第9話

「ちょっと、ちょっと。小百合ちゃん。ちょっとええか?」

 キッチンの奥から、ダイニングを通りかかった小百合を手招きで呼んだ。

「どうなさったんですか? カイリさま。なにか召し上がりたいものでも、おありですか」

「そうやなくて。聞きたいことがあるんや。答えて」

「私が存じていることでしたら」

 小百合はにっこりと笑って、胸に片手を当てた。

「うん。知ってたらでええねんけど。正直にな。ヴィヴィはサトルの女やったんやろ?」

「え?」

「あの二人は、そういう関係あったんやろ」

「それは……、私の口からは」

 小百合はちらりとリビングを気にした。

 リタとヴィヴィの相手をして談笑しているサトルがいる。

「俺からあいつに聞ける話でもないやろ。別にだから何ってことやないし。単に知りたいだけ。誰にも言わんから」

「……」

「じゃあ、口で答えなくてもええわ」

 リビングのサトルが気づいていないことを確かめて、小百合の手首を掴んだ。

「事実やったら、こぶしを作って。そうやなかったら」

 言いながら、カイリはそんなことはないだろうと思う。

「そんなことは、俺に聞けばいいのに」

 突然、割って入ってきた声に、驚いた小百合が肩を揺らし、カイリはさっと視線を向けた。 

 悠護だ。

 カウンターに頬杖をついてニヤニヤ笑う。

「悠護さん! 立ち聞きだなんて」

 眉をひそめる小百合に、ひらひらと手のひらを振って見せながら、キッチンの中に入ってくる。

「サトルが聞いてるよりはいいだろ? なぁ、カイリ」

「そうやな。そっちに聞いてもよかったんや。ごめんやで。小百合ちゃん。女の子に聞く話やなかったな」

「いえ、そういうことではなくて」

 ポイントのずれたカイリの言葉に、小百合は苦笑いを浮かべる。

 二人を見比べた悠護は笑いながら、親指を立ててテラスを示す。

「教えてやるよ、カイリ。外へ出ようか」

「待って」

 背筋を伸ばし直し、胸元に手をあてて小さな深呼吸をした小百合はキリリと悠護を睨みあげた。

「私も同席します」

 男二人が視線を向ける。

 素知らぬ顔で受け流し、

「悠護さんが何を言うか、わかりませんもの」

 小百合は胸を張った。

「やぶへびだなぁ」

 カイリに向かって、悠護が顔をしかめた。

「小百合が入ると、サトルの都合のいいようにしか言わないからな」

「カイリさまの心証を悪くできません」

「どうフォローしたって、360度、どこから見たって悪い男だと思うけどな。なぁ、カイリ」

「うん。そうやな」

 同意を、求められる前にうなずいていた。

 慌てたのは小百合だ。

「カイリさま、そんなことはないんですよ。サトルさまは」

 あたふたと手を動かす。彼女にしては珍しいほどあせっているらしい。

「ええねん。ええねん」

 そっと手の動きを止めてやり、カイリはけらけらと陽気に笑い飛ばした。

「そういうことを気にして聞いてるんちゃうから。あいつが人をどう思って、どう扱おうとそんなんかまわんから」

「そう、ですの?」

 小百合はおそるおそる首を傾げた。

「長いとは言いきれん付き合いやけど、俺なりにあいつのことは知ってるから」

「そうですわね」

 細い肩の力が抜ける。

「失礼いたしました」

 深々と頭を下げる。

「ええっと、小百合ちゃん? 別にな」

「さて、外へ出ようか」

 困惑しているカイリの肩を叩いて、悠護が外へ促した。

「小百合もおいで」

 所在無げな小百合を振り返る。

「呼び捨てはやめてください」

 いつもの調子で答えるのを見て、悠護はくちびるの端を満足げに上げ、

「はいはい。小百合ちゃんもおいで」

 カイリの真似をして、『ちゃん』付けで呼ぶ。

「ドリンクの用意をして参ります」

 小百合は訂正を求めなかった。かと言って、無視をしているわけでもない。

「お二人ともビールでよろしいですか」

「ええよ」

「ライム、付けて」

「……わかりました。カイリさまも?」

