第17話
春の夜はまだ寒い。暖房器具のついていない狭い部屋で、互いの肌を重ねる二人は気にしなかった。
「サトル、ちょっと待てや」
もう収まっているのも苦しそうなカイリの下半身を解放してやろうと、ベルトをはずし、ファスナーを下ろしたサトルの手が掴まれた。
「いかん……。もう、そんなんはどうでもいい」
カイリはひとり言のように口にして、サトルの足の間から這い出した。
床に転がったビールの缶を蹴散らしながら台所へ行くと、ビンを掴んで戻ってくる。
「今すぐ、欲しい」
ぐいっと差し出されたビンを受け取ったサトルは戸惑うしかない。渡されたのはオリーブオイルだ。
「欲しいって……」
「俺はもう、二回抜いてるんや。だから、いい」
熱っぽく潤んだ目は、アルコールのせいだけではない。
まっすぐな瞳でまっすぐに誘われて、サトルは静かに口を揺らした。
否定するためではなく、自分を落ち着かせるためにだ。
ひどく乱暴な気分になる。求めすぎて、快楽よりも痛みを与えたい激しさが胸を駆け巡った。
サトルの答えを待たずに、カイリは服を脱いでいく。寒さを感じているのか、薄手のシャツだけを羽織ったまま、スラックスも下着も投げ捨てる。
「乱暴だな……カイリは」
大きく息を吸い込んで、カイリを背中から抱きしめた。興奮しているのか、何度も深い息を繰り返す肩が上下する。
首筋にキスを繰り返しながら、サトルも上着を脱いで、ベルトをはずした。
今、サトルの身体と引き換えに要求すれば、カイリはどんな淫乱な言葉でも口にするだろう。その妄想だけで、繰り返したキスに硬くなり始めていた下半身は、さらに臨戦状態にまで高まる。
その場に上半身を伏せさせて、手のひらに出したオイルを絡めた指を差し込んだ。男を受け入れるための器官ではないそこは、入り口が狭く、奥も肉がひしめきあって指を締め付けてくる。
何度か指の抽出を繰り返すと、入り口が柔らかくなり肉の襞も湿り出す。
それでも、受け入れさせるには性急すぎる。わかっていて、サトルはオイルでベトベトの手を股間の屹立に塗りつけた。
どちらにも痛みがあるだろうことはわかっている。
受け入れる方にも、挿入する方にも。
それは、過去に何度も経験した。
サトルがカイリを犯し、カイリがサトルに犯された日々だ。
あの時、サトルは何もいらないと思った。
ただ、自分の腕の中に日に焼けた珍獣を抱き、組み敷くことで征服できるなら、カイリの心さえ壊してしまいたかった。
あれは、手に入らないと覚悟していたからだ。
いつか誰かのものになるなら、壊したかった。それをそばで眺めているなんて、自分にはできない。
あれが愛だと気づかなかった自分を思い出して、サトルは静かに笑みをこぼす。
それでも遠回りをしたとは思わない。あの乱暴で淫雑な日々がなければ、カイリが心を開くことも、サトルが人を愛しく思う感情に気づくこともなかっただろう。
高く上げた腰に下半身を押し当てる。指で道筋を開いて、ぐっと質量をねじ込んだ。
「くっ、う……ハァッ……!」
呼吸を合わせたカイリが激しく呼吸を繰り返す。
気づかって優しく腰を揺らしかけて、サトルは首を振った。
お互いが求めているものが、生優しい交渉ではないと今さら気づいて、乱暴に押し入る。
「あぁっ!」
腰を両手で掴んで、一気に押し込む。弓なりに背中をしならせたカイリの身体がガクガクと揺れ、激しい快楽の波に飲まれているのが火照った身体の熱さでわかる。
乱暴なセックスが好きなわけではない。
これはそういうことではない。
ただ今は、身体と心に爪を立てるような愛し合い方が欲しい。それ以外に、言葉を超えて理解しあえる情交の方法がないから。
