第3話 ゴミの星から愛を込めて
船内が真っ赤に染まり警報が鳴り響いた瞬間、リンカの怒りに巻き込まれぬよう死んだふりをしていたカピタがばね人形の様に跳ね起きた。
「何だっ!?」
振り向いた先、自動帰還モードで運航していたモニターに操舵手リンカが慌てて飛びつくのが見える。
宇宙に出る際に恐れられる物の筆頭が指向系統を乱す磁気嵐。二番目が主に『外宇宙』と呼ばれるどの星の引力圏でもない場所を漂い、意味も無く船を呑み込んでしまうと言われる伝説の化物『
それら数々危険の内、赤く光ったランプが警告してくれるのは近距離の空間に《歪み》が生じているということで――。
「
叫んだカピタの懸念が当たっていたならば、状況は一大事。が、風雲急を告げる船内の中で、一人納得の顔を浮かべた用心棒は。
「いや。先程右舷天方に帝国の軍飛艦が顔を出していた。多分それだろう」
「絶対それだよ馬鹿野郎っ! それを先に言えっつうのっ!」
指をさして唾を飛ばしたカピタに、キミヤは溜息と同時に肩を竦めて。
「言おうとしたらリンカがプリンの件で怒ってきた。なので致し方ない、よしんば致し方なく無いとしても俺のせいでは決して無い」
「あたしのせいでもないけどねっ!」
操舵席から怒鳴ったリンカがキミヤを睨みつけた。すると、土下座男はやれやれと肩を竦めて。
「……と、いうことは――」
「俺じゃねえよっ!」
責める様に社長を振り向いたキミヤの頭を、カピタがバチンとしばきつけた。
しかし、いくら原因を究明したところで現状が変わるわけでも無く。赤いランプは点滅をつづけ、警告音は鳴りやむ気配すらない。
「リンカ、回避できるかっ?」
「無理っ!」
操舵席へ投げたカピタの問いに、操舵手は簡潔に叫び返してきた。宇宙航法に従いこちらは必死に左手へと旋回しているものの、右舷天方に生じた歪源から姿を現し、ベルテデロに向かって自由落下してくる巨大な軍飛艦は進路を変える様子が無い。
「っていうか、あの糞野郎共、突っ込んで来るよっ!」
バチンとスイッチを叩いたリンカの手によって、スクリーンに進行方向天方の様子が映し出される。
見えたのは、海獣型をした鬼鯨座帝国軍飛艦の鋭くバカでかい鼻の先。
「ふっ、成程な。急速転換のための噴射剤だってタダでは無い。それよりも、ぶつかった後で浮遊屑と見分けがつかなかったと言う方が安上がりなのだろう。さすが帝国。非道にして合理的――」
「知るか馬鹿っ! 何で冷静なのさ大馬鹿っ! このプリン泥棒っ!」
仲間内で罵っている間にも帝国艦は見る見るうちに迫って来ており、今や彼我の距離は小型回収船程度のカメラではその全体を捉えきれない程になっていた。
「うわわわっ! やだやだ、だめだめっ! あたしはお金に埋もれて死ぬって決めてんだってばっ!」
「っの軍人野郎っ!」
慌てふためくリンカの太い尻尾をグイッと掴み、操舵席に身を乗り出したカピタは叫んだ。
「動源を切れッ、リンカ! 敵船底に向かって操舵を固定! 旋回しながら落下しろッ! まだ間に合うッ!」
言うと同時身体の全てを使って操舵管を引っ張った金髪の少年は、尻尾を握られた痛みに飛び上がった操舵手に代わって回収船の動源スイッチを防護ケースごと叩き消す。
途端――。
「掴まれ、リンカッ!」
叫ぶカピタの声が窓から差し込む宇宙色の闇に呑まれ、ガクン、と大きく船が揺れた。船全体の動源を落としたことにより、船内の灯りはもちろん引力方面に従って船の姿勢を保ってくれていた装置までもが停止したのだ。
「ぴにゃっ!」
船内のあらゆる物がふわりと宙に舞い、凶器となって飛んで行く。
「こっちだ! リンカ!」
天井と床が回転し、ベルテデロ方向へと落ちていくリンカに向かってカピタは必死で手を伸ばした。
「ににっ!」
それを必死で握り返したリンカが、船室の中にぶらぶら揺れた。
「っ……」
腕に、肘に、びしりと痛み。椅子の背を掴むカピタの指先が、二人分の体重に悲鳴を上げる。
「……ぬぅ……っ」
「カピタ! 大丈夫っ!?」
闇の中から聞こえる獣少女の声に、キャプテンカピタはニヤリと笑った。
「おう、問題ねえぞ。お前がさっきのプリンを食ってたら……危なかったけどな」
言いながら、カピタはバタバタと震えるゴーグルの耳当てを肩で押さえて思考する。
心配はない。すぐに落下速度は安定する。安定すれば、身体を壁へと吸い寄せる力も弱まるはず。それは動源を落とした艦内の酸素がなくなるよりも絶対に早く、冷え切るよりも早いだろう。だから、運命の分岐点はもっと手前。先にベルテデロへと落下を始めていた帝国様の巨大軍飛艦に当てられて浮遊屑へと変えられるかどうか。
見上げた窓の外には、灰色の故郷ベルテデロ。
モニターも警告灯も消えた真っ暗な宇宙船の中を、ゴミの星が反射した光が薄く照らし上げる。
薄汚れた光に金色の髪を照らされながら、カピタは『思ってたよりも綺麗な星じゃねえか』と笑う。いよいよ椅子の背を掴む指が滑り始めた。
舌打ちまじりに『やるしかねえな』と目を閉じたカピタの額の紋様から、ぽうっと発せられた光が彼の腕へと巡り始めたその時。
