ブラックラウンド最凶技


 荒野の塵が目前で半球状に弾け、環となって周囲に飛散した。その微細な揺らぎはしかし、すぐに壮大な放電嵐に飲み込まれていく。


「ッ、どうしてこっちに——何で⁉」


 デバイスが形成したフィールドの中、塵が飛んだ中心に……今まで第百層にいて、シェアリングされた視点でその姿を見ていた和装のアバター——〈霧穢早苗〉が現れ、途端に勢いよく膝をついた。

 彼女が転移してきた瞬間を狙って先読み気味にデバイスが投擲。

 だが同時に、必然的に彼女からも見られる。銀河の星々を柄にした魔術師のローブが激しく揺れるが。


「——⁉︎ なっ、嘘っ⁉‼︎ それは無理でしょ⁉」


 視界の全範囲が射線、〈斬傷殺界〉——大気を圧す見敵必殺の視線と、追随して交差し合いながら拘束、斬撃をする極細銀色のチェイスラインの殺界。

 相手を一目見た瞬間に、両方が連続発動する。一撃必殺の威力こそないが『見る』という条件の簡易さと射程の長さにより極論、視界に入れば避けられない。イオンにも発動後の回避はできなかった。

 最初から姿を見られないことで倒していた。

 けれど今……身体を微かに傾がすと、深めに被ったローブのフードに切傷がついただけで彼は視線を回避した。追随斬糸は虚空を斬り裂いて不発、無傷。


「視線でしょ⁉︎ 避けるって——」

「——それで満足だったのか? ゲームは最初の一手で終わる。俺が終わらせるんだから、あんたのターンは今が最初で最後だった」


 水中の恋花を横目に見て、遊生は補足した。


「空気中の水分を集積したその水球をご覧の通り、重力を操るのがこのアバターの能力。この能力に『重力によって相手を殺傷する』程の力はないが——」


 敵のアバターは……転移してきて一度『見た』きり、もう二度と顔を上げられないかのように震えながら、地面に圧さえられていた。

 頭上には、デバイスの稼働時間が切れるまでの残り秒数をカウントする砂時計シンボル。そのさらに上方には大小様々なサイズの、破裂寸前の火球が浮かんだ……手で触れられそうなプラネタリウム、まるで銀河の星々のように。


「——しかし効果時間中なら、ほぼ完全に相手を拘束することができる。ということは単純な重力の増幅ではなく、それだと壊すか潰すかしてしまうから、空間と距離を伸張することで動作している。


 あらゆる魔法や能力が現実の物理法則下で再現される——〈ブラックラウンド〉では、元の性能を優先するために、能力の性質は変化する。


 いや、種明かしをするとだな? あんたと俺との間には今、俺の能力によって大体十六キロ近い距離があった。現代で最新鋭の狙撃銃でも射程の限界は一キロ。その能力は目で見た場所で発動するんじゃなく、大気を圧し退けながら真空の刃と衝撃を叩きつける。


 なら見た時点での狙いが僅か一ミリずれただけでも、十六キロ先では的外れだ。さて。ところで——」



 火球の出現に同調し、地面が周囲で胎動していた。

 揺れている——?

 鳴動。地面と接しない水球の中に(※全裸で)いた恋花は今までそれを感じられなかったが今、初撃の真空に大気が流入していき、吹き荒ぶ硝子の砂嵐が一時止んだせいで目で見えた。

 剥き出しに成った土の地肌で小さな欠片が次々に剥がれては空中を舞っていく……。



「——〈爆縮レンズ〉って知ってるか? 現実の現代に実在するテクノロジーなんだが、こいつを使うとレンズの中を光が通り抜けるように、力を一点へ集中できる。俺の能力にブラックラウンドが与えた限界、『無傷で済む範囲の重力』を超えた圧を一気にかけることができる。力とは爆発、爆発で圧縮するから爆縮。

 で、今から体感して頂くのは……現実ではこいつが何に使われているか? こいつがあると何ができるか」


 薄く目にかかり顔を覆っていた童女の前髪が跳ねた——0。真一文字に光ると同時に砂時計が尽き、ダメージを与えない限界の重圧を彼女にかけていた回転体、ドローン・デバイスが機能停止すると、あの微細な粒子の翼が後方に数百メートル近い影を成し、背後に虚空を穿つかの如く空間中をダイレクトに裂く。

 群青和装の童女だったアバターは翼の発する狂おしいまでのオーラで自ら発狂、その姿を別物へと変貌させかけたが、先に、彼女の頭上と地中取り囲むようにしてあった火球。

 星々の全てが爆裂し地面が凄まじい勢いで反ると、拘束中にセットされた総数にして三十二の爆核が多段同時炸裂した。


「——」


 連鎖爆発する光々がフィールドを形成し終えた回転体に集中、レンズを通して一閃となり新しい爆発を呼び起こす。その爆心地では一瞬にして全酸素が焼尽、多量の大気が流入し、ぶつかりあって垂直の上昇気流が生じた。


「そのドローンデバイスに使われている金属は、ブラックラウンドにコンバートされた時点で純粋なプルトニウム239に元素変換される。というわけで正解は——〈原子爆弾〉。現実の物理法則下での最凶技だ」


