第8話 メイドと人形


 メイド服の肩口に向かってカピタが指を伸ばした瞬間、ピクッとバイク男の腕とメイドの身体が反応し、そのまま両者が数瞬睨み合う。

 先に動いたのは、キミヤの唇。

「……相変わらず、無茶な命令をする社長だ」

 その言葉に、カピタはガハハと豪快に笑って。

「おうよ! 社員の名誉に懸けて、メイドの一人や二人なんとかしろよっ!」

 そんな社長命令に、出世の予定が無い平社員は握った柄から光を放ち、

「こんなメイドが二人もいたらストライキものだがなっ!」

 ウォンッと喉を鳴らした相棒の前足を持ち上げる。同時、スカートの裾に両手を突っ込んだメイドが前傾。二人の気迫が今にもぶつかりそうに膨れ上がった時。

「待てぇいっ!」

 絞め殺される鶏の様な声と共に実力者の間に割って入った男が一人。

 さらさらと流れる黒髪に、銀色の眼鏡が眩しいマント男。

「貴、貴様るぁっ! 我が軍飛艦で勝手な真似は許さんぞっ! セリザワ家のお嬢様を護るのはこの俺っ! 宇宙を駆けるスーパーエリート、ゲンタロウ・モチヅ――うあああああっ!」

 名乗りの最中、唸りをあげて襲い掛かった黒い前輪に思わず伏せるスーパーエリート。さっきまでその頭があった場所で、メイドの腕とバイクの前輪がぶつかり合う。

「フッ!」

 すかさずキミヤは剣を振り下ろす。それを横っ飛びに躱したメイドが、左肩を床と平行にしながら右腕を振る。

「っ!」

 咄嗟に盾にした前輪が、何かを弾く音。

 投げつけられた物が床に落ちるよりも早く、左腕を床についてバネ人形が如く舞い上がったメイドが、二人の賊に向けて武器の雨を降らせて来た。

「うあだだだだだっ!」

 慌てて飛びのいたカピタの足元に次々と突き刺さったのは薄紫に光る金属棒。その光が、まるで呼吸をするかのように膨らんで――

「受けるな、キミヤッ! 避けろッ!」

 悪い予感を声に変えたカピタの忠告とほぼ同時、ドガガガガガッ! と心臓を震わせた爆発は、ガードしたカピタの身体が僅かに押される程の威力。

「ッのヤロッ! 俺のお宝を壊すんじゃねえッ!」

 同僚の心配もそこそこに、めくれ上がった床を見たカピタが煙の向こうに怒鳴り散らした。

 ――が。

「黙れ、賊が」

 声と風切り音は、頭の上。床の影でその動きを察したカピタは、右足を大きく前に滑らせながら、左拳を空中のメイドめがけて振りかぶり。

「っらぁああっ!」

 気合一閃。思いっきり突き上げたその拳がメイドの柔らかい手でいなされ、くるりと縦回転した彼女の下を空振りし――

「っ!」

 目の前にメイドのスカートが広がった瞬間、両肩に衝撃、背中に痛み、後頭部が叩き付けられた感触で自分が押し倒されたらしいと気が付くが、視界は分厚いスカートの布に覆われていて。

 闇の中、トスッ、と胸に鋭利な物が突き立てられる感覚がした。


 ☆☆

 

「っ!?」


 違和感を覚えた瞬間、少年の顔の上に膝立ちになっていたミントは素早くそこから飛びのいて奇妙な感覚が残る指先を見た。

 違和感は、あばらが無い位置に刺したはずの棒手裏剣が予定程に深く刺さらなかった事。作業着の下の胸肉にめり込んだ凶器の先に、不可思議な手ごたえがあったからだ。

(……)

 それが何なのかを考えても仕方が無い。ならばどう仕留めるかを考えるべき。

「いって~……」

 と言って金髪頭が立ち上がる間に、ミントは爆発に呑みこまれたはずのバイク男の様子を伺う。髪の毛がやや縮れている物の、ジャケットには大したダメージが無い。バイクの事は良く分からないが、壊れていない様に見える。

(……良い装備だ)

 敵ながら、ミントは感心した。

 感心しながら、対処を考える。金髪男には、刺突は効かないのかもしれない。だから、アレは点より面で壊すべきだ。問題なのはバイク男。動きを見る限りあちらの方がやっかいだ。

