第4話 一方その頃大宇宙的お嬢様は

『安定落下に入ります。各自、着星準備をお願いします』


 ブリエン帝国第七惑星アギーラ宙軍所属の軍飛艦『ユイ』の内部に響いた通信兵の早口に、温めたミルクを茶葉に注いでいた侍従兵ミント・リキッスは顔を上げた。


「ココ様。貴女もそろそろ……ココ様。ココ・ロモ・セリザワ司令官! 到着です!」

「……ん? ああ、もう着いたのか」


 メイドの呼びかけに、賓室の豪奢な椅子に座り本に視線を落としていた軍服少女が気の抜けた声と共に視線を上げた。鼻の上にちょこんと乗せた読書用丸眼鏡の奥の目をしぱしぱさせながら。

 そして、う~んと伸びをしながら立ち上がったお下げの少女少校は僅かに弾んだ声で。


「ん……ミント。宙食虫バクトというのは恐ろしいものだな、我が軍に対策はあるのか?」


 問われたミントは、主が置いた大人気宇宙冒険活劇シリーズの文庫本を見て、小さく溜息。


「私が子供の頃に、当時の弁務官が季節のジョークとして対策本部を立てるとおっしゃった事がありましたが。それ以降、どうなっているのかは分かりかねます」

「……ふぅん。少々危機感が足りないんじゃないか?」


 唇に拳を当てて不満を漏らす少女を、特級侍従兵は半眼で見つめる。

 羨ましくなる程に細く艶やかでありながら、手入れが悪くボサボサのお下げ髪、華奢な身体に丸っこい鼻眼鏡。背丈も平均よりは少し小柄だ。確かにこれが女学校の同級にいたら、ただの読書好きな大人しいクラスメイトといった印象だろう。……少々、妄想過多なきらいはあるが。


「ココ様。未知なる危機に備えるのも大切ですが、ベルテデロの資料は読まれていますよね?」

「? 一通り目は通したが、どれも外側――というか、帝国側からの記述ばかりだな。内部資料の様な物は無いのか?」

「ございません。公式に存在しない政府の内部資料がココ様の元に届くわけがありませんし、非公式的にも彼の星は幾つもの頭が互いを喰い合う様な無法地帯ですので。正にその『宇宙騎士オニョン』で言う所の未開宇宙――『まだ誰も夢にさえ見たことの無い、宇宙線の向こう側の世界』です」

「……未開宇宙域――『宙食虫バクトがやって来る場所』。そして我々はいよいよその危険域に突入する。……ふふ。なんだか来月号の内容を先取りしてるみたいだぞ」

 くすりと笑った司令官に、古株の侍従兵は溜息を吐いた。

「そうですね。物語の中に蠢く虫に飲まれないよう、気を付けなくてはなりませんね。ではではココ様――」


『ブリッジの方へ』と言いかけたミントの口がぴたりと閉ざされ、鋭い視線が賓質の壁に取り付けられたランプへと向けられた。


「? どうした?」


 と、きょとんとした眼鏡にお下げの少女少校がそちらを向く。ブリッジからの危険信号に伴って、青緑に点灯したそのランプを。

「……はっ! まさか宙食虫っ!?」

 息を飲んだココの隣でカチューシャに取りつけたインカムを構えたミントは。


「……いえ、虫は虫でも、ただの蝿の様です」

「? ハエ?」


 小首を傾げたココに侍女ミントは微笑んで。


「はい。ごみの周りを我が物顔で飛び回る醜悪な虫でございます」


 と告げ、足早にブリッジへと歩き出した。

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