「カピタ! 来るぞ!」
という足下からの声と共に、ズガンと回収船がシェイクされた。
「ぴいぃぃっ!」
軽い接触。重たい衝撃。ぐるぐると吹き飛ぶ視界の中、操舵席の窓の外に軍飛艦の巨大すぎる影。その船体には心臓と銃と剣を模したブリエン帝国の紋章。中空に放り出されたカピタは、涙目のリンカの頭部を守りながら。
「キミヤ! 無事か!」
「今の所な! 船に穴でも開いていたら分からないがっ!」
何処かから叫び返して来たキミヤに、カピタがまた叫ぶ。
「動源を入れて、
「無茶を言う!」
落下速度が安定しふわふわと漂い始めた物の中を、船長命令に従った黒服の用心棒が懸命な平泳ぎで泳ぎ出し操舵席へとたどり着く。
そして体力だけはある用心棒は必死に伸ばした腕で動源スイッチを叩き。
「動源ON! 反応無し!」
「長押しだ! 押しっぱなしにしろ!」
「了解! 押しっぱなす!」
僅かの間の後、ブンという低い音。途端に、空調と光が船内に返ってきた。その直後、再び床方面に向かって発生した重力がカピタの身体をどさりと床に叩き落とした。
体勢を修正するため、船体は激しく揺れている。が、それは逆に船の機能が生きている証しでもある。なんとか直撃粉砕だけは免れた。
そして次の問題は、前方の窓に迫りくる、軍飛艦が砕き散らした浮遊屑の嵐。
「キミヤ、早く被膜を張れ!」
「ちょっと待て! 今説明書を探しているっ!」
「こいつを、受け取れっ!」
叫ぶと同時、カピタは腕の中で目を回していた少女を操舵席へと放り投げた。直後、正座の体勢でぴゅーんと飛んで行った獣耳少女ををキミヤががしっと受け止める。
すると。
「にゃっ! お、お前達っ、私が寝てる間に寄ってたかって乙女の純情をっ!?」
正気を取り戻したリンカが獣耳をピンと立て、キミヤの腕の中で暴れ始めた。
「いたたたっ! 引っ掻くな、阿呆! 早く対物被膜を張ってくれ!」
「うにっ? あ! よ、よっしゃ任せろ!」
それでやっと状況を理解したリンカが操舵席に貼りつき、耳と尻尾をくるくる躍らせながら、両手でピコピコテンっとスイッチを切り替えていく。
「魔導炉、再点火。充填六十パーセント。う~ん、全部はきついぞ。というわけで十一時から五時の方向に……三、二、一、て~んかいっ!!」
リンカの繰り出した謎ポーズと同時にブオンッという低い振動と青いランプ。操舵席の向こうの宙が薄いオレンジ色の透明幕に覆われた。
ただの回収船には豪華すぎるレベル3クラスの魔導被膜。帝国の巨大軍飛艦に突っ込まれては一たまりもないが、多少の浮遊屑の衝突程度なら余裕で耐えられる強度だ。
「へっへ~。また生き残っちまったね、あたし達」
嬉しそうに尻尾を抱えておどけたリンカに、船長カピタの容赦無い指示が飛ぶ。
「まだだリンカッ、後ろを取れッ! あんなゴミ溜めに何の用だか知らねえが、無敵のベルテデロインダストリー様を怒らせたらどうなるか見せつけてやらあッ!」
「ふぇっ? ちょちょちょ、まさかカピタ、帝国の軍飛艦にケンカ売れっての?」
ピコン、と尻尾を逆立てたリンカが慌てて振り向く。
「先に売って来たのは向こうだっての! 考えてみろリンカ、あの軍飛艦をバラシて売りとばしゃ、オレたちゃあっという間に金持ちだぜ!」
尻尾の先で鼻をくすぐりながら、リンカは逡巡。そして。
「……う、うん、わかった。お金持ちになれるならあたし頑張る。でもでも絶対、実際闘うのはカピタ達だからなっ!」
「わかってっから、早く後ろを取れ! キミヤ、お前は下で準備しろッ、あいつら叩き落としたる!」
親指で床下を示したカピタにキミヤは頷いて、
「……ふ、そう来なくてはな。先に地獄へ行かせてもらうぞ、カピタ」
と、薄い笑みを湛えたまま倉庫へと続く階段を駆け下りていった。
それにグイッと親指を返した金髪少年は、同郷の獣娘を振り返り。
「リンカ、行けるか?」
「おー! 思ったよりも余裕だね! へへへ、さてはあいつらデカい身体が邪魔でこっちが見えてないんじゃないのかなっ!」
窓とモニター、それから手元の操作盤を見比べながらリンカは笑う。
「……いや、そいつはどうかな?」
カピタはふん、とモニターの中の敵艦に目を眇めて。
「言っても向こうはレーダー付きの軍飛艦だ。見えてないってより、無視してんだろ。まさかこんなちっちぇえ回収船が仕掛けて来るとは思ってもいないのさ」
と不敵に笑うと、用心棒が消えた格納庫に目をやって。
「それも、たった一人で乗り込んで来るなんて夢にも思っちゃいねえだろーよ」
「一人って! お前も行けよっ!」
「いやいやいや、俺はほら、故郷に俺を愛する人達が待ってるじゃん?」
「仲間を裏切るような奴に愛は無いっ!」
はっはっは、と笑うカピタの顔を、尻尾の先で指したリンカが吠えた。
そんな彼女の操作に従い海獣型軍飛艦の側面を滑る様に移動した回収船ペロットは敵艦後部天方へと浮上を遂げ、問答無用の物理砲撃をもってこれを宣戦布告とした。
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