<3>

窓際に立つ僕の背後から

彼女のかすれた声が聞こえた気がして

振り返ると

午後の光が白いベッドカバーに反射して

目が眩んだ。

その人は柔らかな肌がけに包まれていて

程よく筋肉のついた右足が

肌がけから剥き出しで放り出されており

僕はまたその光景に釘付けになる。



彼女の名前は「里香」

その家は

公園にほど近い住宅街にある一軒家で

古いけど良く手入れされて

外壁が青く塗られた小さな家だった。



以前は家族3人で住んでいたが

息子さんが事故で亡くなり

仲の良かった家族はそれを機にあっという間にバランスを失った

夫は出て行き

それ以来一人で住んでいるという。


僕たちは公園で出会って

少し話をして

家に誘われて

男女の関係になった。


ここに来るのは3回目。



「この歳になるとね」


この家に最初に来た日に彼女は言った。


「駆け引きに時間を使っている暇はないの」


「何だかバカバカしくて。無駄でしょう?どうせ最終的に行くところは同じだし」


あまりにあけすけな言い方が

僕には新鮮で面白くなって

わざと戸惑ったように

目の前に置かれたコーヒーカップに目を落として僕は言う


「僕と…寝たいってことですよね」



テーブル越しに身体を乗り出して


「どう思う?」


急に謎めいた言い方をして僕のほおに触る。


「若いわねやっぱり」



僕は手をそっと払う


「そう言う風に若いとか歳とか、やめませんか」



彼女は微笑んで


「やめないわよ。そこが大事なところだもの」


「あなたは若い。私はあなたより随分年上で、どこか愛してた息子の面影をあなたの中に見ている」


僕はハッとして彼女の目を見た。


彼女の目は真剣で僕ももう面白がってはいない。


「駆け引きはしない。さっきも言った通り」


「ベッドに行きましょう。あなたのこと見せて、全部。

もし嫌なら帰ってもいいのよ」




どうして僕は彼女のベッドに潜り込んでいるんだろう

自分には描けない絵が描ける人だから?

美しい人だから?

それとも誰でもいいから

自分を抱きしめて欲しかったのか?

彼女の中にいる愛するもの

彼女は愛する息子ともう二度と会えない

そんな心の穴に滑り込むことで

僕は仄暗い復讐心を満足させていたのかもしれない。


僕は自分を理解しようとしない父親と断絶状態になっていて

きっともう会うことはないだろう。

たぶんもう二度と。

それに後悔はない。


夏のさなかに。

ベッドの中で汗にまみれながら

身体を開き仰け反りしがみつきながら

僕の名前を呼ぶ。


確認するように。

彼女が抱いている男を。

僕が息子の代理ではなく生きた若い男であることを。



僕もそうするべきだと思って

彼女の名前を呼んだ。


「里香」


「きれいだよ…里香。かわいい…」


安心したように微笑んで

彼女は容易に堕ちていく。

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