1. 少年、眼を覚ます。

1F


「ううっ…」

眩しい光が視野を遮ってからしばらくが経つと、少年はある村の真ん中で目を覚ました。

おそらく少年は今誰よりも混乱しているだろう。記憶を失って変な部屋で目を覚まして、指示に従って部屋を出たら、ここから出たければ互いを殺し合えとのこと。そこから続いた人々の言い争いと暴力。 さらに、今はまた新しい風景まで…… たしかにこれは少年の認識が付いていけるレベルの状況じゃなかった。まったく… 酔いでもしているような心情であろう。

記憶のない少年は彷徨した。今まで自分は何をしてきたのか、今自分は何をすれば良いのか、そして… これから自分はどうすれば良いのかを知らず ―――ただ歩いた。


それからまた、しばらくの時間が経った。

ここ(1階)には建物や施設、植物まで様々な物があるのにも関わらず、不気味なほど人の気配だけはどこでも見当たらなかった。家にも、道にも、店にも、人の影は一つたりとも見えなかった。しかしそんな静かな村のどこに設置されているのか、「声」だけが次から次へと誰かの脱落の知らせを流し続けていた。

サバイバルゲームが始まってから数時間。もうすでに脱落者の数は過半数を超えていた…

そして、その争いの影は少年にもすでに近付いていた。

「死にたまえ!!」

「え?!」

突然後から現れた気配と黒い手が、正確に少年の心臓を狙って襲い掛かった。

「くう…!」

速やかにそれに気着いた御かげか、ただ運の御かげか、襲って来た黒い手は少年の服を少しむしり取っただけで 傷は負わずに済んだ。

「は… はあ……」

少年は突然の不意打ちに、自分の服があまりにも簡単に破かれたことを見て大きく慌てて荒い息を吐き出した。

「ほお?それを避けただと… 結構正確に計算したことなのにな……」

陰の向こうからゆっくりと現れたのはスーツ姿に髪を分け目にして額が見える50代近くに思われる男性。確か、高原・司一郎(たかもと•しいちろ)という名の男性であった。

「これはこれは。不意打ちにミスを犯すとは… かなり気に障るが…… ま、せっかく顔も合わせたのだし、挨拶でもしよう。挨拶はその人の価値を表す第一手なんだからね。」

司一郎は服に着いた塵一粒を取って適当に捨てると、自分の紹介を始めた。

「私の名前は高原・司一郎。数日前までは「大星」という大企業で副社長として勤めていた者だ。名刺でも渡したいタイミングではあるが… それで、君は?」

………自分を殺そうと不意打ちをして来た人が挨拶を送ると、少年はどう反応すれば良いのかを悩んでいたけど、一応挨拶を受けた以上自分もそこに値しなければならないという変な気分にでもなったのか、少年は答えることにした。

「僕は… よくわかりません…… すみません。」

なにか、少なくとも目の前の人みたいに自分の事を表したかったけど、少年は自分にそれくらいの記憶も知識もないことに気づき、肝を落とした。

「ふうん? もしかして記憶喪失っていうことかね? ま、ただでもこんなところで目を覚ましたらショックが並大抵のことでもなかったのだろう。ま、この私ほどのエリートでなければ、そうなるのも仕方ない事。君に間違いがあることではない。謝る必要はないんだよ。むしろ大変辛かったはず… 本当、大変だったのであろう。」

彼は手を振って少年をそれなりに慰めると同時に、それなりに理解してくれたようだ。

「うん? ああ― これはこれは、また無駄話が長くなってしまったね。私の悪い癖なんだ。どうか理解してくれたまえ。」

「あ、はい…」

何かよくは分からないけど、今目の前の人は自分を慰めてくれた。それでは、彼には礼を言うのが良いと、そう思った少年は 頭をさげ――――――

「あ、そしてこれは私からの… プレゼント!!」

少年が頭を下げた瞬間、腹部の少し上を黒い槍が貫通した。血だけが流れていないものの、少年の服はボロボロになって、腸が弄られたような、初めての「痛み」を感じた。

この痛みだけでもう『バベル』が40%近く減ってしまった。

「くはっ…!」

「うん? これも避けられただと?! 結構正確に心臓を狙ったのにな…」

少年が自分の腹部から激烈な痛みを感じたのと同時に、二人の間で戦闘の始まりを知らせる鈴の音が腕輪から鳴った。

少年が頭を下げていたことで上体が少し前屈みになった状態であったおかげか 、黒い槍が心臓の少し下に当たって、幸い即死は免れた。

しかし………

恐怖。そのただ一つの感情のみが少年の頭を掌握した。

「私の計算を2回も破るとは… 大企業の副社長ともなれば…… 徹底で完璧な計算は必要不可欠なのです!なのに、…こんな無礼な!! こんな不愉快な…!!!」

自分が思うがままにならなかった事が頭に来たのか、司一郎はつかつか少年に近付くと、右手で少年の胸倉を握って、そのまま持ち上げた。

どうやら今回は至近距離から確実に仕留める気のようだ。

「さー いい加減私の功績になってください!」

司一郎は自分の左手を黒くて鋭い槍に変化させると、少年の顔を指した。

危ない。危ない。危ない! 何か知らない謎の感情が少年に「恐れ」を感じさせた。

「く…うっ!」

相手に対する警戒と止まらない恐怖で頭がおかしくなったのか、少年はただ本能に従い、足搔くつもりで拳を振り回した。

しかし…

「ははは。通用しませんよ、そんなの!」

司一郎の体は少年の拳が当たったとたん黒く変わって、そのまま拳を通過させた。

「私の異能力は「影」。貴方は影を掴んだり殴ることができるとでも思っているお馬鹿さんですか?」

もし相手が願うがままに自分の体を影に変化させられるというなら、物理的攻撃など通用するはずもない。

しかし少年はそんなことを考えることもなく、ただ足搔き続けた。少年にとって攻撃が通用するかしないかはどうでもよかった、どうせ今のままだと少年は死んでしまうのだから…

