Theー@bility

@Gusto0124

0. 少年、目を覚める。

どのような家具も置かれていない真っ白な部屋。そこで少年は目を覚ました。

「…ここは?」

少年は周りを見回した。

その部屋の中にあったのは固く閉まっている扉と壁に刻まれている幾何学的な渦巻の絵、一つのカメラ……

そして記憶を失った少年が一人。

少年はどうして自分に記憶がないのかを知れない。

少年はどうして自分が此処にいるのかを知れない。

頭に入っている事と言えば指で数えられる程少なく、そもそも彼には倫理観や固定観念、自分だけの哲学などがほぼ残されていなかった。

要するに、まだ何も満たされていない真っ白な赤子とも言える状態であった。

そしてそんな少年が今何よりも興味を持っている事は、ここは何処で、自分はどうしてここにいるのか…

こんな状況なら誰もが優先的に考えそうな当然の疑問を、少年は抱いていた。

そしてその瞬間―――――

〔やれやれ、おはよう? 私のモルモット及び諸君たち。君たちの考えそうな疑問は多いだろうけど、まずは、君たちの前にあるトランクの中から腕輪を装着して欲しい。そうさえすればその部屋から出してあげるからね。〕

部屋のどこかから聞こえてくる人のものと思われる〔声〕が命令を下した。

それからしばらく待つと、壁に描かれてある幾何学的な絵が回転し始め、その中から黒いトランク一つが現れた。

「うん?」

その不自然で怪しい物を目にした少年は、一切の疑いもなく、部屋から出してあげるという言葉一つだけを信じ切ってトランクを開けると、その中にあった腕輪を手首に着けた。

「いたっ!?」

腕輪を装着したとたん手首にチクチクする感じがすると、その腕輪に< בּוֹר >という文字が一瞬現れた。

「……うん?」

しかし少年は腕輪に現れた、そもそも読めない字には気も配らず、扉が開かれたという事に安心してそこを出た。


@


部屋から出た少年を待っていたのは、中央に大きな白い柱がある、少し暗くて広い円形のドーム空間であった。周囲をよく見まわしてみると、そこの壁面をそって並んでいる数多くの扉が目に入った。少年が立っている所から反対側の扉が全く見えない程だから、此処がどれほど広いかは今の少年にも理解できたはずだろう。


しばらく待つと、並んでいる数え切れない扉から一人、また一人が続いて部屋から出始めた。そのうち、少年が出た所のすぐ隣の部屋から出た人は、短髪にウェーブが入ったブロンドのイケメン男性であった。穏やかな印象の顔とスリムな体に高い背が揃っている彼は、誰が見てもかっこいいと思えそうな人であった。

「……あの…」

少年は何処かも知れない場所で初めて会った人にどのようなためらいもなく声を掛けた。どうやら在るはずもない社会動物(人間)の生存本能でも目覚めたのか、この広い場所で独りぼっちでいるのは嫌だった模様だ。

少年の呼び声に「あっ!」と頭を上げたブロンドの男性は、しばらく少年を眺めると、微笑と共に答えた。

「はい。やっとまたお会い出来ましたね。」

「はい?僕のこと、知っているんですか…?」

「はい…?私です。ランです。ラン先生ですよ!」

「いや、その……」

「覚えて、いないのですか………」

少年は彼におびえたように、そっと頷いた。

そんな少年の反応を見たランという名の男性は顔をしかめて項垂れると、それっきり一人で考え事に夢中になった。

少年も少なからず驚いたのか、そわそわしながら一人ずつ部屋から出てくる人々の姿をただ窺うのみであった。

続けて観察してみると、このドームにいる人々は黒髪から白髪まで、白い肌から黒い肌まで様々であった。世界の各地からこの塔に拉致されたため、此処にいる人々は皆国籍のみならず人種や年齢までも様々であった。しかし、話を盗み聞きしてみると、確か異なる言語同士なのにも関わらず、その言葉の意味をなんとなく理解する事ができた。それは文字すら知らない小さな少年にも例外ではなかった。おそらく《脳波コミュニケーション》技術の応用で、全員の脳内に電磁チップでも埋め込んでいるのであろう。

そうやってしばらくの間が経って人がある程度部屋から出た時、ドーム内に光が付いた。



長時間の文句が混ざったざわめき。

それからもうしばらく待つと、文句を言うのも疲れたのか此処、ドームの中に静寂が訪ねた。

そしてその時を待っていたように中央の白い柱を背景に「a」の字が現れると、部屋の中でも聞こえた〔声〕が流れ始めた。

〔やれやれ、部屋から出た諸君は…… 半数もならないのか。ま、別に構わないわ。疑いが多すぎる連中は面倒くさいだけだもの。まずは王国に来た事を歓迎する意味で私なりで諸君らの疑問を解いてあげよう。質疑応答はその次で。〕

