第2話 奴らは回収船に乗って

 時は少し戻り。

「……ぬぬ」

「ふぁ~あ。おい、キミヤ。早くしねえとベルテデロに着いっちまうぜ?」

 そこは、浮遊星ベルテデロの内宇宙域を飛ぶ小型球形回収船ペロットのリビング。

 床に座り、唇を噛んでいる少年の前には、『イショーギ』と呼ばれる戦略ゲームの盤が一つ。例えルールが分からなくとも、ゲームの形勢は二人の姿を見れば明らかだった。

「……卑怯だぞ、カピタ。これは相手の『サダハル』を取り合うゲームのはずだ」

 声を震わせ立ち上がった黒髪の少年に、長いソファの上で横になっていた金髪が答える。

「ん? ああ、そうだぜ? だからさっきはサダハルを取ったじゃねえか」

「先局の話はしていない! お前、さっきからずっと俺の『ヒシャーダ』ばかりを狙っているじゃないか!」

「そりゃそうだって。キミヤはそれで攻めるばっかじゃん。それさえ取っちまえば、もうやることねえんだろ? あ、ギブアップって手があったな」

 冷笑を浮かべた金髪カピタの返答に、黒髪キミヤは鼻を鳴らして。

「ふん。愚かな。俺にはもう一つ手がある」

「あ、そう。言っとくけど、盤をぶった切ってもお前の反則負けだから」

 言われてキミヤは、腰の剣に伸ばしかけていた手を己の頬を掻くのに使いつつ。

「……ふん。馬鹿を言うな。俺がそんな野蛮な真似をするわけがない。このゲームは徹頭徹尾知能の闘いだ」

「へー、そうか。キミヤにもそれが分かる位の頭はあったんだな」

 変わらずソファに寝そべりながらのカピタの薄ら笑いに、キミヤはぐぬぬと屈辱を噛みしめて。

「……長考だ」

 と低く呟くや否や己のプリンを握りしめ、風の様に素早く天井裏へと消えて行った。

「へいへい。せいぜい頑張ってくださいよっと」

 暇つぶしの相手にもならない部下の弱さを笑ったカピタは、首をこきりと鳴らして起き上がった。

 そして、

「どれどれ、そんなに美味えのか」

 と呟きながら、未開封のまま置いてあった『極上焼きプリン』へと手を伸ばした。

 

 丁度その折。


「ふんふんふ~ん♪ 大漁大漁♪ テ~レビ~に冷蔵庫っと洗濯機♪」


 今日の収穫を喜ぶ歌を口ずさみながらシャワールームから現れたのは、(無敵)ベルテデロインダストリー社員番号2番。魅惑的な太腿を短パンからこぼし、Tシャツからちらちら覗くおへそも眩しいふかふか尻尾のピチピチ獣人少女。