だから少年は、不慣れながらどこかなじみのあるその感情に従って、ただただ拳と足をむやみに振り回し続けていた。

しかし―――― その瞬間、

「え…?」

「うっ……」

当たるとこのない影の体に振り回していた少年の手に何か固い感覚が伝わった。

「これは…… 腕輪?」

腕輪。謎の注射でその人に特定の異能力を与えたというその道具は、全身が影と化した司一郎の体の中で唯一、その本来の形を維持していた。

でも、遅かった。

少年が司一郎の腕輪に触れたとたん、鼻で笑いながら少年の足掻きをただ傍観していた司一郎は、少年に向けて戸惑いなく黒い槍を刺し出した。

至近距離での攻撃。これは…… 避けられない。

そう断念していた少年は次の瞬間驚かざるを得なかった。

自分に向かって正確に来ていた黒い槍が自分の目の前であまりも不自然に止まったからである。

そう。まるで何か、司一郎の槍と少年の顔の間に固い壁でもあるように………

「ふうっ!」

もう一度少年の顔を打ちぬくために刺した黒い槍。しかしその攻撃も先と同じく少年には届かなかった。

司一郎は少年の顔を一度見て、これが少年の仕業ではないことを一見で気付くと、周りに向かって大声で叫んだ。

「誰だ?!私の功績を奪おうとするけしからん奴は一体誰だというんだ!」

怒り。自分の行いを妨げているある存在への怒りを、自分の意のままに進まないこんな状況への怒りを、司一郎は周りに叫び出し続けた。

少しの時間が経つと、そこに姿を現せたのはただぼんやりと少年を眺めている、一人の女の子であった。

「お前か…」

今このままずっと妨害されては、この少年を殺すことが難しいと判断した司一郎は握ていた少年を放り投げて、その女の子に向かって走り出した。


もしこの女の子が何らかの方法で自分の邪魔をしていたけしからん奴でも良いし、そうじゃなくても良い。どうせこの建物内の競争者の内一人だ。どうせ皆私の功績になる素材なんだから!! そもそも私がこれ以上他の誰かに邪魔される筈はない。だから、じっくりと苦しませて自分の行いを悔ませてやろう!


そうやって大企業の副社長は、自分なりに完璧であると確信したプランを思いついた司一郎は、足を加速させた。

「やめろ!」

しかしそんな司一郎の足を少年は自分の体をなげて捕まえた。

どうやら攻撃に気を使いすぎていたせいか、司一郎の肉体は先とは違ってしっかり掴むことができた。

よくは知らないけど、このまま放っておいたらあの女の子が痛くなるかも知れない。さらに、誰かが先の自分が感じたのと同じ恐怖を感じてしまうのは嫌だ。そんな考えで少年は自分の体をなげた。

自分が死ぬかもしれないのにも関わらず、少年は女の子を救おうとするのか、一生懸命に司一郎のズボンの裾を握って離さなかった。

「ちえっ! どけ、失せろ! 失せろ!!」

先から続けて邪魔されたことが原因なのか、司一郎の言葉使いはかなり荒くなっていた。

「くはっ!」

司一郎は掴まれた足をそのままふるって、少年を遠くまで蹴り飛ばした。 

それによって少年の『バベル』はもう10%しか残らなくなった。

止めなければならないんだ。ただ、あの人を止めなければならないんだ! 少年の頭はそれだけでいっぱいであった。どうすれば良い? 痛くなるのを我慢してまた捕まるか? いいや、今度はきっとまた通過されて避けられるはずだ。それなら、後ろから攻めるか? それも違う。結局あの人の体は少年自身の攻撃が一切効かないんだ。

………攻撃? 通過… 攻撃?!

どんな関連性なのか、少年の頭の中に一瞬、先自分がやった足掻きのことが思い浮かんだ。その時、確かその腕輪にはしっかり触れることができた。それからその考えを始まりに様々な考えが連鎖的に浮かび始めた。今までしたこともない大量の思考に脳が叫んで、頭は真っ白になっていった。しかしそれでも、どうしても考えを続行させた。

巨大なドームで聞いた説明。確かそこで、腕輪を無くすと人は異能力の使用はもちろん、しばらくの間動くことすらできなくなると言っていた。

確かに、先体は通過されても腕輪には接触することができた。

腕輪を装着していないと、体を影にする異能力を使えなくなることだけではなく、しばらくだが、相手の動きを封じることさえ可能になる。

つまり、あの腕輪さえ何とかすれば…

そうさえすれば、もしそうさえできれば……

この場から逃げることができる。できるはずだ!

そう決心した少年は一刻も早く行動に移そうとしたが、一つの大きな問題点に直面した。

あの腕輪を何とかしようとしても、司一郎はすでにあまりにも少年から離れていた上、少年自身の体が先から腹部の激痛でうまく動くことすら難しくなっていたのである。


届け―――

届いてくれ――――!

今この手があそこに届かないと、あの女の子が危ない目にあってしまう。

少年は腹部の痛みを抱えながら、精一杯体を起こして果てなく手を伸ばし続けた。

ただあの腕輪に自分の手が届くことを祈りながら――


そして、

奇跡は起きた。

「な、なんだ… これは……」

女の子まで後2歩しか残っていない距離にいた司一郎は全身から力が抜かれる感覚を感じながら、自分の手にくっついている奇怪な現象に驚きを超え、虚無感さえ感じていた。

司一郎の右手には、自分が歩いて来た場所よりずっと遠くの場所に倒れていた、少年の手と思われるものがあって、その手が…… 自分の腕輪を破壊したのであった。

そう。少年は今――― 自分の願望を込めたイメージで、自身も知らないうちに能力を起動させ、空間というもの、その自体に「穴」を開けることで―― 届くはずのない距離の腕輪を握り壊したのであった。

「ば、馬鹿な…」

腕輪が破壊されたことと同時に司一郎の体力は0とみなされ、全身の気力が一瞬で抜かれ去った。

「は… は… はぁ……」

安堵している少年も、先自分が起こした事を理解できず慌てていた。

今少年がぎりぎり理解することが出来たのはただ―――― なんとか無事に生き残ることが出来たということくらいであった……



本当に大変なことであった。サバイバルゲームが始まってまだ序盤、少年に近づいてきた殺気にあふれる影…… 少年の不思議な能力と少年を助けてくれた誰かの存在がなかったら勝てな…… いや、最初から終わってしまうところであった。少年はまだその恐怖に微かに震えながら人を傷付ける行為はしたくないと誓った。その怖い気持ちを、もう二度と思い出したくなかった。そうやって考えをまとめていた少年の脳裏に一つの不安が浮かび上がった。

少年は無事だった。おなかがごちゃごちゃな気分ではあるが、とにかく無事だ。それでは、あの女の子は大丈夫であろうか? もし自分が少し遅かったのではないか? そんな不安な考えが頭の中をごちゃごちゃにさせると、少年は至急にその女の子が立っていた場所に視線を移した。

