第4話


俺にとってのリカ姉は『モノを取らないジ〇イアン』だ。

あるいは、未来の道具を出さずに根性論でノ〇タ(俺)を奮起させ

どうにもならない時だけ自ら肉弾戦に出張って解決してくれるドラ〇もん。



「なら、はよこい」



実に男らしい一言で手招きされたが、突き出されてヒラヒラ舞う手に向けた視線を腕に

さらに胸にまで這わせて、顔が見えるよう引いてみると

そこにあるギャップの深さに頭がおかしくなりそうになる。


手に握った未開封コンドームのギザギザ感が無ければ、普通にただの夢なんちゃう?って思っただろう。

現実感が無い。現在のリカ姉はTシャツまくっておっぱいぺローン状態だから。


二度目のおっぱい見せはさっきとは違って

Tシャツの膨らみがそのままナマチチ化したから『じゃじゃーん感』がない。


サイズが変わらないから、意表を突かない。驚けない。

なのに、なんでこんなにドキドキしてるのかと言うと

そのあとに続く行為へのイメージがあるかどうかの違い。

確かに言ったよね、この人。「ヤラしてやる」って。



「なあ、リカ姉。ヤラしてくれるって、何を?」



コンドーム握ってるくせに、セックスの一言が出せない。

万が一間違ってたら、ぶっ飛ばされるからだ。

ついでに恥もかく。でも、笑われたら一番に困る相手こと花山さんちの美紅嬢はもう他人の彼女だ。ものすごく胸が痛い。



「セックスに決まってるだろ」



そう言い切って俺の手を握ったリカ姉の顔は

いつものように脅してるみたいだった。張り倒してやるからコッチこい、みたいな。


終わったあとでわかった。たぶん、この時アンタは無理をしていた。



手を引かれた俺は逆らわなかった。


柔らかくて温かい感触と、荒い吐息と、風邪をひいた時みたいな、ぬるま湯の現実感。

石鹸のにおい。カツラからはおばさんの香水のにおい。顔を近づければシャンプーのにおい。

くすぐったいような声。唾液を口の中ではじく音。

リカ姉の赤い顔。潤んだ目。俺はどんな顔だったのか。

目が合えば逸らした。なのに盗み見た顔は笑ってた。綺麗だった。

熱を持った肌がこすれた。何度も頭を撫でられて名前を呼ばれた。

そのたびに自分でもわからない、耐えられない気持ちが溢れて叫びたくなった。


美紅を思い出した。あいつとセックスがしたかった。

美紅と夫婦になりたかった。好き同士になりたかった。俺を選んで欲しかった。

だけど、ダメだった。対等にすらなれてなかった。


リカ姉が優しい。苦しい。俺を受け入れてくれた、その気持ちがとても苦しい。


ほんとはリカ姉に期待したんだ。一発逆転の手があるんじゃないかって。

美紅の気持ちをなんとかしてくれるんじゃないかって。


情けない俺が嫌いだ。勃起した俺が嫌いだ。リカ姉の中に入ったド汚い俺が大嫌いだ。

射精した俺なんぞ死んでしまえばいい。逆らいもせずに、言われるがままアンタを抱いた俺を一生恨んで欲しい。

アンタを抱きながら美紅を想った俺をドツキ殺して欲しい。

それでも許してくれるアンタの前で、自分の気持ちだけを吐き出しているマジモンのキチガイに拷問を与えるべきだ。

懺悔してるくせに声をひそめて、涙をみせて、やさしいやさしいアンタの胸に顔をうずめてる卑怯者をみんなで懲らしめるんだ。



「アタシの処女に価値なんてない」



自分に言い聞かせてるみたいで、締め付けられた。

俺の髪に指を通しながら耳元で囁いてくれた人。

一個しかない大事なものをこんなカスにくれた人。

リカ姉は処女だった。知ってた。彼氏ができたら母ちゃんズが教えてくれる。知ってて黙ってヤッた。



「美紅がオマエのことを一度も好きにならなかったのは、アタシのせいかもしれない。

アタシがオマエを下に見せてたから。かっこ悪いオマエを見せてたから。」



声が震えている。違う。違うと言い切れないけど、違う。

やめてくれ。アンタだけは泣かないでほしい。

俺だけが弱くて汚い、都合のいい時だけ黙ってるブサイクでバカでクズでどうしようもない

大げさに落ち込んでみせて、面倒見のいいアンタの情を引き出して処女をいただいてやった

リカ姉にとっての汚点みたいな幼馴染なんだから。いつもの千倍ぐらい殴って笑い飛ばしてくれりゃいい。



「カツオ、どうしても辛くなったら、またおいで。ヤラしてやるから。」



帰り際の言葉。ベリーショートの火照った首筋。


時計を見る。午前1時41分。この青いデジタルの目覚まし時計、俺がUFOキャッチャーで取ったヤツだ。

なんでもない日、美紅に「ピンクが良かった」と受け取ってもらえなかったヤツ。

箱のまましまい込んでたから、リカ姉には誕生日プレゼントとして渡した。2年前のことだ。


壁に貼られた写真を見る。三人のガキが笑ってる写真ばかり。

山で、川で、海で、野球場で、家の庭で。


なぁ、アンタもしかして俺の見ていないところで、いつもそんな顔向けてくれてたの?

気付いてなかった俺のこと嫌いになってない?

突然どっかに行ったりしないよね?


俺バカ、ほんとバカ。死ね。礼だろここは。ありがとうだろ。

または決意表明。リカ姉の期待に応えて頑張るぞ的な。

なんか違う気がする。でも、ほかに何かあるだろ。



「リカ姉、俺キスしてなかった。キスさせてよ。」



そうじゃない。なんで言った。殴られた。横殴り。捻りが入ってた。



「それは好きになった子としな!」



犬の切なさ。何も言えなかった。


家に帰って鏡を見た。さっき童貞を捨てた男の顔に愕然とした。

腫れあがった顔のフランケン。超ブサイク。きったない。


「よくこんな男と…」いや、ここまでにしたのはリカ姉だけど。


泣いた。嬉しくて、情けなくて、わけわかんなくて。

何か大切なものを失くして、もらって、思い出して。

俺は泣いてばっかり。よく出るもんだ鼻水と涙。顔の痛みすらありがたい。


リカ姉の部屋を向いて、早口使わずに『ありがとう』って百回言った。

数えてないけど、百回くらい。

アンタ、風呂に入ってから寝ろって言ったけど今日はぜってー入らねぇから。

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