「うん。お願い」

 うなずいてから、さっさと歩き出している悠護の後を追ってテラスに出た。

 東京タワーのライトアップが眺められる広いテラスには、泳ぐにも十分なプールがあり、さらに天蓋つきのガセボまである。

 ふと南の島を思い出し、たまらない郷愁にかられたカイリを、悠護の言葉が現実へと引き戻す。

「ヴィヴィが気になる?」

 即答できなかった。

「昔の女に嫉妬したりするタイプじゃないと思ったけどな」

「別に、そういうんやない」

 嫉妬。

 その言葉が頭の中で渦になった。

 強い海流に飲み込まれる瞬間のような感覚に身震いする。

 考えてもみなかった。嫉妬なんて、そんなことは。

 春の夜風に髪をくすぐられ、カイリは両手で前髪をかきあげた。

 この胸の中のもやもやとした感情は、もしかしたら、みんなが嫉妬と呼ぶものなのだろうか。

 初めての感覚だった。

 今まで、恋をしてこなかったわけではない。しかしそれは、いつも、当たり前に女を求める本能のようなもので、口説くようなことはしたことがないし、目を見て、そうなりたければそうなるものだと思ってきた。

 ずっとだ。

 だから、付き合っていると『認識』している相手が浮気をしても、それは単なる心変わりなのだと思っていた。

 俺がいるのになんて考えたことはない。

 戻ってくるならそれでいいし、相手の方がいいなら、それで後を追ったりはしない。

 あれからどうしたかと気になる女もいるが、それも本当は、みんなが言うような恋や愛ではないのだろう。

 セックスはしたが、それだけだ。

 一瞬、心と心が触れ合って、でも、それだけ。

 誰かを自分のものだと感じたことはないし、誰かのものにされたことも、なりたいと思ったこともない。

 いつでも自由な心のままで生きてきたと、そう本当に思っている。

 だけれど。

「なんとなく、あの子から、サトルの匂いがするなぁって思って」

 ぽつりとつぶやいた言葉に、悠護がぎょっとしたように振り返った。

「匂い? あの二人は付き合ってたっていうより、愛人関係に近いし。今はもう」

「それはわかってる」

 そうだ、わかっている。

 カイリを見ている悠護の肩から力が抜ける。

「じゃあ、聞くまでもないだろ」

「まぁ、そうやな」

 プールサイドのデッキチェアに腰をおろして、カイリは足にぶらさがっているサンダルを眺めた。

 ゲストハウスは土足のまま歩き回るアメリカンスタイルだ。

 カイリは一番楽なサンダルでいることが多い。

「変わってるな、カイリは」

「よく言われる」

 悠護のネイビーのデッキシューズに視線を落としたカイリは、

「俺のこともわかってるだろう」

 いきなりの話題転換に、眉をひそめて顔をあげた。

「なんや?」

 無言で笑った悠護は肩をすくめて笑う。

 シニカルな笑顔だ。どこか投げやりで、そして厭世的な冷笑に近い。

「わかるほどの付き合いやないと思うけど」

 それとなく話を交ぜ返す。

 しかし、

「俺が『どこ』の人間か知ってるだろ」

 悠護は強引に話を引き戻した。

「そんなん知ってたって、なんにもならんやろ。おまえは、サトルの連れで、俺にとっても新しい連れやし。そう思ってるけど、間違ってるか」

 開いた膝の上で手を組み合わせ、カイリはまっすぐに悠護を見上げた。

 どこの人間で、どんな育ち方をしたかは、想像がついている。

 名字に聞き覚えがあるのは、カイリが実録のヤクザものを扱う雑誌をたまに読むからだ。

「いや、間違ってないな」

 悠護が肩で息をつく。

 大滝組と言えば、関東横浜を拠点とする昔からの侠客一家だ。

 現組長の息子が悠護。

 関西系の暴力団とのいざこざを緩和するために、中学生の頃から大阪に実質上の人質として預けられ、大学に進学してまもなく五年の実刑を受けている。預けられた先の若頭の身代わりだろうということまで、世の中の、その筋に詳しい人間には知られている話だ。