「…!!」

そこには女の子が地べたに倒れ込んでいた。

幸い言うことを聞いてくれる体を動かして、少年はふらふらしながらも急いで女の子のそばまで行った。

「あ… あ。よかった。」

倒れている女の子をあっちこっち見てみたが、呼吸は安定していて、傷も見当たらなかった。どうやらただ気絶しているだけのようだ。

「え…と」

どうすれば良いのかを悩んでいた少年は、このまま放置することはよくないと思って、女の子をこの前見つけた横に長い物(ベンチ)まで運んで、自分もその隣にいてくれることにした。何よりも助けられたのかもしれないのに礼も言わずにただ行ってしまうのはさすがによくないと思ったのであろう。

そうやって痛い体を抑えながら女の子をベンチまで運んだ少年は、何故かふらふらする歩きで村のある所に移動した。


少年が着いた場所はこの村にある建物の中の一つ。壁一面が丸ごとガラスで出来ており、その中には数々の服が並んでいる建物、服屋であった。

そこに入った少年は並んでいる服を見回すと、そのまま無造作に自分が着ていた服を脱ぎ捨てて、新しく上着とズボンを一つずつ取って着用した。

どうやら先の司一郎との戦いで服がぼろぼろになったことが気になっていた模様だ。

ま、彼の場合は… 服が千切れて肌が露出されている事より、ただ寒い事が動機のようだけど…

それから少年は自分が着た服以外にも、並んでいる服の中から数個かを選んでまた先のベンチまで戻って来た。すると少年は、まだ気を失って寝ている女の子から、土で汚れた服を無理矢理脱がして、自分が持って来たサイズも合わない服を何とか着せた。

まったく……

それから少年はようやく自分もベンチに座った。どうやら助けてもらったのにただ何も言わずに別れるのが嫌であるらしい。しかしその前に、そもそも先の戦闘による疲労のせいか、少年はもう立っていることだけでも凄い状態であった。『バベル』がゼロになるのと同時に全身を動けなくなるのと同じ原理で、実際、『バベル』の数値が減れば減る程その人の体力もまた減って疲れる次第だ。すなわち、あの〔声〕が言っていたように『バベル』=「使い手の体力」と言っても過言ではない。なのに、『バベル』が全体の僅か10%も残っていない状態でもまだ動けるとは…… 貧弱な見た目にしては案外体が頑丈な子なのかも知れない。それとも………


少しの時間が経つと、タイムオーバーによってか、村の中に倒れ、放置されていた司一郎は他の階層に強制移送された。さらに、少年の腕輪の『バベル』もある程度回復されて、それなりに安定と安心を得ることが出来た。そうやってしばらくの時間を建物の天井を見上げていた少年は自分の隣でまだ寝ている女の子の方を見た。

腰につくほど長い銀髪に、それに負けないほど白い肌。そして、先は気を配る余裕がなくてよく知らなかったけど、こうやって近くで見ると本当に綺麗な顔の印象だった。

「ううん……?」

少年の肩に頭をのせて寝ていた女の子はここはどこなのかを聞いているように周りと自分の服に目を通すと、少年を見てはそのまま動きを止めた。

「あ、そ、その、ええと!だから… ありがとうございます!」

女の子の瞳を見たとたん、少年は驚きで声がうまく出なかった。

ガーネットみたいな赤色の上に何か半透明なものを覆ったのように隈っている彼女の眼は、魅惑的なことを超えて幻想的な感じさえ与えてくれるものであった。

しかし女の子は少年が何を言っているのか分からないように顔をかしげてから、あくびをすると少年の膝に顔を埋めて眠り始めた。

「あ、え、あの…」

この瞬間的な流れに付いていけなかった少年は、ただ自分の膝の上で寝ている女の子を一度見て、もう暗くなり始めた建物の天井を見上げながら自分も眠りに着いた。


記憶喪失の少年と女の子が出会ってから一週間が経った。

それから、脱落者を知らせる「声」は聞こえなくなった。少年と女の子だけを残して全員脱落……というよりは、今生き残った人々は脱落した人達とは違って戦いを避けたり、やたらと戦っても相手に勝てるほどの実力者だらけである確率の方が高いはずだ。

しかし何よりも、今少年の心に触るのは、一週間前に強制転移された司一郎という男の脱落の知らせが未だにも聞こえてないことであった。



「はい~!はい~!いらっしゃい!いらっしゃい!!」

少年と女の子はこの一週間の間この階層にある村のあっちこっちを一緒に見回った。

そこで、村の中央に、他の店とは違って人が運営している店があったから通り過ぎてみたものの、思ったより騒がしい女店長さんが居る店だった。

「うん?そこの綺麗なお嬢ちゃんは~~」

「……」

「あはは!照れ屋さんだな?うんうん。どうせこんな頭可笑しい所だもん!うんうん。理解する~ 理解する~ それよりだ少年!!」

「はい?はい!」

「ご飯は食べたかい?」

突然の、うん。かなり突然な展開と話の流れ、そして気が気でない疾風怒濤の対話だったけど、少年はなんとか笑顔で対応していた。

「い、いいえ。今までは何とか拾って解決しましたが、今日はまだですね。」

「ふむふむふむ… いけない!いけないよ!人はしっかり食べなければならないんだ!はい!りんごだ。サービスだからどんと食べなさい~」

「あ、ありがとうございます。ね、君も食べる?」

「………」

女の子も少年が分けて渡してくれたりんごを受けて静かに食べ始めた。


それでしばらく静かに食べていた最中にまた店の女店長がまたうるさく話をかけてきた。

「そういえば~ この村の外側には行ったことあるかい??」

「はい?いいえ。この村、あまりにも広いもので。」

「ははは!そうだね~ もう、この村をデザインした部署の連中は一体何を考えているのかまったく~~ あちゃちゃ、そういえば村の外側の話だったよね?そっちに行ったら掲示板があるんだ。必ず見に行ったほうが良いよ。有意義なことがた~くさん書いてあるんだから!」

