世界には二つの真実がある。一枚のコインに裏と表があるように



 悪夢だった——。



「成績悪くておバカさーん、友達ゼロ人ニート内定~♪ ひきこもりー予備軍、ゲームでは脳死寸前のワンパ厨でキャラごとのセットプレイすら覚えない癖に性能差に文句ばっかりのうんちー、才能ないーマンー。でしーかもー、『俺に黒は似合わない』とか真顔で言って髪の毛染めちゃう勘違いの童ー貞ーー」


 サスペンダーのついたショートパンツは薄手の生地にオーブのシンボルがプリントされていた。その短い裾を軽く折って、つけ襟とレースのついたノースリーブシャツ。肩幅が華奢で、巨乳で裸足だった。

 ——際限なくエレベーターが下降するような揺れと振動。苦しげに膝をついていた遊生の周囲を、透宮が歩きだした。歩きながら歌いだした。胸の重さに引かれて屈み気味に、上目遣いで彼を覗き込むようにしながら。

 誰が見ても眩暈がする光景。とくに中心にいた遊生は今までより十倍も苦しそうにしながら、『こちらは一体何と言う人ですか?』という感じでやっと顔を上げた。


「これ誰のことかしらね? おまけにいーまーもー私のことをいやらしい目で見てくる犯罪者予備ー軍ー。目が合っちゃった。誰かなー? 一体どちら様のことかしらね? どーこいったら会えるんだろー、どこかなー、いるかなー? 今日はいるかなァー?」


 透宮は一周して彼の正面を通り過ぎてから一瞬足を止めると、また行き過ぎるかと思いきや大げさにのけぞった。


「いたーァ!」


 ——全体的に、こう。ドールのような肌理細やかな精緻さと儚いビジュアルが嘘のような。足下の揺れがさらに大きくなる。すると今度はイオンの方へ、無感情に透宮は向き直ってきた。


「ルナルナの生き物占い、やってみません?」


 『よく当たるんですよ?』とでも言うように淡々と彼女が見つめてくる中。仮想と現実が混錯し、衝突し合うような揺籃が止まらず、加速度的に強くなる。

 何が起こっているんだ——?



「カードを一枚選んでね——? でた生き物で占うわ」



 裏向きにされたカードが何枚も空間に表示された——現代では、VRと現実の間はすこぶるシームレス。何かが始まったらしいこんな時でも。

 キューブを拾ってイオンが対応に困っていると、憔悴した表情の遊生が割り込んできて、横から一枚のカードをフリックした。裏から表へと返した。

 その瞬間、透宮は「チッ」と露骨に舌打ちをした。たったそれだけのことだが、何かが彼女の思い通りにならなかった——?


「満足かッ? 御託が済んだら、お話を先に進めようぜ——って? 何だこれ……出た生き物で占うって、肝心の絵柄が白紙だぞ」

「虚無へと還れ」



 大凶——。



「——ッ⁉」

「忘れてしまってるようだから教えてさし上げるわ。有里透宮です。ルナルナって読みます。好きな人はお父さんで、将来の夢は実家でやってるお豆腐屋さんを継ぐことです!」


 超元気な声だった。そして、最大限に無邪気な笑顔。それは多くの大人が子供にはこうあってほしいと望む見本のような。だったが、そこからゾッと一音落とすと、変幻自在に透宮は言った。

 透宮の身長は一三九㎝だった(気になったので、ドローン・カメラで計測した)。バストのトップとアンダーの差は推定三〇㎝級Iカップ。華奢で肩幅も狭いのに。


「——好きなアイドルは、VRアイドルの名凪イオンちゃんでーす。限界化しちゃーぅうんっ」


 キューブは——見たり触れたりすることがイオンにしかできない、ということは『イオンには見えないし持っていることを認識できないダイブ端末』。

 端末その物の存在を認識できず、宇宙的な外観の敵がたまに出現する—— 現実世界と微妙に違う仮想世界にイオンをダイブさせていた。

 そうする必要があったのは、何故か。その時だった。吸い込まれるのをイオンは感じた。身体感覚が仮想の五感へスイッチ、同時にキューブの震動が収まる。



 遅れて視野が切り替わり、現れた景色は——あの最終層だった。




 マンハッタン島だったフィールドが、あの激戦で大方崩壊、再構築されたそこでは無秩序なオブジェクトが乱立。見たことのない深淵が都市形成され、大小のストリームが層中で奔流となっている。



