鋼刃無限の流星群


 フィーン——ッという音が響き、カーボンファイバー・フレームに収められた四機のプロペラが動力を停止すると、慣性でゆるやかに機体は落下しだした。新たに通電した内部回路が薄緑の光を発しつつ着陸、目に見えるようになったそれをイオンは拾い上げる。

 今いる世界が出られない仮想世界であろうと。

 身体感覚で体感しているリアリティに関わりなく、現実に存在するこのドローン。


「終わったね——」


 周囲にあるダイブ端末は——〈ブラックラースインクリーター〉でジャックできる。

 自分自身だろうと。ブースターモードは端末のパルスを増幅し、五感への信号を飽和させる。現実を書き替えた仮想現実にダイブさせ、パルスが飽和している間は他のあらゆる仮想と現実から切り離される。



「——ログアウトは試した? 気をつけるんだな。死んだら脳が焼き切れちゃうよ」



 今までの使い方は副産物なのだ。本質的にブースターモードは自分用。得体の知れない仮想世界にダイブさせられた時、イオンが脱出するためにある。

 ただ、この脱出には周囲一帯を巻き込めるから。

 相手も範囲内にいるなら。

 新たに眼前へ現れた場は無限に奥行きを感じる、帯電した霧に包まれた空間。


《——へようこそ。お待たせ致しました。——〈ブラックラウンド・コロシアム〉は、全ての条件がクリアされたことにより譲渡されました。新たなオーナーの元で、今後運営が再開されます——》


 霧は、激して周囲を振り仰ぐ敵……一目でわかる程動揺し、蜃気楼を乱れさす仮想最強のアバターとイオンの周りだけが円形に晴れていた。

 ナレーションがスタート。

 随分前から、枠を用意していた配信をつける。



《——勇敢なる最初のプレイヤーとして、あなたは選別を受けました。——〈新生! イオンラウンド・コロシアム〉へようこそ》

「起動——〈アンリミテッド・スキルチェーン〉。これも——〈インクルード・レベルオーバー〉。準備はいいかな」



 スキルを次々に発動させる……今いるのは、〈イオンが自ら、好き勝手に作った仮想世界〉だ。ダイブ端末をジャックして閉じ込めているだけで、さっきのはただの脅しだが相手は真実を知らない。


 撃つ。黄金の波動を周囲へ迸らせる純白の透衣がはためくや、凝縮した光が一直線の爆発を起こした。

 発動すると、全世界の敵になる——存在する全NPCとプレイヤーから敵対状態になるのと引き換えに、アバターのレベルに強烈な乗算補正がかかるインクルード・レベルオーバーのエフェクトがその黄金光。

 障壁が迫って来るかのような見た目で圧してきた光の爆風を両刃剣で切り払うと、蜃気楼は苛立ちを露わに無貌をイオンの薄笑いに向けた。


 その爆心地では半円状に抉られた地面の奥底深くにあった堅個な地盤の滓だけが少々、斥力に踊らされて宙を浮遊していた。

 衝撃波と爆発に対して重鋼の両刃剣を振るい、剣圧で相殺し文字通り斬り抜けた敵の背後へ既に——回り込んでいる。


「——。——。ヌウゥゥゥゥ……ォォオオオオオ!」


 ブリストルが気迫と絶叫。ブレーキにつかった〈ヨイノユキハナver∞∞∞〉が地走りを噴出、超音速で迫る一瞬間も、瓦礫が舞ったその後しばらくも無音。音の媒介となる空気がそこに存在していなかった。

 振り向いた蜃気楼を蹴り飛ばした追撃一閃を、幾重もの環状に放たれた白波が後押し、威力を上乗せした極限一刀が何倍も重い両刃剣を共鳴せしめ、弾き飛ばす。


「——ハァァァアアアアアアアア!!」


 乾坤一擲の気威にユキハナを圧し折られると片手を掲げ、代わりに——ガントレットを起動。磁界フィールドを広げ、瞬間移動し、もう一度背後からプロミネンスを爆発させる。翼を広げた死神を思わせるシルエットに光は巨大化し、振り払ったその一撃はしかし、背負うように構えた剣の両刃が弾く。

