第5話 宇宙に愛された男・モチヅキ

 軍飛艦『ユイ』のブリッジに響くのは、髭のおじさんによる妙に緊張感――というかやる気の無い声だった。

「駄目です、艦長。87式は角度が足りず、当たりません。やはり『ユイ』の装備設計に対して、目標が小さすぎかつ近すぎます。このまま大気圏に突入する場合、危険度は3にまで上昇します。独立評価装置IEUは被膜を交戦用から着星用に張り返る事を強く推奨しています」

 次々と飛びこんでくる報告を受けた通信兵長が、明らかに苛立つ青年艦長に向かって淡々と状況報告をしている最中だ。

「そんな事は分かっている! ならばさっさと距離を取れ! 体当たりしてでも距離を取って撃ち落とせばいいだろう!」

「……無理です、艦長。小惑星の重力圏内でこれほどの小型船に背後をとられては初速の差で当てる事は出来ませんし、そもそも最初の体当たりに失敗したから背後を――」

「うるさい! 早く自由落下を停止しろ! ええい、総兵、武装だ! 武装しろ! こうなったらお前達が直接――」


 と青筋を立てて命令を飛ばした青年眼鏡艦長の背後、廊下へと繋がる扉がブインと勢いよく開けられて、メイド姿の美女が目を三角にして現れた。


「艦長! 一体何故我が艦が砲撃を受けているのですかっ!?」

「こっ、これはこれはメイド様。そうお慌てにならずに。砲撃と言っても、向こうはただの資源回収船、こちらの被膜にかすり傷一つ負わせることはできない有様です」


 途端にへこへこと揉み手を始めた長髪眼鏡青年艦長に、ブリッジの階段を上ってきたメイドがずいっと顔を近づけてきた。


「ふ・ざ・け・る・な。私はと聞いているのです。どう考えても、あなた達の方が先に敵船を捉えることが出来たはず。それがどうして、星賓たるココお嬢様に何の報告も無いまま一方的な接近を許しかつ攻撃を受ける様な事態に陥っているのかと、怒っているのですよ――アギーラ宙軍中艦長ゲンタロウ・モチヅキ殿」


(ぐぅ……この、メイド風情がっ!)


 年下女の責める様な問いかけに、長髪眼鏡ボンボン艦長ことモチヅキ青年は精一杯の愛想笑いを浮かべて。


「いえいえ、まあ、何と言いますか……他の回収船は我が軍飛艦を見た途端に逃げていったのですが、どうやら部下の見落としがあった様でして……まあ、コバエの中にも鈍感すぎて身の程知らずな輩がいたという事ですかな、アハハハハハ!」


 引き攣った様な艦長の笑い声に、部下から一斉にため息が漏れる。


 というのも、他の小型船を追い払いベルテデロを取り巻く宇宙屑の層にダイブする際、屑の影に逃げ遅れた回収船を発見したと言う緊急報告は確実にあった。それに対し、栄えある帝国正規軍からこの辺境の地に派遣されてきた元エリート様のご判断は『フハハハハ! 帝国軍飛艦の警告に従わないモノ等潰してしまえ!』という物だったからだ。

 そんな部下たちを目の端で睨んだモチヅキの前、目付きの悪いメイドが細顎を突き出して。


「成程、そうですか。鈍いコバエを逃がした挙句、反撃を受けている艦の長を何と呼べばいいのか分かりませんが、そうおっしゃるのであれば直ぐにでもアレを排除して下さい。セリザワ家のお嬢様にかすり傷一つ付く可能性の無いように」

「もちろんですとも! このゲンタロウ・モチヅキ、すでに指示は出しております! ココ・ロモ・セリザワ様の身にたかろうとする虫など、メイド様のお説教……いえ、有難いご指導が終わり次第直ぐにでも落して御覧に入れましょう!」


 思わず皮肉めいた本音が漏れてしまった気がしたモチヅキは、メイドの向こうからのんびりと歩いて来たお嬢様に向かって、大げさな身振りでやる気をアピール。

 すると、底意地の悪そうな目でジロリとこちらを見つめた侍従長は黙って一歩引きさがった。


(……ふう、馬鹿で良かった)


 離れたメイドに、モチヅキは心の中で息をつく。

 何しろ彼は、こんな事で千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかないのだ。


 ――思えば、苦難に満ちた人生だった。

 ブリエン帝国の主星『イバチーン』の名家に生まれ、眉目秀麗にして文武両道という『神の創作物ポエム・オブ・ゴッド』ことこのゲンタロウ・モチヅキが、だ。

 恋愛などにわき目もふらず孤高のエリート街道を真っ直ぐに歩き、エリート養成学校を全科目平均以上の成績で卒業した、真面目で優しいゲンタロウ・モチヅキが、だ。

 帝国が誇る最高個人戦力――各個人が星一つと同価値を持つとされる《十三武宮》を飛び超え、それを従える元帥トップの位置にまで上り詰める予定のゲンタロウ・モチヅキが、だ。

 一体何故! 何故に第七惑星などという辺境の地での勤務を強いられているのかと大宇宙神の与えた運命を恨みそうになったことも多々あった。


(――が、それも先日まで!)