『ようこそ。そしておめでとう——』



 イマジナリ—・キューブが震動を止め、しばらく死んだように静止していてから、掌の上で消失した。

 絞首死体が翻る。背後から声がして振り返ると、胎動する宇宙の星々を柄にしたローブ。そのフードを頭からすっぽりと被った少年の虚影が立っている。



『——これでブリストルはいなくなり、この深層であんたは一人きりのはず。後は、お好きにどうぞ』



 無数の目のようなビルの窓だけが、鉄橋に戻ってきたイオンを全方位から見つめていた。

 今、そこに立つ彼は記憶を失う前に撮られたヴィジョン。その背後——ここから遥か上方に一際巨大なストリームが裂け目を形作っている。

 層中に複雑な都市が形成されたこの最深部はそこへ向かう一直線の迷宮に変容し、ガスを纏ったゲル状のエネミーが都市の道上を徘徊——本来の姿や能力が戦闘状態にならなければわからないようになっていて、二、三体で固まっている敵全てが前に見た——〈ハイブ・メンタリティ〉の群体=戦闘に突入した瞬間、爆増する質量で潰されることすらありうる。



 層と層の境界部である鉄橋から一歩でも出れば、もう戻れない。だが、イオンの視線を捉えたのは、裂け目の奥にある——存在しない宇宙を思わせる大渦、渦の中央で天を衝く、吸い込まれるような光彩の柱だった。



『だけど、どうしていいかわからないだろう⁉︎ ふふふッ、ははははは——ッ! 楽しい! 俺は楽しいよ、イオンさん‼ この映像を見てるってことは、あんたは最後まで気づけなかった。終わったんだ。あんたはとっくに詰んでいる!』


 相変わらず、大粒の汚雨が降っている。

 地上から衝き立った渦と光柱は異常放電した黒雲を纏い、上空を貫いた果てでフィラメント状に枝分かれすると、層のみならずこの世界を覆うあの被膜となる構造。


『——というわけで教えてやろう。仮想現実が現実になった現代と今は云われるが、その真実をあんたは知っているだろうか? それとも、どう思う。世界には二つの真実がある。たった一枚のコインでさえ、表と裏があるように』


 何?


『極限まで簡略化すれば——現代の仮想世界は、“高速通信ネットワーク”だ。

 仮想現実を体感するため必須のダイブ端末は、半分はデータを信号に変換する機械。もう半分は通信端末。


 敵が見えた。倒すために剣を構える。

 見えたのはアバターの現座標、現状態という形で指定されたデータが信号化され、端末に送られたから。

 それに対するプレイヤーの応答は命令化され、アバターの状態に反映。

 前半に戻る。



 VRゲームはこの繰り返しだから、超高速通信が可能な次世代データ転送規格。仮想ネットワークが成立には欠かせなかった。



 ——端末とネットワーク間での信号化された情報のやりとり。大容量かつ体感できるラグもない。仮想体験とはそう表現することもできる。その構造上、これは俺とあんたの脳と脳をネットワークしているよな?』


 ヴィジョンと会話は通じない。だが——仮に通信が可能であっても。処理速度には限界がある。イオンは周囲をもう一度観察した。この世界は無理なのだ。時間が加速させられないから。



『——一度でもダイブ端末を使用し、仮想ネットワークへアクセスした人間は、既に火花を持つ人間から、この世界のデータが脳内情報として共有コピーされる。地球四周半分全てではなくほんの断片、焼き尽す大火の火花だけが』



 は?


