回想:きっと、必ず帰って来られる

 ☆



「……誰が喋る?」

「俺は嫌だ。刺激すると、優先的に狙われることになりそうだからな」



「あのですね⁉︎ わかってるんだ! 自動的に俺になるんだわ、ディスさんはそう言うだろうし、ルナルナ先生俺と口効いてくれねぇし⁉︎ 俺達側についてきてくれんの助かるけど……刺激したくない。で、そういう、俺が損する補足やめてな‼︎」


 ——〈裏VR世界〉には、何人もの攻略者がいた。

 ここ、第百層に辿り着いたのはしかし彼らが二番目だった。最初に到達した一団——当時高階層にいたプレイヤーを全て集め、組織化した集まりは、たった一人の敵を倒せずに全滅。



「——さて、じゃあ一つ教えて欲しいんだが? あんたが仮想最強って言うのはわかっている。疑う気はないが、その強さって俺の何倍だ?」



 第百層・終点——人類の最大の都市。マンハッタン島に、異様な圧を放つアバターがいた。境界のある鉄橋の端、来る者を威圧するかのように立つその姿は蜃気楼に覆われて判然としない。



「どれくらいなんだ? 俺を平均的で一般的なプレイヤーだとして。俺は親切だから、今から教えてやるよ——! あんたが無敵でいられるのは、決められたルールの中だけッてことを‼︎ それとも……勝ってみろよな? 俺達に」

「⁉︎ 何——」

「動揺しているな。やってやれ」



 ——現れろ、円卓の騎士。



「何か決め技っぽい台詞はないのか?」


 ……。



「——〈ブラックラウンド・ショウダウン〉! そういうの事前に言っとけよな⁉︎」



 門を開く。突端——そのアバター、〈仮想最強のブリストル〉には最初の一団が十八人がかりで戦って全滅。傷一つ与えることができなかった。

 仮想への願望が基底にあるこの世界では、実在して、無敵であってほしいと思われている彼は倒せない——けれど。



「見ろよ見ろよ、ほらほら。どんどん来るぜ⁉︎ 俺のゲーム——〈ブラックラウンド〉は今まで、層攻略の捨て駒を集める入口として使ってたんだが、今日は違う……ッッ。ランダム生成じゃない、特別なマップで、伝説のプレイヤーVS全員!」


 ——。


「えげつない特典もつけたからな? 盛り上がってくれて運営としては何より。論理が障壁となって、あんたが無敵になってるとしても。——倒せそうな気がしないか? これなら。あんたがどれだけ強かろうと、俺達は——あんたのルールを守ってやる気も、一人で戦う気もない! 俺のゲームは俺が決める」



 参考までに。

 ジムのベンチプレスで上げられる重量の場合、平均は五〇キロ程だが——世界記録は五〇〇キロ。

 平均と最強の差はたかだか十倍でしかない——。頂点と、平均との差などそんなもの。



「——冗談ではないな。ようやく奴を倒したというのに、ここまでとは。すまない。先に行っていてくれ。すぐに追いつく……俺が俺になれたのは、この世界で皆に会えたおかげだ。ここに来る前の俺などなかった。必ず帰ってくる——約束だ」


 しかし。


「俺の記憶はなくなるだろうが、もう一度辿り着いてみせる! だから……あの光の渦と柱。見えていなかっただけで、あんなものが今までずっとあったなら、あれが最後の敵だろう。この最終層を攻略したら、俺が着くのを待っていてくれ」


 ◇


 ——空を覆うかの如く浮遊する、帯電した金属のさなぎ。

 磁界を形成する蜂羽が高振動し、揚力を生むと同時に排気される帯電した靄と、電発する幾重もの波動によって大まかなシルエットの他は意匠の判別がつかない。

 周囲への干渉器であると同時に武装上の切り札でもある二対のレールと、粒子の収束投射機である大小無数の投射体。コンソール上のデータでは、誘導兵器を中心に多くの兵装を確認できるが、なにより巨大さと遠さ。