それから長い時間にかけた説明が始まった。

その〔声〕の説明を要約すると、此処はある所に存在する、ミサイルでも破壊できない特殊な障壁で囲まれた、10階で構成されている塔の中である。それぞれの階層には特別な環境が造成されている。そして、この塔から出るためにはただ一つの条件さえ満たせば良い。それは、「唯一の生存者」になる事。それさえクリアすればこの塔から出ることができる。続いて、今ここに集われた人々の体には、誰にも特殊な薬物が注射されており、そのおかげで特殊な「異能力」を使用することが可能になった。(薬物が注射されたのはおそらくその腕輪を装着した時と推測される。)それぞれの人にはそれぞれ異なる異能力が与えられており、そのそれぞれの異能力は活用次第である。腕輪を見れば、本人の体力:『バベル』が表示されており、もし異能力を使用する場合、及びダメージを受けた際に、自動的にその『バベル』の数値が減少し、数値がゼロになったら、頭の真っ下から全ての感覚が麻痺されて動けなくなる。無論、この『バベル』は時間が経てば少しずつ回復するが、うまく調節しながら使用するべきである。異能力の種類によって、そしてその異能力で駆使した技の範囲と威力、最後に、その異能力を使用する使い手の力量によって『バベル』の消費量は千差万別なので、どれほど良いものだと思われる異能力を持ったとしても慎重にやって行く必要がある。また、相手を再起不能にさせる方法には大きく分けて二つが存在する。一つ目は、腕輪を奪ったり壊すこと。その場合、その腕輪を無くした人は『バベル』がゼロになったこととみなされ、異能力の使用は無論、しばらくの間動くことすらできなくなる。しかし、腕輪を無くした人が他人の腕輪を奪ってまた装着さえすればすぐ再参戦が可能になるため、その点は要注意だ。ただし、駆使することができる異能力は一人に付き一種類のみなので、他の腕輪を装着したからといって、別種類の異能力を駆使したり複数の異能力を駆使する事は不可能である。そして二つ目、ただ殺せばいい。これは最も多くの人が肯定した方法であった。しかしながら、戦闘が始まった場合、その二人が装着している腕輪から音が鳴って、その時から正確に30分。30分というタイムリミットを持って戦闘を行うことになる。もし30分の時間内に戦闘が終了していなかったとしても、戦っていた者同士が同じポイント(場所)内にいた場合、その内どちらかは必ず他の階層に強制転移される、という。

〔やれやれ、こんなもんだけど、何か質問のある人… まさかいる?〕

その言葉に真っ先に反応したのはスーツ姿に、髪を分け目にして額が見えている50代近くと思われる男性であった。

「どうやら命懸けのサバイバルゲームと思われますが、優勝者には一体どのような商品が与えられるのでしょうか?アナタがどのような目的を持って無垢な私たちを此処に拉致しておいて、そのゲームに参加させたいと仰るのかはご了承頂けませんが… もしそうでありましたら、それに値する商品くらいは頂いてもよろしいのでは?」

それは自分が置かれた立場を最大限利用した上、私「たち」という言葉をわざと使用して周りの一同を自分を含めた多数派にさせることと同時に、個人である相手にプレッシャーを与える鬱陶しいやり方であった。

〔ここから出られることだけで満足したらどうよ?大企業の副社長、高原・司一郎(たかもと・しいちろ)さん。〕

しかし、冷淡に帰って来た答えにスーツ姿の男性―― 高原・司一郎は文句があるような表情を浮かべながらもそのまま後ろに下がった。どうやら自分が完全に「乙」だという事実を早めに理解できた様だ。

「じゃと、もしここから出る時は腕輪、この… 異能力ってやらは持って行っても良えのじゃい?」

次は老人男性の質問であった。そして、その質問に対して〔声〕はしばらくの間を置いてからその質問に答えてくれた。

〔あ~ やれやれ、ま… いいよ。どうせそれは最初から「皆」に渡そうとしたプレゼントだと言ってたし。どう?これでやる気にはなった?〕

「「はい。」」

先質問した老人とスーツ姿の男性の他にも、此処にいる数多くの人々が首をうなずけながら微かな笑みを浮かべていた。

「おい~ おい~ お偉いさんよ、じゃこの異能力って奴はどうやって使えるんだ?!」

ランと同じ金髪だったが、掻き揚げた髪型と鋭い目つきで険悪な印象を強調しているマッチョマンの男性であった。

〔あ~ そうだね。方法は単純だよ、マル・ポーダー・力(りき)。君の異能力は……… 確か電気だったよね? じゃ、電気を起こすイメージを頭の中で浮かべながら行動を取ってみて。大体の場合それに応じて異能力が――――〕