 急に身体がふわっとするのを感じた恋花は唐突に、今度は重力を感じ、空中にツインテを投げ出されながら息を飲む。そういえば髪を結ぶリボンだけ、服が消えても残っているのは何でか? 今まで全身を柔らかく包んでいた水球が解け、位置力を保存する慣性が消えると、落下した無防備な身体はひりひりする砂に抱きとめられる。


「——」

「……あっ」


 袖を通さず羽織ったフードが風勢で外れ、暴風を受けて靡くとローブは厚手な騎士の外套に見えた。色素の薄い輝く髪に緋紅と蒼色のオッドアイ、自信に満ちていながらどこか終焉を漂わす微笑。

 恋花は慌てて肩を抱くようにすると、華奢な体は濡れていて、緊張に上下する胸の先端がツンと跳ねるのを感じる。滴の伝う足を投げ出していたが、前を睨みながらぐっと閉じる。

 何も着ていない体を全て見られて、ドキッとした。動物のように見下されて、目と目が合う。そして——。


「……危ない危ない。重力と距離を操る俺の能力は、この技を安全に扱うためにある。五〇メートル先を爆心に設定したとしても、俺なら擬似的に距離を伸ばして、自分のいるところまで被害が及ばないようにできる。歴史上最大の核爆発だろうと、殺傷範囲は大体四〇キロ位なんだそうだ? 意外と少ないよな」

「今、目を逸らしましたわねぇ⁉」

「だけど爆発によって、大気中には有害な放射性物質が生じる——黒い雨となってすぐに地上へ降り注ぐ。なので重力で水球を維持するのは危ない。現実で近所に核が落ちたら風上に向かって全力で走れ!」


 冗談じゃなかった。背後では、超々高高度まで届く噴煙と放射性物質の塵芥を抱いた茸雲が空に聳え立っていた。

 スキルを組み合せてそれをやった? 原理的にはきっと可能なのだろう。あらゆる力が現実の物理法則で置換されるなら当然、ブラックラウンドの世界全体も同じ法則が巡っている。

 リアルで可能なことは全てできる。だがそこまでするのは?

 相手を倒すのが目的なら、必要分を超えた威力は意味がなく、オーバーキルなど無駄でしかない。

 目的と手段。無限と有限。月の征服をすら目指せても、その手段には限りがある。『何が欲しくて何ができるか』で運命は決まる。己にない力を求めるのは、運命を変えるためなのだ。


「あんた——一体、何と戦ってるのよ……ッ?」


 人間に顔がないのなら、目的と手段が個人の全てだ。歴史上の偉人が行程と結果に過ぎないように。


 ——誰よりもイケメンが大好き。

 ——何をしても美少年にモテたい。


 だから美少女アイドルになった。

 それだけが目的だったから……髪は男の子受けの良い黒髪、かわいいを主張するツインテ。私服はシースルーとワンピース多め。持ちものは全てが目的の手段。

 ではもしも、月すら征服できるなら果たして何を目指すのか?


「運命を変えるためだった。過ぎてしまった思い出と、約束の果たせない未来を変えようとしたから、俺の今がある——俺は一一歳くらいの女の子にモテたくて動画配信者になった。ああ。けど今はホモしか俺の動画を見てない。無事、完全なホモチャンネルになった。その点では失敗だったよ、別の方法で目的は達したけどね」

「励ましてるつもりなのが癪に障るんだけどっっ——待って、何でッ」


 桐先恋花は極限まで研ぎ澄まされた人間であり、性別的には男性で、目的のために美少女になった——月を征服するには与えられた手段で足りるはずない。チャンネル登録者数五七万人、内訳八九%が男性。上位五%がいけるとして、二万人を確保。

 今の受けシチュが好みなために、無意識に舌を出して微笑うその体は見た目女の子なものの、無毛の屹立したモノがあった——がそういう行き切った冴えでこそ今、現状の致命的な異常をはっきりと恋花は感じ取ることができた。

 できるはずのない盤面じゃないか? 今、この状況は成立しない。そもそも彼は何をしようとしていた。


「あんた——今……あいつを倒したわよね⁉︎‼︎」


 返事を待つまでもなく、シェアリングされている視界に視線が吸い込まれた。第百層。そこに今まではなかった、生理的にゾクリとさせられるオブジェクトが存在していた。

 夜の摩天楼、マンハッタン島の光景は絶えず恐ろしい変容に晒されていたがそれは、あまりにも限度を超えていた。


「何アレ……⁉」



【続く】






 私信:犬夜叉を打った。ラッシュ中の五回目のボーナス、これ完走いけますわと思ってたら五回全部ブーストチャンスで出てきた。おいドッグ⁉︎

 前話のバトルが実はお気に入りです。中身は上手く書けてないですが、『先手を取った相手が永久コンボミス→立ち回りでめくり→通って起き攻めで暴れ潰し→通って今度は超必暴れを、自分も超必で暗転返し』という、わからせ度の高い流れにできたので満足です。逆に言うと俺は本作において、そこしか満足しておりません(筆力の悩み

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