『ネットワークを利用する人間、接続する全員が記憶媒体として利用され、各自が持つ断片は集合となる。

 断片、『この世界のデータ』は多人数間で重複し——ダイブ端末の所有率からすると欠けることはないが、もし端末を持っているのが全人口の三〇%だとかであれば、ログインした時世界の一部が存在せず、先に進めないようなことも起こるだろう。

 この構造モデルの下、仮想ネットワークは——この世界に入るための入口としてだけ利用される。世界の構成情報はプレイヤーの脳内にあるから、気になっているであろう処理速度の概念がない』


 イオンが疑い、目を細めると鮮やかな金色が波紋を残す。


『つまりこの世界は、——』


 仮想現実の構築に必要なのは何だろうか? ——データではない。

 必要なのはリアリティだけだ。


『何もかもありはしないのに——〈仮想の五感〉で感じることができてしまうから存在し、ネットワークでつながりあった人間同士がその断片を分かち合う……体感できる共同幻想。現代を生きる全員が無意識に——心の願望を抽出され、統合され、決定し、承認し合った。望ましい、そうあるべき世界の形ってことな』

「なにそれっ、全然わかんないけど——⁉︎」

『仮想現実の世界が生まれたことで、この世界も生まれた。現実だけど現実ではない仮初の世界で、『できるなら、こうあってほしい』、『こうだったら良い』と人々は繰り返し願い、仮想ネットワークを通じて全員へ共有された願いは現代の真実となっていった。願いとは二つ。二つとも俺には理解できないことだが?』

「!」


 突然鉄橋が鳴動を始める……!

 イオンが片手を地面につくと、芝居がかって微動だにしない映像だけの彼は言う。



『一つ——仮想現実の世界こそが現実であってくれればいいのに』



 願いによって生まれた世界……?

 この世界が妄想の具現化?

 理解が追いつかない。

 けれど——〈仮想の五感〉は端末の機能ではなく、端末が構築する脳の機能だ。データを体感するそれが、もし誰かの脳内で変容し、仮想ネットワークを通じて広まったなら……わからなくなる。絶対に、そんなことは起こらないはずだが。起こったと仮定するなら。

 仮想現実が現実になった現代——今の時代はそう言われ、現代では多くの人がそう感じているが、それすら……仮想ネットワークを介した無意識のつながりによって広まった価値観?

 だとしたら願いは叶っているはず。それなら、ここは——〈アビス〉は生まれる必要が生じない。



「!」



 一際大きな縦震に足下を突き上げられると、ステップを踏んで揺れた金色の瞳が楕円形に広がって見開かれた。金細工の羽のラメが煌めき、太陽球を思わせる瞳孔が空に浮かんだ被膜を映す。

 気がついたのだった。仮に、全てが事実ならだが、それでは足りない。仮想現実が現実になった現代では駄目だ。信じていいかわからないが、わかった。


 ——裏側のブラックラウンド。

 ——裏VR世界。

 ——アビス。


 この世界、ここが現実でないともう一つの願いが叶えられない。何故なら、それはあらゆる人間が行きつく願望。この最終層の最深部にある、それは超克のオブジェクト——。

 未だ大地は鳴動を続けている。

 願われて生まれたそれの意志によって。


『俺にとって現実はゲーム! ゲームが俺の現実だ。この世界が現実であればいいのに? はいはい、あんたたちはそれを願うだろう。せっかくのゲームをそうやって台無しにしようとする。けどそれだけじゃ足りないだろう。つまりこうだ!』


 それの外見は……地上から噴出し、上空で網目状のフィラメントとなって無限に広がっていく光柱。

 だが実際の、この仮想世界における概念では、この世界全ての空を覆うそれ、その被膜こそは——。




『二つ——“神”よ、この世界に在ってくれ‼』




【続く】




おま○け:精神崩壊編


俺「あっ、あ……(リールロックCC図柄狙え!)」

ギアス(投資35000円、ボーナス一回、合成1/1200)「……」



俺「ああああああああ⁉︎‼︎⁉︎‼︎‼︎⁉︎」



 僕が何をしたと言うのォォォオオ⁉︎

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