 浮遊するそれの全長は二〇〇〇メートルを超え、浮遊する高度は上空遥か五〇〇〇メートルの先——。

 規格外の大きさも当然。

 元は、プレイヤーが所持できる史上最大規模の武装という意図でデザインされた化物。広域戦闘用随伴型ドローン——〈オービタル・クェイサー〉。

 それは、現行のVRMMO中で最も高価な、『スキルとして装備するアイテム』。ドローンはアクティベートした使用者に随伴し、全戦闘行動を直接支援する。

 それを従えて現れたのは見覚えのあるアバターだった。

 対装甲兵器である穿孔槍にヒュージブレード、推進装置とレーザーソードからなる七機の近接防衛用オービット、それら全てが一体化した複合兵装を操る重武装だが、おそらくその戦略上の狙いは——。



「俺は——何故ッ、貴様は俺達が倒したはず」



 帯刀状態のまま右手に装備した、半ば朽ち果てた刀の抜き打ち。

 現れたアバター——ボロ布のようなマスクを何重にもして被り、パーティクル状の紫煙を絞られた筋肉から立ち上らせる……徳川真季人の〈ディスパッチ・マン〉と対面した時、イオンは——自分を彼らが知っていることに、はっとさせられた。

 オービターの撃ってきた粒子砲を擦った。

 瞬間、HPが減少。

 マンハッタン島の地盤が震え、着弾点から円に剥がれて高層建築が次々に傾ぐ。


「何が真実だろうと——ッ」

「⁉︎ ——」



 まさか、記憶を取り戻した……? 真季人は、第九十九層を『知っている』、『見たことがある』と言っていた。一層からそこまでの記憶が何らかのきっかけで全て戻ったなら、アラン・プラデシューと同じ……一度に所得した情報量が多すぎて錯乱しているのか。爆震が走り、オービターの攻撃によって粉砕された地面の破片が降り注いでくる。黒く降り注ぐ雨々に汚されながら、フードを押さえて退き上空、剣の軌跡が尾を引くのを見て退く。

 だが——。


「——」


 ——至近。斬り結んで、ボロ布と目深なフード越しで視線が交錯した瞬間、思った通りのことが起こる。

 穿孔槍の攻撃は防いだにも関わらずHPが減少。

 その複合兵装と二〇〇〇m級のオービターが周囲に発す帯電した波動は、継続型ダメージフィールド。



 1434…、1313…、1232…——。



 限定の特別仕様らしい、ネザーフィアの——〈イラストリアカノン〉程の勢いはないが、このアバターは継続ダメージによる対戦相手の自動死も狙っている。

 ヒュージブレードの薙ぎ払いが、ガントレットへ烈火の如く撃ち込まれて持って行き様に、蒼光のダメージフィールドを展開。

 ——の間に変形し、繰り出された穿孔槍による貫突を、装備の重量差でイオンは背後へ回り込んで避ける。しかし、誰が相手でも自明の重量差を補っているのは。

 剣閃。多重展開した近接防衛用のオービット七機と共に、抜刀。極細の白光が発射されたその軌道上、さらに別の白光が檻の如く重ねられていき、攻撃判定の線で周囲を埋め尽くす。

 多重分岐した白光は恐ろしい速度で広がりながら目標へと迫る蜘蛛の巣だ。

 だが、一点集中でない分、威力には劣る。



「——この世界は、貴様には渡さない!」



 初撃の抜刀と衝突、フラググレネードが斬り飛ばされた返す刃の二撃目に——バスターソードをぶつけて重さで蹴散らすと、飛び込んで敵の本体に八連斬と斬り抜けの九連目。

 半分程はガードを破るも後方で、直前に蜘蛛の巣を描いたオービット七機が逆順——逆さ側から再起動。

 逆再生のように。

 無数の白光が周囲へとひたすら降り注ぐ。


 退くと快音をあげ、地面が何度も砕け散った。

 連発する………——継続ダメージの波動は、イラストリアカノンとは原理が違う。電熱と粒子の共振では相殺できず。


「——ッ」


 フィールド全体が揺れていた。

 イオンのライフサークルは、自分の——〈純粋水爆〉の余波で最初からほとんど一線に近い。数回、継続ダメージが発生すれば尽きる。


「!」



 ——どうする?