しかしその〔声〕の説明がまだ終わってもいない内に、マッチョマン——―― マル・ポーダー・力は躊躇いなく彼の隣でただ静かに立っていた人の頭に手を振るった。それに応じて一瞬閃光が走ると、そこには…… 落雷にでも当たったように首の上からが破裂されて火に燃えている死体一体だけが密かに残されていた。

「ヒュ~ハ!これ本物じゃん?!!」

「おいそこ!何をやってんだ!」

「アァン?そりゃあ、おめえらがバカみたいに言うことをはいはいと聞いてんだからに決まってんだろ!本物かどうかなんて自分で確かめっちゃえばいいもんじゃねぇかよ!」

「まだサバイバルゲームは始まってもいないぞ!」

「ハァン?!始まり?んなの、一々待ってる方がバ~ッカじゃねぇの?!!」

今すぐでも爆発しそうなこの空間の中で、少年はただ慌てるだけで何もやれずにいた。

「何だと…!」

「ふざけてんじゃねえ!!」

そして言葉が行き来するたびに互いへの声は大きくなる一方で、今すぐにでも戦いが始まってしまいそうな雰囲気が造成されつつあった。


しかしその時――――

「まぁ、まぁ、皆さん?今はまだチュートリアル中ではありませんか。少し落ち着きましょう。どうせ戦いなら後でやりたくなくてもやらなければなりませんから。」

のんびりした声で戦いを止めたのは他の誰でもない、

―――――ちょうど先程頭が千切れて死んだ人本人であった。

「……?!」

「ヘェ~ おいテメェ、どうやって生きってんだ…?」

マル・ポーダー・力は死んだとしか思えなかった男に近付いては、胸倉を掴んでからまるで面白いモノでも見ているような目で彼の足先からまた生えている頭までを怖く睨んだ。

すると、突然何か思い出したのか、マル・ポーダー・力は取っていた胸倉を放して聞いた。

「イヤ… テメイはあれだな?治療か再生みたいな奴。」

「はは。さて、どうでしょう?」

二人の話し合いを聞いた周りがざわついた。確かに、死んだ後でもきちんと復活できる異能力を持った存在がいるとしたら、そのゲームのバランスは当然ながら崩れる次第だ。

「ハハ!良い!最高に良いな!テメイは今ここでさっさとぶっ殺す!!」

「あはは。出来ますか?あなたに…」

二人が対峙しようとした瞬間、その二人の頭の上に巨大な閃光が煌めいた。

「クゥッ… 今度はまたなんだ?!!」

「これも異能力……」

光が輝いている所に視線を移すと、そこ、上空には先程まで少年の隣に立っていたランという男性が翼の形の光をまき散らしながら空を飛んでいた。

「オイオイオイ…!すげぇじゃん!!」

「そこの貴方。今その態度はFです。自重しなさい。それに今は彼が話をしている途中です。このしばらくも待てないというんですか?」

「何がなん…………」

〔やれやれ、あ、仲裁ありがとう。それに諸君ら、いい加減黙らない?〕

ランの仲裁のおかげでドーム内が静かになった一瞬に〔声〕はまた流れ始めた。そして再び話し始めた〔声〕に、皆はやむを得ない顔でそれぞれが立っていた所まで戻った。

少年は自分の隣に戻って来たランに何か話を掛けようとしたが、またも目を閉じて深刻な雰囲気を漂いながら考え込んでいるランを見て怖くでもなったのかすぐ辞めた。

〔ちなみに、彼… ケイも不死身なわけではない。とにかく、諸君らに『バベル』がなくなると誰もが一般人にすぎないという事を忘れずにね。〕

確か、先も『バベル』は異能力の使用に伴って消費される物だと言っていた。

死すら避けられる異能力にどれほどの『バベル』が消費されるのかは未知数だけど、むしろああいう回復系の異能力は死なないだけであって、『バベル』がゼロになるまで殺し続ければ、いずれは再生ができなくなるという訳だ。ならば回復や再生のような非戦闘系の異能力を与えられた者たちは30分というタイムリミットと周辺の地形物を最大限利用して戦えとでも言っている様にしか聞こえないんだけど……

〔声〕は皆にそれなりのバランスがあるとでも納得させたかったのか?

〔それでは、質問はこれで終わりよね?〕

一同の沈黙。そしてそれを同意した事と見做した〔声〕は最後の言葉を流した。

〔さ、此処に集われし諸君たちよ! 君たちが精一杯生き残る事を、彼(か)の向こうで祈るとしよう。力の限り、この「世界」で生き残るように―――〕

その言葉を最後に、一人ずつ光に覆われると… 次から次へとその姿が消えて行った。おそらくこの塔のあっちこっちに移動させるためにテレポートなんかでも働いたのであろう。


最後の一人まで消えたドームの中には静寂…………

そして、たった一人のシルエットのみが残っていた。

「それじゃ待ちに待った~ 実験の始まりですね!」

そう。これは未だ愚者である者の、世界に向かうための冒険の始まりなんだから。

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