 八連斬が激しくイオンを弾き飛ばした。空中、斜めに見える地面が限界に達して弾け、撓りながら断裂していくのが見えた。


 ブリストルの追撃——轟音が尾を引いて巻き起こると、次いで無数の刃煙に身体が切り裂かれていく。

 背面を向いて捻り上げた腕部から上体、背腰と振り回された両刃剣が描くは螺旋、予備モーションが見えた瞬間全てが過ぎ去っている。残像が網膜に焼きつくより疾く振り切られた剣は空間を揺るがす極断刀。

 フィールドの境界、自分で設定した領域の端へ全身を何度も叩きつけられながら、跳ね返る度に斬りまくられる。繰り返されて刻む剣雨、鋼の千刃——否、千とか万とか数でそれを形容するのは趣が違うか。


 幾度となく斬撃を与えていながらも、それは一。たった一振りの技に過ぎないからだ。凄まじいまでの剣閃が一撃毎に与えられるダメージ限界を超えて、何連撃もの多段ヒットする斬波となった攻撃判定の嵐——〈鋼刃無限の流星群〉。



「——私の勝ちだッ‼」



 蜃気楼が地に膝をつくと、フィールドを覆っていた霧が帰ってくる。

 露払いするように両刃剣を一振りし残心。パリッと電位が反応。

 確実に倒した——!

 流星群は敵に直撃、無限を束ねたこの一閃を耐えられるアバターなどいない。



「——、——(——なのに心臓の鼓動音がまるで、危険を告げるレッドアラートに聞こえるのは、何故だ‼︎)」



 沈黙。自問する気配。それはそう。考えていることは、何も間違っていない。流星群を直撃し、今実際に——〈イオリアフレイン〉は倒されている。このゲームは好き勝手につくられた代物だが、『敗北すればゲームオーバー=退場』だし『勝敗は公正にジャッジされる』。

 無敵になれる能力だろうと今のでイオンが倒されているなら、撃破という結果は優先される。

 本当に現実に倒しているのだ。

 今、その事実も己の感覚も、どちらも間違いではないのだった。


「⁉ ——」


 背後でした高笑い声に振り返って、何人もの——〈イオリアフレイン〉を目で捉え、驚愕したように絶叫しながら尚も剣を振り上げた予備モーション中、霧穢早苗から奪った銀糸が四方八方から殺到。

 糸は正方形グリッド状の拘束棺檻を形成。

 倒したが、敵は一人ではなかった——最初から、イオンの最も優れた能力は複数のダイブ端末を同時使用できることなのだから。

 自分の姿を見えなくするスキルを順番に解いて、十二人。一人ずつ姿を表していく。



「——どうしてボクが仮想最凶かわかった? 全員がボク。これがブラックラウンドのプレデターテーブル。円卓はとっくに満員だ。今の技は凄かったから、サービスで三人自殺してあげるね。後は自力で頑張って」



 倒したはずが倒された気分は? あの時の借りはこれで返した。

 拘束を維持したまま、蜃気楼のヴェール——装備者のプレイヤー情報を霧隠しする仮面を敵から剥ぎ取ると、手にしたそれを装備しながらイオンは耳元で囁いた「死ね」。

 キル確定し、双方のプレイヤーコードが表示されると、その文字列が濃いノイズと共に伸張する。

 イオンのプレイヤーコードには、実は隠された意味がある。


 EXES:Zodiac/No.the N.


 真意はこうだ。


 Notorious one of The No face.


 強大なる一にして何者でもない者、誰でもない頂点。

 顔なしの騎士——。

 プレイヤーコードが正体、仮想最強のブリストルには多くの模倣者がいたが、最初の一人は他の誰でもない。


「——生配信で負けたんだから偽物はこれで卒業だね? イオン・クラウドの皆、ボクのこと嫌い奴も聞いて。卑怯なんかじゃないよ。これは正当な復讐なんだ。ボクのキューティクルの敵討ちだぜ!」



《——ご視聴ありがとうございました! 先行登録が始まっています。〈新生! イオンラウンド・コロシアム〉のワールドプレミアは、本時間をもって終了いたします。ご視聴ありがとう——》