「本当ですか?」

「うんうん!マジのマジ。」

「本当にありがとうございます。」

「うん、そうだったね~!あれ?もう行くのかい?」

りんごの芯まで全て食べ終わった少年は、席を立った。

「はい。気になりまして。」

「うん、そうだな~!次にまた生きて会おうぜ!!」

「はい!色々ありがとうございました。」

少年と女の子は女店長の見送りを受けながら村の外側に向かった。


そしてこの広い村の外側に到着した少年と女の子はそこに設置されている電磁掲示板を見て、そのドームで「声」がここを「世界」と表現した理由をその目で知った。

その電磁掲示板によると、まず、この塔の中には時間に合わせて明るい昼と暗い夜が存在する。それに、この階層にだけでも村、川、割れた大地、湿地、小さな山まで様々な種類のフィールドが広がっている。この最近見たことが村しかなかった少年の世界は一気に広がった。

少年は女の子と共にその電磁掲示板に絵がのっていた場所を次から次へと訪ねて行った。そうやって現在。その電磁掲示板を見た日からは2週間が経って、少年と女の子が出会った時からは3週間が超える日が経過していた。しかし、少年は未だに女の子と一言も交わしたことがない。女の子は目やシチュエーションなどで表現はしてくれるものの、対話らしい対話はまだ一度もやったことがなかった。しかし何故か女の子は一瞬たりとも少年のそばから離れようとしなかった。ただ少年の手をしっかり握って、黙々と少年のそばにいた。そして少年もそんな女の子には少なからずのありがたい気持ちをひめていた。隣に誰かが一緒にいるという存在感と、たまに見せてくれる彼女の笑顔は、この塔に訳も分からず閉じ込められている少年に取って生きる力を与えてくれるくらいありがたい存在であった。実際に少年も少し気まずいだけであって、別に嫌なのでもなかったから現状維持になっている模様だ。

そして今日は二人でこの階層で行ったことのない最後の場所へ行くために村の外側にある一筋道を通って移動していた。

その道をかなり歩くと、そこには広闊な湿地が広がっていた。動物は見えないが、視野内の全てが水と泥だらけの光景は、今まで見た事と同じく少年にとって初めて見る事だらけだったからドキドキで目を離せなかった。

今日一日もまた楽しく観光をしていた。なのに、そうはずだったのに…… 突然湿地の最北端方向から爆発音と共に巨大な飛沫が空に跳ね上がった。

「え?」

「……」

どうやら生存者のうち誰かが戦っているようだ。そこまで思いついた少年は彼らを止めるために爆発音が聞こえた所に女の子の手を握って走り始めた。

自分があの時感じたその嫌な気持ちを他の誰かが感じなくて済むのなら、それより良い事はないと思った少年は必死に走った。



しばらくして、爆発音がなった場所に到着した少年はとてつもない大きなショックを受けることになった。

あそこには手から雷を発生させながら必死の電圧を込めた攻撃を撃っている、確かドームで躊躇なく人を殺したマル・ボーダー・力という名のマッチョマンと、不意打ちを狙っているのかあちこちに攻撃を流しながら隙を見ているシャツ格好に頭の良さそうな印象の男が対峙していた。その二人の戦いは、この前少年がやったのはただのいたずらであったとも呼べないくらい強烈な戦いであった。

マル・ボーダー・力が雷を撃つと、シャツ格好の男は地面に満ちている水を垂直に蹴飛ばしてから、まるでその水を操っている様に利用してその雷の攻撃を防ぎ、そのまま水を鋭いナイフに変えて飛ばした。そうすると、マル・ボーダー・力はその水のナイフを紫電で的中させて水蒸気だけを残して爆発させた。そしてその攻撃の反復によって発生した濃い霧が二人を囲んで、その向こうからは色どりどりの雷の光と水柱の爆発のみを観測させていた。


そうやってしばらくの時間が経つと、霧が晴れて姿を現した二人はお互い少しずつの怪我を負って、体のあっちこっちから血を流していた。しかし、しばらく互いを睨んでいると、シャツ格好の男がまるでその傷がどうでもいいと言うように、むしろそれがチャンスだと思ったように、自分と相手が流した血液を使って攻撃に加勢した。しかし、マル・ボーダー・力もそれに負けず、自分の体から電気を放電させて自分に攻めて来る血液のみならず、自分の体の傷口から流れている血液さえも全て蒸発させた。

凄まじい強者。そして二人が広げる凄まじい戦い。その一瞬一瞬変化する戦いの流れ、一撃一撃で形勢が逆転される事の連続。その全てのことは、今の少年にはどうしてもできようのないことであった。

しかし、少年にとって最もショックだったのは、

血を流しながらも心の底から楽しそうに笑いながら戦っている二人の表情であった。

少年にはその笑顔がどうしても理解できなかった。血を流している。痛いはずだ。

しかし、しかし、まるで相手が血を流して、自分も血を流しながら戦っている事が楽しそうに笑っていることが、少年にはどうしても理解できなかった。理解したくなかった。

しかし、だからと言って、あの二人を止める気も生じなかった。あの戦闘の中に入ったら残るのは…… ただ死のみ。

「フン!おい、テメェ。どうせ水なんかじゃ雷気様には勝てないって事実をさっさと気づいてサレンダーしろよ!そうしたら特別にこの俺様の剝製コレクションに入れてやるからよ!」

「ふん。それは遠慮するかな。しかし… 私の技に比べて君の攻撃はあまりにも『バベル』の消費が激しいようだが、違うか?」

「ふざけ!まだ俺様の『バベル』は半分も残ってるっつうの!テメェを殺すには上等だこら!」

「情報確認に感謝。しかしそれはどうかな?何、試すとしよう。」

水分がたっぷりある湿地の地面から湧いてくる大量の水。そして、その水玉一つ一つの全てが医者が使うメスの形になっては、凄まじい勢いでマル・ボーダー・力に降り注いた。

「やはりこの形が一番扱いやすいな。

「チイッ…!!」

自分に攻めてくる水のメスを前に、マル・ボーダー・力はすごい気迫で電気を放電する準備をしていた。しかし、水のメスの数は目積もりで数えただけでも数百を超える。いくら広範囲に雷を放出しようと、そのすべてを撃墜させるのはどうしても無理であろう。

