エピローグ:簡単過ぎるなら、難易度を上げれば夢中になれる(こともある)
☆
生まれる世界を間違えた——しかし、私が生まれるべきだった世界を、私は思いつくことができない。
私は多くのことをして来た。
仮想現実が現実になった現代では、世界は一つだけじゃない。多くの世界を渡り歩いて、ありとあらゆることをしたが、それでも——この世界にある全てのことが(物心ついた頃からずっと)、呆れる程に簡単過ぎた。もっと複雑で、難解で、困難な挑戦がいる。
なのに、そんなものはなかった。
何をしても同じだった。
だから私は、『正しい』ことをするようにした。
何をしても同じだから。そう! ……何をして、どんな結果になろうと、私も私の周囲の世界も基本的に何も変わらない。
変わらないが、『正解』はある。
例えば——勝敗のあるゲームなら、私は大抵勝つ方だったが、勝っても負けても意味はないことに気がついていた。無意味だが、しかし勝つ方が『正解』。
それが真理。長い時間を、私は物語に没頭して過ごすようになった。
創作された擬似世界——喝采される『正しい』結末に向かう、ドラマチックで『正しい』選択をそこで学び、その時、その場での正解を選び続ける。
私にとって現実を生きるということは、そういうゲームになっていた。
『正解』をバリエーションを増やしながら、より正しい次の選択肢を選ぶためにわざと少々間違うようなこともした。やり直しは効くということも学んだ。正解は無限にある。
私が間違ったことはなかった。
あの時までは。
☆
「私は。皆と同じになりたい。——」
——〈裏VR世界〉、終層。最後に行き着いた場所で、私たちはその世界の真実を知った。私は何とも思わなかった。それが真実だとしても、私がすることには影響がない。
だが彼女に同意し権能を得た瞬間。
初めて、自分が間違ったと思った。何を間違ったかもその時はわからなかった。
そうするべきではなかった。
では、どうすれば取り返せる?
どうすれば……——〈裏VR世界〉を再攻略できる?
いや。今の透宮を倒すだけなら、前と同じ方法でいいが、そうすることが、『正解』なのか?
今。
正解ではなかった。——〈インヴィジブル・ケージ〉は、あるべきじゃない。人間の主義、趣味、正義、あらゆる嗜好……物の感じ方を司る無意識の檻。
本物は本物でなくなり、幻想は現実になり、どれだけ『正しい』ことであっても、『正しい』とは感じられなくなる。正解がなくなってしまう。
ゲームが終わる……そうじゃない。
私は、どうしてそれが間違っているのかやっと気がついた。
彼女や、ここまで辿り着けなかった彼らには、彼らのままでいてほしいと思う。彼や彼女として。誰でもない誰かではなく(私個人の話をするなら、私はもう溶けた方がいい。彼女たちが知っている私は。『正解』を選ぶだけの幻想。友人としてふさわしくない。それは、私にとっては正しいが、彼女たちにとっては間違っているから、私は選択を誤ったのだ)。
状況は明白になった。私が選ぶべき『正解』がはっきりした——〈裏VR世界〉を再攻略し、檻を壊す。それをするには無敵になった透宮を倒す方法がいる。
私は、(この状況がゲームだとしたらどうすればクリアできる?)常に、最も正しい方法を選ぶ。
☆
——〈インヴィジブル・ケージ〉は、集合無意識にかかる催眠。
仮想現実の世界を唯一の現実と思うようにするために生まれたそれは、人間の物の感じ方を変える。『賞味期限が五年過ぎています。食べられません』→『賞味期限が五年過ぎています。食べ頃です♡』
ケージを他の人間が使っていた頃、そういう完全な地獄が起きた。
集合無意識が対象である以上、特定の個人に対してのみ使うことはできない。また、改変する情報量が大きくなればなる程、改変に時間がかかる。
だが……既にある情報を僅かに、改変というより承認させるだけなら?