 かっと目を見開いて見つめたモニターの中で、武装を遂げた兵士たちがあちこちのハッチから姿を見せ始めた。最新式の強化服に、最先端を行く情報統合ユニットを被った兵士達が手にしているのは実弾から光線系はたまた爆撃砲と言った豪華絢爛数種の銃火器、そして勿論、腰にはこの任務の為に特注したセリザワ家の家紋が入った帝国式の剣クロスブレード


「あれは、我が家の……?」


 撮影班のハンディカメラがそれをアップにしたそのタイミング、セリザワ家の一人娘が不思議そうに呟いた。


(完・全・武装!)


 余りにも完璧な自分の読みに震えながら、モチヅキは平然を装ってインカムを装備する。

 大モニターには、情報統合ユニットから送られてくる各兵士の視界映像が整然と並ぶ。


「一番隊、構え!」

 そのモニターに向かって躍らせた左手を――

「撃てぇぃっ!」

 渾身の号令と共にグッと握り返す!


 艦長の命令に合わせ、甲板に横並びになった一番隊の中距離実弾砲が一斉に火を噴いた。同時、カメラを切り替えた大モニターが宇宙空間に糸を引く様に伸びていく美しい弾道を映し出す。完璧な重力計算と画角調整が生み出したハーモニー。しかしこれは決して奇跡などでは無い、セリザワ家のお嬢様の護衛という大任を承ったあの日から、この日の為に積んだ厳しい撮影訓練の成果である。

 万感の思いを噛みしめながら、モチヅキは左手をしなやかに高く頭上に掲げ。

「二番隊、構え!」

 足並みを揃え、光子系迫撃砲を構えた二番隊が前に出る。

「撃てえぃっ!」

 左手を振り下ろし、ひっくり返った声で告げた艦長に合わせ二番隊が一斉射。

「三番隊! 構え! 撃てえぃっ! 一番隊! 前へ」

 艦長モチヅキの指揮に合わせ、軍飛艦ユイの甲板に砲撃のワルツが轟く。ぴょこぴょこと上下左右へ飛び回る敵機を追いかけて三つの部隊プラス撮影班が滑らかに陣形を変えていく様は、本当にダンスを踊っているかのよう。

「フハハ! ほらほら逃げろ、逃げ回れこのコバエがっ! ブハハ! どうした? もっと距離を取った方が良いんじゃないか?」

 場所は小さな星の重力圏、周りには宇宙屑という遮蔽物も多く、敵は小さく機動性に優れている。甲板からの手動射撃ではほとんど当たる可能性も無いが、それでいい。

 何しろ敵は、一発たりとて当たるわけには行かないのだ。

「二番隊、撃て! 敵は一機、援護は無くジリ貧だ! 物量差で圧倒しろ!」

 このまま戦闘が長引けば積んでいるエネルギー量で劣る敵に勝ち目は無いだろう。かと言って遠くへ離脱しようと距離を取った瞬間、射程の長い主砲副砲がお祭り騒ぎだ。

「三番隊、前へ! 敵に砲撃の隙を与えるな! 続いて一番! 二番、三番! 良いぞ! 田舎の兵士も鍛えれば使えるものだな! フハハ! 踊れ、辺境の戦士ども! 我がアギーラ宙軍に立てつく愚かさを震える骨に刻み込め!」

 ブリッジで舞う己の指先に合わせ砲撃を繰り返す程に、アギーラ宙軍の部下共にも火が付いて行くのがわかる。

 憐れ、弱弱しく逃げ回る回収船はこれから未知の無法地帯へと降り立つ狩人の前に現れた牙をもたないウサギの様な物だった。


(ああ、この全能感)


 反抗の意志を秘めながら手も足も出ない相手を屈服させる、その快感。

 ちらり、と目の端でココお嬢様を見る。


(やはり、美しい)


 深窓の文学少女とあだ名されていたココ・ロモ・セリザワは、噂以上に穏やかで儚げで、純朴にして可愛らしく――


(そして何より、十五歳!)


 ぶわっと、モチヅキの羽織ったマントが翻る。

 帝立高等学校一年生になりたての、十五歳。女性として最も美しい年齢である十五歳。

 ベルテデロという危険区域に乗り込むこの任務。その旅を通じて、恋に恋する清楚な文学少女は心優しく危険な香りのする男ことモチヅキ・ゲンタロウに惚れ、セリザワ家に見初められた自分は帝国正規軍に復帰。そこから先は人に嫉まれる程の出世街道。

 ――そして、その暁には。


(貴様もやがてウサギになるのだ)


 再びちらりと送った視線の先には、小生意気なメイド。

 ココを娶りセリザワ家の次期当主になりさえすれば、主の威光を傘に着ていちいちこの俺を見下してくるメイドも自分の命令に従わざるを得まい。そうなれば、悔しげに唇を噛みつつも『かしこまりました』と頭を下げる事しか出来ないのだ。ああ、ああ、何て素晴らしい。さーて、何を命じてくれようか。


 そんな風に自己陶酔を始めてしまったモチヅキを無視し、現場の兵士たちは訓練通りにしっかりと砲撃を続けているのであった。

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