 別に、どうにでもすることができた。



 オービターが動く。粒子を収束投射するパネルが一斉にイオンを狙い、パッと光った。

 重金属を収束し一点へ放つ、それは極悪な共振粒子砲! 連続して照射され、同時に放たれた誘導兵器が相次いで周囲で爆発を重ねた。

 だが——。

 そのときだった。

 黒のカードが激しく震え出したのを感じた——。心臓が鼓動するように——。



「俺は——〈ディスパッチ・マン〉だッ!」



 電磁を帯びてレールが動いた。オービターの外観上で最も特徴的な武装、二対のレールが帯電を開始。

 イオンは別にどうでもよかった。

 だけど、それは選択できる瞬間だった。

 ——記憶を失い全てをなかったことにして、ここで負けることもできた。



 回避不能の速度で弾体を放つレールガンの発射と同時に——〈インヴィジブル・ケージ〉。アイテムとなった、この仮想の深部。

 完全攻略者であるイオンに与えられた、この世界と神の権能というクリア特典を……使わなかった。



 顕れろ。



 共振粒子砲と誘導兵装の攻撃範囲すれすれの足場に〈機弓ハルモニアクェイサー〉の近接格闘用ロッドを突き立て、両足と、レールガンを弾いたロッド先端から火花を上げながら長く滑っていって停止。反動で跳んで一瞬後、爆発の余波で足場が揺れ、その間に継続ダメージが発動。

 水平だった地面はほぼ全体がシンクホールとなって崩落し、ごごうっ——と破片やオブジェクトが次々に落ちていった。

 次の足場はいらない。



「——見てな? 勝つよ」



 マンハッタン島を囲む湾に張っていた海水の滴が周囲に一滴ずつ球となって浮かび、レールガンの発射と同時に一挙に爆散。

 空間を圧し広げるかのような爆発的な威力が、弾丸が海底に激突したのに対する物理的な反作用で斥力渦を生じ、全方位、全ベクトルへ未曾有の衝撃が波及していく。

 それきりオービターの砲撃が止んだ。


「ッ——な、ッ!」


 回避不能の速度だろうと——〈ブラックラウンド〉のルールが適用されたこの世界では、弾体の軌道は予測できる。現実の物理法則に準拠していながら、バタフライ・エフェクト、イレギュラーが起こらないために。

 ゲームシステム上の——〈相殺現象〉によって、近接ロッドへ正確に命中した弾体は、イオンに対する一切の影響力を失う。



「もう倒しちゃってるけど、せっかくだからボクの必殺技見てく? ——〈エーテル・————」



 軌道を予測できるなら、正確な制御も当然できる。跳かれた弾体に半身を貫かれた敵に向けて——この一撃で全ては終わる。それは最後を告げる決着の魔法。故に、それは決別の一矢。


 最後に放つ別れの魔法。



 ether x,y,z.

 魔法は終わりだ。


「——エクシーズ☆〉!」



 オービター諸共爆散。

 ——〈ディスパッチ・マン〉は、消えて……。



「——俺はッ、俺だ‼︎ ——〈誰でもない誰か〉などではない……ッ、俺は……あああッ⁉︎‼︎」



 ——?



 待て——真希人が記憶を、取り戻しているなら。全ての真実を明らかにできる。そうすることを急に思ったのは、イオンが『見落としていたこと』……神経を逆撫でするような違和感の正体を確かめなければ。そうしたいのではなくしないといけないと、強く、思ったからだった。

 彼は敗北。

 記憶を喪失して退場——しかし、今なら、イオンはルールを制御できる。


「!」


 ——〈インヴィジブル・ケージ〉を発動。しかし、そうした瞬間……景色が切り替わっていた。

 心臓が動悸していた。


【続く】

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