これはこのフィールドが湿地地帯だからこそ発生する絶対的アドバンテージであった。

「では、さようなら。」

「ふっざ、けぇぇんなよー!!」

マル・ボーダー・力は自分の肉体から途轍もない電圧の雷を放出し、撃った。

しかし、その雷が向かったのは水のメスのいずれかでもなく、その水を操っているシャツ格好の男本人。

「ヘヘン!テメェさえ亡くせばあんなの一々処理する必要はないってこっさ!さすが俺、賢いぜ!!」

「ふっ。浅はかな。」

自分に向かって来る雷を見たシャツ格好の男は眼鏡をなおしてから、『バベル』を大量に消費した。

「え…」

今そこで起きた現象に最も早く反応したのは二人の戦闘を遠くから見ていた少年の方であった。

今少年の目に見えたのは、自分の体をほぼ透明な姿に化したシャツ格好の男であった。その姿は種類は違うとも、今は少年に大きなトラウマになった司一郎という副社長のことを思い出させたからである。そう、今シャツ格好の男は大量の『バベル』を消費することによって、自分の体そのものを「水」に置換したのである。それも純度100%の「蒸留水」にであった。

純度100%の蒸留水は一般的な水とは違って完全な絶縁体である。すなわち、あの必殺に等しい電気の攻撃さえも、少したりともしびれる事なく済むのである。

しかし―――――

「グ、グアアアッアアアアアアア!!!!」

自身の体を蒸留水(絶縁体)と化したはずのシャツ格好の男はマル・ボーダー・力が撃った雷を直撃で受けて、そのまま『バベル』が0になった。

「ど、どうやって……」


医者である自分に取って科学的面に置いてミスなんて、あったはずもない。確かに私は純度100%の蒸留水になって、完璧な絶縁体となったはずだ… いいや、そうだった。しかしあの男の雷はそういうことをすべて無視したように… 私にダメージを与えた…… 彼の電気が特別だったのか?自分の『バベル』が足りなかったのか?

いいや、断じてどっちも違う… だとしたら一体……


シャツ格好の男―― プルイード・メディモは自ら今起こった事実を心の中で一生懸命否定し続けた果てに、ギリギリ動く顔面の筋肉を動かして問いを投げた。

「一体… どうやって、君の攻撃が…… 通じた…?」

「アアン?! バ~ッカじゃねぇの? そりゃこの俺様がすごいからに決まってるんだろ!」

ダメだ。聞いた分無駄だった。どうやら彼も知らないようだ… しかしだとしたら、認めたくはないが自分に何かの誤差、ミスがあったとしか考えられない。

そうやって、精一杯頭を回しているプルイード・メディモの視野の隅に、一つの明確な可能性が発見された。それは「泥」。この湿地の地面にありふれているその泥であった。

いくら自分の体を蒸留水にしたとしても、自分の体には、この足から繋がっている大量の泥が、確かな伝度体があった。つまり、先までは大量の水によって相当なアドバンテージを提供していたこのフィールドが、今はその本人にあまりにも大きなデメリットとして作用したのである………

 ‘そうか。いくら私の体が絶縁体とはいえ、私が踏んで立っていたのは泥だらけの湿地… 今の私の体はまるで異物が混ざっている状態も当然だったのだ。’

異物… 不純物。 雷が通った理由を納得したプルイード・メディモ――― 先職医者であった彼の脳裏には敗北の未練より、ある記憶が蘇った。


私は医者だった。それもとても優秀な医者。純粋な熱意を持って人々の役に立つために仕事を休まず、自分の身より患者の健康を当然のように優先した。さらに、どのような分野でも才能を持っていた私は当然のように若い年で大きく成功することが出来た。しかし…… 数年間の医者生活を繰り返していたうちに、私の純粋な熱意はだんだん金への欲に満たされていく一方であった。

たしか、そんな気持ちになり始めた頃には個人で病院を建てて整形業界で活躍していた。金目当てになった私は整形のための医療用シリコンに産業用シリコンを混ぜて使用したり、喉の中を確認するために使用する棒や手術道具を何度も再利用したり… それ以外にもやってはいけないと思える行為だと知っても、もしそれで死ぬ人が出たことがあったとしても、それで金を節約できるとしたら、それで金をより稼ぐ道に繋がるというなら、一切のためらいなくそれを行った。


彼は混ざった人間だった。

心の中に残っている純粋な熱意に、金の欲が矛盾しあって混ざっているように――

医療用のシリコンに、産業用のシリコンを混ぜたように―――

人を救う自身から、人を殺す快感を感じた自分みたいに――――

今、純粋な水に足底から泥が混ざったように――――

プルイード・メディモは誰も知ることのない自らの行いに納得し、残りわずかの命を焼き散らす雷をただ、受け入れた…………



終わった。

血まみれの戦いはプルイード・メディモが炭のように真っ暗に焼けて死ぬことで決着がついた。

少年は何もできなかった。あの戦いを止めることも、最後の瞬間にあの男を救うことも… 少年に出来たのはただ単に息を殺して吐き気を抑えながら草むらに隠れていることくらいしかできなかった。 もし、もし自分がもう少し強かったら、誰かを止められるほど強かったら…… と少年は自分のことを嘆いた。

「……」

そしてそんな少年に突然雷が飛んで来た。

「うあっ!」

しかし、その雷は少年には届かなかった。まるで何か透明な壁でもあるように。少年自身は何もしたことがない。だとしたら、また少年の隣にいる女の子が救ってやったのであろう。そう思った少年は自分の隣にいる女の子に礼を言おうとしたが、続けて飛んでくる雷に少年を守ってくれていた防壁が破れたことでまた姿勢を低くせざるを得なかった。

「おい!そこで見ていた奴!さっさと出て来い!!」

ばれた。いや、ばれていた… それじゃ出るか?待つ?戦うのは嫌。だからといってこのままも嫌。いったいどうすれば良い?そうやって悩み続いていた少年の手に空虚さが感じられた。

「え?」

「へへ。今日は二人も会えるとはな。これはこれは運が付いてるぜ!早く来い!!」

「……」

マル・ボーダー・力の前に堂々とその姿を現したのは、いつも少年の手をぎゅっと握っていた女の子であった。

「ヒュ~ こりゃ可愛い女の子じゃねぇかよ?」

ダメだ。危ない!

「ここに入ってから色んな女を味わってきたもんだが、お前さんはまた格別そうだな。」

マル・ボーダー・力が撃った雷数発に女の子が作ったと思われる防壁が破られたのが僅か数秒前のことだ。このままではあの女の子が危ない。

「さ~ さ~ さっさとやろうぜ。お前さんを抵抗もできなくしてから弄んでやるからよ…!」

大怪我をするかも知れない。いや、今度はあそこの人みたいに残酷に殺されてしまうかも知れない………

だが、それでも、そんなことより、何より、あの女の子は今まで僕を何度も守ってくれて、ずっとずっと一緒にいてくれた。そんな女の子が死ぬかも知れないなんて、そこで自分は何もしないだなんて……… いや。いや。いや。いや。いやだ!そんなのはいやだ!!

