輩なのだ。

「あら?どうしたの?うん?何か用があって来たのではないのかしら?」

「……」

彼女は沈黙を維持していた。

私を無視するのか、いいや無視しているのだわ。身の程も知らず、この私を前にして無視をするとは…… いい度胸じゃない… それならいつまでそうやって口を黙っていられるのかやってみようじゃないの……

痺れをきらしたゼンヌは防視を嘲弄するために口を開けた。

「ねぇ。知ってる?貴女なんかより私の方が遥かに綺麗なんだわ。」

「……」

自身を見たとたん嫉妬したはずの前提に、女性なら深刻に反応するものと一人で勝手に思い込んでいた外見の事を指摘したのに、何の反応も帰って来なかった。

どうやらもっと酷い侮辱感を与えなければならないと思ったゼンヌは、声をあげて話し続けた。

「貴女たちはこの私に騙されたのよ!皆騙されたのよ!知ってる?貴女たちが愚かなおかげであのガキはッ――――!!」

アルファの話を口から出そうとしたその瞬間、

声が出なくなった。いいや、そういうレベルではなった。

正確には…………

声が出る声帯から、空気が出入れする気道、そして食べ物が通る食道まで… その全てが何かで強く埋められているかの様に窮屈だった。

空気が体の中から出られなくなった。言葉を……… 出せなくなったのだ。

外部の空気が体の中に入れられなかったのだ。息が、出来なかったのだ。

防視のいつものぼんやりした表情は何処に行ったのか消え、今すぐでも殺す気に満ちた顔でゼンヌを睨んでいた。

「君、は…… そもそも曖昧なんだ、よ。あまい。先発されて良い存在では…なかった。」

息をしたくて足掻きながら一体何を言っているのかと抗議しているゼンヌの目に、防視は一人で熱心に悩んだ結果、最後に一言だけを口にした。

「………私も、知らない?」

防視はそのまま窒息で死んで行くゼンヌを道端に捨て置いて、また少年の側に戻って行った。

まるでゼンヌにはもう一切の興味もないように―――


@


「…………はあっ!!」

今はもう天井の光が完全に消えて夜になった3階層の花壇。その中央で横になっていたアルファが深い息を吐き出しながら体を起こした。

「少年!大丈夫?」

「はい…? あ、あ… はい。僕は大丈夫です。」

「………」

アルファが目を覚ましたことを見たケンと防視は共に安堵し、アルファの様子をうかがった。

「あの… ゼンヌさんは?」

「うん?ああ、あの女の事かい?彼奴なら他にやるべきことが出来たと言って、無事に他の階に行ったよ~ 君に礼を言えなかったのをかなり残念にしていたな~ あ、ついでにその… 何だっけ?虐殺者? そのださい名前の奴も倒してやったぜ~」

「はい… そうですか。」

「ええ~!まさか、今俺の腕前を疑ったのか?!」

「いいえ。まさか。」

襲ってくるワイヤーを精密に切り落とす人だ。どんな怖い人を退治したと言っても、それに疑う余地はなかった。

「さ!では次の階に進もうとするか?少年!」

「はい!そうですね。」

起き上がったアルファは今は別れた、丘の上で赤く育った花々の中で何がそんなに胸苦しかったのか首を掻いた傷と三白眼になった目で虚空だけを見上げるようになった、あの女性といずれかまた会える事を願い、次の階層に行くための階段を笑いながら上がり始めた。


@


4階に繋がれた階段を上る最中、突然アルファは足を止めて静かに、そして力強い声で話を切り出した。

「防視… ケンさん。僕は、生き残りたいです。」

一瞬。ただ一瞬意識が遠くなって行く途中に感じられたその寒気と恐怖は、もう二度と味わいたくない、とても惨い感覚であった… 僕は死にたく…… ないんだ。

「……」

「そう。そうでなくちゃな。」

言葉は多くなかったけど、防視とケンはその少年の決意に心の底から嬉しくて誰が先ともなく微笑んだ。



そう!今こそ柱の一角を視認できる場に至った。

生の姿勢を持つ者には何よりも生というコトを自ら謳歌するのが当要の資格。節穴に過ぎないとは言え、それもまた目は眼。子はようやく世界の光と闇を見分ける点を得たのである!!

おめ~おめ~

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