「文句あるなら……来な? 先行登録特典で、ボクのグラフィティも貰えるよ!」


 灼けて焦げたままになっていた髪の先端をウェイトレスっぽく掌に乗せる。

 空間ごと弾けるようなエフェクトがして、役目を終えたその世界が消えた。場所は真希人の家の二階、階段を上った廊下の突き当たり、山の傾斜と市街を見下ろす静かな展望室——息を飲んだ本体の背後で、イオンは壁に寄りかかっていた。

 ブラックラースインクリーターはスタンバイモード。


 元々——〈ブリストル〉は絞首死体を背負う現在のアバターをデザインする前に、イオンが使っていたものだ。

 最初。自分の前にそれが立ちはだかったとき、限りなくありえないと感じながらも、『それが分裂した自分自身ではないか?』と疑う気持ちを消しきれなかった。だが今、こうして本体が目前にいる。


 その姿はしかし、一目見ると。

 ……これが?



「おい! 何かヤベェ声聞こえ——」



 そういえば。真希人は後ろでダウンしている。ダイブ端末を通して、あの死の体感を受けたのか。廊下の反対側にある階段から遊生が駆けて来ると。何ッ、と彼は若干引いたような声を漏らした——そこにいた美少女は、年齢は一〇歳か一一歳位と思われた。

 つまり同年代の、容姿に特徴のある女の子が顔の横で手を振るや、イオンのすぐ傍まで歩いてきたかと思うと、前傾気味な例の姿勢を直し、胸を引いて片肘を押さえ、指先を唇へそっと持っていく。


「しっ————」


 人形のようだとイオンは思った。それが喋ったので、息を飲んだ程——。

 砂糖が降ったようなペールトーンの水色とオレンジの髪を緩めの三つ編みでたっぷりした二つお下げにし、事前予測通り身長は一四〇センチ位しかないが、ピュアに輝く谷間の肌は無傷で汚れのないティーカップのような質感。揺れると震える瑞々しい重量感と体温。華奢な肩幅で余計際立って見える目算、推定IかJカップはある巨乳すぎる程の巨乳だった。

 トップとアンダーの差が凄まじい。


「————えっ?」


 大きいことが目に見えない威圧感になって周囲へ濃厚に漂う巨乳。組んだ腕に胸が乗って尚余る。さっきスッと胸を引いた瞬間には乳房がプルンッ、と揺れて宙を弾んだほどに。

 ふと自分のを見ると、軽く影のつく肋骨にピッタリと沿う胸のラインが——だが、それどころではなかった。



「あーーーーーーーーーーーーーーーー?」



 階下から来た遊生を見るなり、引き気味の低音で巨乳の三つ編み少女が割り込んで来た。

 小学校で花瓶を割ったらうるさい女子に見つかった感じの言い方だった。


「あーあ。つ・い・に、やっちゃった」

「俺⁉」


 慌てて顔を上げると、遊生との中間に、巨乳がとことこ回り込んで行った。

 背が低いせいで、目が大きいのにずっと上目遣い気味な、自然体の表情がジト目なのが少々もったいない感じの美少女だった。

 目の前に半透明のARウインドウがポップアップした。何だと思えば画像がたくさん映っていて、カメラロールらしい。わりと、いかがわしいイラストのサムネイルが無数に並んでいる。


 彼女がさらに続けて言った。さもいつかやると思ってた犯罪を彼が今犯したかのような糾弾の声で。


「うぅわ、こ・れ! 必ずこれ、絶対こうだと思ってた。はーい陰キャ〜、もうしらなーい。透宮ルナ、しーらない。ご主人様のことなんてもう知りませんわ」

「俺の⁉︎」

 

 透宮ルナ……?

 名前か。

 冷たいジト目で舌なめずりしたかと思うと、透宮は遊生の前であざとく首を傾げた。その態度は見知らぬ人間にする感じではなかった。いや、まさか知り合いなのか?


