イオンちゃんは、ルート分岐を間違ったようです


 現実がゲーム、仮想こそが自分の現実と言い張る暁遊生にとって——この世界は、他のVR世界と何も変わらない。ただのVRゲームでしかない。

 けれど、他の多くのプレイヤーにとっては違う。——この世界は、真実を知らない多くのプレイヤーたちにとって、現実の異世界でもある。



 ……。



 きっと遊生はここでだけ、他のプレイヤーと同じでいられたのだと思う。

 誰にとっても仮想が現実となっていたここでは。


「でも、——」


 ——しかし、何故彼は……正確な真実に辿り着いているんだ?

 この世界は、人々の(世界とは)そう在ってほしいという願いを——〈仮想の五感〉で体感できる幻想。攻略可能なVR世界だったのも、この世界を形作っていた光渦とピラーを設定上絶対なのに倒すことができたのも全ては、そうであってほしいからだ。


 倒せないエネミーなんて在ってほしくない。

 勝利する手段が在ってほしい。


 イオンがあれを倒せたのは、プレイヤーなら誰もがそう考えるからだ。

 だから——おそらく、本当は、この世界のどこかに正規の方法もあったはず。あれを倒すための正しい手段がこの世界のどこかには在った。何故なら、『在ってほしいから。誰だって』。



 彼もそのことはわかっていて、自分でそれを探さなかったのは——もう同じ道を歩く仲間が一人もいなかったから。しかし。



 代わりの手段として——〈ブラックラウンド〉? 世界全体を現実の物理法則で縛る、という選択をするには全てを知っている必要がある。


「……⁉︎」


 ——はっとする閃きがあった。一瞬、全ての疑問が一本の線につながる。

 しかし……タイミングが最悪だった。

 強烈な引力で意識が引かれるや線は解け、身を屈めて衝撃に耐える。

 急に、何だ。

 周囲の様子がおかしい。今、何が?


「!」


 突如として、イオンは見た。勢いよく噴出した土片が空をぱらぱらと降ってきて、小音を立てる。

 地面から光のフィラメントが噴出。

 奔流となり、倒したはずの光渦がフィールドへと舞い戻ってきた。

 しかし、その姿が……極大な渦にフィラメントが吸い込まれ、ゆるやかに、ピラーがただ一筋の静謐な光へと収斂していく——一条の線と化す。

 すると線と天地とのつながりが途切れ、光一条は極限まで圧縮され一点へ。それはイオンの目線と同じ高さで、輝く一枚のカードと化した。


 透宮の時のようにインターフェースが出現。



 自動的に、アイテム譲渡を——〈受ける〉の選択が成される! 意に反して伸びた手の中に黒く帯電するカードが、重圧めいた反動と共にぴったりと収まってきた。今度のカードは招待じゃない。

 それは……アイテム化された、『神と、この世界そのもの』——。



 人間の集合無意識へと達し、干渉する権能——〈逃れ得ない識核の檻、集合のインヴィジブル・ケージ〉。

 倒せない存在であっても、倒す手段はあってほしい。もし倒したのなら手に入ってほしい。その力が。

 空を覆っていた網目状のフィラメントは紋様となり、こんな形に貶められてさえ尚もカードの表面で……呼吸するように脈動している。


 フィールド全体に激しい砂嵐が吹き荒れだしたかと思うと、連鎖する爆裂のような轟音が立て続けに空気を震わせた。

 主人なき世界は消滅へ向かう?

 だが一歩、二歩、よろめいたイオンがログアウトせず立ちすくんでいた瞬間。


「!」


 おかしいじゃないか! 電撃的に、解けた線がつながり直した。二度と解けない程に確りと。

 あの時、透宮は言った……。

 

『私は仮想のほうがよかった』



『あなたもそうじゃなかったのッ……?』



 どうしてイオンを知っているんだ……?

 鉄橋が——前層、帯電した硝子砂漠とこの層の境界、層と層を隔てるストリームが著しい衝撃によって突如爆ぜた!

 中途で断絶して崩落する橋、雨上がりの深夜に噴き出す白潮。境界は、何者かによって破壊されたことが、この世界そのものである帯電するカードから伝わって来る。

 何かが狭間から現れた。

 余りにも巨大で大質量なそれは——。


「⁉︎ ——」

「——」


 違う。

 あれは——。



「……俺は、」



 線は解けない。全ての真実は明らかになった。——なのに何かを見落としている。見落としていたから、何になるんだ? イオンにはわからなかった。

 わからないが。何故かはわからないが、このままでは、手がつけられないことになる気がした。しかし考える間がない。


 霧穢早苗を倒したビル——層と層の境となったブルックリン・ブリッジを見張るのに最も都合が良い屋上に退くと、——〈爆縮レンズ〉に使ったスキルは大半が未だリロード中。呪わしい黒い雨がようやく降って来る中、イオンは空を見つめた。


【続く】

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