第6話


樋口。フルネームは樋口灯里(アカリ)。

下の名前とは裏腹に陰険な本性を持ったギャルもどきのメス。


中途半端な茶髪にほっそい眉毛、目が小さくて、鼻がデカくて、歯並びが悪いので

笑った顔が魔女のババアにしか見えない。

さらに香水選びのセンスが絶望的で、近づくと食欲が失せる。


しかし、そんなんでも交際を希望するオスがいるらしく彼氏持ちなのだ。

世の中で奇妙な商売が成り立つ理由が少しだけわかる実例だった。


確かにあのメスとは以前もめた。

美紅の陰口の拡散を主導していたらしく、愛しい幼馴染に愚痴混じりの相談をされた俺は

義憤にかられて…本当は好感度アップの下心にまみれて、バカ正直に突撃をかましてしまい

教室のド真ん中で同じような前科の噂が絶えないキツネ女を問い詰めたのだ。

もちろん、観衆の中に美紅がいることを確認したあとで。


「ちょっと美紅、ワタシそんなこと言ってないからね」


「カツオ、もういいって」


そんなやりとりを聞いた気がする。

気が付けば周囲には誰もおらず、のちに二人が和解したことを風聞で知らされた。

それ以来、樋口とは一言も口をきいていない。



「いいよ別に、男らは付き合わんだろ」



この学校の男子で面と向かって俺を『マケオ』と呼べる奴は少ないはずだ。

喧嘩をしない人間ではないし、弱くもない。

なによりも去年、目の前のバカ四天王と繰り広げた上級生狩り『須藤潰し』が有名だからだ。



二年の夏休み明け、俺と美紅は下校時に校門近くにある路地裏の自販機前で全裸の本多と藤木を見た。


陰毛の黒いアクセントをあしらった、ソックスとシューズだけのスッポンポン。

日焼けと白肌のツートンカラーが実に汚い。


そんな醜い痴態をさらしたまま、10本以上のペットボトルをビニール袋に入れているバカどもの絵は

穢れを知らぬ少女に悲鳴を上げさせるには充分な破壊力があった。いわゆる、わいせつ物陳列罪だ。

走り去っていく美紅を後目に俺は仕事にとりかかった。



「おまえら面白いことしてんな、俺も混ぜろ」



何かの罰ゲームだろうと判断。リスキーな遊びが大好きだった当時の俺は

上半身だけでも付きあってやろうと

上着と肌着を脱いで毛無ザル二人に近づいた。



「カツオ~ありがとなぁ」



ところが本多と藤木は、泣きそうな声で感謝の言葉を絞り出し

俺の手から夏服の半袖カッターとTシャツをひったくると、それぞれ腰に巻き付けて股間を隠したのだ。



「きたない、きたない、なにすんだよ?」



チンコとケツが直に触れている。もう着れないじゃないか、洗って返せよ。

そう言おうとして、本多の肩や背中を見ると、靴跡がついていた。

藤木の背中にも、細かくて赤い斑点が無数にあった。すぐにわかったエアガンの被弾痕だと。



「須藤先輩だよ、サッカー部の王様。今、キャプテンになっててさ。後輩イジメがすげーの。」



二人はサッカー部だった。

そのあとの展開に特に面白いことはない。半裸でサッカー部の部室に乗り込んだ俺が須藤をボコッただけだ。


横の繋がりで三年から色々されたが

本多と藤木がサッカー部をやめ、成田と岸田を引き込んで五人で徹底抗戦の構えを見せたら一か月で沈黙した。

受験を控えた進学組が多かったせいだろう。

一番恐ろしいプータロー組の先輩らは、リカ姉を通じて道場のオナ中OBに抑えてもらった。以上だ。



「問題は女子だよな。オマエは気にしないだろうが、俺たちがイヤだ。」



本当に中学生かと思うほど年季の入った深い声で成田が言う。

ふいに動悸が早くなる。これだ、こいつらの友情には誠意がある。

さっきから喉の奥が軋むような痛みを感じている。嬉しいような、切ないような。

それはあの人の優しさを想う時と似ている。


そう、俺は女子にだけはナメられている。

理由はわかってる、美紅の存在だ。

今までは輝かしい未来への希望があったために気にしないようにしていたが

女子から見た俺は美紅の奴隷だった。


ここ数日で芽生えた自覚と、過去への反省で得た推察だが

美紅自身が俺をそう位置付けて女子たちの中で地位を得ていたのかもしれない。

本当にそう思いたくなんてないけども。


例えそうであっても怒る気にはなれない。

美紅を憎もうとすると、目の前を漂う鈍い空気に感情が溶けていくようだ。


まだ気持ちが残っているんだろうな。そりゃそうだ。15年だぞ、たった2日で消えるかよ。

苦しい。そして眠い。

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