「いやらしい画像でいっぱいですねーぇ。ねえ、ニートはどのキャラが推し? これ? このキャラが好き?」


 透宮がカメラロールの一枚をピックアップ、端末を盗られた遊生が絶叫した。

 イオン・クラウドにアクセスし、データベースから照合すると——有里透宮。彼女は本名では、透宮をとおのみやと読むらしい。特別な経歴は記録されていない。

 拡大した画像を目前に透宮は真顔であからさまに首を傾げ、彼を真っ直ぐに見つめた。


「何で?」

「やめろ——ッ、やめてくれ頼む! 他人様が保存した画像を公開ってやってはいけないことの頂点だからな⁉ というかですね、誰だよ! 何だッ、この感じ。何が起こってんだッ」




「私のがおっぱい大っきいじゃん‼」




 透宮は自然に誇示されている胸をさらに両手でぐぅーっとわざわざ持ち上げてみせ、わざとらしい絹を裂くかのような鋭い金切り声を上げた。ぷーっと不服そうに頬を膨らませる。

 ——違う!

 思考が暴走を始め、矛盾のスパイラルに陥った人格が順番に思考停止していく。透宮が何者かはわからなかった。それは情報がないのだ。しかし……それなら、一人足りないのだ。


 徳川真季人は暁遊生の全滅した仲間ではない——ありえない。透宮が真希人の家にいる&真希人が一度ゲームオーバーになり、あの世界に関係する記憶を全て失っている。それなら。

 最終層まで来て退場した『一周目の真希人』と透宮は、遊生+全滅した仲間たちと戦ったはず。・記憶がないから透宮を幽霊だと思った。・透宮はずっとこの家にいた。

 その可能性が、高くはないがそれなりにあると直観したからこそイオンは彼女を探そうとした。


「? ……」


 透宮も遊生の側なら話が変わってきてしまう。昼間、真希人が言っていた。『俺たちが来るより遥か前に——ブリストルや他のプレイヤー全員が第百層にある何かの正体を知った。それを巡って二つの陣営に分かれたとしたら』。

 空気が震えるのを感じた。

 何だ?

 よろめいて踏みとどまったが振動が足下から波状に突き抜けてくる。


「⁉」


 それは地震というほどではない揺れ、緩やかな胎動のようだった。果てしなく不穏に強調される名伏し難い震撼。強まり、床に手をつくと、投げ出された透明な立方体——〈イマジナリーキューブ〉が激しくかたかたと鳴っていた。

 ……。キューブはイオンにしか見えない。

 だが、それの機能がわからないとしても、『イオンにしか見えない』という時点で、その正体は明らかだった。イオンも当然(気にしても仕方がないから放っておいたが)、そのことはわかっていた。


「おいッ、何かおかしいよな……⁉︎ 何だ⁉︎」


 キューブが他人には見えない以上、それは現実には存在しない。ならイオンは、『持っていることを自分では知覚することができないダイブ端末』を持たされているのだ。あの時以来ずっと。


【続く】





おまけ:エルデンリング観光案内

テラバ観察スポット:腐敗を望む露台の祝福に転移し、正面に見える崖に沿って右へ行く。すると板が渡されていて、板は一カ所壊れている。崖の下の遺跡を見ながら歩くとこの壊れたとこから落ちてしまうのだが、直接遺跡までは落ちず、崖の中途で微妙な足場に引っかかる。この足場のこと。

 この足場は付近にいるテラバ(黒いデカい鳥のこと。正式名称不明。よってARKのよく似たクリーチャー、『テラーバード』より命名)の感知範囲なのだが、テラバの攻撃が当たることが一切ない。必死で褪せ人を食おうとするテラバをまじまじと観察することができる、真剣にマジで観察のためだけにつくられたとしか思えない謎スポット。俺はここからククリを投げたら足場から落ち、無事食われた。




以下、カットしたけどどっかで使うかもしれないセリフ



「あー、あれだ。そうだッ。VRアイドルのイオンさん……なんだよなッ? アランさんは? なら、あれあれ。あれどうなった⁉ サメだよ! サメ、サメ。

 今度、違法になった脱法シミュレーターの代わりに出る予定だったサメのVRゲーム‼ 最新のPV何度も見たし、体験版も五周して、待ちきれなくて心がサメになってるんだ! 開発遅れてんだって? 早くつくってくれ? あれは他とは出来が違う、段違いに。手足の飛び散り方がいいし、血の量も。ドバッと出るけど断面が見えて——」

「……」



「——こーんなに! グバァッ‼ と噛んで引ーっ張ると腸がっ、腸がこーんなに長くっ。俺、感動して……元気出せよ」


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