「たいがい、事情を知ってる人間は聞きたがるんだけどな」

「こわいもん知らずやな。興味はあるけど、なにがホンマかなんて知らんでもええわ」

 サトルの友人であるなら、自分の友人にもなる。興味本位に踏み込んで、恐れをなして距離を置くような、簡単な関係ではない。

「組を継がんってのは、ホンマやねんな」

「こわいもの知らずだな」

 聞かないと言いながら質問するカイリを悠護は笑い飛ばした。

「ベアトリスさまのお話をされているんじゃないんですか?」

 ビールの小瓶を乗せたトレイを持った小百合が怪訝そうに話に入ってきた。

「そんな話はおもしろくもなんともないだろ。話す前から事実は明らかだ」

 瓶のくちに新鮮なライムがかかっているビールを二本とも手にした悠護は、一本を座っているカイリに差し出してタイルの上に直に座る。

 カイリはデッキチェアを遠慮する小百合に無理やり譲って、自分も下に腰をおろした。

「継ぐ気はないけど、送金はしてる」

 おもむろに話を再開した悠護は、

「いまじゃ指定暴力団のひとつに数えられてるけど、オヤジはまだ昔からの侠客としてのプライドを持ってる。仁義を通すにも金がかかるのが今の世の中だ。下っ端に犯罪させずに食わしていくのも一苦労だからな」