「ん、んっ」
激しく鼻で息を繰り返すカイリに、苦しいかとは聞かなかった。
呼吸と声で、状態ならもうわかる。
激しくも優しくも、求め合ってきた。
だから、犯している後ろが傷つかないギリギリのラインもわかる。強引に責め立てても、後ろから手を回した先の屹立は萎えることもなく震えていた。
そっと握ると、手を振り払われる。
「嫌なのか」
囁きかけると、苦しさをこらえる声がいまいましそうに返ってきた。
「……キてるときに、そんなっ……アホかッ」
はぁはぁと息を乱しながら、カイリは床に手をすがらせた。
「あぁっ!」
サトルが緩やかに腰を揺らしただけで、声をあげて身悶える。褐色の肌に赤みが差して、なまめかしく汗ばんでいく。
オイルの助けを借りてズルリと引き抜いて、奥までズクズクッと貫くたびに、カイリは髪を振りながら腰をひねる。
サトルを包んだ柔らかな肉襞がうごめき、収縮と弛緩をゆっくりと繰り返す。
器官を使った無意識の愛撫に、サトルは目眩を覚えた。ひくついているとか、うごめいているとか、言葉で責めればたわいもない。
だけれど、明らかに根元から先端まで余すことなく絡み付いて来る、柔らかな熱は淫らだ。
あの日と同じようにしようとしても、同じにはならなかった。たとえ、サトルがカイリに手枷足枷をつけて繋いでも、形だけをなぞる行為だ。
何もかもが違いすぎることを、お互いに確認するだけのセックスは、二人で過ごした何年かをなぞるだけの余裕もあった。
ここにたどり着くまでは平坦ではなかった。
サトルはカイリの海への執着に嫉妬したし、カイリはサトルの干渉を疎ましく思っていただろう。それでも、いま、こうして身体を繋いでいる。
もう、セックスをすることが二人にとっての日常だと言えるレベルまで来た。
カイリの乱れた息づかいを追い込むように、サトルは感情の昂ぶりのままに激しく腰を使った。
まだ完全には受け入れる態勢になっていない場所に何度も抽出を繰り返す。それでも感じているカイリは、押し込まれる苦しさよりも、押し寄せる快感の波に首筋から背中を何度もしなやかにくねらせた。
「あっ、ハァッ……。あ、くぅッ、ん!」
ゆらりと上半身を起こしたカイリの片腕を掴んで引っ張ると、こすりあげる場所が変わった新しい刺激にカイリが歯を噛み締めて耐える。
「イクか? カイリ」
息を乱して尋ねると、情欲で濡れた目がサトルを振り返って細められる。
「アホか……ッ」
カイリは目を閉じて大きな波をやり過ごすように息をひそめてから続けた。
「こんなに気持ちええのに、すぐに終わるなんて……アホなこと言うな」
「膝が痛くなるだろ」
腕を放して、代わりに片足を掴んで引き上げる。体位を後背位から松葉崩しに変えた。
「んんっ……」
繰り返す抽出に入り口から奥まですっかり蕩けて、太くて硬い杭をなんなく受け止めるカイリの手が膝を掴んできた。
「……もうっ、イキそっ……」
掴み上げた足の根元で硬く張り詰めているカイリの分身はもう今にも弾けそうだ。
「まだ繋がっていたいって言ったのは、カイリだろう? 我慢しろよ。……もう少し、俺が楽しんでからにしたら?」
「もう十分やろッ!」
悲鳴をあげるカイリの足を開かせて、繋がったまま仰向けにさせて正常位で顔を覗き込んだ。かつてなら、絶対に見せなかった顔を、カイリは隠そうとしない。
噛みつかんばかりに睨んで来た瞳も、今は迷惑そうに細められるだけだ。
「愛してるよ、カイリ」
両手で額にかかる前髪を掻きあげ、頬を寄せるようにキスをする。