 だから、こちらは。

「その乗り物は、自作ですか?」

 ふう、と軽く息を吐き、スカートの裾を叩きながら。まるで争いは終わったと言わんばかりの顔で尋ねかける。

「ん? これか? これはウチの会社で作ったものだ。凄いだろう」

 ぺちぺちと金属獣の頭を叩きながら、黒髪の男が自慢気に答えてくれた。

「キミヤ、油断すんな。このメイドさん、笑いながらサクッとイケる口だぞ」

 赤い液体が滲んだ作業着の胸元を気にしながら、金髪男が部屋の中に睨みを利かす。

「しかもいきなり男の顔面に跨るようなエッチなお姉さんで、パンツは黒」

 部屋のどこかを見ているようで、どこをも見ていない金髪の視線が艦内をなぞっていく。

「……白です。せっかくサービスをしてあげたというのに、下着を見る余裕も無いのですね」

「ははっ、なにせスカートカーテンがあったからな。正直パンツは見えませんでしたっと」

 メイドは笑った。笑いながら悪をなせると言う意味では、目の前の金髪も同じなのだろうと考えて。

 何でもないかのように会話する二人の目は合う事も無く、勝機を求め、互いの陣営の隙を探しながら。

 ただ目の前の全てを蹂躙すればよい二人の賊とは違って、警戒しなければいけない人がいる分自分の方がやや不利か……と、ミントがちらりと主に目をやると。

 彼女はまるで魅入られたかのようにぽーっとバイクの男を見つめていて。

「オ、オニョ……オニョニョンニョ@#’&\……」

 などと、お下げの端を両手で握りしめながらもごもご唇を動かしている。

 成程、そう言われて見れば黒い髪と黒い瞳。宇宙を駆ける巨大なバイクに光の剣。大好きな冒険小説のヒーローが目の前に飛び出してきたようなその姿に興奮しているのだろう。

 どうかそのままでいてくれ、とミントは思った。そのまま大人しくしていてくれ、と。

 が。

「何だ、お嬢ちゃんもバイクに興味があるのか?」

 と、しれっと言った馬鹿が一人。

 それに激しく頷く夢見な娘が一人。

「ふっ、帝国の女は分かっているな。乗ってみるか?」

 敵地にてナンパを繰り広げた戦士にふんふんふんと鼻息荒く頷いた純朴可憐なお嬢様は、目をキラキラさせてバイク男に歩み寄り――

「ふあっ」

「ココ様は、やはり馬鹿なのですね」

 その背に垂れたお下げの片方をメイドがぎゅっと掴みとる。

「なっ、し、失敬な! 私はこう見えて座学の方もそこそこの――」

 瞬間、金色の影が目を丸くして反論を試みる主のその足元に流れ込み。

「らっ!」

「ちっ」

 胴を狙って振り上げられた拳を両掌で受け止めたメイドの踵が、宙に浮いた。

 一瞬の隙。後方回転と同時に傍らの主を見れば、彼女は相変わらずぽーっとバイク男を眺めていて、不法侵入者の方も方でまんざらでもなさそうに鉄獣に格好つけて腰かけていたりなど。

「おいバカ、キミヤ! さっさとその女を捕まえろ! そしたらこの凶悪メイドもお手上げだっつうの!」

 キミヤと呼ばれた男は、仲間の声に「はてな」と考え、それからふむ、と首を傾げて。

「……ああ、成程。どういうことだ?」

(馬鹿で助かった)

 メイド戦士ミントが一息つく間、馬鹿の隣で生娘がもじもじと恥ずかしそうに。

「つ、つまり、私をそなたの物にすれば、ミントもお前の言いなりだという事だ」

「成程、そうか。では」「う、うむ」

「馬鹿ですかっ!?」

 渾身の突込みを入れると同時、ミントは黒髪が伸ばした手を取ろうとした妄想少女の肩に飛び蹴りを。

「きゃぁっ!」

 短い悲鳴と共に吹き飛ばされた主が壁にぶつかって目を回すのは必要経費。

「気安く触るな、この賊がっ!」

 叫び、主を蹴った勢いのまま中空を回転したメイドは、すとんとバイク男の肩に着地する。

「むっ!?」

 着地と同時に長いスカートで男を肩まで包むと、その両手から奇術の様に放たれた二本のワイヤーが黒髪の戦士をスカートごとぐるぐると縛り上げた。

「むおごごっ!」

 肩から飛び退き、巾着袋と化した男を引き倒した半裸のメイドはワイヤーを放り投げながら無表情に笑う。

「ほら、眩しい位の白でしょう?」

 しかし、露わになった美女の太腿とおパンツ様を前にした金髪の男は薄笑いさえ浮かべながら。

「悪いけど、見せたがりのパンツにゃ興味ねえんだ――」

 ぽつりとその場に言い残し。

「――大事なのは、恥じらいだっつってねっ!」

 星の数ほどの男を悩殺してきた太腿の前に滑り込んだ少年が、ほとんど横倒しになりながら拳をぶわんっと振り上げた。

 が、するり。

 軍飛艦を揺らす程の一撃を半歩下がっただけで躱したメイドは、天井に向かって伸び切った少年の腕を取り、首に足を掛け、蛇の様にその身に絡み付くと。

「……それは、さっき見ましたよ」

 邪悪な笑顔で呟きながら、どさりと地面に背中を着けた。「ぐっ」と少年が呻く声。

 極まった。完全に。あとは、このまま絞め殺す。

 ……窒息死体は無残だ。

 頭の中に湧いたその考えが気がかりで、ミントはちらりと十五歳の少女の方を確認する。幸い、まだ目を回してくれている。ならば、今のうちに。

 ――と。

「っ!?」

 それはほとんど、本能だった。

 頸動脈を締め上げていた足に違和感を感じた瞬間、必殺の体勢を捨ててミントは飛び退く。

 途端に、目の前の床が破裂する音。

 ……馬鹿な。

 帝国が誇る『十三武宮』に数えられる『冷酷なる暗殺者』ミント・リキッスをして、冷たい汗が背中を伝う程の理不尽。

 仰向けの体勢から軽く拳で叩いただけで軍飛艦の床を破砕する膂力。

 そして、それ以上に。

「ったく、曲がっちまうと加工が面倒いんだよなあ」

「……あなた、まさか魔人ですか?」

 足に残る異様な感触を確かめながら、立ち上がった金髪にミントは尋ねた。先程の刺突を防いだ胸の中の金属的な感触が、あの男の首にまで及んでいるのだ。

 舞い散る魔導力の屑煙の中で、額に刻まれた刺青の様な紋様を輝かせた金髪が笑う。

「ぶっぶー、外れ。俺はカピタ。昔々に帝国てめえらが捨てた、『自律思考型魔導人形』って奴さっ!」

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