甘えていると言っても良いほどの、そんなわがままで少年は走り出した。あの人にはどうすれば勝てるのか、どうすれば生き残れるか、戦いを辞めさせる方法はあるのか…そんな多くの複雑な考えはさておいた。ただ、体を動かした。

「や、やめろ!」

隠れていた草むらから出た少年を女の子はただきょとんと眺めて、マル・ボーダー・力はニッコリと笑った。

「マジか?3人じゃん!!!」

戦闘の始まりを知らせる鈴の音が3人の腕輪から鳴った。さ、これで少年はもういないふりはできない絶体絶命の状況になった。

それでも少年は恐怖を冒すいで、何よりも先にマル・ボーダー・力に話をかけることにした。どうやら少年はこの状況に及んでも話し合いで解決がしたいようだ。

「あ、あの… やはりけんかなんて、やめるのは………」

「ああん?!!」

「ひいっ!」

少年の話は聞く価値さえもないと言っているようにマル・ボーダー・力は怖い表情で睨んでから容赦なく雷を飛ばした。しかし防がれた。また一発… しかし結局防がれることの反復……

「へぇ~ テメェ。けんかは止めよう、なんて弱音を吐いているくせに… よくも俺様の攻撃を防いてんじゃねぇかよ?!!」

「いや… これは、僕がやったのでは……」

「うるっせ!!」

「っ………」

「先から何をごちゃごちゃしゃべってんだ!まったく、やっかましい…… 俺はな!戦うのが大好きなんだよ。テメェは違うんかい?混ざり合う拳、その中で感じられる高揚感とスリル。俺はそれが大好きなんだ!それによ… そもそも、戦わずにどうやってここから出るつもりだ?あのくそ「声」野郎も言ったじゃねぇかよ?戦え!生き残れ!そして最後の一人のみが此処から出る権利を得る!こんな素晴らしいサバイバルゲームという戦いの場が用意されてんのに、そこで遊ぶなと? それこそシツレイ!俺はこの力でより強くなって出るんだ。それとも、テメェはここから出たくもねぇのか?!前までの生活は全部どうでも良いってわけか!?」

違う… ここから出たい。そして自分が誰だったのか、何をしていたのかも正直に気になる… しかし、傷付いて、誰かを傷付けることはやりたくない。しかし、しかし…… 彼が言ったこと全てが間違っている訳でもなかった。確かに理解が出来ないことが多く、納得したくないことも数多くあるけど、ここから出るためには「最後の一人」になること。それだけが今少年が持っている情報の全てであった。この矛盾している、真実と自分の感情の間で少年は一体どうすれば良いのかを悩んで、また悩んだ。

「ああん?!」

立ったままぼんやりと悩んでいた少年に多発の雷が飛んできた。

雷からの攻撃に耐えてくれていた防壁も結局破れた。

「は…… もういいや、もう死ね!」

ただぼっと顔を下げて悩み事ばっかりで、戦う意思すら伝わらない少年の態度に厭きたマル・ボーダー・力は右手に電圧を集め始めた。

放電。おそらく先プルイード・メディモとの戦いで何度も見せたあの技を使うつもりのようだ。

「……」

女の子は至急に少年の前に出て巨大な防壁を作り出した。

防壁を作り出した直後の、そのギリギリの瞬間に雷は少年と女の子の視野を奪った。

「うううっ…」

「……」

少しの時間が経って、

雷の攻撃が止むと、そこには輪郭だけをギリギリ残している防壁が少年と女の子を無事に守っていた。

「へぇ!へぇ!生きてんじゃん!!すげえ!やっぱ…… うん?」

自分の攻撃に傷一つ付いていない少年の姿を見て興奮していたマル・ボーダー・力は突如目をしかめて何かを見詰めた。

「うあああああ!!」

マル・ボーダー・力の視野に見えたのは、拳を握ってみっともない格好で走ってくる少年の姿であった。

「フン…」

そしてみっともなく振るった少年の拳はあまりにも簡単に捕まえた。


苦しい。まるでこのまま手が握りつぶされそうだ。

何をどうすれば良いのかを分からない。

戦いたくない。それでも戦わなければならない。

この矛盾の反復が少年の脳細胞と精神をかじり食っていた。

やがて少年は涙を流した。

「一体、一体僕は一体どうすれば良いんだ?!!」

自分が誰なのかわからない。

何をしてきたのかわからない。

何をすればいいのかわからない。

どうすれば良いか、分からないんだ…

少年はそんな、いつも、誰もが持つである悩みに、初めて感じたその悩みに体を震え足搔いた。

「んなの――、知るか!!」

マル・ボーダー・力は面倒くさくて情けないと言っているように、少年の拳を握った手とは違う手で腹部を加撃した。

「くはっ!!」

体内からは先食べたりんごや野菜が逆流して流れ出た。

いたい…

司一郎の時とは比べものにもならないくらいの痛さ、苦痛が少年の全身を掌握し、微細に痙攣させた。

だめだ… 全身に力が入らない。すでに少年の『バベル』はその一撃で2/3以上減少した。

しかし今はそんな痛みよりも頭の中の痛みの方があまりにも辛かった。

それでも今はただ立って足搔こうとする少年は、手で泥を握りながらも前に進もうとした。しかし少年の手には穴でも開いているのか、泥も掴まれず、一歩も進むことができなかった…

「ぷはははっ!なんだ!マジかよ?!」

そんな少年の足掻きを見たマル・ボーダー・力は大声で笑った。

「テメェ… 戦いたくないとかなんとか言っていたくせに、結局本性は同じじゃねぇか?」

まるで宝でも見つけたような目で自分を見ているマル・ボーダー・力の言葉が少年には意味すら理解できなかった。

「オイ、立てよ。」

マル・ボーダー・力は笑顔を隠さず、ゆっくり倒れている少年に歩いてきた。

「……」

そんな彼の前に立ちはだかったのは女の子であった。

「ハ?!なんだ、オメェが先にくたばりてぇのかい?」

「………」

「ま、良いさ。どうせこのガキがまた動けるまでは時間もかかるだろうし、俺はその間オメェさんで遊んでいれば良いってこった!!」

もう完全に女の子をターゲットにして大幅で近づいて来るマル・ボーダー・力を前にして、女の子はたった一歩も引かなかった。しかし、女の子が作るその透明な防壁で防げる彼の攻撃は今までのことを基準に計算すると、たかだ3~4発程度… それに、あの男との基本的な身体的力の差…… 危ない。今動かないとあの女の子は………