 ちらりと小百合に視線を投げ、自嘲的に笑う。

「それでも、真っ白じゃないけどな。最低限の必要悪でいられるのが一番いいわけだ」

 小百合は表情を変えずに聞いている。

「関西勢の押しが強いから、大変やろなあ。っていうか、何気なく話をすりかえてへんか。話としてはおもろいけど、もしかせんでも、サトルに言われてるやろ?」

「まさか! 俺があいつの肩を持つわけがない」

 小百合の表情が変わる。

 きつく睨まれ、首をすくめた悠護はどこか楽しそうに笑い、

「ヴィヴィはサトルに本気だったよ。今でも男はサトルが一番じゃないかな。でも、それだけのことだ」

「誰でもサトルさまには心を奪われて当然です」

 小百合が静かな声で断言する。

「な? こういう熱狂的なのもいるし」

 じゃあ、とカイリは思う。

 ヴィヴィの、あの流暢で美しい日本語も、きっとサトルのためなのだろう。

「そんなら、リタは?」

「ないなー」

 悠護はさらりと否定した。

「リタがサトルと会ったのはヴィヴィと出会った後だ」

「うん?」

 だからと言って、恋愛に奔放なリタが『誰でも心を奪われる』サトルを放っておくだろうか。

 首をひねって唸っていると、

「いくらリタが高級娼婦って言っても、ルールはあるし」

「ちょい待ち! え。そうなん?」

 悠護を止めて、小百合を振り返った。

「サトルさまからお聞きになっておられませんか。……ご友人ですし、わざわざご説明するような職業ではありませんけれど」

「初耳か。リタは好きモノで、確かに誰とでも寝るけど、自分が気に入った人間以外とはフリーでセックスしないよ」

「この人は、しましたけど」

 小百合はふっと笑って、あっさりと言う。

「小百合と付き合っていない時のことだ」

「そんなことは気にしていません」

「じゃあ、いちいち言うなよ」

「あら、失礼。悠護さんにもナイショがあったんですね」

 チクチクとトゲを出す。

「こわいな、小百合ちゃんは……」

「それで、悠護がお目付役やってるんや」

「今は、完全なオトモダチだから。なんだよ、そんな目で見るなよ。本当のことだろ」

「私は存じ上げません」

「冷たい言い方だな。好きな女がいるところで他の女とできるかよ。俺は繊細なんだ」

「いないところなら、平気ね」

「トゲだらけだな」 

 絶好調とつぶやいて、悠護は楽しそうだ。

「リタはあれでも、ヴィヴィに操を立ててる。本気になりそうな相手には近づかないよ」

「うん?」

 カイリは眉をひそめた。

「俺やったら本気にならんけど、サトルは危ないってことか?」

「そういうことだな」

「……ですわね」

「なんか、男として複雑やな」

「まぁまぁ」

 悠護が肩をバンバンと叩いた。

「元気出せよ。サトルの本命って聞けば、誰でも味見したくなるから」

「じゃあ、悠護もなん?」

 怪訝そうに目をすがめると、

「まぁ、してもいいけど?」

 首の後ろに手を回して、まんざらでもないことを言う悠護に、カイリは耐え切れずに噴き出した。

「ぜったいないやろ。よく言うわー」

「そう言われると、なんか悔しいのはなぜだろう」

「他の男の方をお試しになれば?」

 小百合も笑う。

「小百合ちゃんには言われたくないな」

「さりげなく、小百合ちゃんを定着させようとしていらっしゃるわね」

「呼び捨てよりはいいだろ? 仲良しみたいだし」

「そうですね。呼び捨てよりはいいです」

 仲良し、の部分にはまったく触れずに答える。

「俺は満足だよ、カイリ」

 お手上げのポーズをしながら、悠護は満足そうな顔をした。



   ***


「そんなわけでさ。聞かれてもないのに、自分のことをペラペラ話しちゃったわけだよ」

 さわやかな春風の中、早朝からジントニック片手の悠護はチェスの駒を動かした。

「話しやすいって言うか、あぁ言うの、なんて言うんだろうな」

 ゲストハウスのプールサイドのテーブルで、チェス盤を挟んで悠護と向かい合っているサトルは迷うことなく駒を置く。

「聞き流すからだろう」

「早いな、相変わらず」

 悩みもせずに駒を動かすサトルにつられるように次の手を打つ。

「それだなー。カイリのあの雰囲気は。俺の過去を話しても、さらっとしてるもんな。まんざら興味ないって顔でもないのになぁ」

「興味ないんだよ」

「俺に」

「いや、人間全般に」

「なにそれ」

 サトルはまた早々と駒を動かしたが、今度の悠護は熟考の時間に入る。

「俺のことも、ようやく範疇に入れてくれたって感じだしな」

 チェス盤を置いているのは別のサイドテーブルの上のコーヒーカップを手にしてサトルは少し笑う。

「なんだか、まどろっこしいことしてんだな」

 悠護が顔をあげた。

「オマエらしくない。カイリとは面倒がないからかと思ったけど、意外に女よりも手がかかってそうだ」

「かかってるよ」

 サトルは楽しそうに笑った。

「よかったなー、おまえにも娯楽ができて。これで、どうよ。ってか、また早いな!」

 おまえ、ちゃんと考えて置いてるのかと呟きながら、悠護はちょいと駒を移動させて腕組みをした。

