第9話 筋骨隆々勇猛果敢質実剛健超人妖怪ナンカヨウカイ?

 植物屋を出ると外は騒がしかった。The・男祭りって感じ?ところがどっこい、普段は筋骨隆々勇猛果敢質実剛健超人妖怪ナンカヨウカイ?な人々ばかりなのだが、今は違う。老若にゃんの・・・。噛んだがなのんのその、老若男女、細身から肥満まで入り乱れている。僕もその動乱の中に果敢に紛れ込んでいく。そして見た。1人の魔女がリードに繋がれ強引に散歩させられていた。これが魔女狩りか。散々の辱めを受けたあと無惨に殺される。本当にむごい所業だ。


 僕は何も見なかったかのようにその場を離れた。すると偶然いや、ここまでとなると最早もはや必然と言わざるを得ないが、かの商人と出会ってしまた。


「おやおやこれはこれはなかなかの偶然ではなかろうか」


 繰り返し言葉的なやつ?多すぎない?そんなにいっぺんに使う?いやいやそもそもここまでとなるといよいよ故意だと疑わざるを得ないぞ。


「相変わらず君は心中ではノリがいいんだから〜」


 ハイハイどうせコミュ障ですよ。そんなことより早く帰って移動式農園とかいうものがないか魔女っ子に聞きたいんだが。


「「しゃがめ!!」」


 色々の方向から、しかしタイミングは完璧にそう叫ばれた。ただ残念なことに叫ばれたことを咄嗟とっさに理解し行動に移せるほどの瞬発力は持ち合わせていない。ただ目をつぶって時を待つことしかできない。そして次の瞬間僕を襲ったのは果てしない衝撃だった。それは物理的なものではなく精神的な面で。


 僕の目の前には本来空を滑空しているはずの翼竜がその羽をもって家屋を破壊し、奇妙な音を発しながら墜落していた。周囲はまるで静止画の世界に迷い込んでしまったかのようで音だけが流れていた。それとはうってかわって上空では翼竜の仲間共が縦横無尽に慌ただしく飛び交っていた。あまりの出来事に棒立ちでいた僕の手と、例の人の汚れた手とが重なり、


「俺と一緒にどこまでも逃げよう」


 と、僕に対して告白プロポーズしているのか、あるいは自らの罪をなすり付けようとしているのかは分からないが、そう告げてきた。これ以上のやり取りをしなくとも彼の背中を懸命に追うのが賢明だと本能的に悟った。


「それにしても君の緊急回避は目を見張るものがあるね。男の俺でもれてしまうわ」


 あまりの衝撃的な事にに記憶を失ったのか、口調が変わっていた。いや、待てよ。僕が回避行動をとっていただと?あまりに突発的な事だったので硬直していたはずでは・・・。じりじりと距離を離されている僕は、遅れを取らないように自分にむちを打ちながらも後方上空に目をやる。先程から猛烈な羽音と風をよこしやがると思っていたら幾重にも重ならんばかりの翼竜がこちらを追随していた。「飛ばすぞ!」という声と共に前方から再び伸びた手は僕の腕を強く掴んできた。


 僕をおそらく人生史上最も足を高速回転させた日として今日を永遠に祝すだろう。あの後さらに数を増した変なやつら翼竜を振り切り、出入り門の門番らの制止を振り切り、やっとの思いでハルさんの元にたどり着いた。


 息絶え絶えの僕らを見て、


「やはり君だったか。あいも変わらず君は私の事が好きなのかね?」


 と、僕を差し置いてまたまた喧嘩を始めた。喧嘩する程ラブラブとか言うし、別に構わないけど?構わないけど・・・少しは構え!


「おや?少年はヤキモチかい。まぁーこれ程たわわなかわわをあわわしたいのは分かるけども」


 何ひとつわからん。いや、訂正。唯一にして絶対的なことがわかった。こいつは完全無欠の変態だ!


「やっぱりライラくんもそう思う?私が善良の魔女でなかったらもう50回は火炙りにかけてたわ」


 彼女は笑っていた。心からの笑顔だ。魔女っ子、怖すぎる。悪魔だ。そう思うやいなや、彼女の笑顔はこちらへ向けられた。ワー、テンシダーテンシーマジョッコテンシ。


「さてそろそろここから出立したいので上空にある飛行船に乗ってちょうだい」


 と、彼女が指さした先には青い空と白い雲、赤い太陽の完璧三連コンボしか無かった。目を凝らして何度も空を睨んだが、やはりその姿は認識できなかった。首筋に痛みが走りじめた頃、後方から2人の忍び笑いが聞こえてきた。ふつふつと沸き上がる怒りを抑えに抑えた。広量こうりょうな僕をもってしても限界ギリギリの所業である。流石に自らの行動を反省したのか、一言謝罪し、今1度目を凝らして空を見てほしいと言われた。当然先程の二の舞いになるのだろうと、渋っていた僕を優しく促す彼女の瞳に邪心は灯っていなかったように思われた。その目を信じ、改めて見上げた僕は天をも飲み込むほど目を見開いていただろう。そこには先程までなかったであろう飛行船が、しかも見逃すことなど不可能なほど巨大なものが浮かんでいた。と、思っていたがここは異世界。できて当たり前だ。そう思うとなんだか今までの僕が馬鹿らしく思えてきた。いや、恐らくそれは異世界だからこそもう少し魔術的な、空飛ぶほうきなどを想像していたのだが、あまりにも現実的で根本を忘れてしまうものだったからなのだろう。


 実際に乗り込んでみると3人で利用するには十分すぎるほどで、キッチンやお風呂場、トイレまで完備されていた。まさに空飛ぶ家だ。一通り家を探検し、一息ついたところでふとアジェリスでのことを思い出した。そうあの魔女のことだ。


「あ〜、魔女狩りか。いつまで弊風へいふうに固執するのやら」


 ハルさんはほとほと呆れているようであった。しかし、特にそれ以上思うことはないらしく、出立に向け着々と準備を進めている。それとなく頷きながらも、あの魔女は助けなくていいのだろうか、同じ魔女として、と思ってしまったのもまた事実。


「 おや、ライラくん。それは少し聞き捨てならないな」


 どうやら僕はやってしまったらしい。というか、勝手に人の心を読んでおいてそれは無いだろ。この世界には自由権は無いのだろうか。


「例えば君の見ず知らずの人がいじめられていたとして君はその子を助けに行くかい?」


「それは、その・・・」


 言葉を詰まらせる。たまには声を出さないと声帯が固まってしまう気がしたのだが恐らくもう手遅れだ。


「同じ人間なのにかい?別に君がそうだという気は無いが、自分では行動を起こさないくせに、他人に善行を押しつける人こそ偽善者って言うじゃないのかな」


 僕は何も言えず、ただあの魔女の未来を案じるだけであった。

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コミュ障はどこに行ってもコミュ障である。 ゆきみ @kitazaki123

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