殺戮の瞬間を楽しみにしながら近付いて来るマル・ボーダー・力と、彼から少年を守ろうとする女の子が対峙しようとした

その瞬間――――――

世界は色を失くした。

いいや、正確にはあまりにも強烈な光によって、その一台が真っ白になった。

「やれやれ… なんの騒ぎかと来てみたら… また貴方でしたか?」

その光の中で数少なく機能している聴覚を通して流れてきたのは他なくランの声であった。

「ヘン!!それはこっちのセリフだぞ!この鳥野郎が!!」

マル・ボーダー・力は見えるはずのない空間の中で聴覚だけに頼って、それも一度だけ聞いたことのあるその声の持ち主が誰なのかからその位置までを正確に把握してみせた。

「その時はしょうがないから見逃してやったけど、今度はテメェの肩の骨を抜き押しつぶしてやろ!」

「やれやれ… まだその軽薄な話し方を直せなかったのですか?それでは貴方はまだFですね。」

「俺様のランクはshockingのSだ!!」

視野が回復するのも待たずに、マル・ボーダー・力は今まで行使したことのない威力の雷を正確にランに向けて一点発射した。

「くはあっ――!!!」

雷の轟音が響いたこととほぼ重なるように、その空間に響いたのは心臓を撃ち抜かれることによる――― 短い呻き声であった。

しかしその呻き声の主はどういう訳か凄まじい威力の攻撃を飛ばしたマル・ボーダー・力の方であった。

「な、なにを……」

確かにマル・ボーダー・力は残りの『バベル』をほぼ全て消費して、かすんだけでも即死するくらいの電圧を込めた必殺の一撃を飛ばした。しかし、その結果は、飛ばした本人の心臓が抜き出されたという、信じがたい状況。マル・ボーダー・力はすでに何も存在していない虚空に向かって納得できないと疑問を聞き投げた。

「私の異能力をお忘れになったのですか?授業態度もFですね。」

今回声が聞こえて来た方向は、信じられないことに―――― マル・ボーダー・力のすぐ後ろであった。

確かに彼の異能力はこのうざく視野を奪っている光。

そこまで思い出したマル・ボーダー・力はぼんやりとなっていく頭で気付いた。

「私の異能力は光。たかだ い・か・ず・ち・な・どが追いつけるスピードではありません。これは幸いな事にも残念でしたね。」

「テ、テメェ…」

つまり、ランはマル・ボーダー・力が自分に向けて発射した雷の攻撃が届くずっと前に光の速度で彼の心臓を撃ち抜いたとのことになる。

ランはその手の上で未だ動いている心臓に光を集中させて、それを容赦なく破裂させた。

そしてそれと同時に、強靭だったマル・ボーダー・力という人間は完全に意識を失くして全ての生命活動が途切れた。さらに、彼の手首に装着されていた腕輪に表示されている『バベル』の数値も彼に続き0になった。



マル・ボーダー・力が死んだ後その場には相変わらずぼっとした目で新しく表れた第3者、ランを見ている女の子、まだ目がよく見えなくて今何が起こったのかをちゃんと把握していない少年、そして… 女の子に向けて高熱の光線を発射し始めたランのみが残っていた。

「……!!」

ほぼ直感に近い防御。

発射されるのも、発射されたのも見えなかったその光線は少しの抵抗だけを残して女の子の防壁を完全に消滅させた上、女の子の上着を少し焼き、肌には軽い火傷を負わせた。

「え…?!」

目を覚ましてみたら自分たちを襲おうとしたマル・ボーダー・力は胸に穴が開いたまま死んでおり、突然戦闘の始まりを知らせる鈴の音が聞こえたとしたら、どこから現れたのか知れないランが女の子を攻撃している姿を見た少年は今一体何がどうなったのか訳が分からなくなったけど、少しだが動けるようになった体を引っ張って、よろめきながら女の子の側まで走って行った。

「おい… 大丈夫か?!」

倒れている女の子を揺らして意識があるのかを確認する少年に、女の子は単にうめきで答える一方だった。

「くうっ…」

「そこから今すぐ退いてください。そのままでは貴方も怪我をするかも知れません。貴方は必ず私が守って見せます!だから――」

「いやだ!」

「っ………!!」

ランを目を顰めては、何故か緊張や焦っているような顔で聞いてきた。

「トオラ君。彼女を庇おうとする理由は何ですか?彼女は誰ですか?信用できるのですか?」

トオラ?それが僕の名前?そういえば、彼は初めて会った時も僕のことを知っている様だった… しかし今はなくした記憶よりも、今度こそしっかり話し合いで争いを止めるのが先だ。それができなかったから、すでに正装姿の男と筋肉質の男が死んでしまった。これ以上真面に話し合う機会を逃したらより多くの人が怪我して、死んでしまうかもしれない。

そう心を決めた少年は答えた。

「ぼ、僕の大切な人です!」

「はい……?」

「僕… ここで、目を覚ましてから自分が誰なのかもわからなくて、あれやこれや考えなければならないのに悩みばかり増えて… それに、それに、すごく弱くて守られるばっかりだったのに…… 一緒にいてくれました!ずっと、ずうっと一緒にいてくれました。だから、今度は僕が守ります!誰なのか知らない貴方なんかよりずっとずっと信用できます!」

まるで緊張しているように言葉を吃りながら、少年は両腕を広げて女の子を守る姿勢をとった。

今少年が足を振るえながらもしっかり立っていられること。全身を高揚させている…… その疑問の感情はたしか、皆が「勇気」と呼ぶそれであった。

「そう、ですか… でしたら……」

ランは親指だけをひろげて少年を狙った。

「少し、眠っていてください。」

ランは親指から薄く小さな光線を少年に発射した。

自身に向けられて発射した光の輝きに、瞬間的に少年は何らかの衝撃に備えて目をつぶった。

しかしその光線が少年に届くことはなく、むしろ全く別の位置である、ランと少年の間に垂直に落ちた。

「え…?」

少年は今一瞬起こったことを理解できず、またあの女の子が助けてくれたのかと思って女の子の方を見たが、彼女は未だ目を閉じて地面に倒れていた。どうしても一瞬で少年を助けたとは考えられなかった。