汗ばんだ肌に触れられるのを嫌がるような仕草ごと、両腕で拘束して抱き締めた。
「愛してるんだ」
「知ってる、ちゅうねん……」
せわしなく息を繰り返すカイリは、サトルの動きに翻弄されて顔をゆがめる。
身体を寄せると、二人の腹の間でカイリの濡れた分身がもみくちゃにされ、カイリの表情が次第に崩れていく。
自分で触れようとする手を掴んで引き止め、恨みがましく見てくるカイリに微笑んだ。「まだ、俺の準備が出来てない」
「ウソやろ……。ヤメッ……!」
もう片方の手が止めに来る前に、カイリの根元を指でぐっと掴んで、激しいピストン運動で後ろを責めた。
「あかんッ! 痛いから……、サトルッ」
逃げようとする身体を追いこんで責める。苦痛に顔をゆがめるカイリが、解放を懇願するような目で見つめてくることに、身体が震えた。
カイリは気持ちが良ければ、誰でも何でも良いわけではない。
快楽を貪ることが好きでも、こうして受け入れ、無防備にすべてを欲しがるのはサトルに対してだけだ。
そう思えるから、サトルは愛情を言葉にして欲しいとは思わない。
口にしない、言葉に出来ない信頼が、もう二人の間にはあるだろう。
「勘弁してや、……サトル、イキたいッ」
肩を掴んで来た手で爪を立て、床に伸びた足がサトルの腰に絡んだ。
「じゃあ、愛してるって言えよ」
「う~~。お前は、じょしこーせーかっ」
女子高生と付き合ったことなんかないとか、おまえは付き合ったことがあるのかとか、いつもなら軽口で切り返すところだが、そんな言葉を口にする余裕がサトルにもなかった。もう、なんでもいい。
愛していると言わせたいとか、聞いてみたいとか、それさえも次第にどうでもよくなって来る。
サトルの額から流れ落ちた汗が、カイリの肌に落ちた。
快感のピークの激しさを感じながら、相手の目を同時に覗き込んだ。
そこに言葉に出来ない感情を見つける。
あの日には生まれるとも思わなかった、蜂蜜のように甘い情愛の味が口の中に広がる気がした。
サトルを求めるカイリの瞳が、せつなく揺れる。限界までこらえた欲望のふちで、カイリの目は涙で濡れている。
わきの下から背中側へ手を差し入れ、肩を抱き寄せた。
「あ、あぁっ……!」
根元を締め付けていた指を緩めて、二度三度こするとカイリは身体中をブルブルと震わせながら射精した。その動きで後ろの柔らかな肉に締め付けられ、サトルも最後を迎える。
「おまっ……、いい加減にしろよ。絶対、隣の部屋に聞かれた」
限界までこらえた後の射精にぐったりと倒れこんでいたカイリが、胸板を上下させながら息もたえだえに文句を漏らす。
「いいじゃないか、どうせすぐにでも引き払うんだから」
「そういう問題やないやろ」
カイリの身体から自身を引き抜いて隣に足を伸ばしたサトルは、湿ったシャツを脱いでカイリの体を拭う。
ハッとしたカイリが飛び起きた。
「おまえ、それ! 一枚十万!」
「も、しないけどな」
「嘘付けよ。こんなんで俺のん、拭くな」
「捨てるから大丈夫」
「なんにも大丈夫やない! ほんっとに、おまえは」
ぐったりと肩を落としたカイリは顔をあげると、打って変わったようにニヤリと笑った。
「どうせやんな。……もう一回、しよか」
サトルは、いい加減にしろとは言わない。いたずらっぽい瞳でキスを仕掛けてくる恋人を抱き寄せた。パーティーを抜け出したおかげで、朝まで時間はまだたっぷりとある。
「……風邪をひかない程度にしないとな」
小さくつぶやくと、カイリが肩を揺らしておかしそうに笑った。
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