「あそれっ♪ こっちにゃラジオもあ~るぞ~……って、ぴぃっ!」


 水気を含んだ自慢の尻尾をタオルでもふもふと叩いていたご機嫌なリス猫族ガティージャの少女は、船内の様子に目をやった途端に頭上の耳を逆立てて飛び上がった。

「ああああっ! カピタお前! 何してんだこらぁっ!」

 叫んだ勢いのまま、ペロットの操舵手を務める彼女は猛ダッシュ&大ジャンプでソファに寝転がっていた金髪少年の腹にフライングエルボーを叩き落とす。

「ふぐっ」

 当然、それを受けた少年は口にしていたプリンを吐き出しかけ、身体は二つに折れ曲がる。しかしそんな些事は気にも留めず、少女は頭上の両耳をくしゃっと掴んで。

「にゃああああっ! お前、それあたしのプリンだろうがぁああああっ! 返せ、返せっ! すんごい返せっ、今返せっ!」

 両目に涙を溜めながら、カピタ少年のゴーグル付き金髪頭をクッションで叩きまくる。

「ちょっ。ま、待て、リンカ! 出る! 出ひゃう! ほれだけ、ほれだけ飲み込むから、ちょっと待てって!」

「ふっざけんなあああっっ!」


 口の中を指さしたカピタの額に刻まれた紋様めがけて、リンカはクッションを零距離投擲。


「書いてあったろっ! 『リンカ』って、『リンカ』ってちゃんと書いてあったのを、何でカピタが食べてんだよバッキャローッ!」


《社長》カピタの額からクッションがずり落ちる間も与えずに、そこに大回転尻尾アタックを振り下ろし、


「焼きプリンだぞっ! 焼きプリンなんだぞっ! 職人が一つ一つ手焼きをした『テスラおじさんの焼きプリン』なんだぞっ!」

 さらに尻尾を回した勢いで浴びせ蹴りまでも叩きこんで。

「三十分っ! 三十分も並んでやっと十個買えたんだっ! それを、カピタがっ……ぐしっ……うにゃぁぁああんっ!」

 そして仕上げにカピタの金髪頭を抱え込んでクッション越しの顔面に膝を入れてから、ぺたりと床に泣き崩れた。

「……ぐ……リンカ、違う、違うんだ。これは、全部、あいつが……」

 ふらつきながらも言い訳を試みたカピタの腕が指さしたのは、天井方面。

「ぐすっ……あいつ?」

 それにリンカの耳がぴょこんと動いたタイミング。カピタがさした先で天井ハッチがパカリと開いて。

「おい、カピタ大変だ……っと……? どうした? そっちも何かあったのか?」

 と甲板から覗いた黒髪の少年の顔――と、その口に咥えたスプーンと手に持った空き容器。

 逆さまになった顔で部屋の様子をゆっくりと観察した彼は短く嘆息して。

「……カピタ。性欲があるのは良い事だが、リンカの風呂を覗くのは御法度だぞ。船内に痴情を持ち込むな。では――」

 と言って、再び蓋をされようとしたハッチが、

「ちょぉっち待ってくれたまへ」

 ガシッと、少女の細腕で下から持ち上げられて。

 ズゴゴゴゴ……と地獄の淵から覗く悪魔の様な。宇宙の裏側へと引きずりこむ化物の様な。さっきまで泣いたカラスがもう鬼の様な。そんな顔で操舵手リンカは、甲板上の《用心棒》キミヤを睨みつけた。

「おいこら、キミヤ。手に持っているのは何の容器なのさ?」

「……ん? ああ、これか。これは宇宙を漂っていた焼きプリンの空き容器だ」

「へえ? 空き容器なのに、中身が焼きプリンだって分かるんだ?」

「ああ。俺くらいになるとな、プリンの容器を見るだけでそれがプッチンなのか焼きなのか、はたまたクラッシュタイプなのかが分かるングッ!」

 逆さまの少年が咥えていたスプーンをその口の奥に押し込んだリンカがぴくぴくと頬を震わせて。

「スプーン咥えたままほざいてんじゃねえぞ、ハゲ」

「なっ、誰がハゲだ! 俺はまだふさふさングッ!」

「うるさいんだよ、このデコひろし。あたしのプリンを食べた奴の選択肢は三つ。謝罪か弁償か、命乞いだ」

「……ほう、ならば」

 微笑みに秘められた怒りを受けた用心棒は、黒い瞳をすうっと閉じて――。

「全部だぁっ!」

 くわっと目を開くと同時、ひらりと船内に舞い降りて軽やかな土下座を決め込んだ。

「すまん、リンカ! この通りだ! だがしかし、プリンの表面に『3』と焼き付けてあったのでてっきり俺の分だと思ってしまうのも致し方ないぞっ!」

「……あれは限定品のシリアルナンバーだっつうの。どこの世界にウチの社員番号を焼き付けるプリン屋さんがあるんだよ、え、おい?」

 床に頭を擦りつけてなお言い訳を重ねる黒髪の少年の元へ、ゆっくりと獣人少女が歩み寄る。

「ていうか、蓋にちゃんと『リンカ』って書いてあったよな? 今更『字が読めない』とか言い出しても通じねえぞ、こら?」

 パキ、ポキ、パキ。と少女の白魚の様な指が闘魚へと骨格を変える音がした。

「待て、リンカ。ここは一端深呼吸だ。……ふ、身体は立派に成長したと言うのにプリンごときで大人気ないとは思わないか? ああ、いや待て。確かにあのプリンは美味かった。ベルテデロ一美味い菓子と言うのも伊達じゃない味だった。お前が怒るのも納得の美味さだと認めよう。だがしかし、あれだけではプリンを焼いた意味がわからんのもまた事実。なので今度は焼いて無い奴も買ってきてくれ……ん? 何だ? 土下座までしたというのにまだ怒っているのか? 全くこれだから女と言う奴は。よし、ここはしっかり考えるんだ、リンカ。本気で俺とやり合えば――死ぬぞ?」

「そういう問題じゃねえッ! 命に代えてもお前を裁くっ!」

 牙を剥き出しにした少女が身構え、土下座をしていた少年がやれやれとばかりに立ち上がったその時。


ビィーッ!

 

と警報が鳴り響き、空間の異常歪曲を知らせるランプが船室を真っ赤に染め上げた。

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