「……」

しかし先何が起こったのかを全て見たランは非常に驚いていた。

自分が睡眠光を発射した瞬間、突然少年の前方と全く他の方向の空に二つの穴が生じては、少年の前に開かれた穴に光線が入るとそれが全く他向の空に開かれていた穴から出たのであった… まるで空間そのものに穴を出してトンネルでもくり抜いたように………

「やれやれ… これでは、それなりの方法を取らないといけませんね。」

ランはドームで見たことのある光の翼を広げて、そのまま飛び上がった。

「トオラ君。頭を下げてよく避けてください。」

「アルファよ……」

「何……?」

驚きにもランの言葉に応答したのは今まで倒れていた女の子の方だった。

「あの、子は… アルファ。トオラじゃない…」

女の子はいつの間に目を覚ましたのかぼつりぼつりと話し出し始めた。

しかしランは彼女の首と胸の間の、服が光線で一部焼かれたことでその存在を表した黒い比翼のタトゥーを見ると、そのまま険悪な表情と怒りがこもった声で叫んだ。

「やはり… 貴女、いいえ… 貴方達だったのか!!」

ランは自分の後ろにカゲロウを発生させるくらいのとても大きな光の輪を作り出した。

「ねえ。君大丈夫?」

女の子が目を覚ましたことを確認した少年、トオラ、いいや、アルファはそのまま女の子を持ち上げた。しかしどうやら少年は彼女が少し重いのかうなりを出した。どうやら普段から力のない少年がいきなり人を持ち上げようとしたからのようだ。うん。少年に力がないだけであって、決して女の子が重いとかなどではないんだ。決して。決して…

今ランが何を仕掛けてくるかは分からないけど、女の子に危害を与えようとしていることだけは確かであった。そうとしたら、今真面に動けない女の子を助けられるチャンスだと思った少年は歯を食いしばって女の子を抱いて逃げる準備をした。

「これより貴方を消すための攻撃を開始します。どうせ消える定め、そのまま目でも閉じていなさい。」

ランの後ろにある日狐狸の輪から無数の光線が放出された。その光線はただ女の子のみをターゲットにしているのがほとんどで、それ以外はまるで少年と女の子の退路を断ち切ることのように周りに降り刺さっていた。光線一発一発の威力はよもや少年に当たることを心配したのかそこまで強くはなかったけど、だからといって何度も攻撃を受けたら長くは持てないことは明確であった。しかしそれでも器用に避けたとしても周りからランダムに降ってくる光線と、さらに女の子を狙って追ってくるはずの光線まですべて避け切ることはどう考えても無理に等しいとしか思えられない。

「どうすれば…」

一体どうすればこの状況から抜き出されるのかを苦悩しながら目をつぶって、また開けた少年の目には、ある異常が発生していた。

それは他でもなく、地面の特定な所が他の所に比べて暗く見えている、ということであった。

もしも素目で光を見たのが原因かと思ったが… 違う。そうじゃなかった。明確に違った。暗く見えているすべての所には偶然とは言えないほど確かな共通点があったのだ。

それは――――

少年の眼に暗く見えている所には、攻撃が届いていない!

確かなことではないけど、このままただ無数な光にさらされるより、今は小さな駆け引きにかけた方がずっとましな状況だった。そう考えた少年は自分の眼に暗く見えている所の内、今自分がいる場所から最も近い所まで走っては、立ち止まった。

そして―――

結果は……… 正解だった。

やれる!

今度は僕が、僕の方からこの子を守ってあげられる。今までのようにただ守られるばかりではないんだ。

そんな考えで少年は一瞬少し胸がいっぱいになって、うれしさを噛み締めた。

が… その気持ちは次の一撃で崩された。

「うわっ!」

少年が立ち止まったおかげで安心して打つことが出来た、今までの光線とは格の違う明確な破壊力を持った光線一つが少年の足のすぐ前に降り刺さって地面に疵をつけた。その衝撃で少年は尻もちをついて、手で抱いていた女の子を逃してしまったのであった。

「今!」

少年が「しまった!」と思った瞬間、ランは少年が逃した女の子に光を決集させて作り上げた高熱高密度の光線を発射した。

今女の子の命を奪うために発射されたのは他でもない光。この宇宙で最速と呼ばれる物だ。しまった、と思った瞬間にはすでに、少年に出来ることなどありをしなかった。


しかし――――

「何?!」

「え……?」

湿地の湿気を蒸発させている凄まじい威力の光線と、その光線を何ともなく防ぎ切っている何か。見えない何か。今まで少年と一緒にいた女の子のものとはどこか違う種類の、何か…

ランはもちろん、少年すらも、それが女の子の異能力である「防壁」だということまではギリギリ理解する事はができた。

しかし確かに女の子の防壁はマル・ボーダー・力の雷数発、ランの光線攻撃一発で敗れるほどの硬度であった。

なのに、今彼女の防壁はその光線の数十倍に値する威力の攻撃をあんなにも簡単に、真面に防ぎ切れていた。信じられないその光景にはただ、長い銀髪を翻しながらルビーのような鮮明な赤色の瞳を持った女性だけが平然とそこに立っていた。


長時間の比べ状態。

一歩も引かず続いた二人の戦いは30分というタイムリミットによるランの強制転移と、それに合わせて彼女がまた意識を失うことにより、強制的に幕を下りた。

1階層の北の外側の景色を成していたのは水分と小さな草がたっぷり存在している湿地。しかしもうそこにはそんなものはあまり残されていなかった。


ただぼんやりとその光景を眺めていた少年はすぐ気を取り直して、いつまたランがここに戻ってくるかもしれないという考えに、少しでも早くここから逃げるために気を失っている女の子を背中に負って2階に繋がっている階段に向かって走った。


ああ… まだ自らの頭で探せず彷徨っている愚かで小さきホムンクルスよ―――

進め。より高い所へ、より広い所へ。聖上の頭で思考し、その二つの足で熟察せよ。君の前道を防いでいるのはまだ小さなフラスコ(世界の一部)にも過ぎず。

じゃ、しばらくは彼女に任せて私は後片付けでもしますか~



巨大な塔の9階。

そこの西に位置しているフィールド。

そこには園のような丘に風に揺れている草。そしてそんな美しい風景に相応しい外見の金髪の男が、その顔には似合わない表情で怒りを込めていた。

「彼女… まさか、あの子を拉致した張本人なら…… 必ず殺します!!」

この建物全体を見回しながら「ラン」という名の復讐を誓った男はそう宣言した。

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