第7話 宇宙の果てに悪魔が二人
「うおおおおっ!」
廊下の向こうから幾重にも重なった鬼気迫る声と発砲音。
その轟音の中、甲板から続く階段を下り切った角に身をひそめた『無敵会社ベルテデロインダストリー』の社長と平社員は、床に書いたあみだくじの真っ最中だった。
「ルールルルラ、ルーっと」
「おい待て、カピタ。今ワープを一つ飛ばしたぞ」
「ん? 飛ばしてないって、こう来てこう来て、んで、こうだろ?」
あみだを指でなぞっていたカピタが、バイクの上から剣で示してきたキミヤを見上げる。
「違う、こう来てこう来て、ここで……こうだ」
「……おいこら、お前今線を書いただろ」
「いいや、俺は最初から書いておいたぞ。こういう時のために薄く薄く、な」
二人で五十本ずつ引いた線の内、キミヤが書いた方の線は確かに薄い。床に光刃で刻んだ物なのでただの傷なのだ。対して、きちんとペンで書いていたカピタは平社員を睨みながら。
「こういう時ってのは何だよ、おい」
「お前が勝ちそうな気配がした時だ」
「最初っからズルする気だったんか!」
「ふん。正々堂々だろうが汚かろうが勝ちは勝ちだと、お前に教わったんだ」
すぐそこを銃弾が通り過ぎ、じりじりと敵兵が迫ってきている気配の中でも、二人は《この先で見つけたお宝の優先権》を賭けたあみだくじに夢中である。何しろ敵艦は帝国旗を掲げた大物なのだ。兵士の装備も豪華なら甲板の扉までもがお宝の匂いをプンプンさせている。
基本的には趣味の異なる二人ではあるが、そこは長年の仲間という事もあり、心惹かれる《お宝》が被る事だって割とある。その優先所有権を余裕のある内に決めておくと言うのは大切なことであると同時、決して負けられぬ大事な大事な勝負なのだ。
「だ~、くそ、埒が明かねえ。つうかここに戻る奴があったら永遠に終わんねえんじゃねえか?」
目の前のくじの構造的欠陥に気づいたカピタが、金色の髪を掻いて立ち上がった。
「ふむ。そうなのか。では――」
バイクに跨ったまま首を傾げたキミヤがアクセルをふかすのと、カピタがボードを放り投げるのがほぼ同時。
「「早い物勝ちだ!」」
重なる声を廊下に残し、少年達は走り出す。
ぎゅわっと黒いバイクが角でターンを決める間、先行したのは金髪ジャケット。巨大な鉄の塊に気を取られた相手の視界の端を、低く、疾く。中空を走るボードを蹴って、次の瞬間には天井を蹴った不良社長が敵陣の真ん中に突っ込んで――
「ひゃっっほおおぃっっ!」
気合と共に頭の上に組んだ両手を、真っ直ぐ床に叩き付けた。
ドゴンッと低い嗚咽を上げた軍飛艦が大きく揺れて、へこんだ床から大量のヒビと白い光がほとばしる。
「「「「うおあおああああっ!」」」」
強烈な一撃にバランスを崩し衝撃に吹き飛ばされた兵士達が、壁やら天井に叩き付けられボトリと床に崩れ落ちた。
降りしきる人の雨の中、金髪少年の無邪気な笑顔が床から上がる。
「さっ、退がれ、退がれぇっ!」
被害を免れた班長の指示は正しかった。当初の作戦である面の制圧は、金髪の速さと能力の前では無効だと判断し、通路の角や遠距離からの射撃に切り替えようという腹だ。だから決してカピタの笑顔に宿った狂気に気圧されたわけでは無い――が、呑まれてはいた。
そしてそんな敵を逃す程、無法地帯となっていたゴミ捨て場でのし上がって来た業者は甘く無い。
ギュオンッとタイヤを唸らせ、金髪の身体を飛び越えて来た巨大な金属塊の色は黒。
一度加速した黒色の化物の突進力は、当然、人型をした少年の比では無い。
息を飲む暇も無く鉄の化物に蹂躙され、武器を構える間もなくその化物に跨った少年の長く透明な光剣に斬り捨てられる。勇猛なるアギーラ宙軍に許されるのは肺に溜まった空気を吐き出す事と、うめき声と共に身体をよじって倒れ伏す事のみ。
目に映る敵をあらかた片づけシートに身体を沈めたキミヤの後ろにぴょんっと飛び乗ったカピタが、金髪の上のゴーグルを目に落として叫ぶ。
「このまま突撃! 取りあえず一番偉い奴を人質にして、軍飛艦ごと乗っ取るぞ!」
「了解だっ!」
操者の声に合わせる様に一際高く鳴いた鉄獣が、更なる加速を開始する。通路の向こうや壁の影から襲い掛かる弾丸は獣が纏った被膜によって無効化され、もはやアギーラ宙軍に残された道は敗北以外に見当たらぬ様に思えた。
それでも。
「七班、抜剣! 帝国軍の意地を見せろ! せめてあのバイクを無力化するっ!」
「八班、剣を取れ! 死体の山を作ってでもバイクを先に進めるな!」
「九班、十班もつづけっ!」
「「「「おおぉぉ!」」」」
ときの声を上げ、
すると。
「飛べ! キミヤ!」
「「「なっ!?」」」
腰の工具袋から取り出した特殊弾のピンを口で抜き、敵陣の前に放ったカピタが叫んだ。
瞬間、強烈な光と炸裂音が軍飛艦ユイの通路に弾ける。
直後。咄嗟に伏せた軍人の遥か上を飛び越えた巨大なバイクが豪奢なブリッジの扉をぶち破った。
壊れた扉がガゴォ~ンと間延びした音をたてて転がる間に、バイクから飛び降りたカピタは部屋の様子をサッと一睨み。ブリッジの上で顔を引き攣らせる派手な服の軟弱眼鏡と、兵士達から指示を仰ぐ視線が集まる百戦錬磨の中年男。それから賊が乗り込んできた瞬間、殺気を剥き出しにして前に出た鋭い目つきの美人メイドと、その肩口から背伸びをして楽しげにこちらを覗いている芋っぽい娘。
ゴミの山から売れる物を嗅ぎ分けて来た回収業者の鼻が全力で告げる。
――とびっきりのお宝だ、と。
「後ろのお下げだ!! キミヤ、捕まえろっ!!」
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