「——俺は『女児が好き』なんじゃない。『女児服が好き』なんだッ! 信じてくれ——〈VR女児服デザイナー〉の、暁遊生です。九歳から十三歳までの女の子の皆、俺と友達になってくれよな!」
——簡単だった。舞台は既に整っていた。透宮を倒せる人間が、少なくとも一人いる。透宮が——〈裏VR世界〉を守る(集合無意識の改変が終わり、そこが唯一の現実になるまでケージを止めさせない)ために受け継いだ、論理障壁を持つ無敵のアバター——〈ブリストル〉の元の持ち主。
記憶を失って退場したとしても、それだけのプレイヤーなら必ず——〈ブラックラウンド〉に現れる。
事実、現れた。
そして、ケージによる改変は、男女のどちらかなど無意識の中で分割された特定層、特定年代を抽出して行うことができ、これだと扱う情報量も減るため比較的速やかにできる。逆に何というか、『全体化』と『グループ』しか対象がないので。
……円滑に事を進めるため、出会う前に好感度をMAXにしておきたかったが、それには、彼女と似た層の全員に好かれる羽目にならなければならず——。
☆
「かわいい……でもっ」
「だろ⁉︎ 大丈夫だ。絶対に人気が出る(ケージがあるからな⁉︎)」
「っ、……本当? 信じられないっ。わたっ……ボクがアイドルなんて——」
……キラキラ感が凄い。まずファッションを学ぶ必要があった。おしゃれではなく、最新のモードと衣装制作を。ケージの改変は、思っているのと真反対のことを思わせるには相当な時間がかかる。当時はまだ、仮想端末の普及率が今程ではなかったせいもあるが。
名実ともに——〈VR女児服デザイナー〉になった次は、法学と精神医学と脳構造を学んだ……というよりケージに接続している人間をブレインネットワークして、どうすればいいか答えを得た。
他に類例のない多重人格で入院している彼女を、外に出すために。この辺りでゲロを吐きそうになったが、難解な事情だったおかげで一番の難題だった——最後の仕上げも準備できた。
アイドルにしたのは、ビジュアルが良かったから。
実は何でもよかった。
何をしても、結果はケージで何とかなる。全ては望んだ通りになるし、思ったことは何でもできる。最高に次ぐ最高の連続。終わらない夢と希望と幻想のような日々。プリンセス体験。
しかし——仮想現実が現実になることで自分自身が消え去ったら、それは消える、重要なのは、そういうストーリーを与えること。
なお、ここまでにした改変の数々を、透宮はキレていた。『やってみたくて……』、『やってたら楽しくなってちゃってっ』と言い訳したら絶交された。
そうなることは予め全てわかっていた。——俺は正解を選んだ。
真意にも、気づかれてはいなかったので幸い。準備は整い(——〈裏VR世界〉にいた他のプレイヤーは事前に全滅させた)、後は彼女を透宮にぶつけ、万が一負けた時のために後に退くことをできなくするだけ。不要だと思うが、ありえないはずだが舐めプで負けた時用に、一層ごとに強力な装備など得られるダンジョンと予備の入口も用意した。UWEは絶好の舞台にできそうだった。誤算があったとすれば……。
『男子が、巨乳のお姉さんにハマる意味わかった——♡』
……。ある時のことだ。
カラコンの上からサングラスをかける民になっていた俺は、フードを被ってドーナツ屋にいたら、女の子の集団が来て、俺に気づかずに俺の話をし出した。こんなに効くんだぁ、と思った時。戻れないことを感じて、俺の人格は滅んだ。
——〈インヴィジブル・ケージ〉に、記憶を消す機能はない。あの世界でゲームオーバーになると、記憶が消えるのは、現代の人間が皆持っている——〈仮想の自分〉が死ぬからだ。
でも、支障はない。最後のゲームを始めよう。俺は『正しい』選択をした。最高の——『正しい』結末を迎えるために。
【次回、最終回】
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