「娯楽じゃない。レンアイだよ」

「あっそ」

 チラッと目をやって、悠護は大きく両手を突き上げて背中を伸ばす。

 サトルは次の手を、またすばやく決めた。

「いっつも、このペースに巻き込まれて、考えがまとまんないんだよな」

 ぶつぶつ言いながら、一度動かしかけた駒から慌てて手を離して、別の駒を動かす。

 サトルは静かにくちびるの端をあげる。

「まぁ、さぁ……。レンアイだって言うなら、やっぱり、おまえは女どもの面倒見るのはやめとけ。俺と小百合でやるから」

「小百合さん、だろ」

 意地悪く言い直すサトルを上目遣いで見上げて、悠護はにやりと笑った。

「小百合ちゃん、に昇格したんだよ。カイリのおかげで。だから、俺はカイリの味方」

「よく小百合が許したな」

「カイリもそう呼ぶからじゃないの?」

「じゃないだろ」

「やっぱり、俺に未練があるから……」

 サトルは駒を動かしながら、

「ポジティブシンキングもそこまでいくと、単なる能天気だな」

 ほどいた長い髪を片方の方へ寄せて流す。

「口説き落とす自信があるなら、譲るけど?」

 悠護の順番が終わり、またサトルは即座に駒を置いて続けた。

「あの子も年頃になるからな」

「結婚させてくれんの」

「俺は手を出してないよ。だから、どこにでも行ける」

「小百合が行くと決めればか」

 ため息をついた悠護は、のろのろと駒を動かしながら肩を落とす。

「まだまだ無理そうだな」

「だろうな。はい、チェックメイト」

 コトンと、サトルは王手をかけた。

 悠護の顔色が変わる。

「ちょっと、待てよ。なんで、このタイミングでチェックなんだよ。ふざけんな」

「俺の勝ち」

「ずるいぞ、オマエ。小百合は渡さないからな」

「はいはい。せいぜい、がんばって」

 悠護のジントニックを奪って飲み干し、サトルは余裕たっぷりに微笑んだ。

「ったく、一回ぐらい勝たせろよ。俺だって、他じゃ結構強いんだからな」

「俺がこうして鍛えてるからだよ」

 あっさり答えるサトルを睨んだ悠護は、それが事実なだけに何も言えず押し黙る。

「とにかく、カイリが気にするから……」

 うなりながら言いかけて口をつぐむ。

 不審そうに眉をひそめたサトルは、自分をすり抜けている悠護の視線を追って振り返った。

 寝起きそのもののカイリがボサボサの頭を掻きながら歩いてくる。

「さとるー。腹減った……」

「おはよう」

 ぐったりと背中が覆いかぶさってくるカイリの頭を抱き寄せ、髪にキスする。

 悠護がいてもおかまいなしだ。

 寝起きで頭が動いていないカイリも気にせず、サトルの髪に鼻先を突っ込んで匂いを嗅ぎ、

「おはようさん」

 半分目を閉じたままで答えた。

「暑いなぁ。俺、泳ぐ」

「いいよ。朝は何がいい」

 服を脱ぎながら、

「おかゆ」

 カイリが答えた。

「じいさんだな」

 笑いながらサトルが立ち上がる。

 いつのまにやら、衣服を全部脱ぎ捨てたカイリは、二人の前で見事な飛び込みフォームを見せた。

「なに、今の」

 信じられないものを見た顔で悠護がつぶやく。

 二人の朝の挨拶についてか、それとも春の朝っぱらからプールに飛び込むカイリについてか。

 そのどちらもだろうと思いながら、

「野生児」

 答えた瞬間、プールからカイリが叫んだ。

「真水や~! 死ぬぅ~!」

「バカだな?」

 サトルが振り返る。

「あんなのでも、嫉妬とかすると思うか」

「すると思う、んだけどな……」

 自信喪失の声で悠護は答え、

「おまえの趣味、やっぱり理解不能」

 中身のないグラスをあおって顔をしかめた。

 寒いと文句を言ったカイリがそれでもプールを二周も泳いでいる間に、声を聞きつけた小百合がバスローブを抱えて走ってくる。

「あぁ、落ちたんじゃないんですね」

 タイルの上に落ちている衣服を見て、ほっと息をつくのと、カイリが水音をさせて上がってきたのはほぼ同時だった。

「目ぇ醒めた!」

 笑いながら身軽に陸へ戻り、犬のように髪を振って水気を飛ばす。

「やっぱり、ロコモコ食べるわ」

「カイリさま、お風邪を召しますわ。地上とは違って風がありますから」

 一糸まとわぬ姿のカイリに臆することもなく、小百合は背後に回ってバスローブをかけた。

「ありがとう。ってか、俺の裸にも、ちょっとは驚いてくれへん?」

「サトルさまに叱られますわ。ときめいたりしたら」

「したんだ」

 悠護が過敏に反応する。

「水着の跡のない日焼けなんて、そうそう拝見できませんもの」

 さらりと返した。

「めっちゃ、見られてる」

 振り返ったカイリに、サトルは肩をすくめて笑う。

「あとでしっかり叱っておくよ」

「いやいや、俺の全裸見せられるなんて、かわいそうなぐらいやろ」

「どうして。俺は好きだよ」

「おまえはな」

 カイリはどこかくすぐったげな表情を隠して、わざとらしく肩をすくめた。

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